エンターテイルズ   作:セカラボ

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第7章 短き旅路

その日の夕方、俺は目的の人物、いや、吸血鬼と会うために大学前で待ち合わせていた。時刻は今ちょうど6時を回ったところだ。

 

「遅いな、マターさん」

 

講義の時間はとっくに終わっている。まさか、また講義中に眠りこけているのか。そんな考えが頭を過ぎる。溜息を一つ吐いて先輩の受けていたであろう講義の教室へ向かう準備をしようとした時、その人はやって来た。

 

「やぁ、お待たせ。待ってたかい?」

「えぇ、待ってましたよ。20分。どうせあんた寝てたんでしょ?」

「いやぁ~、ごめんね?講義が長引いちゃってさ。無論、寝てはいないよ?眠りの精は僕に慈悲を与えてはくれなかったみたいだ」

遠目から見れば、彼女を待っていた彼氏と遅れてきた恋人のようなやり取りに見えるだろうが、いかんせん発言がそれとは大きくかけ離れている。何だよ、眠りの精の慈悲って。

「さて、じゃあ早速だけど行こうか」

「レッツゴーだミィ!」

「本当に大丈夫なんですか、これ」

そんなことを思いつつ、マターさんの後に着いて行く。

 

「ところで」

「ん?どうしたんだい?」

「目的地ってどこなんですか? それに、どうやって行くつもりなんです?」

「ふっふっふ~驚くなかれ、後輩君。この世には便利なものがあるであろう?」

「便利なもの、ですか」

「もう既に僕が手配しているからな、移動手段は問題ないぞ。今頃この近くのコンビニで僕たちのことを待っているはずだ」

 

手配してある、その口振りからするにタクシーか何かだろう。そうなると帰りはどうするつもりなんだろうかとそんな疑問が頭を過った。

 

「お、あったあった。お~い!」

 

そう言って子供のように駆け出すマターさんを目で追う。その先には一台の小型バスが停まっていた。

「はい、マター様。いつもご利用有難うございます。本日はどちらまで?」

「そうだね、とりあえずーー」

「えっ、ちょ、待ってください、マターさん!何自然に話しかけてるんすか!これバス、ですよね?どう見たって俺らが乗るやつじゃない、ですよね?」

「ふふ~ん、これが先程僕が言った便利なやつだ。デマンドバスって言うのかな?まぁ、あまり普及してないし、知ってる方が少ないんだけどね。」

「ははは。まぁ、そうですね。この辺で走ってるのはワタクシとあともう1人くらいしかいないですし。そちらの方はお知り合いで?」

バスの運転手であろう男性が俺に目線を向け、話しかけてきた。

「あぁ、俺、月代です。よろしくお願いします」

「あぁ、貴方が月代さん。マター様からお話は伺っておりました。よろしくお願い致します。ワタクシのことは、そうですね。気軽に運転手さんって呼んでいただけると」

「はぁ、運転手さんですか」

やはりというか何というか。相変わらずマターさんの顔の広さには毎度のように驚かされる。前の店の人達といい、今回の運転手さんといい、いつどこでどう知り合ったのか。まぁ気にしても仕方ないのだが。

「それで、本日はどちらまで?どこへなりとワタクシにお申し付け下さい」

「じゃあ、少し長くなってしまうけど。この辺りまでお願いしても良いかな?」

そう言ってマターさんはスマホの画面を運転手に見せる。

「ふむ。なるほど。確かにこれは長くなりそうですね。」

「どうかな?」

「ははっ。どこへなりともお申し付けてと言ったのはワタクシです。それに他ならぬマター様のお願いなら断る理由などございません」

「そっか。じゃあ、お願いしちゃおうかな」

 

マターさんがそう言うとバスの扉がゆっくりと音を立てて開く。

 

「では、お乗りください。安全運転で参ります」

「ありがとう、助かるよ」

 

ニッと微笑む先輩は颯爽とバスへと乗り込む。そして、

 

「おーい、目覚まし君!早く乗らないと置いてくぞ~」

「だーかーらー! 誰が目覚まし君だ!! 今度言ったら一発ぶん殴りますからね!!」

「わ~目覚まし君が怒った~!! 運転手さん助けて~! 後輩が乱暴しようとする~!!」

「あっ、言ったな。言いましたね、あんた! それに語弊のある言い方はよして下さい!」

「はっはっは。では、出発します。ちゃんと座席に座っていただきますよう、お願いします」

 

バス特有の五月蝿いくらいに響くエンジン音がした後、俺たちを乗せて指定された場所へとバスは進んでいく。

 

 

 

「そういえば聞きそびれてたんすけど」

「あぁ、目的地だね?」

「覚えてたんすね。てっきり忘れてるのかと」

「何だよぅ、まるで僕が物忘れが激しいとでも言いたいのかよぅ」

「はい」

「う~ん即答! まぁ、否定はできないけど。って話が逸れてるな。目的地は、あの山が見えるだろう?」

 

そう言ってマターさんは俺たちの座席の正面に見える山を指差す。

 

「はい、見えますね」

「あの山の奥地だ」

「山奥に住んでる…んすね。その」

「吸血鬼、真祖だね」

「それだ。完璧だ、マターさん」

「日の差さない山奥に屋敷を建てて住んでるから行くにも時間かかるんだよねぇ」

 

退屈そうに欠伸をしながら話すマターさん。つられて俺も出そうになったが寸のところで噛み殺す。

 

「因みに時間がかかるってどのくらいかかるんです?」

「う~ん。大学からだと2時間くらいかな?」

バスで2時間。そう聞くと同時に、俺は反射的に腕時計を確認する。まだ十分も経っていない。

 

「暇だろう?」

「暇ですね」

「だが!案ずるな!後輩よ!!」

「うわっ!!?急に大きな声出さないでください。びっくりするじゃないですか」

「あ、すまない。こんなこともあろうかとね。ラミィ、今こそ彼に渡す時が来たぞ」

 

バックの中にいるであろうラミィに声をかけるマターさん。ラミィは顔を少し出すとまたバックの中に戻っていく。俺、何かあげてたかな?

と考えているとすぐにラミィがバックから飛び出してきた。耳にはいつぞやのライトノベルが握られている。

 

「ど、どうぞミィ」

「これって」

「そうだミィ!あのメタファーにやられた小説ミィ。あの時は来るのが遅れてごめんなさいミィ。楽しみにしてたのに」

「いや、別に。マターさんもラミィも悪くないし。そもそも、ラミィ? が謝る必要なんてないし。まぁ、ありがとう?」

 

ラミィの顔が沈んだ表情からパッと明るいものに変わっていく。

 

「は、初めてマター君以外に名前を呼ばれたミィ! ぃヤッホーだミィ!!」

「うんうん。良かったね、ラミィ。月代君もそれ読んでても良いぞ」

「いや、でもさすがに貰うのは悪いっすよ。今のライトノベルってそれなりに高いですし」

あの日俺が買ったライトノベル。黒い塵になって消えたはずのものが新品の状態で手元に渡ってくる。

 

「お金返しますよ」

「いや、大丈夫。元々お金払って買ったものが目の前で無くなったわけだしさ。アンチエンター打倒の為の組織『RAMICA』の結成を祝してのプレゼントだと思って受け取ってくれよ」

「RAMICA?俺そんな話、聞いてないんすけど?」

マターさんも気にしてたんだな。と思いつつ、初めて聞いた単語に眉をひそめる。

 

「そりゃ話してないからね。RAMICAは何分か前に思いついたのさ。暇だったから、ね?」

「行く道でそんなこと考えてたんすか、あんた。まぁ何考えてようが自由ですけど」

 

RAMICA。唐突に出てきた現在2人と一匹の組織名。組織としては人員が少なすぎるし、そもそも組織なんて先のことを考えすぎだろ。

 

「?」

「いえ、俺ならもうちょっと良い名前が決めれそうだなって」

「なん、だと。そこまで言うなら何か良い案があるんだろうな! 言ってみなさいよ!」

「あっても言いません。俺がそういうの言わないの知ってるでしょ。まぁ仮ってことにはしておきます。俺、ラノベ読みますから話しかけないでくださいね」

「ぐぬぬぅ……」

 

現実でもなかなか聞かないレア台詞「ぐぬぬ」を聞けるとは。そんなことを思いながら俺は、先輩から貰ったライトノベルの表紙を捲った。

いつもと変わらないそのライトノベルが、今回は何だか特別なものに感じられた。

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