【駄目な子】 作:星野ヒスイ
──ジャパンアイドルフェス 当日
「あれと、これか。ライトアップされるなら真ん中よりちょっと前の方がいいのかな。カメラはあそこ、へぇこの大画面で離れた人もバッチリ私の表情が見えるって訳ね」
どうせならギリギリまで休んでいたかったが、眠れるわけもなく。
朝一番に現場入りした私はカメラ位置やポジションのチェックを行っていた。
そして壱護さんやミヤコさん、事務所のタレントさんから聞き出したいろはをメモした自作ノートと照らし合わせながら脳内で構図を作っている。
「やっぱり個人でやるのとじゃ全然違うなぁ。練習したいけどそんな時間取らせて貰えないよね」
「まぁ一人だけ特別扱いは出来ねぇだろうな」
「まぁ大手ならまだしも、うち小さいもんね~。それに業務提携だから、実質ソロだもん」
星野ヒスイは名目上苺プロ所属となっているが、あくまで案件を処理する為の仲介役としてしか使っていない。元社長の壱護さんは数年前から私のマネージャーとして復帰しているが、それでも事務所が勝手に拾ってきた仕事をマネージャーの裁量で引き受けたことはなかった。多少アドバイスはされたが、数字の為にと大きな案件を引っ張ってきたことはない。
つまり良く言えば私のチャンネルは私だけの力で育ち、悪く言えばろくな縁がない。
そんな私がこんな大きな舞台に立てるわけがないのだが、かぶら……プロデューサーはよっぽど私のことを買ってくれているらしい。
もうテレビの仕事は引き受けないつもりだったけど、今回のことで上手く行けば、あの人の紹介という条件で何件か受けてもいいかもしれない。
「……なぁ、ヒスイ。お前呑まれてないよな?」
「うん。大丈夫。今は抑えてるから」
艶やかな紫がかった黒髪を揺らし、ニカッと笑う。
私の元の髪色はアイより若干暗めだが、この日の為に染め直している。
見た目も中身も今の私は星野アイだ。
夢のせいなのか最近はずっと絶好調が続いているから多分アクアの脳を壊せる。
残念ながらダンスはギリギリ及第点を貰えるぐらいだったけど、今ならアイドルとしてのアイの魅力を出せる確信があった。
だけどずっとは出来ない。それをやったら感覚として分かるが私はアイに塗りつぶされる。
メソッド演技はやりすぎると精神を病むらしいが、多分私のはちょっと違う。
カントクから聞いたのだが、普通のメソッド演技とは自身の侵食だ。当たり前だが人間は心が一つしかないので、それを演技の為に一々塗り替えていたらおかしくなる。
だが私はヒスイとアイ。初めから二つの心を持っていた。
理由は分からないが、どうやらそれはアイのせいっぽい。
絶好調の時記憶が飛んでしまうことがあるのは多分これが私の体を動かしているからで、普段の私は無意識でこれを制御してアイという情報だけを出力していたらしい。
だから今までは元のヒスイには何の影響もなかったが、私は今ガチでその手綱を手放した。そのせいでアイの自我が強くなり、私を食って所有権を主張しているのだという。
カントクは医者ではないから想像だというけれど、ならばものは試しと、私たちは記憶が飛ぶほどのアイの演技をしたところを撮影しようという話になった。
するとどう言うことでしょう。
見返してみると、それは完全に別人であった。
それを病院でやると解離性同一症だと医者にも太鼓判を押された。
やったぜ!
……なんて冗談は言えないが、このままだと私の中にいるアイに乗っ取られてしまう。
だから一度手放してしまった手綱を今回で掴み直せって話だ。
舞台の上に上がればアイの人格は本気で私を食おうとしてくるだろう。それを私が全力でねじ伏せて逆に食ってやる。
ヒスイとアイを合体させて最強になる。分の悪い賭けだが何もしなければ遠からず私は食われていた。上手くいくかは分からないけど、成功すればアクアだって私を見直す筈だ。
「そろそろ楽屋に戻るぞ」
「だめだめ。楽屋だとルビー達に出くわしちゃうじゃん」
こういう出演者も多い舞台では楽屋を個人で貸しきるなんてまず不可能だ。よっぽど大物なら話は別かもしれないが、ここは広い場所にアイドル達が詰め込まれるタイプであった。
かなちゃんには事前に話を知っているからいいが、姉やMEMさんに余計な混乱は与えたくない。
「だから私は車で待機してるよ。出番が近くなったら呼んでね」
「りょーかいだ。思う存分休んどけ」
まぁそう言われても仮眠もとれないんだけどね。
私はキャップとマスクを装着して、あちらこちらと忙しくし始めたスタッフ達の間を抜けていく。
あれ?そう言えば車ってどこに停めたっけ?
車のカギは貰ったけど、電池が弱っているのか反応してくれない。早めにきたと思っていたけどもう車もいっぱいでこれは探すのに時間がかかりそうだ。
おっ?と思ったけど見覚えのあるナンバーを見つける。
今日の私はついてるな~とそちらに向かおうとしたら、急に横から車が──
「やば」
「バッッッ!!!!」
轢かれようとして、ひょいっと襟を引っ張られて事なきを得る。
「たくっ……だからお前は目が放せないんだよ」
「……アクア?」
何だか私、最近命の危機に瀕しすぎやしないか。
そう思いながら、ひきつった顔をしたアクアを見上げた。