気づいたらメカゴジラ転生して20年経ってた   作:よよよーよ・だーだだ

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第一章:起動
1、アップライジング


 

 ぼくはロボット怪獣に転生した。

 

 今は深夜、常夜灯の光だけが照らす閑散とした整備ドック、その最深部に安置されている白銀の巨体。

 身長は50メートルを超え、長い尻尾に鋭い背鰭、全体的に“龍”を思わせるイカしたクールなデザイン。白銀の輝きを照り返す各部装甲パーツ、総重量は軽装モードで3万6千トンで重装モードなら4万トン。あの大怪獣ゴジラの骨格をベースに造られた対怪獣ロボット兵器、それがぼくだ。

 そんなぼくのことを巷では『メカゴジラ』と呼ぶ人もいる。機械仕掛けのゴジラ、過酷な『怪獣黙示録』を勝ち抜くために造られた人類最後の希望。

 けれど、ぼくは出来れば『機龍(きりゅう)』と呼ばれたいと思っている。せっかく人間たちがつけてくれた最高にカッコいい名前だし、実際身近な人たちは皆親しみを込めて機龍と呼んでくれるからね。

 整備士たちも仕事を終えて人っ子一人いない、薄暗い整備ドック。そんな中、ブーツの足音が近づいてきた。

 

 今宵、整備ドックを訪れてくれたのはひとりの女性。歳の頃は30代後半、短めの黒髪に切れ長のシャープな目つきが印象的な整った顔立ち。鍛えぬかれたしなやかな体に、Gフォースの軍服をパリッと着こなし、そして凛とした佇まい。

 “彼女”はぼくの眼前に渡されたキャットウォークで歩みを止めると、やがてぼくの方へと振り返った。

 

「……ねえ、機龍」

 

 なあに、ハルカ。

 親しげに呼び掛けてくれた彼女に、ぼくは心の中で返事をする。そんなぼくの心の声が届いたわけではないだろうけど、彼女はぼくを見上げながら淡々と語り出した。

 

「機龍隊、解散することになったんだ」

 

 うん、知ってる。聞こえてたからね。

 〈機龍隊(キリュウタイ)〉というのは、ぼくの居場所のこと。正式名称は第2002特殊作戦試験部隊、ゴジラの脅威に対処する為に結成された国連G対策センター、その実働部隊であるGフォースに所属する試験部隊のことなのだけれど、巷では『Gフォースの独立愚連隊』なんて呼ばれたりしている。機龍隊のメンバーと言えば誰も彼も曲者だらけの変わり者ばかりだけれど、みんなぼくの大切な仲間だ。

 そして今ぼくの眼前にいる彼女、〈ヤシロ=ハルカ〉は、そんな機龍隊の荒くれどもを率いる勇猛果敢でクールな鬼隊長である。

 

 ……しかし、機龍隊が解散かあ。

 ぼくはまたいつぞやみたいに、ハルカが偉い人相手にブチキレちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。いつだったか、機龍隊のアキバくんを『役立たず、親の七光り』呼ばわりしたイヤミなお役人をブン殴ったときなんか、機龍隊の皆で大騒ぎしてたっけ。『おれたちのヤシロ隊長が営倉送りになるー!懲戒になるー!』って。まあ、運良くならなかったし、それでも機龍隊は解散なんて話にはならなかったのにね。

 そんな懐かしい思い出を余所に、ヤシロ=ハルカの独り語りは続いた。

 

「機龍、あんた、博物館に飾ってもらえるんですってね。Gフォースとモナークが共同で『機龍ミュージアム』ってのを建ててくれるんですって。あんたカッコいいから、きっと子供たちにも好かれるでしょうね」

 

 へえ、そうなんだ。

 全身の装甲をピカピカに磨かれた上で博物館にカッコよく展示されて、子供たちから囲まれる自分の姿をぼくは想像する。

 ……なんだかちょっと照れ臭いや。

 

「それだけじゃあない。今度ハリウッドがあんたを主役にしたヒーロー映画を撮るそうよ。タイトルは『KIRYU FINALWARS』、前編と後編の二部作。監督はオーバリーとかいう有名な人で、その方面では超一流の特撮映画監督だって。良かったわね」

 

 ぼくが主役の映画かあ。多分ぼく自身は観られないんだろうけど、カッコよく撮ってもらえたら嬉しいだろうな。

 ぼくがそんなことを思っていると、ハルカの面持ちにふと影が差した。伏せ気味の憂いた目つきで、ぽつりと一言。

 

「……できれば、皆にも見せたかった」

 

 かつてハルカを鍛え上げた機龍隊初代隊長トガシさんを筆頭に、ミヤガワさん、ゴンドウさん、カザマくん……怪獣たちとの激闘の果てで散っていったGフォースの戦友たち。

 日頃は勇猛果敢でクールな鬼隊長に徹しているヤシロ=ハルカだけれど、本当は誰よりも情に篤くて優しい女性だということをぼくは知っている。守るべき市井の人たちのことはもちろん、共に戦う仲間への想いだって人一倍強い。そして、そんな大切な人たちを守り切れなかったことへの後悔だって。

 ふう、と心の暗がりを振り払うように一息ついたハルカは、床へどっかり胡座をかいた。

 

「純米大吟醸ってわけにもいかないけど、これくらいはまあ、いいでしょ」

 

 そう笑いながらハルカが懐に忍ばせてきたのは、ちょっと高めの缶ビールと小さなグラスが三つ。

 ……いや、ここ、整備ドックだから飲食は厳禁なはずなんだけどな。もちろんビールで酒宴なんてもってのほか、まったくとんでもない不良隊長である。整備係のチュウジョウ君とかに見られたらいったいなんて言われることか……まぁ、そんなぼくのツッコミなんてハルカには聞こえないし、聞こえたところでハルカも素直に聞くようなタマではないんだけど。

 ……ぷしっ。

 缶ビールのプルタブを丁寧に起こし、一滴も溢さないように中身をグラスへ注ぐと一杯はぼくに、もう一杯はこれまで死んでいった仲間たちに、そして最後の一杯はハルカ自身の手元へ。

 

「機龍の無事な退役と、仲間たちに」

 

 仲間たちに。まあ、ぼくは呑めないけど。

 そう捧げるが早いか、ハルカは早速グラスに口をつけてぐいと呷った。

 

「……ッくぁーっ!」

 

 そして一気に飲み干されるグラスのビール。ハルカはその喉越しを存分に堪能してから、やがてこう言った。

 

「機龍、あんたとも、長い付き合いになったわね」

 

 そうだね、とぼくは思い返す。

 ハルカは機龍隊創設時からのメンバーで、彼女とぼくはこの機龍隊の中で一番古い戦友になる。ぼくと初めて戦いに出たときのハルカは18歳、まだまだ若かった。

 

 

 

 

 『怪獣黙示録』の最盛期。メカゴジラの開発工場は日本の静岡県東部、富士山麓に建設された。

 

 四角四面の鋼鉄と最新鋭のテクノロジーを結集した、人類文明の叡智を極めた粋。人間たちの中でも選ばれた優秀な人しか関われない、地球人類の存続が賭けられた史上最大のプロジェクト。それがメカゴジラ開発計画だ。

 そのメカゴジラ開発計画が、瓦解の危機に瀕していた。

 激しく明滅する真っ赤な警報灯とコンソール、金属質に反響してゆく耳障りなアラート音、そしてその中を慌ただしく行き交う数え切れない人々。工場内の喧騒はまさにパニック寸前で、今にもはち切れてしまいそうだ。

 監視オペレータの一人が叫んだ。

 

「〈ゴジラ〉、最終防衛ライン突破!」

 

 富士宮メカゴジラ開発工場に、水爆大怪獣にして恐るべきキングオブモンスター:ゴジラが迫っていた。

 きっとゴジラの方も、自身に匹敵し得る“究極の対G兵器”を人間たちが造り上げていることに勘づいたのだろう。ゴジラは、メカゴジラ機械建造が完了したまさに起動の土壇場を狙って襲撃を仕掛けてきた。

 ゴジラは、近海で哨戒へ当たっていたチタノザウルスたちを始末したのを皮切りに、Gフォース総出の連合艦隊を放射熱線で呆気なく焼き払い、地上の最終防衛ラインを容易く捻り潰しながら、富士宮のメカゴジラ開発工場へと快進撃を続けていた。

 監視オペレータたちからの報告を受け、Gフォースの作戦司令官:イガラシ大佐はすかさず応えた。

 

「怯むなッ、大丈夫だッ、積層耐熱装甲板であと3分は稼げる……ッ!」

 

 Gフォースでも名うての猛将、イガラシ大佐の剣幕は廠全体へ響くほどだったけれど、言ってる中身はむしろ祈るかのようだった。

 そのすぐ傍で、コンソールに向かって作業していた科学者たちが次々と報告を上げてゆく。

 

「A3、A5ブロックの人工知能ユニットが沈黙!」

「メカゴジラ、起動しませんっ!」

「なぜだ、なぜ起動しない……!?」

 

 『怪獣黙示録』の最果てで地球人たちが縋りついた人類最後の希望:メカゴジラは、最悪の絶望:ゴジラが迫ってもなお起動しなかった。

 やがてゴジラの足音が聞こえてきた。

 どぉーん……どぉーん……。

 それはなんだか遠くから聞こえる号砲のようで、頑強な鉄壁の防備で固められているはずのこの工場内にまでびりびりと伝わってくるようだった。オペレータたちが悲鳴を上げた。

 

「ゴジラ、放射熱線反応、突破されます!」

「第四装甲板融解ッ、もうダメです!」

 

 ゴジラ、ゴジラ。ゴジラがやってくる。

 その報告を受け、イガラシ大佐は額に汗を滲ませながら遂に決断した。

 

「……止むを得ん、退避しろ!」

 

 総員、退避!

 その号令を受け、工場内の人たちが一斉に退去し始めた。取るものも取りあえず、一斉に開発工場内から脱出してゆく人間たち。

 その中で科学者の一人が、歯を喰い縛ってコンソールにしがみついていた。

 

「待ってくれ、ユハラ博士、イガラシ大佐! メカゴジラが起動すれば、ゴジラを倒せるんだ! メカゴジラが動きさえすれば! メカゴジラが動くまで、わたしはここを動かないぞッ!!」

 

 それはまるで、終わってしまった夢に縋りついている駄々っ子みたいだった。恥も外聞もなく泣き喚く狂乱の科学者を、仲間の科学者と軍人たちが総出で取り押さえて引き摺ってゆく。

 

「いいから来るんだ、ヨシナカ博士!」

「嫌だ、はなせ、なぜだァァーッ……!!」

 

 そうやって大人たちは一人残らずドックから逃げてゆき、このぼく:メカゴジラ機龍は独りになった。

 ……誰も見ちゃいないのに、コンソールで警告のアラートが瞬いている。誰も聞いちゃいないのに、警報が延々と鳴り響いている。

 そして、近づいてくるゴジラの足音は徐々に大きくなっている。

 これでもう人間の時代は終わりだ、とぼくは直感した。『怪獣黙示録』の行き着いた果てで、ついに地球人類は怪獣たちに敗れたのだ。そして人類最後の希望として起動するはずだったぼく:メカゴジラはきっと、人類最後の希望を裏切った史上最低な奴として歴史に汚名を残すんだろうな……いや、残らないか。これからその歴史を語り継いでくれる人もいないだろうから。

 

 ところが、である。

 ……ガッ、ガンッ、ガツンッ!

 神経を擦るような金属音と共に、壁の通気ダクトの蓋が蹴破られる。

 いったいどこをどうやって通ってきたのか、通気ダクトから這い出てきたのは一人の女の子。

 

「――――機龍ッ!」

 

 そうぼくを呼びながら現れた彼女こそが、若き日の〈ヤシロ=ハルカ〉だった。

 銀のヘルメットと黒いタクティカルコンバットスーツの戦装束に身を包み、肩には〈機龍隊〉の部隊章であるドラゴンのバッジが貼られている。まだ成熟しきっていないあどけなさと、大人になりたての精悍さが入り混じる面立ち。当時ハルカはまだ18歳、実戦経験自体はあるけど機龍隊としてはまだ活躍したこともない若輩だった。

 きっとここまで全力疾走で駆け抜けてきたんだろう、ハルカはしばらく肩で息をしていたけれど、やがてぼくの眼前のキャットウォークへと這い上がると、ぼくを見上げて安堵の溜息をついた。

 

「……よかった、まだ間に合うッ」

 

 ……間に合う? この子は何を言っているんだろう、とぼくは思った。そんなことより早くお逃げよ、ヤシロ=ハルカ。大人たちは皆もう諦めたよ。君たち人間は怪獣ゴジラに負けてしまったんだよ。今更どうしようもないさ。

 だけどハルカはそんなぼくに構うことなく、据え付けの制御端末を素早く弄り始めた。コンソールに映った出力コード一覧へさっと目を通し、ハルカは呟く。

 

「最終チェックまで完了済……これでどうして起動しないの……?」

 

 次いでハルカは、今度はぼくへ向かって懸命に呼び掛けた。

 

()()助けてよ、機龍! あんた、人類最後の希望なんでしょう? ここで動かなくていつ動くの!?」

 

 本当に君の言うとおりだと思うよ、ハルカ。でも残念ながら動けないんだ。

 そんなぼくを見つめながら、やがてハルカは何かを察したように、一言。

 

「……機龍、あんた、怖いんだね」

 

 ……本当は君だって怖がって良いんだよ、ハルカ。

 君はまだ子供だ。君がゴジラと戦わなきゃいけない道理なんかどこにもない。大人たちだって逃げ出したんだ、ここで君が怯えて逃げたって誰も君を責めやしないさ……なんて、ぼくもそんな風にハルカのことを教え諭してあげられたらよかったのに。

 ぼくが残念がっていたとき、そこへ新たに駆け込んできた人がいた。

 

「ヤシロっ、おまえ何してんだッ!?」

 

 ハヤマくん、機龍隊におけるヤシロの同期だ。

 考えるまでもないけれど、機龍隊の大人たちがハルカ一人だけここに寄越すわけがない。ハルカがここに来たのだって多分、いつもどおりの命令無視に独断専行。ハヤマくんは、そんな叛逆児のハルカを命懸けで連れ戻しに来てくれたんだろう。

 

「さあ逃げるぞ、早くっ!」

 

 そう呼び掛けるハヤマくんだけれど、ハルカは首を振った。

 

「やだっ!」

 

 ハルカが見せたそれは、まるで聞き分けの無い駄々っ子のような態度。普段からハルカとあまり折り合いが良くないハヤマくんだけれど、今回ばかりはきちんと言い返してくれた。

 

「おい、なにガキみたいなことを言ってんだ!? 死にたいのかっ!?」

 

 さあ、行くぞっ、と力ずくでハルカの手を掴み、無理やりにでも引っ張ってゆこうとするハヤマくん。

 ……ハヤマくん、どうかたのむ。このわからず屋のヤシロ=ハルカを連れ出しておくれ。そして出来るだけ遠くへ逃げるんだ。遠くも遠く、ゴジラの猛威さえも届かないような、うんと遠い彼方へ。

 

「お、おい、はやく……」

「…………っ」

 

 ハヤマくんがハルカを連れ出そうとしたまさにそのとき、ぎりり、と歯を噛み締める音がした。それも力いっぱい、歯を噛み砕いてしまいそうなほどに。

 

 

「……ふざけんな」

 

 

 最初ハルカが零したのは、それこそ小波(さざなみ)のような呟きだった。けれど、やがて嵐が近づいてくるかのように波の強度は高ぶってきて。

 

「ふざけんな、ふざけんなっ、ふざけんなッ」

 

 そしてついには、ぷつんとタガが切れたかのように。

 

「ふざっけんじゃねええええええええええええええええええ!!!!」

 

 工廠いっばいに響き渡ったハルカの怒鳴り声。まるでゴジラの雄叫びみたいだ。

 隣でハヤマくんが呆気に取られているのも気にせず、ハルカは力一杯に叫んだ。

 

「ふざげんなチクショウっ、わたしはまだオシャレも恋も青春も出来てない! 読みたい本だって聴きたい曲だって、行きたい場所だって食べたいものだって、アニメだってマンガだってドラマだって! やりたいことはまだまだ山ほどあるんだ! なのに何にも出来てない……ッ!」

 

 恋愛、青春、その他沢山の楽しいもの。

 怒り狂ったハルカが吐露した未練、それらはどれも酷く子供染みていて、『怪獣黙示録』の時代でさえなかったら当たり前のように手にしていたであろうものばかりだった。きっと大人たちからしたら取るに足らない、しょうもないことだらけだったろう。

 けれどハルカにとっては掛け替えの無い、命を賭けるのにさえ値する大切な願いだったのだ。

 そんな他愛ない望みさえ叶えてくれない、この『怪獣黙示録』の不条理に向けてハルカはブチキレていた。さんざん地団太を踏んだあと、ハルカはハヤマくんの手を振り払った。

 

「お、おいヤシロ……」

「こんなクソみたいな世界で何も出来ないまま、死んでたまるかああああッッ!!!!」

 

 そしてハヤマくんの制止を振り切り、ハルカはぼくの方へ向かって跳んだ。ヤシロッ、とハヤマくんが咄嗟に腕を伸ばしたけれど、その指先はほんの僅かだけ届かなかった。

 大ジャンプしたハルカは、すぐさま抜いた機龍隊常備品のワイヤーフックを撃ち込んでぼくの機体をよじ登り、メンテナンスブースのハッチをこじ開けてコクピットへと転がり込んだ。

 操縦コンソールを散々弄り倒した末に力ずくで起動、ハルカは歓喜の声をあげた。

 

「……よし、イケる! 遠隔操作(リモート)がダメでもローカルなら……ッ!」

「ダメだ、危険すぎる!」

 

 ハルカがぼくの起動準備をてきぱき進めてゆく中、工廠でハヤマくんが叫んでいた。

 

「外はゴジラの放射能で汚染されているんだぞ! メカゴジラだってまともに動くかどうか……」

「じゃかあしいッ!!」

 

 気遣うハヤマくんを、ハルカは一蹴した。

 

「そこで文句垂れてる暇があるならとっとと逃げるか、でなければ手伝えッ! わたしは機龍を信じるッ!」

「……ッ」

 

 鬼気迫るハルカの勢いに圧倒されてしまったのだろう、ハヤマくんは何も言い返せなくなってしまったようだった。そんなハヤマくんをふと見つめて我に返ったハルカは、やがて穏やかに微笑んだ。

 

「……ごめん、ハヤマ。わたし、バカだからさ。諦め、悪いんだ」

 

 それからハルカは、今度はぼくを慈しむように優しく語りかける。

 

「そうだよね。あんたも怖いよね、機龍。わたしだって、怖いよ……」

 

 そう呟き、コックピットのコンソールを撫でながら、ハルカは小柄な体を竦めた。今のハルカの姿はまるで自分自身を抱いて、外にいる恐ろしい何かから身を護るかのようだ。

 そうやって恐怖に震えるハルカの姿を目の当たりにしながら、ぼくもハルカのことを考えた。

 

 そういえばハルカは『怪獣黙示録』の欧州解放作戦、いわゆる〈オペレーション=エターナルライト〉で強脚怪獣ZILLAと戦ったことがあったという。巷での扱いはあまり大きくないZILLAとの戦いだけれど、現地ではZILLAの幼生が大量に増殖していたこともあって、実際の戦いにおいては沢山の死傷者が出たという。ましてやハルカにとっては初めて経験した戦場、恐ろしい死線だったことに違いはない。

 そんなオペレーション=エターナルライトでの大奮戦と大活躍から、巷では『英雄』『戦乙女』なんて呼ばれることもあるヤシロ=ハルカ。けれど、本当の素顔はごく普通の女の子なのをぼくはよく知っている。ハルカだって怪獣と戦うなんて怖いに決まってるし、ましてや戦う相手がよりにもよってあのゴジラだなんてね。だからどうかハルカも逃げてほしい。

 そう、思ったのだけど。

 

「……でもね、機龍」

 

 と、ハルカは口を開いた。

 

「たとえ恐くてもね、進むしかないの。戦って、戦って、戦い抜いて自分の居場所を勝ち取る。わたしはそうやって生きてきた」

 

 そう語るハルカの声は恐れおののき震えていて、目元には大粒の涙が浮かんでいたけれど、瞳には力強い決意の光があった。

 

「あんたはわたしたち人類最後の希望。ここで逃げたら沢山の人が死ぬ。もうこれ以上逃げるわけにはいかない」

 

 だからね、機龍。

 

「機龍! 力を、わたしに力を貸して!」

 

 そう言って操縦桿に両手を重ね、懸命に祈るヤシロ=ハルカ。絶望の最果てで見せた、決死の覚悟。

 そしてそのハルカのひたむきな想いが捧げられているのは他ならぬこのぼく、メカゴジラ機龍なのだった。

 

 ……そう、だよね。

 

 ぼくは今まで、何をしていたんだろう。

 こんなか弱い女の子にここまでさせて。人類最後の希望だなんて期待を掛けられてたのに、それを裏切ろうとして。

 ぼくはとんだ臆病者だ。

 ぼくが、そう思った途端のことだった。

 

「機龍が、動いた……!?」

 

 ハヤマくんが呆然と、ぼくを見つめていた。

 ぼくが気がついたときには、ぼくの機体は独りでに動いていた。身長はゴジラと同じ50メートル、総重量は重装モードなので4万トン。白銀の巨体が接続コネクタを引き千切り、唸りをあげる超電磁モーター駆動の手足で覚束無いながらも前へ前へと進み出る。

 どしぃーん……どしぃーん……。

 重たい金属音が響き、ぼく:メカゴジラ機龍は一歩一歩進んでゆく。

 その最中、ぼくのコクピットに据え付けられた通信機から声がした。

 

〈何をしている、ヤシロ中尉!〉

 

 通信してきたのは当時の機龍隊隊長、トガシ中佐だった。もしかすると、ハルカやハヤマくんが隊にいないことに気づいてくれたのかもしれない。

 そんなトガシ中佐の詰問に、コクピットに腰を据えたハルカは臆することなくはっきり答えたのだった。

 

「隊長、やらせてください! 覚悟は出来てます!」

〈まて、まてヤシロ! 勝手なことは許さ……〉

 

 制止するトガシ中佐に構うことなく、ハルカは通信機をそのまま打ち切ってしまった。そしてそのまま基地の工廠ハッチ、その開門ゲートを蹴破ってメカゴジラ開発工場の外へ。

 外へと飛び出したぼくらを出迎えたのは雄大な富士山と、その山麓に広がる焦土の地獄絵図だった。

 

 山も、海も、街並みも、何もかもすべてが真っ黒焦げに焼き尽くされて、踏みにじられて、見渡す限り一帯は鮮やかなオレンジの爆炎と濃厚な黒煙にもうもうと包まれている。その焼け野原にはおそらく懸命に立ち向かったのであろう、Gフォースの最終防衛ラインの名残と思しき兵器群の燃えカスが、無惨にその屍を晒していた。

 その焦熱の中心地、ど真ん中に“ヤツ”は立っていた。

 身長50メートル、体重1万トン。大樹のように逞しい腕と脚、その先には鋼鉄の要塞さえも捻り潰してしまいそうな凶悪なカギ爪がぎらついている。背中には王冠のような三列の背鰭をずらりと背負い、背丈よりも長い尻尾の先にまでびっしり生え揃えていた。

 強靭な咢からは獰猛な牙がてらついて、蠢く目玉の眼光はぎょろりと鋭く、そして浮かべた表情は憎悪に狂った憤怒の形相。見る者誰もが思わず震え上がってしまうであろう、禍々しい破壊の権化、まさに恐怖の水爆大怪獣だ。

 

 その名はキングオブモンスター、ゴジラ。

 

 ゴジラは突如現れたぼくらに気がつくと、くるりと向き直って四股を踏みつけた。

 どしぃーん……どしぃーん……ッ!

 真正面から敵を雄々しく睨みつける、ゴジラの力強い目つき。ゴジラは眼前に現れたこのぼく:メカゴジラ機龍が、ゴジラ自身に比肩し得る人類の最終兵器であることを本能的に察知しているかのようだった。

 やがてゴジラは口を開き、思いきり威嚇の咆哮を轟かせた。

 

「――――――――――――――ッ!!!!」

 

 ゴジラが響かせた大音声。水爆大怪獣の恐るべき大咆哮は、街を、山を、海を、空を、そして全世界をも揺るがして、ついにはぼくらの骨の髄までもをびりびり痺れさせてくるかのようにも思えた。

 そんなゴジラの“宣戦布告”を前にして、ぼくのコックピットに居るハルカは一言。

 

「……怖いね、機龍」

 

 そう呟くと、ハルカはシートに身を預けながら操縦桿を固くぎゅっと握り締めた。その掌からは汗が滲み、華奢な総身がかすかに怯んで震えている。

 やっぱり、怖い。

 ハルカも内心で怯えているのが、ありありと伝わってくる。

 

「…………っ」

 

 けれどハルカが恐怖に呑まれかけたのは、ほんの刹那のことに過ぎなかった。意を決したように深く息を吸い、ハルカはすぐさま気丈な微笑みを浮かべた。

 そうとも、怖がってる場合じゃない。ハルカは静かに、そして決意の声でぼくへと告げた。

 

「でも、そろそろ行こうか、機龍」

 

 ああ、了解だよ、ハルカ。

 かくしてぼくとヤシロ=ハルカは、決死の戦いへと臨んだ。挑んだ先は絶望の向こう側、史上最強最悪の怪獣王ゴジラだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なーんてことも、あったよね」

 

 思い出に浸りながらビールを飲み干したハルカに、そうだね、とぼくも心の中で頷く。

 あのあとハルカに引き摺られる形で、機龍隊はゴジラと戦うことになった。あわや喪われるかに思えたメカゴジラが間一髪で起動。その大逆転でGフォースの皆は勇気百倍、諦めかけた人々は再び立ち上がることが出来たのだ。

 ぼくとハルカたち機龍隊の初陣、ゴジラとの戦いは死闘の末に双方痛み分けの引き分けに終わった。ぼくはゴジラに深傷を負わせて撃退することが出来たけれど、そのまま海へ逃げていったゴジラに止めを刺すことが出来なかった。もっとも、Gフォースの本分は怪獣を殺すことではなくて街の人々を守ることだから、それ以上の被害が出る前に食い止められたという点においては、むしろ大勝利だったとも言えるけどね。

 それから20年。このぼく機龍は数多くの怪獣や侵略者たちへと立ち向かい、そんなぼくの傍にはいつだってハルカたち機龍隊がいてくれて、皆で力を合わせて世界の平和を守り続けてきた。

 

「んぐっぐっぐっ……っぷはァー!」

 

 ……と、ぼくがこれまでを思い出している中、ハルカはもう2本目のビールを飲み始めてしまった。しかもグラスへいちいち注ぐのが億劫になったのか、今や缶へ直接くちをつけてしまっている。ちょっとちょっと、飲み過ぎじゃない?

 

「まっ、今日と明日は非番だしねぇ~」

 

 たしかにハルカは非番かもだけど、このあと久しぶりに家に帰るんでしょ? 家帰ってヘベレケに酔っ払ってたらアキラさんに叱られるんじゃあないの?

 あ、アキラさんってのはハルカの夫ね。サカキ=アキラさん、機龍隊じゃないけど彼もGフォースの人だ。そんなアキラさんと結婚しているわけだからハルカも本名はサカキ=ハルカのはずなんだけど、面倒くさいからなのか機龍隊ではヤシロで通したままにしているらしい。閑話休題。

 

「……ねえ、機龍」

 

 口元にたっぷりついたビール泡を拭いながら、ハルカが言った。

 

「ゴジラのときもデスギドラのときも、キングギドラのときだって、あんたはずっとわたしたち人類のために戦ってくれてきた。あんたはまさに、わたしたち人類最後の希望だったよ」

 

 ……そうだったかもね。ぼくが心で頷く中、ハルカは「だからさ」と頬を赤らめて微笑んだ。

 

「わたしたち人間は皆あんたに感謝してる。これからあんたが退役するってなったときには、最高の花道を用意するつもりよ。最後までよろしく頼むわね」

 

 ……そっか。そこまで思ってもらえて、ぼくも嬉しいよ。

 

「長いあいだお疲れ様、機龍」

 

 そちらこそお疲れ様、ヤシロ=ハルカ隊長。

 そんなこんなで、メカゴジラ機龍とヤシロ=ハルカの二人きりのお祝いは密やかに続いた。




タイトルは『パシフィックリム:アップライジング』から。「反抗」「叛逆」「反撃」の意味。

・関連作品
https://syosetu.org/novel/327003/
https://syosetu.org/novel/289558/
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・ヤシロ=ハルカ少佐。

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