【駄目な子】 作:星野ヒスイ
それから暫く。ヒスイは『あいどる』のリメイクを公開した。だがアクアの予想も空しく公開から数日経っての再生数は6万回辺りで伸びが止まり、HISUIチャンネルの上位にすら顔を見せることもなく幕を閉じることとなった。
「………………やっぱり、無理かぁ」
あかねの炎上騒動を考えて殆ど準備期間を設けられなかった。それも理由の一つだろうが、一番の理由はあの頃よりさして歌唱力が向上していなかったのが原因であった。
努力していないのではなく、単純に伸び代がそれ以上なかったのである。それが分かっていてヒスイはリメイクの話を飲んだが、実際に数字としてみると、来るものがあった。
やはり自分ではアイには及ばない。と言うかアイの演技もこれ以上は伸び代がない。
そう考えると少しナイーブな気持ちになるが、それでもあかねちゃんの炎上は今ガチメンバーで作成した動画の公開である程度の収束を見せた。僅かにでも役にたったならそれでいいと割りきることにする。
「良い天気だね~」
「うん、そうだね」
「ヒスイちゃんは今日も一番乗りだったんでしょ?早いのに大丈夫?」
「うん、そうだね」
「今日からあかねが復活するんだって」
「うん、そうだね」
「こやつ、何も聞いてないな」
今ガチの撮影現場である今は使われていない校舎の窓際の席。私はここから空を見るのが好きだった。
何ならずっと見ていたいと思うほどに好き好んでいたが、撮影が始まるとそうしている訳にもいかないため、他のメンバーより少し早く現場には訪れる。
学校は私にとってあまり良い所ではなかったけど、何も考えずにぼうっとしていることの素晴らしさと言ったら言い表しようがない。
「あぁ……期末テストとか消滅しないかなぁ」
勉強するのはいいが、それで実力を計ろうとかしないで欲しい。私はバカだから普通の点数を取るのにも何十時間も勉強しないといけないので、授業中に呆けるなんてとても出来なかった。
でももうすぐテスト期間なんだよな……。
またノートとインク、コピー用紙を買い足さないといけない。
現ない気分でいると、何やらキラキラと光る物が近付いてくる。
「ふぁあ、眠いんだよね収録早すぎてさー」
聞き覚えのある声だ。
あぁそう言えば、今日からあかねちゃんが復帰するんだと私は笑顔で出迎えて上げようと顔をあげた。
「てへっ☆」
「……あんびりーばぼ」
度肝を抜かれるのはこのことか。
私以上に魅せられるアイの演技をしたあかねちゃんである。
◇◇◇◇◇
「……大丈夫かしら、あの子」
黒川あかねが復活した放送日。
当たり前のように更新されて直ぐに目を通したかなであるが、完全に気圧されているヒスイを見て、ため息を溢していた。
「スッゴい……ヒスイのアイの演技は何て言うか超リアルって感じだけど、このあかねちゃんのはアイドルとして舞台に立ったアイを見ているみたい」
そして横から見ていたルビーからの素直な感想を聞いて尚更頭を抱える。
この業界、キャラのだだかぶりは避けようがないとは言え、後から入っていたやつが、自分よりも明確に出来る上位互換であるとやりづらいったらありゃしない。
今さらキャラを変えるわけにもいかないし、だからと言ってカメラ受けの良い相手を立てない訳にもいかなくなる。
「……これからあの子、地獄よ」
「うん?確かにキャラは被っちゃてるけど、ヒスイとあかねちゃんは仲良いんだよ?喧嘩なんてしないと思うけど……」
「だからこそよ」
いっそのことライバルとして張り合えたらよかったのだろうが、こういう場合、まず間違いなくヒスイは身を引いてしまう。
この兄妹達につけられた負け癖というやつだ。無理だと思ったらその分野からはキッパリ手を引く。
恐らく今ガチでのアイの演技はやめてしまうだろう。
ヒスイはアイというキャラクターを自分の中に作成して、演技をする時はそれにバトンタッチしているようなイメージだ。オートマでやっている分ここはこうしたい、こういう風に演出したいといった細かな修正は効かない。
一度始めてしまったらアイというキャラクターから外れた行動を取るわけには行かないのだ。
どこか他人に任せているという気楽な部分もある分、不便なところも多い。
あまり考えるのが得意ではないあの子にとって一番楽な姿があれだったから今ガチが始まってから強くは言えなかったが、これを辞めた後でやっていけるのかが分からない。
「ヒスイってアイ以外には演技って出来ないの?」
「……出来ないわよ。むしろなんであんなにアイの役に入れるのか不思議なぐらい」
「それって……ううん。でもヒスイはいつもアイの演技をしてるわけじゃないし、HISUIチャンネルの時と同じような感じで演じればいいんじゃないの?」
「それが出来れば良いんだけどね……」
放送の続きを見ていると、ケンゴの背中に隠れながらアクアと話している姿があった。
アイの演技を辞めた途端にアクア嫌いが表に出てしまったらしい。
『ちょ、え?』
『おい、ケンゴ。まさかお前…………』
『違う違う違う!何もしてないから!』
幸いにも、ヒスイが狙っているというケンヒスの流れにはなっているが、今までウソで自分を偽っていた分、素の自分でやるのは相当怖いだろうに。
「アクアが上手くサポートするのは難しそうね。あかねがヒスイの異常に気づいてくれたらいいけど、あの子隠すの上手いから」
「…………つまり、あかねちゃんはヒスイがこうなるのを分かっててやったってこと?」
「さぁね。女の友情なんてたかがしてれるし、単純に目立つキャラを考えたらアイにたどり着いたのかもしれない」
「それでもヒスイは炎上の為に頑張って死にそうな目にあったのに、ヒスイがやりづらくなるかって考えなかった訳でしょ?それって最低じゃん」
「そうね、最低ね」
「ロリ先輩はムカつかないの?私、こんな子なら炎上して当然だって思ってるんだけど」
……ムカつくに決まってるじゃない。
可愛い妹分に辛い境遇押し付けて、自分は男に尻尾を振ってる女狐なんかに同情なんて1ミリもしてやらない。
だけど、黒川あかねの気持ちは理解出来る。
明確な正解が目の前にあるのだ。しかもそれが自分ならもっとやれると確信出来たのなら役者として試さずにはいられない。
むしろ、あからさまに自分の方が優れているんだとちょっかいをかけてこない分、温情を感じる。
「私、こういう他人の迷惑も考えないで好き勝手にやる人大嫌い」
「確かにやりづらい状況なのかもしれないけど、それで勝てなきゃ諦めるしかない。そう考えればヒスイは賢い選択をしたわね」
『ヒスイちゃん、この前は本当にありがとう!』
『別にいいよ。どうせ私にはもういらないものだし』
……ん?
今のあかねとヒスイの会話に何か違和感を感じたが、気のせいだろうか。
まさかこの子、自分からキャラを手渡した訳じゃないわよね?
『え?アクアの好み?そんなのアイでしょ?』
『被る?えっ…………あーなら私のこれは辞めるよ』
『ううん!別にいいから!どうせこのままじゃ一生アイを越えられないって思ってたし!』
例えばこんな感じで。まるで誰かが目立てるように自分からスポットライトを振ってやるなんてバカなマネ……してたら完全に私の
もしこれがあの子なりの考えで、自分の力だけで魅せたいって言うことなら応援するしかないじゃない。
「私……この人とアクアがカップルになったらやだな」
「私はヒスイに男が出来る方が嫌よ」
「何言ってるの?ヒスイに男なんて早すぎるよ?」
「アンタらって……あぁ!そんなんだから居心地悪いって思われるのよ!!!!」
だが私にそれ以外で出来ることがあるとすれば、この過保護な自称保護者どものケツを叩いてやることぐらいだろう。
……いい加減我慢の限界であった。
手始めにこの変な所で妙に年上ぶる小娘を分からせてやらねばとかなは立ち上がる。
「な、何?居心地が悪いって。それってお兄ちゃんがヒスイとまだ仲直りしてないからじゃないの?」
「それもあるけど、根本的な問題は貴方達のあの子へ対する態度よ。たった数十秒、数分早く産まれただけの兄妹に、いつまで経っても年下扱い。ただの妹として少し可愛がるならまだしも、まるで赤ん坊と接しているみたいだわ」
「赤ん坊って……それはないでしょ」
「あら、そう?ならこの前、ヒスイがお昼寝してた時、息してるか確認してたのはどこの誰だったのかしらねぇー?」
「あ、あれは、ヒスイの寝顔があんまりにも可愛かったから近くで見ようとしただけだし?その時、ちょっと顔に手を近付けたり、耳を傾けたりしたけど、呼吸してるか確認だなんて、そんなことあるわけー」
「まぁそうね。流石に言いすぎたかもしれないわ。じゃあこの子、ケンゴって言ったかしら?ヒスイが気になるみたいよ」
「はぁ!?ヒスイに色目使うなんて許せない!」
「ヒスイが、よ。気があるのはヒスイ。最終回でケンゴ君とキスするんだーって言ってたわよ」
「そんな!?」
この世の終わりのような顔をしてスマホの画面にかじりつくルビー。
「……言っておくけど、あの子の公式ツイッターのアカウントは壱護さんが管理してるわよ」
「ッ!ならお兄ちゃんに連絡しないと!」
「何でよ?ヒスイが気になってるなら好きにさせたらいいじゃない」
「そう言うのは気の迷いって言うの!勢いに任せてキスだなんて!そんなのヒスイの一生もののトラウマになるかもしれないじゃん!」
「そういうーのが駄目だって言ってるんでしょうが!」
かなはスマホを取り上げてルビーの頭を拳で挟んだ。
「痛たたたた!!!!やめてー!これ以上バカになったら留年しちゃう!」
「あの子はね!もう高校生!自分でお金も稼いでるし、原付の免許だって取れる!ちょっと駄目なところもあるけど、誰かに面倒みて貰わないと生きていけないほど子供じゃない!」
そりゃヒスイに彼氏が出来たら自分だって複雑な気分にはなる。だがいくらなんでも本人確認もしないままその感情が間違いだと否定から入るようなことはしない。
こればかりは、直近の三年間を一緒に過ごした有馬かなだからこそ分かることかもしれないが、駄目な所、危なっかしい所がある一方で、しっかりヒスイの成長を実感しているのである。
「それでヒスイに何かあったら先輩は後悔しないの!?人って簡単に死んじゃうんだよ!?大切な人を守るために出来ることを全力でやるのが間違い!?」
その時、ルビーの脳裏に過ったのは星野アイである。
もう二度とあんな思いはしたくないのに、ヒスイは放っておけば冗談抜きで死んでしまいそうなほど虚弱で破天荒な性格をしていた。
「限度があるのよ!限度が!あんた下手に仲直りって決着をつけさせちゃったせいで、またあの子の負担になってるって気づいてる?また過保護で疲れるけど、お姉ちゃんは昔からこうだから仕方ないって言い訳させてるんじゃないわよ!」
ヒスイとルビーは表面的には和解したが、それでもヒスイに対する認識が変わっただけで、ことあるごとに過保護になってしまうのは、多少マシになった程度だったという。
勿論ルビーもヒスイに言われたら辞めるのだろうが、指摘されないと年下の兄妹がいたことがヒスイ以外にない為、何が悪いのかが分からない。
ヒスイはヒスイで物心付いた時からこうだったので、多少はマシになったのだと、無理やり納得して受け入れてしまってるから完全な悪循環であった。
「そんな…………ええ」
「兎に角、そのヒスイの為にって考えるのはやめなさい。あの子は褒められることは好きだけど大事にされることは嫌いなのよ」
「私またヒスイに悪いことしてたって言うの?どうしよう……今度こそ本気で嫌われちゃったかも」
「それは安心しなさい。一応アンタといるのは楽しくはあるみたいだから」
「本当!ウソじゃないよね!?」
「こんな所でウソ付いてどうするのよ。……ハァ」
かなは疲れたようにソファに体重を預けた。
ヒスイとルビーが本当の兄妹に戻る為には、お互いが抱いてる偏見を少しづつ取り払ってやるしかないだろうと長期戦を視野に入れた。
(なんで、私があの子と離ればなれになる努力しないといけないのよ)
もういっそのこと、ヒスイをぶんどってやろうとも考えたが、それで笑えるのは誰もいないだろうと、余計に肩を落とした。