【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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知る筈もなく

「何か買ってこようか?」

「ううん。大丈夫だよ」

 

不注意で車に轢かれそうになってしまったが、偶然居合わせたアクアのお陰で大事には至らなかった。

だけどもうすぐ本番ということで張りつめていた私は腰が抜けてしまい、介抱されて今に至る。

 

「……一応言っておくけど、別につけてた訳じゃないからな」

「え?あ、うん……」

「ルビー達の応援に来たけど、会場はまだ開場されてないし、部外者の俺が中でうろうろしてる訳にもいかないだろ?だから車で休んでいるかと思えば、偶然車に気付かずに飛び出そうとしていたお前を見つけた」

「やだなぁ流石にそんなことは疑ってないよ」

「そうか?ならいいんだが……」

 

ベンチの端と端。出来る限り距離を取ったアクアは下手くそな作り笑いをする。

 

「どうしたの?寝不足な感じ?」

「いや、そのだな…………」

 

どうにもアクア。私に嫌われている……と言うか面と向かってお前じゃなくてアイを見てるぜ!と発言をしてしまった手前、かなり負い目を感じているらしい。

 

「それは…………うーん。自業自得になるのかな?」

「それ以外あり得ないだろ。お前が気にすることなんて一ミリもない」

「でも私の思わせ振りな態度が勘違いさせてるわけでしょ?だとしたら私にも責任あるくない?」

「お前のアイの演技は、俺に嫌がらせするためにしてるんじゃなくて、この業界で生き抜く為に身につけたお前だけの武器だろ?それに勝手に反応して勘違いしてしまってる俺が悪い」

「でも、私がアイの演技を初めてしたのって……あの時じゃん」

 

あの時、とは言わずもながらアクアを追っ払う為にアイの振りをして盛大にトラウマを刺激した時のことである。

 

当時の私はまだ小学生だったとはいえ、流石に外道が過ぎた。

 

「…………あれはキツかった」

「その事については……本当に申し訳ございません」

 

ペコリと頭を下げる。

カウンセリングをパスして、アイ関連で精神的に不安定になっていたことも関係しているらしいが、もう二度とアイの演技で誰かを傷付けるつもりはない。

 

「……そう言えば、あの時。大嫌いって言ったのは覚えてるか?」

「え?うん。言ったよ」

「なら最後にアイが俺たちに何て言ったのか。あの時点でルビーからは聞いていたのか?」

「アイが?…………遺言ってこと?知らないけど、それってその場に居なかった私が聞いていいやつなの?」

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽

 

「アイが?…………遺言ってこと?知らないけど、それってその場に居なかった私が聞いていいやつなの?」

 

は?

 

俺は耳を疑った。

 

 

「い、いや……忘れてるだけか?てっきり俺はルビーから聞いてるものだと思っていたんだが」

「お姉ちゃんが?アイのことなら色々聞かされたけど……最後の言葉なんてのは聞いた覚えないよ」

 

物忘れは酷いけど、そんな重要なことなら覚えている筈だよ。というヒスイ。

 

「なら無意識で言ったのか?あれを?」

「あれって?」

 

 

『私が刺された時、あの子はあそこに居なかったみたいだから、ちゃんと愛してるって言葉で伝えて抱き締めてあげたいんだけど』

 

あの時は、まるでアイが甦ったみたいだと取り乱したが、後々情報を得て、ルビーから聞いた内容をそのまま話しているだけだろうと結論付けた。

だが知らないであれを出したのだとすると、やはりヒスイにはアイの守護霊が憑いているのでは?

 

アクアとしてはそう考えずにはいられない。

 

だとしたらあの時のあれはやはり…………いや、関係ないんだ。

 

今さら都合のいい展開に甘えそうになる自分を余計な事を考えるな!と叱咤する。

 

もう決めた筈だ。俺は家族を守る為に動く。ヒスイの側にアイが居たとしてそれが何だ。彼女を守れなかった俺が今さら何と言ってやれる。

 

「……覚えてないならいいんだ。大したことじゃない」

「そう?」

「それより、もう大丈夫なんじゃないか?腰とか強く打ったんならアドレナリンも抜けて痛みが出てくる筈だが……」

「ん?おお!体に力が入る、痛みもないし大丈夫みたい」

 

立ち上がったヒスイは、その場でくるりとターンする。

本人の言う通り重心が片寄ってる感じもないし、怪我はないのだろう。

 

「そうか。それなら良かった」

 

 

俺は少し前。偶然ヒスイが今日のフェスに出ることを知ってしまった。

 

ヒスイは隠してる様子なのでこちらから話を持ち掛けるつもりないが、妹達の晴れ舞台だ。何事もなく終わってくれればこれ幸いなことはない。

 

「なら、俺はペンライトを買ってくるのを忘れてさ。ちょっと急いで買ってくるよ」

「そう?分かった。じゃあまたね!」

 

まだヒスイがステージに上がるまで数時間ほど時間はあるが、これからメイクや衣装に着替えたりと忙しくなる。

ヒスイのことだ。上手い誤魔化しなんて大の苦手のだろうし、スタッフに呼ばれて慌てるなんてことにならないうちに離れておくのが正解だろう。

 

適当なことを言って、ヒスイとは別れる。

 

 

 

 

「お、来たか。アクア」

「ヒスイに会って少し遅れた。準備は?」

 

そしてそのまま五反田泰志との待ち合わせ場所に向かった。

 

「万全。と言いたい所だが、どうにも生ってのは肌に合わん。あぁ!演者と打ち合わせしてぇし編集してぇ!!!」

「我慢するしかないだろ。現実は撮り直しなんて出来ない。一発勝負の世界だ」

「分かってるわそんなこと。予算カツカツ、演者やスタジオを確保出来た時間的に一発録りが限界なんて山場、こっちは何十回も通ってんだよ」

 

お互いに苦笑いして、用意されたモニターにかじりつく。

 

ヒスイを飲み込もうとするアイという別人格。

俺たちは今彼女を()()()()()為に動いていた。

 

正確にはヒスイの人格に打ち勝って貰う、だが当初は監督が一人でやる筈だった計画に無理を言って協力させてもらった。

 

カントクは最初は乗り気ではなかったが、例えあれが本物のアイだとしてもヒスイの為なら俺は殺せる。

そう言って引き入れて貰ったのだ。勿論比喩のつもりだったが…………今さら迷ったりはしない。

 

あれが本物のような偽物でも、幽霊になった本物だとしても、必要とあらば俺はヒスイの為にもう一度彼女の死を見届ける。

 

その覚悟を決めた。

 

 

ヒスイの出番まではあまり時間は残されていない。下準備は済ませているが、まだ詰められる所は山ほどある。

 

俺はビニール袋いっぱいに詰められたエネルギードリンクを一瓶飲み干し、死ぬ気で頭を働かせた。

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