【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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兄の──

ただ必死だったのを覚えている。

 

友達が死んでしまうかもしれない。

 

それを知った私は家を飛び出して、そして歩道橋から落ちた。

 

これは死んだと完全に諦めて意識を手放したのだが、どうやら私の人生もまだ捨てたものではないらしく、今も私は生きている。

 

あかねちゃんも最後に私が引っ張ったのが効いて命には別状がないらしい。あーよかった。本当によかったー。

 

 

と、ここで今回の事件は終わりかと思ったが、何故か私はアクアと対面している。

 

「ほら。お兄ちゃんがハーネスを引っ張ってくれなかったらヒスイそのまま落ちてたんだよ」

「え?それはありがとう、ございます」

 

成る程。私が生きているのはアクアのお陰なのか。それならお礼は言わないといけないな。

 

「いや、こっちこそ。お前が居なかったらあかねはどうなっていたか分からなかった」

「そっか。……あれ?」

 

その時、私はいつものようにアイの演技でアクアとの会話を乗り切ろうとした。

シラフで話すのは苦痛だし、側にお姉ちゃんがいるのだからまさか襲っては来ないだろうと、役に成りきろうと思ったのだが、上手く入れなかった。

 

「どうしたの?」

「ん、いや。何でもないよ」

 

まだ寝ぼけているからか、それとも疲れているからなのか。アイならこんな時に何をするのか頭に浮かんでこない。

 

どうやら最悪のタイミングでスランプに陥ってしまったらしい。

 

「…………」

「それで話ってなんなんだ?」

 

こうなると私はアクアに抱いている悪感情を一切隠すことは出来なくなる。アクアのことは普通に嫌いだが、それが命の恩人にする態度ではないことは自分だって理解していた。

例え私を助けたのがアイの為だったとしても、救われたのは事実なのだから、感謝の言葉に悪意を乗せてはいけないのだ。

 

「……えっと、取り敢えずハグとかした方がいい?」

「別にいいけど」

「え?別にいいって、どっち?」

「ハグはいいってことだ」

「あ、そぅ…………なら。助けてくれてありがとう、ね」

 

「あぁ、うん」

 

……どうしよう。これ以上言葉をひねり出せない。

下手に言葉を重ねようとすると、絶対愚痴っぽくなっちゃうし、アクアを傷付けてしまうんだろう予感がある。

 

一応お礼は言ったんだし、もういいのでは?とお姉ちゃんの方を見るともっと言うことあるでしょ?という顔。

 

もしかしたらお姉ちゃんはここで私たちが和解するのを望んでいるのかもしれない。

家族で一緒にご飯を食べることとか、家族で一緒に寝ることとか、お姉ちゃんは昔から家族ってものに強い拘りを持っていたから、自分と仲直りしたようにアクアとも仲直りして欲しいということだろう。

 

だがアクアの場合は、嫉妬とか反抗心とか幼少期からの延長線のものというよりも、アイの偶像を押し付けてくるという、親族でなければ一生関わりたくない部類のきらいである為、お姉ちゃんの願いでも聞き入れたくはなかった。

 

そりゃそんなアクアの前でアイの演技だなんて意識させるようなことをしてしまった私も悪いとは思うが、あそこまで役にのめり込めるのはアイ以外にはなかったし、私が物心付いた頃からアクアはあぁだったのだから、私の演技が変えてしまった訳ではないと思う。

 

「うぅん…………そのぅ。あー」

 

命の恩人として感謝している気持ちはあるけど、依然私の中でのアクアの立ち位置を思うと、これ以上の譲歩はしたくない。でもお姉ちゃんの期待も裏切りたくはないと、頭の中がこんがらがってきた。

 

こんな時、アイならどうするかと考えるが、そもそもアイに兄妹はいないのだから、答えが出るわけもなかった。

 

 

「なぁ。もういいんじゃないか?ヒスイも困ってる」

 

それを見かねて、アクアが声をあげた。

アクアはヒスイではなくルビーにそう提案する。

 

 

「お兄ちゃん。何で私に言うの?いまお兄ちゃんと話してるのはヒスイでしょ?」

 

「いや、見て分かるだろ。ただでさえ病み上がりで顔色も良くないのに、これ以上無理をさせるとか」

「じゃあヒスイにそう言うべきだと思うな。また日を改めて話すか?ってお兄ちゃんから聞けばいいじゃん」

「……俺じゃあヒスイを怖がらせる」

「でもそれじゃあ一生このままだよ?」

 

ヒスイもそれは嫌なんじゃないの?と言われて、二人してハッとなる。

 

…………確かにアクアのことは嫌いだけど、一生このままの関係でありたいかと聞かれたら否だ。

ならどうやって仲直りすればいいかって話だけど、それはアクアが変わるしかないんじゃないだろうか。

……そもそも私だって、みんなと離れているのは嫌なんだ。だけどみんなに私は駄目な子じゃないんだと認めて貰いたくてユーチューブを三年間も頑張った。

それなりに成果も出せて、やっと二人にも認めて貰えると思ったのに、アクアはずっっっと私じゃなくてアイばかり見ていて…………ほんと…………ほんとう………………ほんとう!にムカつく!!!!!

 

「いい加減、アイへの想いなんか捨てて私に向き合って欲しい!!!」

 

 

「え?」

 

 

「私は星野ヒスイだ!アイなんて天才アイドルじゃない!アイの生き写しとか知らないんだよ!私にアイの代わりになれって言われても…………嫌だ!私は!みんなでまた昔みたいに暮らしたいだけなんだ!!!!」

 

 

もう一度言い出したら止まらない。ダムが決壊したように今まで思っていた不満が溢れ出す。

 

「てか!分かりやすい名前でアカウント作るな!毎回赤スパ【青】って流れる度にちょっと気まずいんだよ!無言で投下するのとかもっとやめろ!あと切り抜き作るなら一言寄越せ!!!!毎回三時間越えの動画を平気で出してきて、何気に登録者3万人とか行っちゃってるし!なんだ!ヒスイ欠伸集って!なんで動画1000本以上出してるのに全部回収してるの!?やる気があるのはいいけど、こっちはそれだけアイに激重なんだなって胃が毎回重くなるんだからな!」

 

私のチャンネルの最初期からいる謎のアカウント【青】

一応野生のファンではなく身内だと壱護から聞かされていたが、ガチモンの身内だとは思わなかった。

これがアクアのものであると気付いたのは今ガチでうっかりアクアのスマホの中身を見てしまったことが切っ掛けだが、分かってからはマジでアクアってヤバいんだと眠りが少し浅くなった。

 

 

「私はアイについて色々調べたよ!確かにアイドルとしての才能、演技の才能、そしてその才能をより輝かせる為にカメラワークとか表情を一ミリ単位で調整してて正直スゴいと思った!完璧主義者のアクアが憧れて好きになっちゃうのも分かるけど!それを私に求められても困るし!やってみて分かるんだよ!やっぱり私はアイにはなれないって!」

 

アイのメソッド演技が出来ると言っても、見比べてみれば一目瞭然で私はアイに劣っている。顔が似てたり、壱護さんから昔のアイのこととか色々聞いているから他の人がやるそれよりもクオリティは高いかもしれないが、視線を虜にするお星さまみたいなその才能を私は再現しきれなかった。

 

「キショイ!キモい!襲われたらどうしようって!実の妹に思わせるな!私を見ろ!私はアイじゃない!アイの生き写しだけどアイじゃないの!」

 

アクアの胸ぐらを掴んで瞳を覗き込んでやる。

もう命の恩人に対する態度とかそう言うのは気にするのはやめた。

私を見ろと、アクアに何度も訴えかける。

 

「……悪かった」

 

「私を見なかったこと!?それともアイの偶像を押し付けてたこと?それとも私に劣情を抱いていたこと!?」

 

「全部……と言うと語弊が生まれそうだが、お前の言う通り俺は、お前を通していつもアイを見ようとしていた。お前がそれを嫌がっていたことは分かっていた。だけど止めようにも止めれなくて、いつしか俺は言い訳ばかり探して止める努力すら止めていたんだ」

 

そこでアクアは眉を歪めた。

 

「多分……これからも俺はお前にアイを重ねてしまうんだと思う。頭がおかしいと思ってくれていい。寧ろそう思ってくれた方が助かる。だけどお前のやるアイの演技が俺には演技以上の何かに見えて仕方なかった。もしかしたら、アイは今でもお前の事を見守っているんじゃないか、時々乗り移ったりしてんじゃないかって……オカルトみたいなことを真剣に考えてる」

 

だけど、襲うとかそういったやましい気持ちは一切ないとアクアは言った。

 

「それって……私を見てくれようとはこれからもしてくれるんだよね?」

「見てはいるよ。生まれた時から。今もそうだ。ただお前の演技が本当にアイなら一度ぐらい話したい……いつも思って疑ってしまう」

 

「……マザコンじゃん」

 

「否定はしない」

 

 

「そしてお兄ちゃんはシスコンだよね」

 

「それも否定はしない」

 

つまり……お兄ちゃんはマザコンでシスコンだったということなのか。

私に対してルビーよりも過敏なのはマザコンでシスコンだからってこと?

 

「なんだ、それ」

 

私はアクアの胸ぐらを離して地面に座り込む。

 

「何か今まで悩んでたのがバカみたい」

 

天才だと思っていた兄は乳離れも出来ていないオカルト気質なマザコンだった。

怒りを通り越して、そのまま眠ってしまいたいほど力の抜ける話ではあったが、私はもう一度アクアの目を見る。

 

「……………」

 

その瞳の中に映るのは私と瓜二つで私にはない星を宿した天才アイドルだ。

 

「ハァ……」

 

襲われるとか、監禁されるんじゃないかという不安はなくなったが、ルビーと仲直りした時みたいにスッキリはしなかった。

 

 

誤解は解けた。……多分、ここで私から歩み寄れば全てが万々歳で収まるのだろう。が、このままだというのはしっくりこない。

 

「ごめん、お姉ちゃん。私……アクアとはまだ仲直り出来ない。だって今、仲直りしたらアクアはずっとアイを探し続けるでしょ?」

 

アイの演技は所詮演技だ。それ以上でもそれ以下でもない。そりゃここまでするのに努力したが、なればこそそれを死んだ人間が憑依したから~なんて冗談で片付けて欲しくない。

 

「だから──認めさせる。アイの演技が偽物で私のこれまでが全部アイのお陰って言うなら、アイの要素を全部抜き取って、それでもアイ以上の本物だって思える何かを見せつけてやる」

 

出来るなんて到底思えないが、アクアのその認識を変えないことには私は喜んで家族には戻れない。

星野ヒスイとして天才アイドルのアイを越えることをこの日私は決意した。




「お兄ちゃん…取りあえず殴っていい?」
「あぁ、好きなだけ殴れ」
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