気づいたらメカゴジラ転生して20年経ってた 作:よよよーよ・だーだだ
21.5、ディレクターズ・カット:メカゴジラ=シティ攻略戦の後ろ側で
本来ならばごく平凡な看護師に過ぎなかったはずの〈サトウ=ミナコ〉がメカゴジラ=シティ討伐作戦に従軍看護師として参加したのは、成り行きからだった。
たしかに、東京を占拠した恐るべきナノメタル怪獣:メカゴジラ=シティによる侵略行為は一人の人間として許しがたいものである。そのために命を懸けてくれているGフォースの人たちにはいくら感謝したってしきれないと思うし、自分だってそのために出来る協力は惜しまない。それくらいの良心ならミナコだって持っている。
けれど相手は怪獣だ、とも思う。
最前線で戦うGフォースの戦士たちならともかく、自分ごときただの看護師風情に出来ることなんか何もない。せいぜいが、東京から逃げてきた避難民の治療に従事することくらいだろう……。
そう考えていたから、ミナコが勤める病院に『従軍看護師ボランティア募集のお知らせ』が回ってきた時も、当初は断るつもりだったのだ。先方の要件も飽くまで志願、強制ではないし、無理して行くことは無い。そう思っていた。
だが、同僚の看護師たちが何人も行くと言い出した上に、院長にまで「サトウさんは優秀だから、是非とも行ってほしい」と頼まれてしまったからにはどうしようもない。特に院長はGフォースの元予備役で、メカゴジラ=シティによる侵略行為に誰よりも憤っていた人物の一人だった。
そんな人から直々に頭を下げて頼まれたものだから、ミナコとしても断りづらくなってしまった。
(……そんなにGフォースが素晴らしいならこんな病院の院長なんかやってないで、Gフォースで軍医として働けばいいじゃあないですか)
そんな悪態がついつい出そうになったけれど、ミナコはこの病院でもっと働き続けたかったので本音をぐっと呑み込んだ。それにもし自分が断って他の誰かへ押し付けたりしたら、他の看護師仲間がきっと自分のことを陰で悪く言うに違いない……そう思うと気が重かったのもある。そんなこんなでミナコは、院長から渡された案内状を渋々ながら受け取ってしまったのだった。
「はぁ~、行きたくないなあ……」
そのことを親しいベテランの先輩看護師へぼやいたとき、一緒に行くことになったその先輩看護師は苦笑いしていた。
「まあまあ、別に前線で銃持って戦うわけでも無いし。わたしたちがやるのって、『注射を打つだけ』でしょう?」
たしかにそうだった。
詳細は現場に入る前のブリーフィングで聞かされるだろうが、ミナコたちボランティアの看護師に与えられた役目は、『注射を打つだけ』だった。なんでも、メカゴジラ=シティがばらまいたナノメタルの汚染から身を守るためのワクチン接種とか、解毒剤投与とか、そういったことを行なうらしい。
「でもそのワクチンだか解毒剤だか、大丈夫なんですかね? 噂だと『怪獣モスラから提供された』とか聞きましたけど……」
看護師仲間のあいだで小耳に挟んだ、怪しい噂話。密かな不安をミナコが吐露すると、先輩看護師はさらりと答えた。
「あら、モスラが提供してくれたの? だったら安心よね」
えっ、どうして?
思わず戸惑うミナコに、先輩看護師はにこやかに笑った。
「だってモスラといえば守護神怪獣、人間の味方でしょう? だったら何の心配も要らないじゃない。それにモスラと言えばとっても綺麗な怪獣だし、あなたも実物観れたらラッキーだと思うけど?」
そんな、呑気な。
そう思わないでもないミナコだったが、目を煌めかせて語っている先輩看護師の様子を見るかぎり先輩はモスラのことが好きなようだったので、とりあえず黙っておいた。
そして出発当日。ミナコはGフォースから手配された輸送機で
「まあ、気負わずやりましょ。注射打つだけだし」
「はい!」
ミナコが元気よく返事した直後、輸送機が大きく揺れた。
「きゃああ!?」「な、何事……!?」
悲鳴を上げる二人。やがて機内アナウンスが流れた。
〈現在、当機はメカゴジラ=シティの勢力圏内に進入中。これより着陸態勢に入ります……〉
窓際の席にいたミナコが機外を覗いてみると、眼下には変わり果てた東京城南地区の姿が見えた。濃厚な銀色の霧に包まれ、その間隙からはこれまた白銀の幾何芸術めいたナノメタル造形物が見える。
「あれが、メカゴジラ=シティ……」
空高い頭上から見たその姿は、巷で想像されるようなゴジラそっくりのメカゴジラとは似ても似つかなかった。まるで重工業都市、ガスタンクのおばけだ。
けれど、一方でそれは街を食い潰そうとするおぞましい怪物であるかのようにミナコには思えた。空から見下ろした姿はまるで巨大な腫瘍。巷で想像される「メカゴジラのシティ」という姿とは掛け離れているかもしれないが、本性は機械仕掛けのゴジラ、いやそれ以上の怪物だった。
「なっ……!?」
現地への到着後、ミナコは絶句した。
ミナコの前でゆっくり開いた輸送機のハッチ、そこから見えた東京城南地区の占領地メカゴジラ=シティ。そこで見た光景は、まさに“戦場”だった。
「こちら、メカゴジラ=シティ特別医療班! 患者の受け入れ体勢は整っているか!?」
「第二分隊の状況はどうなっていますか?!!」
「負傷者の受け入れ態勢が整いました!」
「よし、そのまま待機! まもなく搬送ヘリが到着します!……」
先遣したGフォースによって設営された、現地の野戦病院キャンプ。そこでごった返していたのは、助け出された数え切れぬほどの人の山。
そしてその隙間を、Gフォースの医療技官やミナコと同じ医療従事ボランティアたちが血相を変えて駆けずり回っている。
「う、ううう……」
と、ミナコの後ろでうめき声がした。振り向くと、担架に乗せられた一人の患者が苦痛に呻いている様子が目に入る。その傍についていたGフォースの医療技官が、同僚の医官に説明しているのがミナコには聞こえた。
「これはナノメタル・ショックですね……」
ナノメタル・ショック? 聞き慣れない言葉にミナコが驚いているのを他所に、その医療技官は同僚に説明を続けていた。
「ナノメタルの過剰摂取により引き起こされる急性ショック症状です。しかし、これはむごい……さぞや辛いでしょうね……」
医療技官の視線の先、担架に乗せられた患者の皮膚はあちこちが爛れ、その下からは銀色の金属光沢が覗いていた。
それを目の当りにしたミナコの脳裏に、先ほど上空から見たメカゴジラ=シティの姿が思い浮かんだ。不規則で、ビルの隙間を埋めるように蔓延る銀色の菌糸。あれはまるで街に蔓延る金属製のカビ、おぞましい侵略者そのものだ。
そして侵略者メカゴジラ=シティは今、人体へと入り込んで罪も無い人たちの身体を蝕んでいた。そんな地獄を見せ付けられて、ミナコは呆然と呟いた。
「こんなの、聞いてない……」
ミナコはようやく理解した。
ここは怪獣災害の最前線、まごうことなき“戦場”だ。そしてわたしは、どうしてこんなところに来てしまったのだろう。こんな恐ろしい死地に“ただの付き合い”だなんて気軽な気持ちで踏み込んでしまった自分の浅はかさを、ミナコは心から後悔した。
「……サトウさん!」
怖じ気づいたミナコが思わず後ずさろうとしたとき、そう言って後ろから肩を叩かれた。振り返った先にいたのは、ミナコと共にこの地へやってきた先輩看護師だ。彼女はミナコに告げた。
「さあ、仕事に掛かりましょ」
「は、はい……」
そんな、先輩看護師の事も無げな態度に困惑しつつも、ミナコは他の看護師たちと一緒になって患者たちの手当てに取り掛かり始めた。
でも、こんな惨たらしい有様の人たちに、いったい何が出来るというのだろう。戸惑うことしかできないミナコへ、先輩看護師は平然と言った。
「ブリーフィングで説明あったでしょ、解毒剤を打てばいいの」
そう言いながら手慣れた様子でテキパキと、患者に必要な注射を施してゆく先輩看護師。そのあまりの手際の良さに見惚れていると、
「ほら、サトウさん。あなたも仕事しなさい」
「は、はい!」
先輩看護師からそう声をかけられて改めて我に返ったミナコは、先輩に倣って自分の仕事にとりかかった。何はともあれ、出来ることを精一杯にやる。そのために自分はここに来たのだ。何が出来る、そんなことは問題ではない。問題は、何をするかだ。
そんな慌ただしい最中のことである。ミナコがあの“兄妹”と出会ったのは。
「イヤだっ!!」
突然響いた怒鳴り声に振り返ると、一人の少年が少女を背にして、医者たちの前に立ちはだかっていた。
少年と少女、年齢は中学生と小学生くらいだろうか。全身がひどく薄汚れているのはきっと、メカゴジラ=シティでホームレス生活をしていたからだろう。
「大丈夫です、落ち着いてください」
「ちゃんと検査された安全な注射ですよ……」
周りの医療技官がそう言ってモスラのワクチン注射を打たせようとするが、少年の方は声を張り上げて拒んだ。
「もう騙されないぞ、そんな怪しい注射、打たせるもんかっ!!」
「お兄ちゃん……」
そう言って妹を庇いながら立ちはだかる少年と、その後ろで身を竦める妹。前者、兄の目つきはまるで手負いの獣のようで、後者、妹の顔色は蒼白で怯えているのは明白だ。
……この子たちはこのメカゴジラ=シティで、いったいどんな目に遭ったのだろう。ミナコは、想像するだけでも恐ろしかった。
この子たちの身体がナノメタルで汚染されているのは明らかで、一刻も早く注射を打って解毒する必要がある。けれど、子供たちはその注射のことを信じてくれていないのだ。こんなの、もはやどうしようもないじゃないか。
「うるさい、離れろ! 妹に触るなっ! 僕らのことなんか放っておけばいいだろっ! あっち行け!! あっちに行けよっ!!……」
差し伸べられるはずの救いの手に対し、そうやって払い除けてしまう少年。彼は何も悪いことなどしていない、ただ大切な妹を守ろうとしているだけだ。
……そして、これこそがメカゴジラ=シティのやっていたことの真の恐ろしさなのだ、とミナコはようやく思い至った。
植え付けられた相互不信と分断。互いに互いを信じられず、疑い合い、いがみ合う。これが大人同士でやっている分には勝手にやっていればいい話だが、そのイの一番で巻き添えの犠牲になるのは逃げようの無い弱者、つまり子供だ。そして子供は逃げ場がないまま追い詰められ、ひたすら食い物にされることになるのだ……。
ミナコが自分の無力さに打ちひしがれてていた、そのときだった。
「……ねえ、君」
そう言って歩み寄ったのは、ミナコの先輩看護師だった。途端、少年は声を荒げて怒鳴った。
「よ、寄るなっ! 噛みつくぞっ、殴るぞっ、ぶっ殺すぞ……!」
そうやって憎しみを剥き出しに唸る少年だったが、先輩看護師はまるで物怖じしなかった。堂々と歩み寄り、膝をかがめて少年少女に視線を合わせると、先輩看護師は思わぬことを口にした。
「いいよ。イヤなら打たなくていい」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、ミナコも、周りの医療技官も、そして当の兄妹たちさえも呆気にとられた。今の今まで『注射を打つ/打たない』なんていう話をしてたんじゃないのか。なのに『打たなくていい』ってどういうことだ。
その場に居合わせた誰もがぽかんとしていても気にすることなく、先輩看護師は続けた。
「……たしかにね。この注射を打つか、打たないか、それを決めるのはあなたたち自身。イヤだという人に、無理矢理打つことはできない」
……だけどね。先輩看護師は言った。
「わたしの仕事は人の命を守ること、そしてこの『注射』はそのために必要な手段だと信じてる。だからそのために必要な努力は惜しまないつもりよ。わたしたちのことを信じてもらえないというのなら、信じてもらえるまで説明するわ、いつまでも、そして何度でもね」
「………………。」
優しいけれど毅然とした態度。先輩看護師の振る舞いに、つい先ほどまで威嚇する一方だったはずの少年は完全に黙りこくってしまっていた。
そのとき、それまでずっと少年の後ろに隠れていた少女が口を開いた。
「……ねえ、看護師さん。その注射、金属アレルギーのわたしでも大丈夫?」
すかさず先輩看護師は丁寧に説明した。
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと信頼できる沢山のお医者さんたちがきちんと検査しているし、なんだったらここでわたし自身が打ってみせてもいい……と言いたいところだけど、数に限りもあるから実際に打ってみせてあげるのは無理だけどね」
気さくだけど誠実、先輩看護師の説明。それを聞いた少女はしばらく迷っていたけれど、やがてこう答えた。
「……わかった。わたし、打つ」
途端、少年が振り返って目を見開いていた。
「お、おい、ハルノ……!?」
「だってこの看護師のおばさん、ウソを言ってるようには思えないもの」
ハルノと呼ばれた少女の言葉に、先輩看護師は照れくさそうに頭をかいた。
「おばさんかぁ~……ま、それでもいいか。本当に大丈夫? 怖くない?」
敢えて確認する先輩看護師に少女は恐る恐る、だけどはっきり頷いた。
「……うん。だってカズオ兄ちゃん、わたしのために『打たない』って言ってるんだもの。わたしが打ったら、お兄ちゃんも打つ、そうでしょう?」
「ハルノ……」
覚悟を決めた妹の姿を見て、少年の方も腹をくくったようだった。思い切った様子で、先輩看護師の方へと振り返る。
「……お願いします」
そして少年と少女の兄妹は、大人たちへ潔く頭を下げたのだった。
こうして子供たちにも注射を行なって、一段落ついたあと。
「……凄いですね、先輩」
「ん、なにが?」
振り返った先輩看護師に、ミナコは告げた。
「だって『必要なら信じてもらえるまで説明する、何度でも』なんて、このクソ忙しい中でそんな簡単に言える台詞じゃあないですよ。もし本当に説明を求められたりしたら、どうするつもりだったんですか」
「あー……なんとかなったんじゃない?」
……なんとかなった?
先輩看護師の不思議な言い方にミナコは引っ掛かりを覚える一方、先輩看護師はあっさり答えた。
「あそこまで言って拒否られたらそこまでよ。泣こうが喚こうが、羽交い締めにでもして打ったんじゃない? そうなっちゃったらわたしなんかの手には負えないし、Gフォースの医療技官の人がなんとかしてくれたでしょ」
「なっ……!?」
ハッタリだったのかよ。
あまりにあっけらかんと言ってのける先輩看護師の態度に、ミナコは呆れてしまった。なにそれ、一瞬だけでもカッコいいと思っちゃったあのときの感動を返してくれ。そう思った。
「それにモスラの注射だって言われてなかったら、わたしだってあそこまではっきり言えなかったけどね~」
「え、えぇ~……?」
先輩看護師のあまりの図太さ……もとい胆力に呆れながら、ミナコはふと思い出したことがあった。これも看護師仲間同士の噂話で当人へ確認したことはなかったが、この際だ、聞いてみよう。
「……そういえば先輩って、従軍経験あったんでしたっけ。たしかオペレーション=エターナルなんとか……」
「エターナルなんとかじゃないよ、エターナルライトだよ。まあ若い頃の話だけどね」
そう言いながら先輩看護師は、遠い過去を懐かしむような顔だった。
「あの頃は猫の手も借りたいみたいな有様だったからね~。わたしみたいな尻の青い下っ端看護師も従軍看護師ってんで引っ張り出されたりしたのよ。あの戦場を経験したらこれくらい、なんてことないわ」
「そ、そうですか……」
と、そのとき、向こうの方にいた仲間の看護師から御呼びが掛かった。
「ツジモリさーん、こっちの応援お願いしますー!」
「はーい、今行きまーす」
そう答えながらベテランの先輩看護師、〈ツジモリ=キリコ〉はその場を発った。
「じゃ、サトウさん、あなたはここをお願いね。わたし、向こうの応援行ってくるから」
「あ、はい……」
そう言って一人取り残されるミナコ。
……おーし、わたしも頑張らなくちゃ。ミナコはひとりそう思いながら心を引き締めたのだった。
最終章の序盤で入るはずだった、カズオとハルノのその後を書いたエピソード。間延びするからカットしたけどオマケ短編としてまとまったので。
「いくぜキリコちゃ~ん!」「キリコちゃん……って、隊長!?」