【駄目な子】 作:星野ヒスイ
○月✕日
初日は久しぶりにアイのメソッド演技をしたせいか記憶が飛んでしまったが、二日目以降はそんなこともなく、私はアイという人物から一歩引いた演技で今ガチに参加していた。
何か初日より落ち着いたね。入ってきた時は凄い可愛い子が来たと思ったけど、今見ると普通だった。初登場補正かな?とは書き込みで何件か見かけたが、役にどっぷりと浸かった演技は「マジでヤバいからやめとけ」とはかなちゃんからの言葉であり、現にアイのメソッド演技をし過ぎたせいで痛い目を見てきた為、私は自身の承認欲求に負けずに、そこそこ目立つキャラを演じていた。
あれだ。女友達だけじゃなくて男友達も普通に多いけど、何故か彼氏はできないタイプの子。アイは恋愛とかそういうのは縁がなさそうだし、これで行けると思ったら、案の定これがピタリとハマった。
いつの間にか、MEMちょとコンビを組まされることが多くなって、ゆきちゃんがノブユキ君とイチャイチャしだしたが、何となくあの子には喧嘩売っちゃいけない気がする……と内心で思いつつ、私は全員に同じ態度で絡めるという属性を思う存分活用して出来る限り番組に貢献出来た筈だ。
兄と絡むと目に見えて登録者が上がるので……内心血の涙を流しながら仲の良い兄妹を演じてきたが、結果的に番組にも貢献することが出来て、悩みの種であった登録者数の低迷期も脱することが出来た。
あとは下手に炎上しないように大人しくしているだけ…………なんだけど、最近あかねちゃんの様子がおかしい。
「あの、アクア君ちょっといいかな?」
「ケンゴ君。今いい?」
「ノブユキ君!」
何か手当たり次第に男子メンバーに声をかけているといった感じだ。
私がいつものように絡みに行くと、ごめん、今忙しいからとやんわり断られる。
どんなことでもメモを取ってる真面目だけど、恋愛には消極的な大人しい人。それが私が築いた黒川あかねという人物のイメージだったが、今は不自然に積極的というか、端から見てかなり危なっかしい。
兄の話を又聞きして知ったが、恋愛リアリティーショーは台本はなくても演出はある。だからゆきちゃんとノブユキ君が良い感じのムードの時はカメラ側もそういう撮り方をしている為、普通割って入るのはタブーだ。
「あのっ!」「あーかねちゃん!あっちで私たちとお話しよう!」
元々こういうのは不馴れな人だったが、同じ素人である私でもダメだと分かる所に突っ込んで行ってしまうほど空気の読めない人ではなかった。
何がこの人を焦らせているのか。分からないけど放っておけばろくなことにはなりそうになかった。
○月✕日
今日も今ガチの収録日。
昨日から私はあかねちゃんの焦りの秘密を探ろうと、なるべく一緒にいる時間を増やすことにした。
「えっ……と、今はちょっと」
「ほ、ほら、アクアさんが呼んでるよ」
とは言っても、焦って男子メンバーに話し掛ける、だが私はダメ……つまり番組で爪痕を残すのに必死な彼女と一緒にいるのは容易ではなかった。
仕方がないので、アクヒスコンビであかねちゃんを囲ったが、ここでやっと兄はあかねちゃんの様子がおかしいことに気付いたのか気遣う素振りを見せていた。
……兄は人のこういった些細な変化には敏感なタイプだと思っていたが、今ガチが始まってからそういうのに疎くなったというか、どん臭くなったような気がする。
「やっぱり、最近のあかねはおかしいよね~」
「ですよね!なのにあのポンカンな兄ときたら!」
こういう時、男はダメだ。
あくまであかねちゃんの為に兄を利用しているが、相談相手としては年上で人生経験豊富なMEMさんが頼りになる。
「私が思うに事務所とのトラブルだと思うんだよね。ほら、あかねって結構大手じゃん?だから──わざわざ出してやったのになんだこれは!代わりに出したいやつだっていたんだぞ!ってな感じでパワハラ受けてるんじゃないかな?」
「うわークソですねぇ。うちは家族がマネージャーやってるコミュニティの狭い所なんで、そんないざこざはないですけど、いかにも芸能界の闇って感じです」
番組が終われば、アイの演技をする必要もない為、お互い素で話している。MEMさんは高校3年生の年上なので敬語だが、初めてオフで話した時は撮影時とは別人みたいだと、ちょっと驚かれた。
「でもそうなると、私たちでは手の出しようがないような……いや、兄を犠牲にしてカップル偽っちゃえば人気出るんじゃないでしょうか?」
「ヒスイちゃん……アクたんには本当に容赦ないよね」
ビジネスカップルならぬビジネス兄妹だ……遠い目をするMEMさんだが、嘘ではないので否定するつもりはない。
私と兄はあくまで番組上仲良くやっているだけで学校では変わらず一言も話していないのだ。
喧嘩している……とは訳が違う。
私も大人なので、話し掛けようとはしたのだ。だがあの兄は相も変わらず私をアイの代替品扱いするばかりか、今度はアイが乗り移ってるんじゃないかと疑ってくるのだ。
本人はバレていないと思っているのだろうが、アイが知っていそうで私が知らなそうな話題や、その反対のものを会話に織り混ぜてくる。一回ならまだしも二回、三回と続けていれば流石の私でも分かった。
何なんだこの兄上様は?代替品だけじゃ満足出来なくなって本物が欲しくなったのか?
何か、今ガチの初日ではアイに惚れていたようなことを言っていたらしいし、割りと洒落にならないレベルで貞操の危機を感じているので、周囲に人がいない時は接触しないように気を付けていた。
「うーん。でもやっぱり恋リアってただ男女がくっつけば人気が出るわけじゃないわけよ。そこに至るまでの軌跡が大切なところもあるし、いきなりアクたんがあかねに急接近してもファンはシラケちゃうだけじゃないかな」
「でも人気が出ないと益々あかねちゃんは追い詰められますよね…………」
「事務所が本当にパワハラとかする酷い所だったら移籍を考えた方がいいと思うけど、こればっかりは本人が考えることだからね。それに個人的に結果が出せなくて焦ってるって可能性もあるんだし」
これまで通り私達に出来ることはあかねがやらかさないようにさりげなくカバーしてあげること。あと本人から悩みを聞き出して相談に乗ってあげることなんじゃないかな。
「成る程……ただカップルを作れば解決って訳にはいかないんですね」
MEMさんは番組ではおバカなキャラを演じているが、こういう時、とても大人の判断が出来るので頼りになる。
では早速次の収録終わりに女子メンバーで集まろうと計画を建てた。
「…………ッこっほ!」
「ん?大丈夫、風邪かな?」
だが私は季節外れのインフルエンザに罹ってしまったようで次回の参加は見送ることになりそうだ。
○月△日
ヤバい…………思ったよりインフルが重くて全身がダルい。
自宅療養ではワンチャン不味い状況らしく入院することになった。
病院飯は味がしなかった。
○月□日
「ね~んねーん、ころ~り~よ~」
熱を測ったら41℃もあった。
完全に食欲も失せてしまい、今は点滴で栄養を賄っている。
もうこのレベルになると寝るのも辛くなってしまい、半覚醒状態でぼぉーとしていたのだが、この熱で頭がおかしくなってしまったのかアイの幻覚が見えるようになってしまった。
「小さい頃はこうしてよく熱を出してたよね。ヒスイはお薬が効きづらくて、なかなか寝付けなかったから、私が子守唄を歌ってあげてたんだよ?」
半透明のアイが私の頭を撫でてそんなことを言ってくる。
当たり前のように触られている感触はないが、そこだけ若干ひんやりしているような気がして心地よかった。
「今ガチ……よく頑張ってるみたいだね。そうだよね、ヒスイ達には早いって思ったけど、もう16歳だもんね。これから三人は好きな人が出来て、お付き合いして、結婚して、そして家族を作るんだ」
幻覚の筈なのに、何を言っているのかそこだけ聞き取りづらい。
恐らくこんな時、アイならなんと言うか……頭がそこまで回らなくなってしまったからであろうが、何処か遠くを見つめるその瞳は悲しそうに見えた。
「ヒスイ……貴方は本当に私そっくりに育っちゃったけど、私みたいにはならないでね?」
それからどれぐらい撫でられていただろうか。
いつの間にか寝てしまっていたようで、熱はすっかり引いていた。
丸々一週間ほど入院していたが、次回からは今ガチに復活出来るだろう。
○月✕□日
黒川あかねは炎上した。