【駄目な子】 作:星野ヒスイ
「わぁ美味しい!これ、隠し味に生姜入れてます?」
「あらあら分かるのかい!小粒の生姜を火を止めたあとにさっと混ぜ込むのがうちの味だよ」
「へぇー!だからこんなにサッパリしてるんですね。自分好みです!今度真似してみようかな?」
忘れないようにメモにかきかき……。
恐らく、いや確実にそうなのであろうアイの娘である星野ヒスイ。今ガチで彼女の存在を知った時からいつかは会ってみたいと思ったが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「それで俺に聞きたいことって何だ?」
「ん?何のことです?」
「マジでお前……わざとやってるのか?」
自分から晩ごはんを食べていきたい。お母様の作るお味噌汁美味しいんだよねーと、まるで食べたことがあるような発言から、てっきり適当な理由でも付けて俺に聞きたいことがあるんだと思っていた。
俺もこいつの怪異染みたアイの演技については山ほど聞きたいことがある。だから改めて家に上げてみれば、少しだけ利口になったアイを相手しているような気分であった。
「あ、そうだ!カントクさんってアイの知り合いだったんですよね!あとアクアもお世話になってるんだとか!」
「だな。アイツらで撮ったこともあるし、早熟とは定期的に会ったりしてる」
「私、ご存知かもしれないですけどネタでアイの演技をやってまして……だからストーカーなんかに狙われちゃったんですが、自分ではそんなに似てないと思うんです。むしろ本職の人からしたらお遊戯みたいな?
だけどアクアはそっくり過ぎてアイと見分けがつかないって言ってて、それが原因でちょっと揉めてるんですけど……カントクから見て私のアイの演技ってそんなに似てますかね?」
場所は俺の部屋に移して、そんなことを尋ねるヒスイ。
……今さら何を言ってるんだろうか。
これは犬か猫か?そんな単純な問い掛けをされているようで拍子抜けしてしまう。
こいつのそれは決して他人には真似出来ない、ガワだけじゃなく芯まで入っている演技の枠を飛び出した何かだ。
それを俺は赤ん坊の頃からアイがこいつに入れ込んで、自分の全てをぶつけたからだと思っているが、そんな最悪な過去のお陰だとはいえ、何故これほどまで優れた能力を他より劣っていると感じているのか分からない。
「似てるって言うか、まんまだろ」
「え?……あぁやっぱり顔ですか?何か
「そうじゃなくてお前の言ってる演技の方だ」
「いやいやいや!私のなんて本当にくだらないんですって!私の友達の女優さんと比べたら私のなんてとてもとても!」
「友人……あ!もしかして黒川あかねか」
友達の女優と言われてピンときた。
成る程。こいつの言う本職と言うのは黒川あかねのことだ。
確かにあれは演技、こと役の作り込みに関しては同世代で並び立てる存在はまずいない。それにアイツの演技はどこか威圧的で、自分の役を疑わない。だから同じ舞台に立つと自分の方が正解だと押しつけられるような感覚になるらしい。番組の後半ではこいつがアイの演技をして目立っていたが、それに負けたと思ったのか。
「だとしたらそれは勘違いだ。お前のそれはアイツの演技より遥かに高みにある」
「っっ……………まっさか~、その冗談面白くないですよ」
こいつにしては珍しく……じゃない。ヒスイは「まさかそんなことは」とやんわり否定した。
どうにも信用がないな。俺からの肯定の言葉は全部お世辞だと思ってる。
こういう所はアイとは違ってネガティブだ。
「なら、一時間をくれないか?それでお前の方が優れてるのを証明してやる」
別に本人が望んでいるなら、その演技を屁理屈付けて扱き下ろしてやってもいいが、俺にだってプライドはある。俺の言葉がそんなに信用ならないなら、俺の作品で分からせてやりたいと思った。
■■□■□■
「うん、うん、あと一時間ぐらいしたら帰るから。……うん、迎えはいいよ。タクシー使う……うん、心配かけてごめんなさい、……うん、じゃあね……」
カントクに時間をくれと言われて一時間経った。
その間別室で兄が子役時代に撮ったというホラー映画を見ていたが、体調でも悪かったのか、ひどくぎこちなく感じた。まぁ子役ならこれぐらい演技できれば十分だろうって感じで、本来の実力の半分も出せていないみたい。
カントクが兄はこれを黒歴史にしていると言っていたが別日収録とかに出来なかったんだろうか。絶対本調子ではないのに……子役にそこまで労力をさいてやる謂われはないと言うことなのか……何だが芸能界の闇を感じる作品であった。
そろそろかな?
さっきかなちゃんから電話が来て、迎えに来てくれるという話だったけどすっかり日も落ちてしまったのでタクシーで帰るという話をしたが、もう約束の一時間は経っている。
私は部屋を出てカントクの部屋をノックすると、入っていいぞと声が帰ってきた。
「何も言わずこの動画を見てくれ」
「動画?」
言われるがままにパソコンの前に座らせられると、マウスをクリックするカントク。
『えー、ごほん。見てるかな~!アイだよ!』
「アイ?」
するとどういうことだろう。再生されたのはアイが誰かに語りかける動画であった。
『いや~どうしよう。
「どういうこと?何でカントクがこんな動画を持ってるの?」
十年前の動画であるからか、画質が絶妙に悪く、口元が見えないが、あれだけ研究した人の声を聞き間違える筈がない。
これはアイが生前に残した動画だ。
『うん、先ずはみんな、ありがとう!』
みんな?ファンに向けた動画なのか?
アイの動画ならネットで上がっているものは総なめしたと思っていたけど、こんなの私は知らない。
私はカントクのことも忘れて動画に集中する。
『私ってば忘れっぽいからさ。この瞬間の思いを貴方達に伝えたいって撮影することにしました』
『元気でやってますか?風邪を引いたりしていませんか?怪我をしたりしていませんか?』
『皆さんの応援があったから私は今までやってくることが出来ました!』
……何かの特典映像だろうか?
『何度かやめてやろーって思う時もあったけど、』
『みんながいるから頑張ろうって』
『私は今』『この舞台に立っているんだと思います』
『私、とっても嬉しいんです』
『アイドルをやる前は』『誰かを愛するなんて考えられなかったけど』
『胸がポカポカするっていうか』
『続けてよかった』『って思います』『だから』
『今日は』『これまでの私の』『集大成』『みんなに私の幸せを返す番です』
『みんなー!本当にありがとう!』
そこでプツリと動画は切れてしまった。
一分にも満たない動画だったけど、まさかアイがこんなのを残していただなんて「これ、お前の動画から適当に素材を引っ張ってきただけって言ったら信じられるか?」
「え?」
「本人のお前ですら本物だと思ったろ。言葉の一つ、一つ、仕草や癖のどこを切り取ってもアイに見えちまうお前のそれは、間違いなく
そこで私は初めて自覚したのかもしれない。
私は思ったより素でアイに似ていたことを。
「でも、あかねちゃんの時はぶわーってアイみたいなオーラがあったけど、私の時は全然ないのに」
「それなんだが…………いや、やめておく」
「え?何なんですか?気になるじゃないですか」
「お前のアイの演技は恐らくあと一歩、何かが足りない。だがその段階で既に厄介なストーカーに目をつけられるレベルだ。これ以上アイの演技を磨けばもっとヤバい奴らの目にも止まる可能性はある。お前が本気でプロを目指すならそれは強力な武器になるが、半端な気持ちで利用するのはおすすめは出来ない」
つまりそのあと一歩さえ掴めれば私はアイに追い付くことが出来るのだろうか?そしてカントクはそれを知っている……いや、口振りからして確信はなさそう………だけど私に本気でプロになるつもりはない。
ずっとユーチューバーで食べていけるとは思ってないし、就職のことだって考えないといけないと思っている。
ファンは大切だけど、怖い人は怖いし、そういう人が増えるのは嫌だ。
それにアイの演技を完璧にしたところで星野ヒスイをアクアに認めさせることは出来ないだろう。
それに──『アンタなんて知ったことじゃないわよ!ヒスイを!私の家族を奪わないでよ!』
少し前の私はアイの演技に依存していた。何をしても駄目だった私が唯一無条件で称賛される物を手に入れたと、調子に乗って、どんどんアイという存在にのめり込んでおかしくなりかけていた時、かなちゃんを泣かせてしまったことがあった。
その時の記憶は大分朧気だが私がアイに乗っ取られたように感じたらしい。
いつも頼りになるかなちゃんがこんなに泣くんだって、驚いたけど、それ以上にかなちゃんをこんなにした自分が許せなかった。
きっとアイの演技を完成させてしまったら私はこれに頼りきりになってしまう。そしてまたあぁなってしまうかもれない。
もうあの時みたいに、かなちゃんを悲しませたくはない。
「…………なら仕方ないですね。私の本業はユーチューブなので」
「そうか。変なことに付き合わせたお礼に……撮影のことなら相談に乗ってやろうか?これでも映画監督だから短編映画でも作る時は言ってくれ」
「え!良いんですか?ありがとうございます!」
カントクとはメル友になった。
それから何本か寸劇をやる時に台本とか見てもらうこともあり、普通に仲良くなれたんだと思う。
しかし、アイの演技をしないと決意してからあの夢を見る頻度が段々と上がってきた。
一度は見つけられたと思ったけど、相変わらず血を流したアイが私を探している夢だ。
『ヒスイ……ヒスイ……どこにいるの?』
この夢はただ見ているだけじゃなくてある程度自分の意思で動けるから、わざと見つかったり、洗濯機の中や家の外で隠れたりしたけど、いつもアイに触れようとすると夢から覚めてしまう。
別に怖い夢ではないのだが、これが思いの外ストレスになって最近は慢性的に寝不足だ。
病院に行ったらストーカー被害のトラウマだとか、我慢していることをやめてしまえばいいと言われたが、もうこれには頼りたくない。
だけど、私の体は既に悲鳴をあげていて、処方される薬の量は毎日増えていった。だから苦肉の作でカントクに協力して貰い、アイの演技を完成させることになった。
何故そうなったのかと言うとカントクが私がアイの演技をすることになった経緯やアイの演技が上手くなる絶好調のタイミングなどを事細かに聞いてきて、もしかしたら完成させずに中途半端にしているのがいけないのかもしれないという話になったのだ。
一回限りという条件で、舞台の上で踊る。これがダメならもっと大きな病院で見て貰うことを壱護さん達と約束して、その日から動画を休んで私は歌とダンスのレッスンに励むことになった。
ただでさえ駄目な子な私には一曲踊りきるだけでも大変な労力なのにオマケに連日の不調のせいで、壱護さんが呼んでくれた先生には大変迷惑をかけてしまったと思う。
それに小さなステージで踊ると思っていたけど、どうやら私の噂を聞き付けた鏑木さんがルビー達も参加する予定のジャパンアイドルフェスの空いた時間に無理やり捩じ込んでくれたらしい。
ジャパンアイドルフェスといえば有名アイドルも参加する大きなステージだ。
私一人の為に、何だか大事になってしまった。
まだ何の実績も残せていない私だけど、この人達の努力には報いないといけない。
残り一ヶ月しかないその期間。私は髪を染め直し学校も休んで寝て食べる時間以外の全てを練習に捧げることにした。
学校側やルビー達にはストーカー被害で負ってしまった精神的なダメージのケア期間とだけ伝えている。
実際、あれがトリガーになった可能性も否定出来ない為、嘘になるかどうかは分からないが、私が一ヶ月後に最初で最後の完璧なアイのメソッド演技をすることは、五反田泰志、斉藤壱護、斉藤ミヤコ、鏑木勝也、有馬かな、この人達しか知らない。その他は私が顔も知らないフェスの関係者のみである。
ルビーには初めての自分達のライブを全力で楽しんで欲しいので伝えてない。アクアには意地でもバレてたまるかと全力で隠した。ただでさえ未完成なアイの演技でも見分けがついていないのに、完成品を見たらどうなるか分からないからだ。
当日も出来ればこっちには来て欲しくないので、ケンゴ君に足止めを頼んでいる。ルビー達とステージは離れているらしいので、何とかバレないことを祈るしかなかった。
『ヒスイ……ヒスイ……』
夢は続く。