【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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インフルエンザ

「何で止めなかった!ふざけるなよお前!お前なら止められただろうが!!!!」

 

インフルエンザ。

毎年、冬から春頃にかけて流行するこの病は近年の医学においてワクチンや対処法が研究し尽くされ、異常に高い感染力を除けば対したことはない…………なんてことはなかった。これだけ人類が力を尽くしても根絶出来ないのは、やつらの変異速度が俺たちの想定を上回る速度で進んでいるからで、数年前に開発されたワクチンでは効果がないなんてことはざらだ。

人間誰だって病気なんかで死にたくないから、研究を重ねてきたと言うのに、それでも年間数十人が犠牲になるというのだから、感染力、症状、どちらを取ってもインフルエンザというのはバカに出来ない。

 

 

……久しぶりに撮影に参加したヒスイは、別人のように痩せこけていた。

インフルエンザが重症化し、その間は何も喉を通らなかったらしい。

元々の虚弱体質を思えば、きっと立っているのも辛いだろうに、俺の胸ぐらを掴んで怒り、叫んでいる。

 

「あんなッ……あんなッ演出!どうやったって炎上する!絶対にあれだけは乗せるべきじゃなかった!なのに……なんで!」

 

「……当然、反対ぐらいはしたさ。だけど番組が使うと判断したんだ。キャストの俺たちにはそれを覆せる権限なんてない」

 

「私ならカメラを壊してでも止めた!お前分からないのか!?今、あかねちゃんの敵は世界だぞ!?ネットの世界、言論の自由だなんだとふざけた奴らが正義ぶって、プライバシーや人権を侵害し、人間一人をよってかかって責め立てる!ただの女子高生がそんな悪意に晒されて耐えれる筈がない!!!」

 

「あかねはただの女子高生じゃなくて女優だ」

 

「そういうことを言ってるんじゃない!!!!」

 

ダンっと机を叩く。

 

あぁ、そうか。これがお前なんだな。

俺は今までアイの演技をしたヒスイとしか会話してこなかった。そしてそれはアイが憑依しているのではないかと……過去のトラウマを言い訳に勝手にフィルターを通して見ていたが、感情の全てをさらけ出しているお前を見て、初めてアイのフィルターを取っ払えて見ることが出来た。

 

星野ヒスイ。

人気ユーチューバーとして活躍している彼女だが、何もかもが上手くいっていた訳ではなく、時には言い掛かりに近い視聴者の暴走で小さな炎上騒動を起こすことがあった。

 

その間も三日に一回の投稿は途切れることはなかったが、そういう時は目に見えて言動に覇気がなかった。それもその筈、204回目の動画【わんこ蕎麦、打って茹でるまで全部自分でやったらその間にお腹空いて無限に食える説】の雑談パートでヒスイはエゴサ好きで、動画の感想には全て目を通していると言っていた。だから彼女は炎上という悪意が如何に一個人を追い込んでしまうのか理解している。

 

そして炎上には人一倍敏感で、こんなことになる随分前から黒川あかねを気づかっていたことから、他者のものにも目を光らせていたことが伺えた。

 

アイという役を使えば、鷲見ゆきから熊野ノブユキを奪う悪女ムーヴで人気を一人占めにすることも出来たのにやらなかった。

 

ヒスイがこの番組でやったことは、誰か一人が悪目立ちしないように全員と程よい関係を保つバランサーだ。

 

 

炎上したくないし、させたくもない。

 

インフルは完治はしたようだが、万全とは目に見えて程遠い。本当は今回の撮影まで休んで次回から参加する予定だと聞いた。

だがあかねの炎上騒動を聞いて居ても立ってもいられなくなったのだろう。

ネットの悪意は息を詰まらせて悲鳴すら上げさせてくれない。それをヒスイは知っている。

 

 

…………度しがたいほど優しい性格だ。

 

 

「ヒスイ……こんな状況で撮影は無理だ。お前は帰れ。あかねのことは俺が出来るかぎりフォローしてみる」

 

「ッゥ!あぁもう!なら勝手にすれば!私はええっと…………あかねちゃんに会わないっ!……と」

 

 

病み上がりで無茶をした結果だ。

ふらりと貧血を起こしたように傾いたヒスイを支えると、気を失っていた。

 

「アクたん…………」

 

血の気のない顔で眠るヒスイを覗き込んで表情を歪めるMEMちょ。

 

「私もヒスイちゃんからあかねが危ないってのは散々聞いてたんだ。私だって危なっかしいなとは思ってたけど、まさかこんなことになるなんて……責められるのはアクたんじゃなくて私だったよ」

 

「違う。ヒスイは炎上の匂いに敏感なだけで、まさかあかねがゆきを傷付けるなんて想像もしていなかった筈だ。ヒスイの言う通りあそこで、この炎上を止められるとしたら、俺が無理矢理にでもカメラを奪って、データを削除するしかなかったんだ」

 

そうでなくても、色々と圧力をかけて内容を誤魔化すことはいくらでも出来た。

だが、ゆきとあかねが仲直りしたのをいいことに丸く収まったと過信し、見逃した。だがそれをネットは許さなかった。

 

その結果がこれなら俺が責められるのは当然だ。

 

「でもどうしよう。目が覚めたらヒスイちゃん、あかねに会おうとするよね……」

「ヒスイは行動力の化身だからな。何も考えずに会って話し合おうとするだろう」

「私から見て、あかねとヒスイちゃんは仲良さそうだったけど、今……あかねに今ガチのメンバーが接触するのって、かなりヤバイよね」

 

あかねの心情的にもそうだが、万が一にでもヒスイがあかねに会う場面がネットで拡散したら、その炎上はヒスイにまで飛び火しかねない。

 

「……母さんに預けるしかないだろうな。あの人ならヒスイの暴走も止められる筈だ」

「えっ、でもヒスイちゃんって!」

「ん?なんだ?」

「いや、何でもない。こんなことになっちゃったんだもん。親に甘えるのが一番良いよね」

 

俺がミヤコさんにヒスイを預けると言った瞬間、MEMは何かを言いかけたが、飲み込んだ。

それが何だったのかは気になるが、今のヒスイは有馬では手に余る。

 

「それより、アクたんは何をするつもりなの?」

「妹がこれだけ予防線張って、それが台無しになったんだ」

 

 

腹が立つ。

 

妹の努力を汲んでやれなかった無能な自分。いくら番組上の演出とはいえ仲間内で解決する筈だった問題を煽った番組側。あんな状態の妹を引きずり出したネットで罵詈雑言を吐いている奴ら。

 

妹の努力を無駄だったなんて絶対に言わせない。

 

「まず、あかねの状況はかなり危うい。ネットでも何でもアイツが発信する情報には目を光らせて最悪を防いでやるのが必要だ」

 

「それなら私に任せて。あかねとは個人でも連絡を取り合ってる仲だし、少しでもおかしな所があったら共有する」

 

「あとは時間だ。これは黒川あかねは悪役であるという番組の演出で生まれた炎上だ。このまま番組が続くかぎり、あかねが悪役であるという印象は育てられていく。根が深くなる前にそのイメージを払拭する必要がある」

 

「これが重大な事件だとは思わせず、そんなこともあったねー、て思わせるってことだね」

 

「その手段だが……」

 

バーター記事。別のスキャンダルで交換することだが、これは今回使えない。

今ガチはそもそもネット主体の番組だ。過去のメンバーのトラブルや、それともスタッフ間の虐めなどネタになりそうな物に心当たりはなく、今から探しているのではとても間に合わない。

 

「なんだ?」

「俺たちで……」

「あかねの炎上を止められる?」

 

だからこいつらに協力してもらう必要がある。

 

「俺たち目線の今ガチを作る」

 

最善の選択。それは番組側の演出が間違いであると錯覚させ、俺たちが見てきたものこそが真実であると視聴者に分からせる。

 

「…………ぅぅ、あかね……ちゃん」

 

……ヒスイ。駄目な兄ちゃんでごめん。

 

俺が初めて見た君の顔は泣いていた。

初めから分かっていたんだ。ヒスイにアイの面影を求めることなんて間違っているって。……それでも変われない俺は、君の兄を名乗るには相応しくないのかもしれない。

 

だけど、今日この瞬間、君の怒りを糧に動いてしまう俺を許してくれ。

 

 

 

 

そして俺たちは、あかねの炎上を止めると動き出した。

 

「LINE……誰も見てないか。忙しいのかな…………それにしても、お腹空いたなぁ」

 

その行動は間違いではなかった。

だが、やるべきことの順序を間違えたと俺たちが知るのは少しだけ後のことだった。

 

 

 


今ガチメンバー(7)

 

22:11 今週もヒスイちゃん出てなかったけど大丈夫かな?

 

22:29 ご飯買ってくるね

 

 

☆HISUI☆

今どこ?直ぐ行く 22:41

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