【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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ナイフの矛先

「あら、おかえりなさい」

「ただいま…………あれ?アクアは?」

「さぁ。妙に張り切って外に出ていったけど彼女とのデートじゃない?それよりヒスイはどうだった?」

「寝不足みたいで、元気なさそうだった。大丈夫だって言ってたけど……あんなの平気なわけないよ」

 

ミヤコの出迎えに力なく答え、どうしてあの子がこんな目に……そう言葉を漏らしたのはルビーで、彼女は手も洗わないまま机に顔を突っ伏しまう。

 

「ちょっと。そのまま寝られても困るんだけど」

「あぁ、先輩。いたんだ」

 

現在彼女たちがいるのは苺プロの本社だ。

一ヶ月後にジャパンアイドルフェスでの初ライブを控えている彼女達は毎日のようにここへ通ってはレッスンに励んでいた。

今日はたまたまMEMちょは用事があって留守にしているが、いつもならこれぐらいの時間帯はダンスの練習をしている頃、だが流石にこのコンディションでは練習にはならないだろう。

 

「どうする二人だけでも練習する?」

「いや、パス。それよりヒスイのこと聞かせなさい」

 

それを悟ってか、かなは椅子に腰掛ける。そして問い掛けるのは同居している筈のヒスイの話だ。

 

「そう言えば、先週から壱護さんの所に移ったんだっけ?」

「えぇ……ストーカーは捕まったけど、家を特定されている可能性は高かった。それをSNSで暴露していないとも限らない。全くお陰でこっちはライブの準備に引っ越し先の候補探しと忙しいったらありゃしないわ」

「ってことはまだそのマンションに住んでるってことだよね、危なくない?」

「それは大丈夫。外出は最低限にしているし、ここに来るには、ボディーガード兼個人タクシーくんを利用してるから」

 

チラリと玄関に置かれた予備のヘルメットを見る有馬かな。

 

アクアは最近バイクの免許を取って、有馬かなの送迎係を担っていた。

取ろうと思ったのはケンゴが持っていたからで、ヒスイがケンゴのバイクに乗せて欲しいと願っていたのを見て……いや、これは関係ない。たまたま今ガチが終わったあとに二輪免許が欲しくなったのだ。

 

アクアとしては現役アイドルが男と2人乗りしているのはいかがなものかと思うが、命には変えられないと丸め込まれて現状に至る。

まぁお互い変装はしているし、マンションも近々引っ越すから大事には至らないとは思うが念のためだ。

 

「それより今はあの子の話。被害に遭って直ぐは気にしてなさそうだったけど、家を出る直前はやっぱり魘されてた。前の家に戻ることを軽い気分転換、直ぐに戻るって本人は気丈に振る舞ってたけど、アンタから見てヒスイはどうだったの?」

「無理してたよ。動画の撮影してたのかな?寝不足なのに汗だくだくで。今は体を動かしていない方が不安みたい。…………何でストーカーって好きな人が苦しむことを平気で出来るの?その人が好きなんじゃないの?その人に幸せを分けてもらったんじゃないの?」

 

ヒスイがストーカー被害にあって直ぐは、下手にルビー達の家に移るよりセキュリティの高い有馬かなのマンションにいた方が安全だろうと住まいを移すつもりはなかった。

 

だがストーカー被害に遭ったストレスのせいなのか、ヒスイは毎晩のように魘され、遂には療養の為に静かな旧母家へと帰省することになってしまった。

 

それで病状が少しでも緩和されれば良かったのだが、最近では目蓋を閉じただけで「どこにいるの?」と現れる血塗れのアイ。

いかに強靭な精神力を持つヒスイとも言えど、その心を壊してしまうのは時間の問題であった。

 

これをルビーは全てストーカーのせいだと思っている。

ヒスイは下手にアイの演技を止めてしまったからだと思っているが真相は分からない。ただストーカー被害の一件でアイのメソッド演技を止める決意をしてしまったのでどちらにしろ全く関係がないわけではないのだろう。

 

「どうして、こういう人たちは自分勝手で、人の幸せを踏みにじられるんだろう」

 

憎い、と思う。

ルビーは一度、母親をストーカー男に殺されているのだ。その男はアイを刺した直後に事の重大さに気付いて発狂した後に自殺したらしいが、どうして行動に移す前に気付いてくれなかったのかと、10年以上経った今でも怒りを抱くことはある。

 

「私たちがアイドルになるために積み重ねてきた努力を一瞬の気の迷いなんかで全部台無しにされるなんて許せない」

 

包み隠さず言うと、ルビーは今回のストーカーの男にアイを殺した男──リョウスケを重ね、殺してやりたいと思っていた。

こんなやつは生かしておく必要がないと、執行猶予がついて直ぐに出てくるだろうから夜道で後ろから……悪い方に思考が流れていく。

 

「ていっ」

 

「あいた!?」

 

だが彼女の瞳に黒い星が宿りそうだった時、なんの前触れもなく頭をチョップしたのは有馬かなである。

 

「その感情には激しく同意するけど、アイドルがして良い顔じゃない。それともアンタ、アイドル止めて女優でも目指すつもり?なら良いところ紹介してあげよっか?例えば連続殺人鬼が主人公のお話とか」

 

「もぅ……そんな訳ないじゃん」

 

「なら話を戻しなさいな。それでヒスイとは何を話したの?あの娘のご飯は食べた?」

 

「あ、ご飯で思い出したんだけどね!この前ヒスイと──」

 

現在の星野家は長男は何をしたらいいのか分からなくなって右往左往し、長女は一歩間違えば闇堕ちしそうで、そしてそんな二人に可愛がられている末っ子は今まさに限界を迎えようとしている。

 

この三人が辛うじて家族の形を保っていられるのは斎藤ミヤコのお陰で、そしてこの三人がこうも拗れてしまったのは恐らく彼らの実母であろうアイのせいだ。

 

故人に悪気などないことは分かっているが、彼女のせいで大変な事になろうとしている。

 

かなは小さい頃に一度会ったぐらいのアイが本気で嫌いになりそうだった。

 

 

「それでね。ヒスイと一緒にダンスをしたんだけどヒスイたら本当に嬉しそうで!」

 

ミヤコさんなんていう素敵な人がお母さんやってくれてるんだから、アイなんて忘れてしまえばいいじゃない。

 

喉の内まででかかったそれを飲み込んで、やっぱりこの子達姉妹なだけあって似てるわーなんて思いながら、ヒスイの会話に花を咲かせた。

 

「ありがとうね。ルビーの話に付き合ってもらって」

 

「いえいえ。好きでやってることですから」

 

帰り際にミヤコからお礼を言われたが、今ではルビーのことも妹分のように思っているので、苦にはならないと本当のことを言っておいた。

 

「それよりアクアのこと、ちゃんと見張ってて下さいよ。演技してる時は良い感じなのに、どうしてプライベートはあんなにデンジャラスなのか……大方理由は予想つきますけど、次ヒスイを泣かせたら、尻の穴に腕ぶちこんで奥歯ガタガタ言わせてやりますから」

 

「え、えぇ……アクアには言ってきかせるわ」

 

ちなみにこれもほんと。

役者としてのアクアは今でも尊敬しているが、それはそれ、これはこれで、ヒスイが絡むとダメダメな所には心底落胆していた。

天は二物を与えないとは言うが、まさにこの事なのだろうか。

積もり積もったアクアへの鬱憤は爆発寸前である。次何かやらかしたら、今言ったことより酷いことだってしてしまうかもしれない。

 

ヒスイは勿論、ルビーやMEMちょ、そして自分も含めてである。

 

その時、彼女は自分を抑えられる気がしなかった。

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