気づいたらメカゴジラ転生して20年経ってた   作:よよよーよ・だーだだ

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27、残酷よ希望となれ

 ……ゴジラは、なぜ人間の街を襲うんだろう?

 ゴジラが人間の街を襲うのは、繰り返された核実験や環境破壊により棲み処を脅かされたことへの報復、祟り、しっぺ返し、いわば大自然の怒りのようなものなのだというのがこれまでの定説だ。

 だからゴジラたち怪獣の猛威を目の当たりにした人間たちは、口々にこんなことを言う。

 

『ゴジラは、いいや怪獣とは、飽くなき繁栄を求めた自分たち人間の傲慢さへの罰なのだ』

 

 ……なんてね。

 今にして思えば如何にも人間らしい、手前勝手で自己中心的な考え方だなってぼくは思う。『なんでもかんでも人間のせい』? そんなわけない。これこそ傲慢な人間中心主義、自意識過剰にもほどがあるだろうに。

 

 けれど、最近のモナークの研究によれば、ゴジラたち怪獣の本来の棲み処は人間には辿り着けない海の底、さらにその奥深くの地下空洞にあるのだという。

 そんなところに棲んでいるというのなら、地上で蔓延ってる人間どものことなんか知ったことじゃあないはずだ。ゴジラだって地上で自滅しようとする人間のことなんか放っておいて、安全な棲み処でずっと平穏に暮らしていれば良かったじゃあないか。なのになぜわざわざ地上に? ぼくはずっとそう思っていた。

 だけど今、わかった。

 

 ゴジラはずっと、誰かの為に怒ってたんだ。

 

 報復、大自然の怒り、愚かしさへの罰? そんな上っ面だけの薄っぺらい話なんかじゃない。

 環境破壊で棲み処を追われて生命を蝕まれた生き物たち。行き過ぎた科学に在り様を歪められ、戦争で尊厳を踏みにじられながら消えてゆく命たち。そしてすべてを焼き尽くしてしまう恐るべき悪魔の火、核兵器。そんな『文明』という本物のモンスターに運命を弄ばれた、声なき犠牲者たちに代わって怪獣王ゴジラは本気で怒ってくれていた。

 ……ゴジラ、君は本当はそういう『とても優しい奴』だったんだね。今まで気づいてあげられなくて、本当にごめんよ。

 

 そしてメカキングギドラを始末した今、ゴジラはこのぼく:機龍のために怒ってくれていた。

 それはぼくが仲間の初代ゴジラだからじゃない。仮にぼくが初代ゴジラじゃない赤の他人、ゴジラにとってさして大切な存在じゃなかったとしても、ゴジラはきっとぼくのために悲しみ、怒り、そして暴れてくれたことだろう。

 ……だけどもういい、もういいんだ、ゴジラ。

 ぼくのためにそんな怒らなくていい。

 だってぼくは、人間を憎んでいないから。

 

 ゴジラ、君にもぼくの想いが伝えられたらいいのに。

 

 『人間を好きになれ』とまでは言わないよ、ゴジラにだって好き嫌いくらいはあるだろう。

 だけどせめて、もうこれ以上憎まないでほしい。じゃないとゴジラ、君自身もきっと辛くて苦しいだけだ。もういい、もうやめてくれ、お願いだから。

 そんなことを考えながらぼくは精一杯にゴジラへ視線を向けてみたのだけれど、そんなぼくの想いなんてものは、怒りと憎しみの只中で荒れ狂うゴジラにはちっとも届かないのだった。

 

 ――バチッ、バチバチッ、バチッ……!!

 

 怒りに任せて背鰭をひときわ強烈に、そして真赤に光らせバーニング状態へと変化を遂げるゴジラ。その恐ろしげな威容を見て、周りの人間たちが絶望の悲鳴を上げた。

 ……ゴジラの奴はバーニング放射熱線、それも先程メカキングギドラを始末したような飛びきり強烈な一発をブチかますつもりだ。あの威力で薙ぎ払ったなら辺り一帯の建物どころか、東京都心の街そのものを根こそぎ吹き飛ばしてしまうだろう。

 

 ここが“分水嶺”だとぼくは直感した。

 

 ……この機を逃したら、今度こそゴジラも人間も互いに“一線”を越えてしまう。ゴジラと人間の争いは、いよいよ歯止めが効かなくなくなるだろう。その行き着く果てで滅びるのは人かゴジラか、どちらかが死に絶えるまでの果てしない最終戦争が待っている。

 だけど、そんな結末、迎えさせるわけにはいかない。

 ……ねえモスラ、ひとつお願いがあるんだ。

 

「「……!」」

 

 ぼくがその“頼み”を口にした途端、モスラよりも先に小美人たちが声を揃えて反対した。

 

「「いけません、メカゴジラ機龍! そんなこと、できません!!」」

 

 ……小美人たちは本当に優しい人たちだ。今回の一件は何もかもぼくのせいみたいなものなのに、この期に及んでぼくのことを気遣おうとしてくれる。

 でもね。ぼくの脳裏によみがえっていたのは、あの言葉。

 

「……たとえ恐くてもね、進むしかないの」

 

 それは21年前、富士山麓のメカゴジラ開発工場で“彼女”がぼくに祈った言葉だった。

 

「戦って、戦って、戦い抜いて自分の居場所を勝ち取る。わたしはそうやって生きてきた」

 

 いつだってそうだ。“彼女”はいつも気丈で、勇敢で、そして決して諦めない強い人だった。

 

「あんたはわたしたち人類最後の希望。ここで逃げたら沢山の人が死ぬ。もうこれ以上逃げるわけにはいかない」

 

 ……初めての戦いに挑んだとき、高次元怪獣に誑かされそうになったとき。そういう大事なときはいつだって、“彼女”の言葉がぼくの背中を押してくれたんだ。

 そう、“彼女”の言うとおりだ。ここでぼくが逃げたら沢山の命が死ぬ。だからもうこれ以上、逃げるわけにはいかない。

 

「そろそろ行こうか、機龍」

 

 ……うん、そうだね、ハルカ。

 ぼくの決意が揺るがない一方で、小美人たちもまた最後まで渋っていた。

 

「し、しかし、あなたはもう限界ではありませんかっ!」

「それをすれば今度こそ、あなたは……!」

 

 小美人たちはそうやってとことんぼくを引き留めようとしていたけれど、ぼくもまた決して退く気はなかった。

 ……あのね、小美人さん。ぼくはね、ぼく自身のことなんかより、ぼくのために皆が殺し合ってしまうことの方がよほど辛いし、よほど悲しいんだよ。

 

「で、ですが……」

「しかし……!」

 

 ぼくが一生懸命に頼み込んでも、それでも小美人たちは真剣に悩んでくれていたけれど、そこで不意にモスラが声を上げた。

 

 ――……やりましょう、メカゴジラ機龍。

 

 まさに鶴の一声。思いがけないモスラからの進言に、小美人たちは目を丸くした。

 

「モスラ……!」

「あなたまで……!」

 

 ……ありがとう、モスラ。流石は繁栄と調和の道を示す守護神、貴女もぼくの提案に賛同してくれるんだね。

 ぼくが礼を告げると、モスラは一際甲高い声で啼いて応えてくれた。

 

 ――いいのです、機龍。人間と怪獣の板挟みで苦しむ、そんなあなたの苦悩は私もよくわかりますから。

 

 自分たちの守護神モスラが承諾したのを受け、とうとう小美人たちも覚悟を決めてくれたようだった。

 

「……わかりました、メカゴジラ機龍」

「あなたの頼み、聞き入れましょう。モスラも、そう望んでいますから」

 

 そう言いながらも小美人たちは顔を伏せ、悲しげにぽろぽろと涙を流してくれていた。

 ……ごめんね、小美人さん。貴女たちに辛い役目、押し付けちゃったね。本当にごめんね。

 ぼくが詫びると、小美人たちはすぐさま首を振り、健気に笑顔を取り繕った。

 

「……いえ、いいのです。『平和こそが永遠に続く繁栄の道』」

「それを為すのがわたしたちの使命ですから」

 

 ……ありがとう。さあ、はじめようか。

 そして小美人とモスラ、そしてこのぼくメカゴジラ機龍による、最後の戦いが始まった。

 

◆     ◆     ◆     ◆

 

 廃墟と化した東京で繰り広げられた、わたしたち人間とゴジラの闘いは、もはや泥沼の様相を極めていた。

 

「撃て、撃て、撃ちまくれっ!」

 

 飛び交う砲火とミサイル、降り注ぐメーサーの稲妻、それらすべてがゴジラめがけて撃ち込まれる。すべてがゴジラに着弾、ゴジラの総身が壮絶なオレンジの爆炎に包まれる。

 けれど、ゴジラはびくともしない。盛大に巻き上げられた濃厚な土煙の中、ゆらり、と青白い光が浮かび上がる。

 

「ゴジラ周囲の空間電位が急上昇っ、放射熱線ですッ!」

「退避だ、退避ッ! 熱線が来るぞっ!」

 

 すぐさま距離をとるGフォースの戦士たち、その目と鼻の先にゴジラの放射熱線が直撃し、地面を引っ繰り返すほどの破壊を巻き起こす。

 ゴジラ必殺の放射熱線を躱したあと、すかさずわたしたち人類も反撃した。いったん距離を取ったGフォース戦車隊と航空隊は再びゴジラへ突貫し、ゴジラの進撃を押し返そうと集中砲火を浴びせかける。再び劫火に巻かれるゴジラだけれど、ゴジラはものともせずに、わたしたち人間へ襲い掛かってくる……。

 そんなゴジラと人間による熾烈な駆け引きが、ただひたすらに続いていた。

 

 

 ……かつてゴジラと人間の戦いを『神様とムシケラのけんか』だなんて評した人がいたという。

 『怪獣黙示録』が最悪だった頃の話だと聞いたけれど、まったく、どこのドチラサマが言った言葉なのかしらね。今こうして前線で戦ってる当事者の立場から言わせてもらえば『まあ随分と言ってくれる』と思わないでもない。

 

 ただ、それがかつてのゴジラと人間の力関係だったのも事実だ。

 かつての『怪獣黙示録』最盛期、核爆弾を百五十発撃ち込んでも死ななかったゴジラ。わたしたち人間はそれでも無い知恵を絞り、あの手この手で作戦を立てて、ゴジラの進撃をなんとか食い止めようとした。

 あるときは、核爆弾を撃ちまくってヒマラヤ山脈へ生き埋めにしたり。

 あるときは、化学の粋を集めた特製の血液凝固剤を撃ち込んでみたり。

 あるときは、ダイヤモンドの鏡を発明してゴジラの熱線を一万倍に跳ね返してみたりもした。

 けれどそんなのは到底無駄な足掻きに過ぎないのだ、と骨の髄まで思い知らされた。ヒマラヤに生き埋めにすればたった一年で這い出てくるし、血液凝固剤もその場しのぎ、ダイヤモンドの鏡に至っては呆気なく破られてしまった。

 そのうちわたしたち人類は理解した。

 

『ゴジラには、勝てない』

 

 その現実を思い知らされてわたしたちは、絶望した。

 

 

 そんな絶望を覆したのは、メカゴジラ機龍だ。

 人類の最終兵器として建造された『人類最後の希望』、メカゴジラ機龍。ゴジラさえも撃退できる最強兵器、それをわたしたち人間が手にしたことで、『怪獣黙示録』の時代は少しずつ変わっていった。

 たしかに、怪獣たちが人知を超えた存在なのは変わらないかもしれない。けれど、わたしたち人間にはメカゴジラ機龍がいてくれる。機龍さえいれば、わたしたち人間たちの方が同じ土俵で勝負できるくらいにはなれたんじゃないか……?

 そんな風には思えるくらいの力関係を築けるようになっていた。

 

 だけどそれは、ただの勘違いだった。

 

 メカゴジラ機龍だって結局は怪獣、人間自身が強くなれたわけでも何でもない。人類最後の希望だなんて浮かれた末に、そのどうしようもない現実をわたしたち人類はすっかり忘れていた。

 その挙句がこの有様だ。

 

「――――――――――ッ!!!!」

 

 雄叫びを上げるゴジラ、軽々と蹴散らされてしまう戦車、放射熱線で易々と薙ぎ払われてゆく航空隊。

 人類最後の希望、メカゴジラ機龍。それが今失われたことで、わたしたちGフォースと怪獣ゴジラの力関係はすっかり昔へ逆戻りしてしまったようだった。メカゴジラ機龍がいなければ、わたしたち人間はゴジラの足止めさえろくに出来やしない。しらさぎ、ガンヘッド。今のGフォースの総力をもってしても、ゴジラの攻撃を押し留めるのが精一杯の有様だ。

 つまるところ、この20年間、わたしたちGフォースが怪獣たちに立ち向かえていたのはメカゴジラ機龍、つまり怪獣の力があったからに過ぎない。そういう意味では結局のところ、わたしたち人間なんて相変わらずちっぽけなムシケラでしかなかったのだ。

 ……だけどね、ゴジラ。たとえ、あんたたち怪獣にとってわたしたち人間がくだらないムシケラだとしても。

 

「ムシケラにはムシケラなりの『意地』ってもんがあんのよっ……!」

 

 わたしたちGフォースは、ここで諦めるわけにいかなかった。

 ここでゴジラの進撃を止められなければ、ゴジラの猛威は次に街の人を襲うことになる。たとえここで刺し違え、砕け散るまで戦うことになったとしても、わたしたちGフォースはゴジラを食い止めなければならない。

 

「ここでわたしたちが諦めたら東京は終わりだッ、諦めればこの戦いのすべてがウソになるっ! 砕け散るまで戦い抜くんだ……ッ!!」

 

 『怪獣黙示録』の死闘の中で、死んでいった仲間たちのことを思い出す。たとえ、わたしたちがどれだけちっぽけで惨めでも、死んでいった皆が信じたものを裏切るくらいなら、わたしは……!

 そう固く決意しながらも、一方でこうも思った。

 

「……ごめんね、ハルオ」

 

 ハルオ、いいや、これからの未来を生きてゆく全ての子供たち。本当はね、あなたたちにはゴジラとも戦わなくていいような、もうちょっとマシな未来を遺してあげたかったんだ。

 それなのにわたしたち大人ときたら道を間違えてばっかりで、未だにこんな血みどろの争いばっかり繰り返している。ごめんね、ハルオ。不甲斐ない母さんで、本当にごめんね……。

 そんな想いがよぎった、刹那のことだった。

 

 

 ゴジラが一瞬、ためらった。

 

 

 ……それはただの目の錯覚だったのかもしれない。あるいは『そうあってほしい』なんて思ってたわたし自身の深層意識が、そんな幻を見せたのかもしれない。

 ただ、今まさに渾身の放射熱線を放とうとしたゴジラが一瞬、ほんの僅かな刹那だけ、ゴジラが攻撃を踏み止まったように見えたのだ。

 ……何かが変わり始めている、何かが。

 わたしはすぐさま声を上げた。

 

「撃ち方、やめろ! ストップ、ストーップ!」

 

 ……このときどうしてわたしがゴジラへの攻撃を中止させようとしたのか、正直自分でもよくわからない。あるいは天啓、いるんだか知らないけど神様のお告げみたいな何かによるものだったのかもしれない。だけどそんなのはどうでもいい。理屈や思考はいつものとおり、後からついてきた。

 ゴジラは、戦いを辞めようとしている。

 兎にも角にも、ゴジラに変化が現れたのは確かだ。これはチャンス、ゴジラと人間、互いに矛を収める絶好の機会。もし今ここでわたしたち人間が戦うのを辞められなければ、争いの連鎖が永遠に続くことになってしまうだろう。

 とはいえ、走り出した戦線はすぐには止められなかった。

 

 響き渡る砲撃、爆撃、大爆発。真正面から突っ込んでいって次々と撃ち落とされてゆく航空隊、戦車隊。

 玉と砕ける玉砕、砕け散るまで戦う覚悟を決めたGフォースの戦い。皆、死に物狂いで戦うあまり、ゴジラの様子が変わっているのに気づいていない。

 それでも皆を止めようと、わたしは叫んだ。

 

「皆、戦いを辞めろっ! これ以上ゴジラを攻撃するなっ! 戦うのを辞めるんだッ……!」

 

 けれど、わたしがいくら声を張り上げても、そんなのは焼け石に水だった。

 わたしがいくら声を枯らして叫んでも、ここは戦場のド真ん中。凄まじい爆音と砲撃音が飛び交う最中では、ちっぽけなわたしの声なんて敢え無くかき消されてしまうだけだ。

 いったいどうすれば……?

 

「……!」

 

 そんなわたしに気づいたハヤマが、すぐさま機龍隊の通信担当アンザイへ告げた。

 

「アンザイ、Gフォース全隊に通達だ。ゴジラを撃つのを辞めさせろっ、今すぐにっ!」

「え、ふぇえっ? 攻撃中止ですかあ!?」

 

 ……ありがと、ハヤマ。混乱のあまり目を白黒させているアンザイに、わたしも続けた。

 

「全責任はわたし、ヤシロ=ハルカがとるわっ! いいから、早く!」

「し、しかし……」

 

 突然の攻撃中止命令を言い渡されて、通信担当のアンザイは困惑していた。そりゃそーよね、ついさっきまで『砕け散るまで戦え』なんて抜かしてたのが、急に方針転換したんだもの。

 けれどわたしとハヤマ、隊長と副長の二人掛かりで詰め寄られたことで、アンザイもすぐに頭を切り替えてくれたようだった。

 

「……えぇーい、どーなっても知りませんよっ!」

 

 アンザイは、東京でゴジラに攻撃を仕掛けているGフォースの全部隊に一斉通信で打電した。

 

「Gフォース全部隊総員に通達、ただちにゴジラへの攻撃を中止してください! 繰り返しますっ、Gフォース全部隊総員に通達、ただちにゴジラへの攻撃を中止してください……っ!」

 

 かくしてわたしの攻撃中止命令は、可及的速やかにGフォースの全隊へと伝えられた。

 そしてやっぱりGフォースは優秀だ。戦う時は勇猛果敢だけれど、辞める時だって潔い。戦車隊は砲火を収め、航空隊は空爆の手を止めて速やかに引き返してゆく。

 ゴジラの全身を覆い尽くしていた爆炎と砲声が収まり、それらすべてが晴れると、ゴジラがある一方向をじっと見ていたことにわたしは気づいた。

 ゴジラが見つめているもの、それは。

 

「機龍……」

 

 ボロボロの残骸になったメカゴジラ機龍。それをじっと見つめるゴジラ。

 ……いったい、なにが起きようとしているんだろう。わたしたち人間は静かに、ゴジラと機龍の様子を窺った。

 

◆     ◆     ◆     ◆

 

 ぼく:メカゴジラ機龍がやったこと。

 それはこの21年間にぼくが見てきたものを、モスラのテレパシーを通じてゴジラに届けてもらうことだった。

 完全なスクラップに成り果てた今のぼくは、自分の声で吼えることすら出来ない。出来ることと言えば、精一杯祈ることだけだ。

 だからぼくは、想いを込めて思いきり祈った。

 21年間、ぼくがどんな想いで戦い続けてきたのか、そして、そこで見た人間たちの姿がどんなものだったのか。何もかもをありのまま、すべてをゴジラに伝えようと思った。

 

 ……たしかに高次元怪獣が嘲笑っていたとおり、人間は欲深で、浅はかで、底無しに愚かだ。いつだって判断を間違えてばかりだし、おまけに身も心も弱くて、時には狡いことや悪いこと、取り返しのつかない罪だって犯す。

 けれど、そこがいいんじゃあないか。

 たとえいくら間違えても人間は創意工夫を重ねて前へ進み続けることを決して辞めないし、弱いからこそ人間は他者を思い遣り、想い合うことができる。それが人間、それこそが人間の素晴らしさで、きっとぼくたち怪獣さえも持っていない“人間の強さ”って奴なんだとぼくはわかった。

 ヤシロ=ハルカや機龍隊の仲間たち、いいや、これまで出会ってきた人たち皆が、そのことをぼくに教えてくれたんだよ、ゴジラ。

 

 途端、ぼく自身が崩れ始めたような感覚があった。

 

 物理的な話じゃない。ダメージを受ける、破壊される、そんなのはこの21年間で慣れっこだし、現にぼくのボディはとっくのとうにボロボロだった。

 だけど今度のそれは、今までぼくが感じたことのない感覚だった。目には見えないぼくの魂、存在そのものが灰になってかき消え始めたかのように、ぼくは感じた。

 ……きっと、ぼくの体に組み込まれた初代ゴジラの骨、そこに籠もっていたエネルギーが削られ始めているのだ。このままだと小美人たちが恐れていた通り、ぼくの心は今度こそ消えてしまうことになるだろう。

 

「……!」

 

 その最中、ゴジラが一瞬だけ、ちら、と振り返った。

 ほんの僅かに、そのときのゴジラは背鰭を光らせるのを中断し、ほんの一瞬だけ、放射熱線を撃つのを躊躇したかのように見えた。

 

「……ふん」

 

 ……けど、それだけだ。

 Gフォースからの砲撃を受けた途端、ゴジラは怒りの咆哮を上げた。不機嫌そうに鼻を鳴らしてすぐさま人間の方へと向き直り、怒りと憎しみの戦いを始めようとする。

 またしても背鰭を光らせ、全身を真っ赤に煮え滾らせながら、放射熱線を発射する準備を再開しようとするゴジラ。

 

 ――そんなのダメだ、もっとちゃんと聞いてくれよ!

 

 ぼくはもっと力を込めて祈った。今度はゴジラが無視できないような、ぼく自身が擦り切れてしまうくらいに祈りを込めた。

 ぼく自身の崩落は、いよいよ留まるところを知らなくなった。ぼくの中の初代ゴジラの骨に籠っていたエネルギーが陰り始めた。意識が少しずつ摩り下ろされてゆくかのような感覚で、気が遠くなる。

 けれど、ここで辞めちゃあダメだ。

 

 ……ッ!?

 

 そんなぼくの様子を受けて、とうとうゴジラはぼくのことを無視しきれなくなったようだった。ゴジラは苛立たしげに唸り声をあげ、より一層激しく暴れ狂おうとした。

 だけど、ぼくにはわかった。たとえばゴジラの背鰭の輝き、さっきまでは眩いばかりだったのに、いまや頼りなく明滅し始めている。先程までは人間たちへ向けられていた殺意が、今や向ける先を見失いつつある。ゴジラも動揺している、苦しんでいる、迷っているようだった。

 だけど、それでもぼくはやめなかった。ゴジラの奴がわかってくれるまで、それこそ砕け散るまで戦うつもりだから。

 ぼくの魂を構成する初代ゴジラの骨、そこで籠っていたエネルギーが燃え尽きて砕け散る、まさにその刹那のこと。

 

 

 ゴジラが動きを止めた。

 

 

 ゴジラは荒い息をつきながら、大きく姿勢を落として猛り狂った興奮を整えようとしていた。赤熱し膨れ上がった全身の筋肉、凶悪凶暴なカギ爪、鞭のようにしなり竜巻のように打ちのめす尻尾。それらすべてが、破壊の権化としての力を捨て去っていた。

 ゴジラは、戦うことを辞めていた。ゴジラが暴れるのを辞めたので、人間たちも攻撃を止めた。

 

「…………。」

 

 ぼくの方をじっと見下ろすゴジラと、そんなゴジラを見上げるぼく。ぼくらが見つめ合うその最中、やがてゴジラの方から歩み寄り、鉤爪の生え揃った掌を差し伸べた。

 ゴジラの表情と眼光は今も変わらず、人間たちへの怒りと憎しみを湛えていた。けれど、その奥底には優しい光が灯っていて、ぼくへと向けられた手つきはこんな風に言っているように見えた。

 

「……帰ろう、“せんせい”」

 

 ……ありがとう、わかってくれて。

 ぼくは、差し出されたゴジラの手を取った。

 

◆     ◆     ◆     ◆

 

 突如戦いを止め、機龍の残骸を優しく抱き上げたゴジラ。これだけでも驚くべき状況だろうけれど、次に出た行動でわたしたちは驚愕した。

 

「ゴジラが、去ってゆく……!?」

 

 機龍の残骸を胸に抱いたまま、人間の街を後にするゴジラ。進む先は海の方、そのまま帰るつもりなのだ。

 そんなゴジラの様子を見ながら、機龍隊のサエジマが口を開いた。

 

「ゴジラを追跡しますか? しらさぎで追えば追撃も可能かと!」

 

 その進言に対し、わたしは少し考えてからこう答えた。

 

「……いや、放っておきなさい」

「し、しかしこのままでは逃げられるのでは……?」

 

 困惑するサエジマにわたしは答える。

 

「向こうが黙って帰るってんなら、そのまま帰しとけばいいのよ。無闇に追ったところで、ただ犠牲が増えるだけ。それにこっちもズタボロでしょうが」

「……いいんですか? 規定違反では?」

 

 サエジマの言う通りだった。Gフォースの規定によれば、Gフォースには一度人間の世界で破壊行為を行なった怪獣について、必ず撃退するか殲滅することが義務づけられている。

 実際、ゴジラはメカゴジラ=シティを吹っ飛ばしているし街も破壊している。規定に則るならば、わたしたちGフォースはゴジラと戦わなければならない。

 けどね。

 

「ふん、そんな規定なんざクソ喰らえよ。ゴジラの奴、ただ傷ついた仲間を連れ帰ろうとしてるだけでしょうが」

「仲間、ですか?」

 

 ほら、ごらんなさいよ。

 わたしが指差した先には、ゴジラの胸の中で抱かれた機龍の姿。

 

「……機龍、あんなに穏やかに寝てるじゃない」

 

 それは、立派に成長した子から労られている老いた親のようで。

 そんな今の機龍に表情があったとしたら、今のわたしにはそれがなんだか魂の底から安らいでいるように思えたのだ。

 わたしは一人、呟いた。

 

「さよなら、機龍……」

 

 そんな機龍を抱いたまま、ゴジラは海の底へと帰ってゆく。足先から海中へ身を沈め、背鰭の先まで水面へ消えたあと、やがて海はいつもどおりの平穏な様相を取り戻していった。

 




タイトルはTVアニメ『アイドルマスター XENOGLOSSIA』の後半OPから。巨大ロボと名前つながり、ということで。

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