【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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子供ハーネス

「ヒスイちゃん!」

 

 

私を引っ張って、その勢いのまま飛び出してしまったヒスイちゃん。その数メートル下にあるのは車の行き交う道路だ。万一打ち所が良くて生きていたとしても車に跳ねられて死んでしまうだろう。

 

そのつもりで私は飛び降りようとしたのだ。

そんな私の変わりに、彼女が死んでいい筈がない。

 

「ぁあ!!!!!!?」

 

 

私は手を伸ばしたが、ヒスイちゃんに引っ張られたせいで、重心は後ろへと下がっていく。

 

そして無情にも時間は待ってくれず、私が尻餅をついたタイミングで彼女は重力に従って下へ落ちた。

 

「あ、あぁ…………うそ、ウソウソ!!!!」

 

けたたましいクラクション音が鳴る。

それはつまり……そう言うことで、あかねはパニックになって頭を掻き毟──。

 

「クソッッッ!!!!おい、あかね!お前も手伝え!」

 

「……アクア君?」

 

そんな時である。何やら犬のリードのような物を握りしめたアクアが、歩道橋の柵にしがみついて私に叫んだ。

 

「子供ハーネスだ!もしもの為にと母さんがヒスイに結び付けていた!まだヒスイは落ちてない!助かるんだ!」

 

アクアの言葉に釣られてリードを辿ると先ほどヒスイが飛び落ちた方へと強く張っている。

 

「俺一人じゃヒスイが落ちないように踏ん張ってるので精一杯だ!早くしてくれ!これはヒスイが小さい頃に使っていたやつだから最悪千切れるかもしれないんだ!」

 

「う、うん分かった!」

 

友人が生死不明の最中、そんな事を言われたら手伝うしかない。

 

「せっーので引くぞ!」

 

 

「「せっーの!」」

 

 

 

 

 

 

 

「うん、軽い打撲とショックで気を失ってるだけだね。もう少ししたら目が覚めるでしょ。まぁ多感な時期ですから少々やんちゃしたい気持ちも分かりますが、これからは台風の中出歩いたりなんてしないように親御さんからきつく叱っておいてやってください」

 

「本当に有り難うございます」

 

 

結果的に言うとヒスイは助かった。落ちてそのまま遠心力で歩道橋の裏に体を打ち付けて気を失ってしまったが、幸いにも大事にはならず、その日のうちに退院することが出来た。

 

「良かった……本当に良かった、けど、どうしておかあさんはヒスイに子供ハーネスを付けようと思ったの?」

「強いて言うなら母親の勘よ。これがないと、この子は何度車に轢かれていたか分からなかった。もう大人になったと思ったけど、またこれを付けないとまた危ない気がしたの」

 

もしアクアが彼女をかなに預けていれば助からなかったかもしれない。

 

もし彼が家から飛び出したヒスイのリードを反射的に掴んでいなければヒスイはそのまま落ちていたかもしれない。

 

もし、今ガチのメンバーがヒスイがいるならとMEMちょの家ではなくアクア達の家で動画の仕上げをしようと言い出さなければ、飛び出したヒスイに誰も気づかなかったかもしれない。

 

そしてもし動画の作成に夢中で、あかねが投稿した文にヒスイが気づかなければ、人知れず彼女は帰らぬ人となっていたかもしれない。

 

偶然に偶然が重なり、致命的かと思えた選択のミスをアクアは辛うじて取り返すことが出来た。

 

「…………生きた心地がしない」

 

病院へと直行したヒスイにはミヤコ達が付いて、たった今警察からの事情聴取が終わったアクアであるが、その顔は今にも燃え尽きてしまいそうなほど疲れ果てていた。

 

本当の本当にギリギリだった。

たった一つ、ボタンを付ける箇所が違うだけで、二人とも死んでいたかもしれないと思うと、とても安堵出来るような気楽さはない。

 

特にあかねの状態の改善を待たずに動画の作成を急いだせいで、一番肝心なあかねからの危険信号に気付くのが遅れたのが致命的であった。

もしヒスイが気付いていなければと思うとゾッとする。そして病み上がりのヒスイにそんな不始末を押し付けてしまった自分をアクアはとても情けなく思った。

 

(あの時、もし俺が迷わずリードを引いていたら……)

 

あかねが歩道橋の柵の上に立った時、アクアからの距離ではどう足掻いても間に合わなかった。ヒスイなら届くだろうが、あかねとの体格差を考えれば最悪二人とも落ちてしまうかもしれない。

そしてヒスイは小柄だから大丈夫だろうが、流石に二人ともなるとリードが持たない。最低でも一人は死ぬ。アクアはあの時味わった恐怖は暫く忘れられそうになかった。

 

ヒスイを確実に救う為にリードを引いてしまおうか。たった数秒のその選択は今までで一番重く辛い瞬間であった。

 

だが、その二分の一の選択でアクアは賭けに勝った。初めての事であるがヒスイを信じたのだ。

 

景品は二人の命である。打算や勝算があったわけでもないのに妹だからと信じた。まだ自分にそういった感情が残っていたことにアクアは感謝しつつ、またこういった出来事を引き起こさないように自分の甘さを殺していくのだろう。

 

「あのアクア君……ありがとう。その、私の為に色々としてくれてたみたいで」

 

「あかね…か」

 

その横に腰かけるあかね。

 

「感謝ならヒスイに言ってくれ。俺は目先のことばかりで一番大切なことには目を逸らしてばっかりだ」

「そうだね、ヒスイちゃんにも後でお礼を言わないと。でも私はねアクア君。キミがいなかったら死ぬほど後悔していたと思う。ううん、もしかしたら死ぬより辛い目に遭っていたかもしれない。だからありがとうって言わせて。私は貴方に心から感謝しています」

「…………分かった。受け取っておく」

 

アクアの目指す理想の未来はイバラの道だ。その為に彼はこれから自分という存在を傷つけながら歩んでいくのだろう。

 

何かが変わるわけでもないその一幕。しかしながらアクアは黒川あかねを助けることが出来たのだと確かに自覚した。




「あ、ヒスイちゃん目が覚めたみたいだって。アクア君に会いたいって言ってるよ」

「俺に?」
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