【駄目な子】 作:星野ヒスイ
「実は、ルビーもこの学校に入学してるんだ……俺とは話さなくていいから、せめてルビーだけは……」
「ワンワン!!!」
「……あー、このパターンは駄目ね。この子、ストレスが限界に達すると野生化するのよ」
ちなみにテスト期間の三日目になると毎回こうだったわ……と疲れたように言う有馬かな。
現在時刻は昼の12時。
お昼休みになって、ミヤコさんから受け取った弁当を片手にヒスイとの会話を試みたアクアであったが、脱兎の如く逃げられ、追いかけるうちに彼女と居合わせて現在に至る。
「ほら、ゴロゴロ……」
「クゥン!」
散々ヒスイの"これ"には苦労させられたのだろう。顎の下を撫でてご機嫌を取る様にはなんと言うか……御愁傷様としか言わざるをえなかった。
「しっかし会って数時間でこれって、どんだけアンタはこの子にとって劇薬なのよ?小さい頃いじめてたの?」
どうやらヒスイは俺たちのことについては詳しく話していなかったらしい。どうりで受験の時に、偶然再会したような反応をしていた訳だ。
俺はもう一度、ヒスイに目をやり「ワンワン!」これはこれで、感情を圧し殺すよりはいいのか?と困惑しつつ、色々と掻いつまんで俺たちの関係を話した。
「なるほど……ふぅん。てっきり身体の弱かったあの子が上の兄妹に虐められて……とかそう言うのを想像してたけど、想像の十倍ぐらい複雑なのね」
その合間。かなは自身の財布をヒスイに握らせ、購買で自分と彼女の分を含めて適当なパンを買ってくるように背中を押した。
暗に俺がヒスイに聞かれたくない内容も話すことになるのを察したらしい。
恐らく有馬かなは俺たちの母親がアイであることに感づいている。直接は誤魔化したが……ヒスイはアイに似すぎていた。
俺の予測が正しければ彼女とヒスイが出会ったのは家出してからそう日が経っていない時期だ。つまり三年も一緒にいたことになる。いくらヒスイが髪を染めているとはいってもこれだけ親交を築いているなら、むしろ気づいていない方がおかしい。
転生者というピースが欠けている為、正しくプロファイリングすることは不可能だろうが、俺たちのお節介がヒスイを追い詰めてしまったことは今ので把握した様子だ。
「でも、それだけじゃないんでしょ?フェアプレイの精神を小さい頃から持っていたのか、それともアンタ達もガキだったから手加減してやらなかったのか、この子が持ち掛けた勝負でことごとく勝利した。結果、自分の価値を何にも見出だせず、その
ぐうの音も出ない。
ヒスイは下手に手を抜くと嫌がるから……と言い訳することも出来なかった。
何せ、その頃のヒスイは正真正銘の子供だ。
下手に手を抜くのではなく、上手に手を抜けばいいだけの話だったのだから、それをしなかったのは単なる怠慢である。
「それで、アンタはどうしたいの?」
「どうしたいって……」
「私としては今の生活を続けたいと思ってる。もうあの子は私にとって妹みたいなものだし、居なくなるなんて考えられない。それに…………ハッキリ言ってあの子には貴方達みたいな才能はないの。表面上だけ「はい仲直り」ってしても、環境が変わらないなら何れまた限界が来る。貴方の妹……はややこしいわね。あのお転婆娘はアイドルになるためにこの学校に来たんでしょ?私の目から見てあの子はアイドルとして大きな可能性を感じる。成功したら、きっとヒスイはますます追い込まれると思うわよ?」
どれだけ考えてきたのだろうか。
まるで本当の家族を思いやるような強い目をした有馬かなに昔の面影は見当たらない。人間として一皮剥けていた。妹のように思っているというのは嘘偽りないらしい。
何がサプライズだ……渡す気なんてサラサラないじゃないか。
アクアの頬に汗が伝う。
恐らくここで俺が生半可な答えを言おうものなら、有馬かなは俺たちが家族の形に戻る最大の障壁となる。この三年で彼女達の間に何があったのか分からないが、少なくとも有馬かなはヒスイを実の家族のように……もしかしたら実の家族以上に大切に思っている。
もし、俺たちと一緒にいることでヒスイが不幸になるというのなら、ありとあらゆる手段を用いてそれを阻止しようと動くに違いない。
「……一体お前達の間に何があったんだ?」
ヒスイとの空白の三年間。その情報をHISUIチャンネルでしか知らない。そして10、20、30回と同じ動画を見て何とか動画の趣旨以外の情報を探ろうとした結果が以下の通りである。
開設から一ヶ月は再生回数や登録者数に伸び悩み、それから一転、二ヶ月から三ヶ月はアイのメソッド演技を物にして早くも登録者1万人を達成する。しかしそれからアイのメソッド演技は封印したのか、良くも悪くも安定した動画が続き二年。登録者9万9800人になって初の生配信。10万人を達成するまで生配信を続けるというシンプルなそれはなんと、48時間にも及ぶ長丁場となり、飛び入り参加した有馬かなのコラボにより何とか達成して締めくくることとなった。
その三ヶ月後のアイの命日に投稿した動画でアイのメソッド演技によるものと思われる歌動画がバズり、一気に登録者を増やした。
……恐らくヒスイが軌道に乗っていたアイのメソッド演技を止めたのは有馬かなであり、この頃からヒスイは動画の節々で特定の誰かを姉のように慕っているような会話をしていたことから、その頃に仲を深める何かがあったと思われる。
そして三日に一回を投稿日として健気に守っているHISUIチャンネルが開設から三ヶ月目の14日から20日まで休んでいたので、その何かがあったのはこの時だろう。
「……ごめんなさい。それだけは言いたくない」
目を伏して申し訳なさそうに言う彼女。
そこに罪悪感の類はないように思える。ただ大切な宝物を他人に触れさせなくない。そのような感じであった。
動画でしか知ることしか出来ないアクアにはやはりそこに何かがあったのだろうと確信を得ることは出来たが、所詮それまでであり、彼女が口を開かないのならそれ以上のことは分からない。
「そうか。……ならいい。それでヒスイと和解する方法だが」
この三年間。アクアやミヤコも何もしなかった訳ではない。元社長の斎藤壱護と連携を取りながら、とある計画を建てていた。
だがそれはヒスイに知られた時点で崩壊する為、誰にも話してこなかったが、今の有馬かななら話しても問題ないだろうとアクアは秘密を共有することにした。
「アイドルとしてのルビーとネットアイドルとしてのヒスイをぶつける」
何故そうする必要があるのか、それを詰めて話すまでに10分はかかった。
「成る程……理解したわ。それなら確かにアンタらのわだかまりも解消出来るかもね」
「あぁ。大前提としてこの計画は二人が事情を知らないで全力でぶつかり合うことに意味がある。あと必要なのはB小町のメンバーだけだ」
「……そう。なら私が──そう言えば妙に遅いわね。あの子道にでも迷ったのかしら?」
一応納得はしてくれたらしい。
有馬かなは続けて何かをいいかけて、たかがパンを買ってくる程度にしては遅すぎないかと首を傾げた。
「ほ~ら~焼きそばパンだよ~こっちおいで~」
「ルビーちゃん。ちょっと変態みたいやよ?」
「クゥン?」
その頃ルビーは野生化したヒスイを餌付けしようとしていた。