【駄目な子】 作:星野ヒスイ
「おい、ちょ……嘘だろおい」
三年間。顔を合わせることがなかった妹と意外すぎる再会を果たしてしまった。
自分と顔を合わせた途端、氷のように固まってしまった星野ヒスイを見て、星野アクアは目を見開く。
(そうだ。ヒスイは俺たちを嫌っている。有馬かなと交流があるから芸能科に行くと思っていたが、俺たちを避けるために一般科を選んだのか)
彼の脳内には一人、この前の撮影のお礼に飛びっきりのサプライズをしてあげるとほくそ笑んでいた少女の姿が過った。
(クソ………荒療治って訳か。やはり有馬かなはヒスイに対して容赦がない)
それが良い方向に進んでいたから今まで静観してきたが、こっちを巻き込むなら事前に相談ぐらいしろよと思うアクア。
大方、ヒスイから俺たちの関係を聞いて、これは強引にでも引き合わせなければ進展しないと思ったのだろう。
確かに最近の三つ子は現状の生活にも慣れて、これを日常として受け入れつつある感覚があった。
このままではいずれ、再び三人で揃うことに誰も関心を示さなくなって、家族の形が自然崩壊していたかもしれない。
そういう意味では今回、彼女が企てたサプライズは悪くないように思える。だが一番最初に会うのが自分であるのは不味い。ルビーならまだいい。ミヤコさん→ルビー→アクアの構図が最良だが、一番最初に自分と会うのは悪手だとアクアは確信していた。
何せ星野ヒスイのコンプレックスをこれ以上ないほどに膨れ上がらせたのは自分だ。
あの子は、身体が弱く、頭の出来も良くはなかったが、人を思いやれる優しい子だった。
だから母親として心を許していたミヤコさんが仕事で忙しくしていることを気にして負の感情を心の中で蓋にしまってしまう。悪い癖があった。
言葉ではやんわり断っていても、代わりにやってやるのが、兄の役目だとヒスイから自分の存在意義、もしかしたら母親の負担を少しでも減らしてあげたいという優しさからでもあったかもしれない掃除や洗濯といった役割を横から奪い、本当に彼女のストレスが限界になるまで気づけなかった。
元産婦人科医として情けないばかりだが、子供特有の見えないサイン。元々分かりにくいそれは熟練の医師や教育者でも見つけるのは難しいと言われているが、雨宮吾郎と星野アクアが今まで出会った子供の中で、ヒスイはそれを隠すのがとりわけ上手かった。
これに気づけたのはヒスイが家出した後の事だった。
彼女の書き置きを見て初めて自覚したのだ。
星野ヒスイの自尊心と自己肯定感を自分は否定し、踏みにじってきたのだと。
アイが刺された時と同等のプレッシャーがのし掛かった瞬間である。
そこから挽回しようと焦った自分の対応がまた最悪であり、ただの毛嫌いから憎悪を抱かれるまでになってしまった。
(あの時……あの玄関に居たのはヒスイだった。死者が甦るわけもない……なのに)
大きらいと言われた後に、自分が嫌われるのは当然だ。だって星野アクアは彼女から本物の子供であるヒスイへ愛を伝えられる最初で最後の場面を奪ったのだから。
恨まれて当然。むしろ恨まなければおかしいと「あ、アイ……」と弱々しく顔を上げた自分が見たものは瞳に黒い星を宿し、嫌悪に歪んだヒスイの顔であった。
恐らくヒスイは俺たちが彼女をアイの代替品として利用しているのだと疑っていた。
だが俺の一言でそれが確信に変わったのである。
直ぐに否定しようと声を上げたが、自称駄目な子の星野ヒスイが唯一胸を張って誇れる星野アイのメソッド演技。それが自分を襲った。
「なーんてね。ごめんね、私がアクアのこと嫌いになるわけないよ」
「え?あ、アイなのか?」
「うん!貴方のお母さん。何故かちょっぴり小さくなっちゃったけど、ほらほら!元気百倍だ!」
「そん……違う!質の悪い冗談は止めてくれヒスイ!頭がおかしくなりそうだ!」
「冗談ってもう…………ん?そう言えばヒスイは何処にいるの?私が刺された時、あの子はあそこに居なかったみたいだから、ちゃんと愛してるって言葉で伝えて抱き締めてあげたいんだけど……」
「ハァ……ハァ……ハァ!……ゴボッゴホゴホ!!!」
感情を無茶苦茶に引き裂かれて、今度こそ気を失ってしまった。
カウンセリングを身勝手に切り上げたツケなのだろう。
もしかしたらあの時、家族の形に戻れたかもしれない最後のチャンスを逃し、取り返しのつかない所まで彼女の心を追いやったのは自分である。
元凶が一番最初に対面して話が上手く行くはずがない。
「…………えっと、私の席はー」
ピタリと静止していたヒスイが自分を見ないようにして動き出す。
自然と心拍数が上昇していく自分に気づかないふりをするアクアはせめて……せめて席はなるべく離れていてくれと天国にいるアイに願った。
「あーここかー」
だが、兄妹は仲良くするものだとアイは言っているらしい。
「はじめましてー星野ヒスイって言いますー」
「……星野、アクアだ」
「へー!同じ名字だ!すごい偶然!まーとなりの席になったのも何かの縁ですしーこれから仲良くしてくださいねー!」
「お、おう……」
まさか赤の他人としてやり過ごすつもりなのだろうか。
席についたヒスイはテキパキと教材を整理する。
「………………」
「………………」
その日の残り授業。二人は一言も喋らず死ぬほど気まずかった。
クラス一同
「なに………あそこだけ空気が重い」
「二人とも凄い美形!何で一般科に来たんだろう?」
「あれってもしかしてヒスイちゃん!?どうしよう!私最推しなんだけど!」
「おい、誰か話かけろよ」
「無理だろ。部外者が近寄ったらいけないオーラが出てる」