【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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盗聴

恐れていたことが起きた。

 

ヒスイがストーカー被害にあったのだ。

幸いにもヒスイ本人に外傷はなく、犯人も直ぐに逮捕されていたそうだが、相手は直接手を出そうとヒスイを追いかけ回したらしい。

偶然、監督の家の近くであったから逃げ込むことが出来たが、もしそうでなかったらどうなっていたことか。

 

「ハァァ…………」

 

肝が冷える、などというレベルではない。話を聞いた時には卒倒するかと思った。

電話してきたのがヒスイだったからいいが、それ以外なら悪い方向に考え過ぎて、カウンセリング通いで沈静化したPTSDをぶり返していたかもしれない。

 

どうやら今ガチというメディア媒体は俺たちの想像以上にヒスイという人物を世間へと送り出してしまったらしい。

 

そもそもヒスイは万人受けするタイプのキャラクターだが、アイには圧倒的に劣っている。万人受けするという意味では似たようなものなのだが、アイはヒスイとは違って文字通り万人に受けた。それは推しの対象しての完璧なアイドル像を持ち、そんな推しがただ歌やダンスでアピールするのではなく頑張れと応援したいから踊るのだという特異なスタイルで注目を集めていた。

 

発案者はアイらしいが、そのやり方はファンとの距離感が他のアイドルグループより近いこともあってガチ恋勢というものを作りやすかった。

ガチ恋勢。推しの対象に並々ならぬ情熱を注ぐ彼らは時として、その想いだけが独り歩きして推しのアイドルに対して人として許されない行為に及んでしまうことがある。

それがあの悲劇に繋がってしまった…………が、そうは言ってもそこまで拗らせるやつなんてほんの一握りだ。俺だってアイのガチ恋勢一歩手前だったし、十万に一人ぐらいの確率だろう。

まだまだヒスイの知名度なら、そんな輩は存在しない筈……かと思えば今回の加害者はヒスイをアイだと思って追いかけ回したらしい。

 

ヒスイはただアイに似ているだけではなかった。

 

あの子のメソッド演技は息子の俺が偽物であると否定出来ないレベルの完全模倣だ。彼女は恋愛面には殆ど無頓着だがそれ以外は完璧──他人が見れば確かにアイが生き返ったように錯覚することもあるだろう。

 

これは単にアイのファンがそのままヒスイに流れるという話ではない。

死んだと思っていた想い人が実は生きていた。その時に膨れ上がる感情の爆発力は馬鹿に出来ないものだ。だから恐らく今回のようにヒスイの存在を知って暴走する人間が今後も出てくる可能性はかなり高い。

つまり今後はアイに執着を持つ元ファン達にも目を光らせていかなければならなくなるのだ。

 

ヒスイは今ガチ以降はテレビ媒体から離れると宣言していたが今は助かったと思ってる。あの子がアイドルや女優を目指していたのなら大勢の人間と接する機会が増えて警戒するのも難しくなる。

アイドルなんてもっての他で、日本の警備はよくザルだとか言われているが、物理的な距離が近い以上いきなり舞台に上がられたら海外でも瞬時に対応することは容易ではない。

 

「やることは増えたが……悪いことばかりじゃない。偶然、体力のないヒスイがギリギリ逃げられるぐらいの体格をしたストーカーに襲われた?場所は監督の家近くで、ストーカーも初めて通った場所だというのに、偶然人通りの少ない時間帯に?」

 

今回の事件。あまり大きな騒動にはならず、警察からは単独犯による突発的な行動と結論が出されたが、それにしては都合が良すぎる。

まるでヒスイがストーカーに追いかけ回されたらどう対処するのか観察しているようで、俺はとある確信を持って周辺地域に聞き込みを行った。

 

すると、居た。

フードを深く被った見慣れない男が数日間あの辺りで目撃されていた。マスクをしていて年齢までは分からなかったが、少なくとも子供(中学生以下)ではないらしい。

 

警察はストーカー男の身辺調査をするだけで、こいつの存在まではたどり着けなかったようだが、それも仕方のない話だろう。

恐らくこの二人に面識がないのだ。それか数日前に少し話をしたぐらいのほぼ他人だ。だから男をいくら問い詰めてもこいつの存在が露見することはない。

 

……あれから10年も経ったんだ。自分の正体を隠したまま誰かを誘導するなんて手口、いくらでもある。

 

だが、このやり口、このパターン、最悪にも身に覚えがありすぎる。

 

……あぁ、本当に一度殺されていて助かったぜ。

 

「アイの次はヒスイってことかよ……お父さん」

 

俺たちの父親。アイを殺した男。次はヒスイを狙い……そして俺が生涯をかけることになっても復讐しなければならない男。

 

「……」

 

こいつが何を思ってアイを殺したのかは知らないし、知りたくもない。ルビーではなくヒスイを狙ったのは彼女が混じりっけのないアイの血を受け継いだ自分の娘だと本能で感じたからだとか下衆な思考に時間を盗られたくはない。

ただ一つ、今思うことはこいつにはなるべく苦しんで死んでもらいたい。

ヒスイもルビーも今度こそ家族は俺が守ってみせる。

 

決意を新たに固めたが、次の日。ヒスイがジャパンアイドルフェスでアイのメソッド演技をすると小耳に挟み、俺の胃はストレスでねじ切れることになった。

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