気づいたらメカゴジラ転生して20年経ってた   作:よよよーよ・だーだだ

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23、フー・アム・アイ?

 気がつくと、どこでもない場所にいた。

 

 そこには上も下もなく、熱くも寒くも無い、重力さえも感じられない。この世では有り得ないようなビビッドな色彩に満ちているかのようにも思えて、その実は明度しかないモノクロのようでもある。あり得ないほど喧しいのに、音は微塵も聞こえない。まるで宇宙の中心、あるいは片隅、でなければ最果てにでもいるように、無限の広がりの中で一人きり。過去も未来も因果関係さえも、何もかもがねじれて入り組んだ、まさにいかれた高次元宇宙世界。

 ここはいったい、どこなんだ。

 そんな中心で立ち竦んでいるぼく:メカゴジラ機龍の目の前に、どこからともなく“黄金の光”が舞い降りてきた。

 

 ――ピロピロケタケタ、イヒヒヒヒヒ……!

 

 目も眩むほど鮮烈な“黄金の光”はぼくの眼前へ優雅に降り立つと、長い三本首を大蛇のようにくねくねとしならせ、雄大な翼を折りたたんで堂々と鎮座した。

 光り輝く三頭龍のシルエットはまるで雷光のように刺々しくて険しいのに、その所作といったらまるで自然に彫り出された彫刻のように洗練されている。残忍な攻撃性と優雅さ、そのアンビバレンツさがぼくには却って不気味に思えてならなかった。

 不審がるぼくを前に、“黄金の輝き”はゆったりと寛ぎながら愛想よく笑いかけた。

 

〈やあ、待ってたよ! 君もやっと来てくれたんだね!〉

 

 ……なんだ、おまえは。

 ぼくは敢えてぶっきらぼうに訊ねてやったのだけれど、そんなぼくの不穏な態度について“黄金の輝き”はまるで意に介さない。

 

〈あ、そっか。キミはぼくたちのことを何も知らないものね、自己紹介しなくちゃだ!〉

 

 とぐろの巻いた大蛇のような三本首をもたげた“黄金の輝き”は、ケタケタと奇妙な笑いを上げながら愛想よく名乗り始める。

 

〈ぼくらは、ギドラの最上位に君臨する天帝(Kaiser)。怪物ゼロ、金星の業火、恐怖の大魔王、星を喰う者、虚空の王、終焉の翼、生きた絶滅現象、一つにして無数、そして黄金の終焉……人間どもはぼくたちのことを好き勝手に色んな名前で呼んでくるけれど、君だったら好きに呼んでくれてかまわないからね!〉

 

 なるほど、さしずめキングギドラの親玉ってところか……ふん、おぞましい高次元怪獣め。

 ぼくはそう忌々しげに吐き捨ててやったのだけれど、黄金の輝きこと高次元怪獣は気にも留めなかった。

 

〈高次元怪獣かあ……まったくもう、シャイなんだから~ん。そう邪険にすることも無いだろう? 君とは仲良くしたいのサ〉

 

 そして高次元怪獣は、三本首をくねくね這い寄らせながらぼくの耳元へ語り掛けてくる。

 

〈こう見えても、ぼくたちは君のことは心の底からリスペクトしているんだぜ。これまで散々『端末』を送り込んできたのだって、だいたいは君のためだったのになア~〉

 

 ……端末? 何のことだろう。

 疑問を抱いたぼくに、高次元怪獣は喜色満面で説明した。

 

〈そう、端末。ぼくたち高次元怪獣の実相はマルチバースに跨がって根を張った巨大なData Integration Thought Entity:情報統合思念体、今言ったのはその終端端末(Terminal)のことさ。今回のメカキングギドラはもちろん、君たち地球の住人が一般に宇宙超ドラゴン怪獣キングギドラと呼んでいる一連の怪獣たちも実はそう。彼らは、ぼくたち高次元怪獣がこの世界へ接触するために送り込んだ、『端末』の一部なんだよ〉

 

 あの宇宙怪獣キングギドラについて明かされた、驚愕の真相。つまり、これまでぼくたちGフォースが戦い続けてきたキングギドラたちの正体は、こいつの分身みたいなものだとでも言うのだろうか。

 

〈そうだとも! ぼくたちは高次元世界にまでAscensionを成し遂げた集合意識、君たち下位次元の生き物たちとは文字通り棲む世界が違う。そんな君たちの世界へ接触するためには『端末』が必要だ。人間だってインターネットへアクセスするためにはパソコン、スマホ、タブレット、何かしらのインターネット端末を使うだろう? それと同じように、ぼくたち高次元怪獣もまた、キングギドラを使ってこちらの世界にアクセスするのさ〉

 

 そう言われると同時に、ぼくは宇宙超ドラゴン怪獣キングギドラの有り様について思い返した。

 キングギドラと言えば一つの胴体に複数の頭、古い神話に出てくる怪物ハイドラを思わせる姿。かの神話の怪物ハイドラは複数の頭を持った多頭の大蛇で、頭を一つ潰してもその傷口からあたらしい頭が生えてくるのだという。

 この高次元怪獣が言っていることもそれと同じだ。頭を沢山持ったハイドラのように、端末という形で無数の頭を生やした巨大な大蛇。姿かたちこそ違えどこの高次元怪獣もまたその本質は宇宙超ドラゴン怪獣、キングギドラなのだ。

 そんなぼくの思いつきを見透かしたかのように、高次元怪獣はにこやかに頷く。

 

〈流石に理解が早いね! ぼくたち高次元怪獣はThe One Who is many:一つにして無数。それを体現する端末として創り出したのがギドラ族、宇宙超ドラゴン怪獣キングギドラなのさ!〉

 

 そしてピロピロケタケタと得意気に嗤う高次元怪獣の姿を見て、ぼくはようやくこいつのことを理解できた。

 ……この高次元怪獣はそうやって、あちこちの世界やあちこちの人のところに『端末』を送り込んでいるのだろう。ある時は恐ろしい宇宙怪獣として世界を蹂躙し、またある時は弱った人の心へと入り込んで弱味に付け入り誑かす。そうやってありとあらゆる世界を侵略し、面白半分で弄んでいるのだろう。

 まさに悪魔だ、正真正銘の。

 

〈それに引き換え、人間って奴ときたらくだらないよねえ!〉

 

 憤るぼくを前に、高次元怪獣は声高に嗤う。

 

〈人間の理性や自制心なんてものは『動機』と『機会』、そしてそんな自分を正当化してくれる『正しさ』がひとつまみ、たったそれだけでいとも簡単にブッ壊れてしまう〉

〈誰もが皆“そう”なんだ。人間は、自身の欲望に適う都合の良い『正しさ』を手にした途端、理性も自制心もかなぐり捨てて飛びつき、暴走し、破綻を引き起こす〉

〈そしてその『正しさ』に飽きれば、人間はあっさりそれを捨て去って、また都合の良い『正しさ』へと乗り換える。新たに手にしたそれがかつて掲げていたのとどれだけ矛盾していようが、それでどれだけ犠牲が出ようが、まるで気にも留めない〉

〈そうやって人間は、そのときそのときで都合の良い『正しさ』を都合良く食い潰し続けてゆくのさ……結局そんなことの繰り返しなんだよ、人間の歴史なんてものはね。ウププププ、くだらないだろ?〉

 

 ……黙れ。

 ぼくはそう言ったのだけれど、高次元怪獣はぼくの言葉なんて気にも留めない。自分の言いたいことだけを、ひたすら一方的に喋り続ける。

 

〈倫理、正義、そして道徳。人間にとっては『正しさ』なんて結局、人間どもが自分たちの身勝手な欲望を叶えるためにくだらないオツムで捻り出した都合の良い言い訳、使い捨ての道具に過ぎない〉

〈ほら、ごらんなさい。反核、環境保護、動物愛護、平和主義に文明アンチテーゼ。愛国心、リベラリズム、表現の自由、性的搾取、多様性にクリエイターや原作へのリスペクト。正義、倫理道徳、思想哲学、ポリティカルコレクトネスにイデオロギー……人間たちの御大層にのたまう『正しさ』なんてぜーんぶ、人間が自分たちが暴力を振るうために作り出した道具に過ぎないじゃあないか〉

〈なのに人間は、時には自分自身さえも騙してまで『正しさ』へとすがりつこうとする。そのことをわかっていながら人間たちは、なおも『正しさ』を楯にした愚かでくだらない争いを辞めることが出来ない。自分たちが本当に向き合うべき問題は、まさに目の前にあるはずなのにねw〉

〈『正しさ』さえあれば、人は何をしても許されるかのように思い込んでしまう。『力こそ正義』なんてのはもはや陳腐化した悪役の決め台詞だけれど、本当はむしろ『正しさこそ力』なんじゃあないかなあ?〉

〈ぼくたち高次元怪獣は、そんな愚かな人間たちにそれを実現する『力』と『正しさ』を売りつけてあげているんだ。お代は無償、費用対効果:コスパは最高! サイコーの見世物だったよ、本物の『正しさ』を手にしたつもりの人間どもが、マヌケなアへ顔さらして暴力へひた走る姿はw〉

〈性的搾取!〉

〈ポリティカル・コレクトネス!〉

〈表現の自由!〉

〈リスペクト!〉

〈た●きを返せ!〉

〈AIは法で規制すべし!〉

〈AI絵があれば絵師なんざ要らねえんだよ!……〉

〈ここまでくればあとは簡単、後ろからほんの一押し、たったそれだけでどいつもこいつも、奈落の底まで堕ちてゆく……w〉

 

 黙れっっ!!!!

 ぼくが声を荒げて一喝すると、下卑た高笑いを響かせていた高次元怪獣も流石に口を閉ざした。

 けれどそれはいったんのことで、高次元怪獣はすぐさまニヤニヤと笑みを浮かべてこうのたまうのだった。

 

〈……おっとごめんよ。痛いところを突いてしまったかなあ?w〉

 

 黙れ、黙れ、黙るがいい! 戯言(たわごと)はもう沢山だ! 嗤い転げる高次元怪獣に向かって、ぼくは吼えた。

 ……おまえの地球侵略計画は終わりだ、高次元怪獣! 手先にしていたキラアクは死んだ、メカゴジラ=シティのメカゴジラ軍団も無い。メカキングギドラがいくら強力な怪獣だとしても、いずれはGフォースの皆のチームワークで撃滅されるだけ。

 つまりおまえのやったことなんか何の意味も無かった、何もかも無駄だったんだ! さあ、わかったら大人しく高次元だかどっかに帰るがいい!

 そうやってきっぱり拒否してやったのだけれど、高次元怪獣はこともなげだった。

 

〈キラアク? あんなカスどうでもいいよ。地球侵略? こんなチンケな星、もとより興味もないさ!〉

 

 キラアクも地球侵略もどうでもいい? いったいどういうことなのだろう。ならいったい何のために?

 当惑するぼくに、高次元怪獣は語り続けた。

 

〈そんなことよりぼくたち高次元怪獣にとって最も重要だったのはメカゴジラ機龍、君自身のことさ! 他のことは全てが枝葉末節、今回の計画は何もかも君のために用意したと言ってもいい!〉

 

 ……ぼくのため? こいつは何を言ってる? さっぱりわけがわからない。キングギドラを操れるような恐ろしい高次元怪獣が、ぼくのようなロボット怪獣なんかに一体何の用だというんだろう。

 ぼくが訝しんでいるのを見て、高次元怪獣は大仰に溜息をついた。

 

〈……まったくモスラめ、あの阿婆擦れのムシケラもむごたらしい真似をしてくれる。あいつが“真実”を伏せずに素直に教えてあげていれば、もっとコトは簡単に運んだろうにナア……〉

 

 くっくっくっ、と皮肉っぽい笑いをかみ殺す高次元怪獣の言葉、ぼくはその意味がまったくもって理解できなかった。モスラが隠していた“真実”? いったい何のことなんだ?

 いよいよ混乱するしかないぼくへ向けて、高次元怪獣は笑いながら告げた。

 

〈そうともさ。ぼくたちはね、君にはずっと目を付けていたんだ。ぼくたち高次元怪獣は、君のことがずっと欲しかった……〉

 

 そこで言葉を区切り、高次元怪獣はぼくの目を真っ直ぐ覗き込んできた。

 禍々しい歪な顔つきへ不揃いにちりばめられた、高次元怪獣の奇怪な複眼。その邪悪な意思を孕んだ視線で見つめられると、ぼくは何故だか背筋がザワザワとそわだったような気がした。

 

〈過去、現在、未来を焼き尽くす破局、究極のSingular Point:特異点。その破局の名は……〉

 

 高次元怪獣がこれから語り出そうとしている“真実”。

 不思議なことに、ぼくはなんだかそれを聞くのが酷く恐ろしく感じてしまった。おかしいよね、ゴジラと戦ったときでさえ、こんな気持ちにはならなかったのに。

 ……とにかく、ぼくはそれを絶対に聞いてはならない。もしそれを聞いてしまったら、ぼくはきっと一線を越えてしまうだろう……そんな直感さえ覚えたけれど、どういうわけかぼくはその場から逃れることさえ出来ず、ただ固唾を呑んで聞き入ることしか出来なかった。

 そんなぼくにお構いなく、高次元怪獣はあっさりと“真実”を口にした。

 

〈その破局の名は『初代ゴジラ』。それが君の本当の前世なんだよ、メカゴジラ機龍〉

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

「……状況は?」

 

 戦況を前にわたし:ヤシロ=ハルカが訊ねると、モニタリングを続けていたサエジマとアンザイが答えた。

 

「メカキングギドラ、メカゴジラ機龍に喰らいついたまま今も沈黙しています」

「Gフォース各隊モニタリングポストからの報告が出ました。こちらからの干渉は空間歪曲で常に拒否、メカキングギドラは今もエネルギーを流し込む作業を続けています」

「噛みついてエネルギーを流し続けているだけ、か……おまけにわたしたち人間、Gフォースのことは完全に無視。まったく、とことんナメたマネをしてくれるわね……!」

 

 わたしたちGフォースと、高次元怪獣メカキングギドラの戦い。状況は完全に膠着していた。

 特異点を呼び出して怪獣たちを皆殺しにしたあと、メカキングギドラはメカゴジラ機龍に噛みついてエネルギーを流し込み続けていた。

 これがエネルギーを吸い取ってるのならまだわかる、メカキングギドラのモデルになったであろう宇宙超ドラゴン怪獣キングギドラも、似たような能力を持っていた。弱肉強食、喰うか食われるか、それが怪獣たちの自然な在り様だ。

 

 だけど今のメカキングギドラがやっているのは、まさにその真逆。奴はエネルギーを吸い取るどころか逆にエネルギーを流し込んでやがるのだった。

 メカキングギドラの奴、これが仲間の怪獣ならまだしも、敵であるはずの機龍にエネルギーを与えるってのはいったいどういうことなんだ。あいつはいったい何がしたい? 狙いはいったい何なのよ……?

 それからわたしはもうひとつ、気になっていたことを確認した。

 

「アキバ、機龍の電子頭脳バイタルはどうなってる? 機龍の制御は相変わらず取り戻せない?」

 

 わたしがそう訊ねるあいだも、機龍のオペレータであるアキバは制御を取り戻そうと悪戦苦闘していた。

 

「機龍の奴、今もうんともすんともだ。電子頭脳のバイタルは正常、システムエラーなんか一切()えのに、こちらの操縦だけはまったく受け付けない」

「通信エラーじゃないの?」

「それもないスね。ハートビート信号、pingは通ってんだ。通信自体は間違いなく疎通してるはずなんだが……」

 

 ……それは、つまり。

 

「機龍が答えてくれない、ってことか……」

 

 機龍の方を見遣ると、相も変わらず静かなまま。されるがままにメカキングギドラの長い首に巻かれ、全身の各部へ食らいつかれて吊るしあげられている。

 そんな機龍を前にしながら、わたしは心の中で独り言ちる。

 

 ……ねえ、機龍。

 ホント勝手な話かもしれないんだけどさ、わたし、あんたのことは仲間だと思ってたんだよ。

 だってそうじゃん。出会ったときからわたしたちは同じ叛逆児、大人たちの言うことなんかちっとも聞かなくてさ。そんなあんたに、わたしはなんというか、仲間意識、シンパシー? まあそんな感じのを懐いてきた。

 ……まあ、本当のあんたは心なんて持ってない、ただの機械仕掛けのロボット怪獣でしかないのかもしれないよね。わたしだってイイトシこいた大人だし、なによりあんたとは長年付き合ってきたんだ、『本当はただのロボットなのかもしれない』ってことくらいなんとなくわかっている。

 

 けれど初めて出会って助けられたときから、あんたのことは、心の無いただの機械だなんてどうしても思えなかったんだ。

 

 それからずっと21年間、わたしはあんたと一緒に肩を並べて戦ってきたつもりだった。『怪獣黙示録』がもたらす恐ろしい大惨禍の中で、沢山の仲間や親しい人たちが次々と先に逝ってしまう中、それでもあんた:メカゴジラ機龍はずっとわたしの傍にいてくれて、そしてずっと一緒に戦い続けてきてくれたじゃんか。それとも、それはわたしの独り善がりな思い込み、ただの勘違いでしかなかったのかな……?

 

 それと同時にわたしは、自分たち人間の無力さを痛感していた。

 わたしたち人間は、いつだって無力だ。Gフォースだ何だと言ったところで、人知を超えた怪獣が現れてしまえばこのとおり、わたしたち人間はこうも呆気なく蹂躙されるだけ。

 怪獣と引き換えわたしたち人間は、なんと非力で弱いんだろう。わたしたちの大切な仲間が今もこうして襲われていて、今にも恐ろしいことをされているかもしれないのに、わたしたち人間ときたらただ指を咥えて黙って状況を見守ることしか出来ないなんて。

 そんな無力感に打ちひしがれている最中、不意に肩を叩かれた。振り返ると、わたしの肩に手を置いていたのは機龍と同じくわたしの20年来の戦友、機龍隊副長ハヤマだ。

 

「なにシケたツラしてんだよ、らしくねえぜ? ああ見えて機龍だって、一生懸命に戦ってるのかもしれねえだろ?」

 

 ……あんたの方こそらしくないわよ、ハヤマ。

 まるで叱咤激励するかのようなハヤマからの言葉、けれどそこでわたしもようやく思い至った。

 たしかに、今の機龍は制御不能になってしまっているかもしれない。だけど、機龍だって本当はわたしたちからは見えないところで、メカキングギドラと必死に戦っているのかもしれない。そして今すぐにでも立ち直って、メカキングギドラに打ち()ってくれるかもしれないじゃないか。

 わたしは信じるべきだった、機龍のことを。

 

「……そうね」

 

 ハヤマ、たしかにあんたの言うとおり、今のわたしは、いつものわたしらしくなかった。気を取り直したわたしは、いつものように不敵な笑みを繕いながら答えた。

 

「それに、いつも仏頂面のアンタに『シケたツラ』なんて言われたら、いよいよお終いだわ」

 

 励まされてしまったのがなんだか照れくさくて、わたしはついついそんな減らず口を叩いてしまう。そんなわたしにハヤマは呆れた様子で、だけどどこかほっと安堵したかのように笑みながら答えてくれたのだった。

 

「……相変わらず可愛くねえな、おまえは」

 

 言ってくれるじゃないの、こんな美人の人妻を捕まえといて。

 わたしがそう茶化すと、ハヤマも軽く笑って返した。

 

「せっかく同期のサクラが気を遣ってやってんだ、こういうときは御礼に愛想笑いの一つでもするもんだぜ。性根はともかく、顔は整ってる方なんだから」

「ふん、悪かったわね、性格悪くて」

 

 ……ありがと、ハヤマ。あんたは本当に最高のナンバー2、いいや相棒だわ。

 こうして立ち直ったわたしは、いつもの自信たっぷりの笑顔を繕いながら機龍隊一同へと告げた。

 

「最後まで諦めず、見捨てずにやるわよ!」

 

 わたしの掛け声を受けて機龍隊一同、「了解っ!」と応えてくれる。

 ……ホント良い同期、良い部下、良い仲間に恵まれてんね、わたしは。そんなことを思ったときだった。

 

「「……ヤシロさん!」」

 

 ふと、誰かに呼ばれたような気がして振り返ると、そこにいたのは……。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

 ……ぼくが、初代ゴジラ?

 ぼくが聞き返すと高次元怪獣は嬉々として答えた。

 

〈そうとも。かつて1954年、一番最初に人間世界へ攻撃を仕掛け『怪獣黙示録』の端緒となった始まりの怪獣。それが君、初代ゴジラなのさ!〉

 

 ぼくが、初代ゴジラ。勿体振った挙げ句にそう聞かされて一言。

 ……はー、やれやれ。

 

〈……意外と驚かないね?〉

 

 まったくだよ。

 “真実”だなんて大仰なことを言うもんだから、いったい何を言い出すかと思えば。明かされた内容があまりに他愛が無さすぎて、拍子抜けのあまりぼくは思わず深めの溜め息を溢してしまった。

 たしかに、メカゴジラ機龍であるぼくには過去に現われたゴジラの骨、いわゆる『初代ゴジラ』の骨が使われている。そういう意味ではたしかに高次元怪獣の言うとおり、ぼくの前世は初代ゴジラであるとも言える。

 だけど、それがどうした。たしかに、メカゴジラ機龍としてのぼくは、初代ゴジラの骨から作られたサイボーグかもしれない。けれどその中にあるぼく自身、ぼくの心は普通の転生者だ。別にぼく自身が初代ゴジラなわけじゃ……

 

〈まだそんなことを言っているのかい? 君も強情だなあ~。まあ、本当は“薄々わかってる”からこそ、そうやって“スッとぼけてる”んだろうけどねえ?〉

 

 は? 薄々わかってる、スッとぼけてる?? 何のことだ。

 わけがわからないぼくを、高次元怪獣はカラカラと嘲笑った。

 

〈君は、掃いて捨てるほど出てくるような巷のチンケな転生者とは違う。いや、ある意味で転生者であると言えるのかもしれないけどね。たしかに“転生”はしている。ただし、その前世は人間なんかじゃあない。転生者メカゴジラ機龍、その前世はまさしく初代ゴジラ当人そのものなのさ〉

 

 『ぼくの前世は人間なんかじゃあない』? なにを今更ふざけたことを。

 かつて西暦1954年、かつて東京を襲い跡形もなく焼き尽くした初代ゴジラ。核兵器でさえ通用しない恐るべき水爆大怪獣でもあった初代ゴジラだけれど、最終的にはある天才科学者が創り出した未知の毒化合物(オキシジェン・デストロイヤー)で葬り去られた。それがこの世界の定説で、初代ゴジラは今や骨しか残っていない。

 けれど、高次元怪獣が言っていることが正しいのなら、今のぼくは『初代ゴジラが骨だけで生き返ったもの』ってことになる。死者が骨だけで生き返る? そんなこと起こるわけが……

 

〈だから『自分は元人間の転生者だ』とでも? それこそ何ふざけたことを言ってるんだね?〉

 

 ぼくの言葉を遮りながら、高次元怪獣はなおも嘲笑った。

 

〈『異世界転生』なんて何の科学的根拠もない戯言、辛いご時世に耐えられなくなった弱い人間どもが現実逃避の果てに創り出した都合の良いフィクション、ウソッパチの空想だ。そんな絵空事と比べたら、ゴジラが骨だけで生き返る方がよほどリアリティがあるだろうよw〉

 

 そうやって笑い転げたあと、高次元怪獣は仕舞い込んでいた翼を大きく広げた。その翼の広大さといったらまさに天幕、星一つをまるごと包んで喰らい尽くそうとしているかのようだ。

 立ち上がった高次元怪獣は両翼を広げ、全身に黄金の稲妻を迸らせながら言った。

 

〈そこまで言うなら仕方ない、思い出させてあげよう。前世の君がどれだけ“素晴らしい存在”だったか……〉

 

 途端、ぼくらを中心に高次元空間が書き換えられてゆく。高次元怪獣が創り出した高次元スクリーンの大上映会、そこに映し出されたのは遠い昔、ぼく自身の記憶だった。

 

 

 

 

 ……かつて、前世のぼくは“先生”だった。

 ぼくが住んでいたのは、人里から離れた小さな村。そこは外界から隔絶された静かな場所で、ぼくは人知れず穏やかに暮らしていた。

 そこで共に暮らしていたのは、たくさんの子供たち。

 

「おはよう、せんせい!」

 

 おはよう、タイゴ。君はいつでも力強いね。

 

「おはようございます、せんせい!」

 

 おはよう、レジェ。君はいつも堂々としているね。

 

「かまって……かまって……」

 

 おはよう、カマチ。君はいつもさびしんぼうだね。

 

「おはようございます!」「おはっす!」「おはよ~」

 

 おはよう、みんな。今日も元気だね。

 ぼくから挨拶を返すと、子供たちはいつだって天使のように笑って答えてくれた。勢ぞろいした子供たち、うちひとりがぼくへと問いかける。

 

「ねえ、せんせい、きょうは なにをして あそぶ?」

 

 そうだね、今日は何をしようか。ぼくが考える素振りをすると、子供たちはいっせいに口を開いた。

 

「きょうは うみに いこうよ! うみを きょうそうしよう!」

「いいや、どうくつたんけんが いいよ! ちかくうどうの いちばん ふかいところに いこうぜ!」

「おてんきもいいし ひなたぼっこが いいなあ……」

「かまって……かまって……」

 

 ちょっとちょっと、そんなに遊んでいたら体がいくらあっても足りないよ。

 思い思いに最高に楽しい“遊び”を元気いっぱい提案しようとする子供たち。そんな子供たちのわんぱくぶりに、たじたじになったぼくは苦笑いしてしまう。

 

「え~っ、つまんないよ~」

「せんせいったら、じじくさーい」

 

 え、じじくさい? ははは、まいったなあ。

 

「だって、せんせいといっしょにあそぶの すっごくたのしいんだもん!」

「せんせいといっしょなら、なんだってたのしいよ!……」

 

 その無邪気さと言ったらまさに天衣無縫、楽しくはしゃぎまわる子供たちと、そんな彼らを見守るぼく。

 ……ああ、そうだ。そうだった。

 タイゴ、ミレイ、エメ、レジェ、カマチ、アース、ギュラ。子供たちは元気いっぱい毎日沢山遊んで、毎日沢山食べて。そんな子供たちに囲まれて、生きる活力を貰いながら、前世のぼくは幸せに暮らしていたんだ。

 そしてこのぼくは、このぼくは、ぼくは……

 

 

〈……初代ゴジラだった。そうだろう、メカゴジラ機龍?〉

 

 

 ……そのとおりだった。

 タイゴ、ミレイ、エメ、レジェ、カマチ、アース、ギュラ……その他にも沢山、一緒に暮らした子供たち。彼らはベビーゴジラ、つまり幼い子供のゴジラだ。

 

〈西暦1954年、太平洋沖、マーシャル諸島ラゴス島近海、ビキニ環礁。そこが君たちがかつて暮らしていた“棲み処”だ〉

 

 ベビーゴジラたちとぼくが暮らしたのは、高次元怪獣が語った海の底にある小さな地下空洞。人間たちの戦争や開発が原因で棲み処を追われ、家族を失い、孤児になったベビーゴジラたちは、ぼくの縄張りだった海の底の地下空洞へと逃げ込んできていた。

 そしてぼくは、そんなベビーゴジラたちを快く受け入れた。大切な家族として互いに身を寄せ会い、人の手も届かないような静かな海の底でささやかに暮らしていた……はずだった。

 

〈そこへ人間どもは愚かにも核爆弾を撃ち込んできた。暗号名はキャッスル・ブラボー、世界初の水素化リチウムを用いた核融合爆弾、つまり水爆実験だ。その結果、平穏に暮らしていたはずの君たちゴジラは最後の安住の地を失い、ベビーゴジラたちは死に、辛うじて生き残った君は人間の世界へ報復を仕掛けた……それが初代ゴジラによる東京襲撃、その顛末だ〉

 

 そう、高次元怪獣が言ったとおり、前世のぼくは人間じゃなかった。このぼくこそが初代ゴジラだったのだ。

 ……どうして、忘れていたんだろう。どうしてぼくは『自分の前世は人間だ』なんて、思い込んでいたんだろう。なぜ、どうして?

 真っ白になったぼくの心に、高次元怪獣による囁きがするりするりと滑り込んできた。

 

〈いいかい初代ゴジラ、君の心に起こったのは人間で言うところの『解離(かいり)』、記憶を自身から切り離して生き延びるための心の仕組みのひとつだ〉

 

 カイリ、だって。

 耳慣れない言葉で聞き返すぼくに、高次元怪獣は説明を続けてゆく。

 

〈そうとも。不要な記憶を邪魔にならないところへ仕舞い込んで思い出さないようにする、それが解離(かいり)だ。まあ、解離自体は誰の心でも当たり前に行われている記憶の整理の仕組みだが、耐え難い苦痛や受け入れがたい事態に見舞われた君は、自身の心が壊れてしまわないようにその記憶を封じ込めようとしてしまった〉

 

 まあ、それだけだったらまだマシだったんだろうがね、と高次元怪獣はから笑う。

 

〈問題だったのは、君自身が人間たちによって死に至り、人間たちの手によってメカゴジラ機龍へと“転生”させられてしまっていたことだ。おそらく転生直後、最初のうちの君は本当に記憶を失っていたんだろう。なにしろ死んだのが一度蘇ったんだ。まさに自失、記憶くらい失っていたっておかしくはない〉

 

 高次元怪獣の言葉を聞かされながらぼくは、脳裏に次々とイメージが蘇ってくるのを感じていた。

 タイゴ、ミレイ、エメ、レジェ、カマチ、アース、ギュラ……愛すべき子供たちと楽しく暮らした幸福な記憶。そんな子供たちを焼き殺し、ささやかな幸せを奪い、ぼく自身さえも骨身から焼き尽くして怪物に変えた“悪魔の火”。

 それからぼくは思い出した。西暦1954年、本物の怪獣へと変貌を遂げたぼくは怒りのままに人間の街へ攻め入り、街を蹂躙し、焼き払い、最終的には人間の手によって討伐された。

 ぼくはようやく思い出した。世界最初のゴジラによる東京襲撃、それを発端として引き起こされた恐るべき戦乱の時代、『怪獣黙示録』。その引き金となった怪獣こそがこのぼく、恐るべき水爆大怪獣〈初代ゴジラ〉だったということも。

 

〈だがあるとき、君は自分が初代ゴジラであることを“部分的に”思い出してしまった。初代ゴジラとして人間の街を襲撃したときの記憶だ。そこで吹っ切れていればまだラクだったはずなんだが、君はそうしなかった。むしろ君は、その記憶をこのように“再解釈”して辻褄合わせをしようとしたのさ……『自分の前世は人間の転生者なんだ、初代ゴジラじゃない、だからアレは自分のやったことではない』とね〉

 

 そうだ、そうだったんだ。しかし、ぼくはなぜそんなことを。

 ぼく自身ですらわからないその疑問についても、高次元怪獣はちゃんと答えを用意していた。

 

〈やがて『自分こそが初代ゴジラだ』ということにも気づいてしまったけれど時はすでに遅し、メカゴジラ機龍として人間たちと20年以上を過ごすうちに、君は人間のことを憎み切れなくなっていた。初代ゴジラとしての記憶と、メカゴジラ機龍としての感情、その相反するジレンマの辻褄を合わせるために、君は自分で自分の心を騙すことにしたんだ……〉

 

 そんなの、まるで。

 ぼくの言葉を、高次元怪獣は次いで言った。

 

〈そう、まるでウソツキな人間どものようにね。君の心は人間に近づきすぎたんだよ、初代ゴジラ〉




タイトルはジャッキー=チェン主演のアクション映画『WHO AM I ?』から。『わたしはだれ?』の意味。
The One Who is many

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