【駄目な子】 作:星野ヒスイ
いつの間にか会場も満席となった。
もうすぐライブは幕を開ける。そしてヒスイは特別枠としてねじ込まれた関係上、出るのは最序盤の前座、つまりもうすぐだ。
「はぁぁぁ……本当に大丈夫か?一曲だけって言ってもあのヒスイだぞ?また無茶して倒れるような……やっぱり強引にでもB小町にねじ込んだ方が三人がストッパーになってくれたんじゃ……」
「あんまり挙動不審だと警備員に摘まみ出されるわよ?」
観客席にて、落ち着きなくそわそわとしているのは斉藤壱護である。
そのとなりにいるミヤコは呆れたようにため息を吐き、もうここまで来たら信じるしかないじゃない。そう心情を吐露した。
「しっかし、よりによってメインステージだなんて。ただの物真似芸人は嫌いな人だと思ってたけど、鏑木さんはヒスイに何を見たのかしら?」
「さぁな。昔からアイツの考えていることは分からん。ただアイツがヒスイ関連でアイの話題を出したのは最初の一回きりだ。アイドルとしての経験はゼロなどころかその手の才能はこれっぽっちもない。そんなの少し調べれば分かることだろうに」
壱護は最終日までヒスイのレッスンに付き合ったが、お世辞にもプロ達の立つ舞台にヒスイが見合うまでレベルアップ出来たとは思えなかった。
歌もダンスも拙い。
かなり厳しく見積もって、初めて舞台に立つ地下アイドルなら許して貰えるぐらいだ。
それにコンディションは最悪。メソッド演技の弊害なのかストーカー事件が尾を引いているのか、これまでは武器の一つだったアイの演技にヒスイは依存するようになった。
最早それは取り憑かれているといっていい。このままだと間違いなく壊れる。それで動画や学校も休んで本格的に治療させようとしたら、こんなことになってしまった。
「これでヒスイになにかあったら、ぶん殴ってやる」
「男ってバカね……色々取り繕っても最後は暴力に頼ればいいと思ってるんだから」
暗転。
アナウンスが鳴り、遂にジャパンアイドルフェスの開催が告げられた。
「そういやお前。ヒスイのイメージカラーって知ってるか?」
「え?アイとルビーと同じ赤じゃないの?」
そう言ってミヤコが取り出したのは赤のサイリウムだ。
「はぁぁ……んな、ことだろうと思った。ほら、これ使え。いいか?ヒスイのイメージカラーはピンクだ。紫と迷ったらしいが、こっちの方が自分らしいんだとよ」
「……こういうとこは気が利くわね」
この後はB小町の初ライブにも応援に行くため、白と黄色も用意していたミヤコだが、ピンクは用意していなかった。
ミヤコから見て斉藤壱護はがさつなようで、こういう然り気無い気づかいが出来る男だ。
年頃の娘達全員のメンタル管理が出来るほどの器ではないが、アイなんていう、天然なんてものでは収まらない問題児の手綱を握っていられたのだから充分凄いとそこは評価している。
アイが亡くなって、行方をくらませた時は心底失望したが、ヒスイの我が儘に付き合ってくれたこともあってプラマイゼロ……いや、ちょっとプラスぐらいまでは好感度も戻っていた。
ミヤコとしてはヒスイがやりたいことを成し遂げて、うちに戻ってくる時にこっそりついて来ても受け入れるぐらいには心を許していた。
「……ヒスイ」
こういう風に思えたのも全部ヒスイがいたからだ。
だからお願い何事もなく終わって、とその思いは壱護も同じなのか二人して祈るように彼女が登壇するのを祈る。
コツコツ コツ
そして彼女は登壇。
音楽が鳴る。
視線が彼女へと集約する。
ライトが彼女に向き、カラフルな映像が場を大いに盛り上げた。
…………?
おかしい。
歌もダンスも相変わらず拙い。でも、あれは……あの全部が全部、飲み込んでしまうようなアイドルとしてのオーラは正しく……。どれだけ頑張ってもヒスイがものに出来なかったアイドルとしての才能。
彼らには育ての親としての自負があった。どんなに彼女が変わり果てようと、見間違う筈がない。だって赤ん坊の頃から知っているのだ。あの二人に比べて手は掛かったが、だからこそ自分達で育てたという実感は強い。
けれど声も姿も目に見える情報は全て彼女がアイであると言っている。
あれは本当に俺たちの知るヒスイなのか?
二人は暫く放心し、サイリウムを光らせることすら忘れていた。