【駄目な子】 作:星野ヒスイ
アクアが作成した私たち目線の今ガチを映したショート動画。
それは世間が抱いていた黒川あかねへの偏見を払拭する素晴らしい仕上がりへとなった。
確認作業の最中で、あかねの自殺未遂&ヒスイの子供ハーネスバンジー事件があったせいで一夜有耶無耶となってしまったが、今ガチメンバーは改めて集まってその出来に賛美し合っていた。
「いや~やっぱすげぇわ俺たち!」
「アンタは何もしてないでしょうが」
「でもでも、拘っただけあってかなり良い感じになったと思うんだけど」
あとはそれを投稿するだけ、今ガチのメンバーの誰もが待ち望む中、「待った」とMEMちょが手を上げた。
「何だ?編集ミスでも見つけたか?」
「いやいや~そうじゃないだけど、良くも悪くもまだ不完全って言うか?投稿するにはパンチが一つ足りないんだよね~」
「不完全って言ったってこれ以上は弄りようがないでしょ」
「編集したのはアクアだけど、MEMちょもOK出してたじゃん」
ノブユキとゆきである。
彼らの言う通り、動画の出来は先ほどMEMちょからもゴーサインを貰っている。
それでいて不完全と言うならば、問題は動画の外。発信するSNSか時間帯にあるのだろうか。
「お、アクたん正解。このままでも十分良いんだけどさ……やっぱ、念には念を入れておきたい訳でして。これ!」
「これは、HISUIチャンネルの……」
MEMちょが見せてきたのはヒスイのチャンネルの動画欄。そしてスクロールしてヒスイの動画の中で一番再生数の多いものをタップした。
「この動画。殆どアカペラで、しかもヒスイちゃんが3回目に出した動画なのに凄い再生数だよね。これを今のヒスイちゃんがリメイクして楽曲なんかもガチればぶっとい導線を確保出来ると思うんだけどどうかな?」
それは一分半の歌動画だった。MEMちょの言う通りヒスイが最初期に上げた動画であり、アカペラでオリジナルソングというなかなか地雷要素の多い最中、不思議と耳に残るフレーズにファン達は魅了され、一番再生数を稼ぐ結果となった。
その動画のタイトルは「あいどる」
再生数197万。2位3位が50万以下なことから分かる通りヒスイのチャンネルでは断トツで人気の動画であった。
「これか……確かにこれなら、いや、でも……」
ここには楽曲経験のあるプロのケンゴもいるし、ヒスイの歌声もこの頃とは見違えて上手くなった。確かにこれを今リメイクすれば俺たちの動画の注目度を高めることが出来るかもしれない。
ただ問題が、これはヒスイがアイというアイドルの人生を歌ったものであるということ。
後のヒスイ曰く、アイの感情が自動的に流れ込んでくるゾーン状態(絶好調)で作詞されたこの曲は本当によく彼女のことを理解して作られていた。
鼻歌だが、テンポやリズム感も絶妙で動画のコメント欄にはレーベルのスカウトだと思われるチャンネルから複数うちでリテイクしてみないか等々打診が見受けられた。つまりこの曲は既にプロに認められているのだ。
まず間違いなくこんなものを高クオリティでリメイクして世に出せばウケるのだろうが、ヒスイがアイの隠し子である、そこから紐付いて俺たち三つ子がアイの隠し子であるということがバレる可能性がぐっと高まってしまう。
単なるネット番組に出るのとは訳が違う。この歌のポテンシャルは下手をすれば世界すら狙えるとアクアは睨んでいた。
「あら?そう言えばヒスイちゃんはどこ行った?」
「は?さっきまでそこの隅っこでソシャゲしてたろ?」
あまりやって欲しくはない手だが、この曲に関してはヒスイが一人で作り出したものだ。自分がとやかく言う権利はないと、ヒスイの方を振り向くと、ヒスイはスヤスヤと眠っていた。
「起こさないでやってくれ。疲れてるんだ」
ケンゴの膝を枕にして。
「……………あ?」
アクアの喉から信じられないぐらい低い音が出た。
「なんつぅーか。まだ公開されてないから詳しくは言えないけど、忍耐系の動画やっててさ。さっきまでずっと体を動かしてたんだよ」
「……何でお前がそんなことを知ってるんだ?」
「俺も今ガチコラボで一緒に出てたんだわ。ほら、あかねやゆきも出たことあるだろ?」
「あーうん。私の時はコーディネート勝負だったよ」
「誘われた時はびっくりしたけど、……やっぱヒスイちゃん凄い頑張り屋さんだし、どんなに辛くても笑顔をたやさない所とか、マジで可愛いよな。俺……恋リアとか初めてで何やったらいいか分からなくて全然動けなかったけど、この子が手を引っ張ってくれるお陰で何となく何をやればいいか分かってきた所もあるし、何より話してて普通に楽しいんだ。もしかしたら本気で好きになっちゃったかも」
ヒスイが動画に誘ったのは、かなにも語った番組ラストのフラグ的な意味合いもあったが、それは視聴者に向けてのものであり、その動画が切っ掛けでケンゴが自分への恋心を意識するなど微塵も考えていなかっただろう。
「へぇー!ケンゴ君とヒスイちゃんが!?」
「これまた意外!でも男子メンバーでヒスイちゃんの動画に出てるのってケンゴだけだし意外と脈ありなんじゃない!?」
「膝枕ってお前!いつの間に進展してんだよ!」
うとうとしてたまたま寝転んだ先にいたのがケンゴだからだったが、計らずもそれは番組のラストでケンヒスが誕生する軌跡を作り出そうとしていた。
「番組も残り少ないけど、俺はヒスイちゃん狙いで行こうと思う。どうせ叶わぬ恋だろうけど……応援してくれ、アクア義兄ちゃん!」
そしておふざけで言ったケンゴの一言。
それがアクアの脳内に存在しない記憶を生み出した。
『私、ケンゴさんと幸せになるね!』
『ヒスイは一生俺が守るよ…』
何処かの教会。純白のウエディングドレスに身を包んだヒスイとビシッとタキシードで身を固めたケンゴだ。
『子供は二人以上は欲しいかな』
『はは、まだ一人目だってのに気が早いな』
『そうかな?もしかしたら双子かもよ?』
若干膨らんでいるようにも見えるヒスイのお腹に手を当てて、父親になる喜びを噛み締めているケンゴ。
そして母親としての勘なのか、今宿っている命は二つあると告げるヒスイ。
『ケンゴさん』
『ヒスイ』
二人は向き合って、瞳を閉じながら口付けをかわす。
「──かぁッ!?」
その妄想を全力で否定するようにアクアは机に頭を打ち付ける。
「ハァ……ハァ……良かった、夢だ」
「ちょ!額から血が出てんぞ!」
「止血止血!」
何にしてもヒスイにはまだ結婚は早すぎる。ましてや16歳で双子だなんて……漫画じゃあるまいし。
落ち着け、落ち着け俺……。ケンゴはそんなやつじゃないとアクアは冷静になろうと深呼吸するが、どうしてもそこで15歳で自分達を妊娠したアイの姿が横切ってしまう。
「ちょっと待ってろ!」
いても立ってもいられず、寝室から枕を取ってきたアクアは細心の注意を払いながらケンゴの膝からヒスイの頭を移動させた。
「いいか?冗談でも義兄ちゃんだなんて呼ぶな?」
「お、おぅ……」
今の行動に何の意味があったのかは分からない。
まるで一仕事終えた後のように額から流れる血を拭き取りながら、血走る目をしてそう口走るのである。
「アクたん、まじやべー」その場の全員が思ったそうな。