【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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リトライ

その日、ジャパンアイドルフェスは前代未聞の開幕となった。

 

「おいッ!どう言うことだ話が違うぞ!」

「いや~ごめんねぇ。あの子と仲良くなった裏方さん達が張り切っちゃったみたいでさ。あふれた予算は僕から出すから勘弁してよ」

「予算?のことじゃねぇ!!!何であのレベルのアイドルを前座なんかで食わせた!……クソ!こんなのだって分かってたら前半と後半で小出しにしてトークの時間も設けたしプロモーションだって用意したのに。…………こいつは売れる。今回の肝だ。なのにグッズを何一つ用意してねぇんだよ!!!!」

 

 

前座又はオープニングアクト。トークの時間もなければ、自己紹介をする暇すらない。ただ観客の気分を切り替えて少しばかり盛り上げる為だけに歌う大して期待されていない役割の一人。

完全な無能にやらせるわけにはいかないが、顔と声がよければ多少下手でも使って貰えるそのチャンスを今回掴んだのは異例の怪物であった。

 

「いやはや……ストーカー被害の話もあったし不安だったけどやっぱり化けたね」

 

まだサビも始まっていないと言うのに会場は湧きすぎていた。

新人しかも全くの無名のアイドルがこれほどまでライブを盛り上げると言うのは恐らく後にも先にも今回が最後だろう。

 

舞台裏で、嬉しい悲鳴と血涙を流す友を宥めながら鏑木勝也は舞台に立つヒスイを見る。

あの伝説のアイドルの再来だと全身で訴える彼女を。

 

そして桃色にライトアップされた会場。

一面の赤いペンライト。もしアイがソロアイドルだったら……いや、もし彼女があの日ドームで歌っていたらこうなっていただろう夢の景色。

 

 

 

やはり彼女はアイの娘で間違いない。

まだ技術は未熟で経験も浅いが、これから成長すれば間違いなく彼女はアイに匹敵するアイドルになれる。

 

「これで演技の才能があればこっちでも積極的に使っていきたいんだけど…………台本覚えられないのはなぁ……天は二物を与えず、か」

 

アイドルの彼女も魅力的だが、女優としてのアイに惹かれていた鏑木勝也は少しだけ残念だと、もうすぐ訪れるサビに備えて赤のペンライトを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「おいこれ……不味くないか?」

 

 

ヒスイのイメージカラーはピンクだ。だが右を見ても左を見ても赤一色。まるでそこに立っているのはヒスイではなくアイであると観客全体が肯定してきているかのような光景に五反田泰志は冷や汗を流す。

 

「いや、好都合だ。もともと前座に過ぎないヒスイのイメージカラーなんて把握している客はいない。なら彼女のイメージカラーは何か?なんてアイを思い出して赤をあげるファンに習うのが当然だ」

 

だから焦る必要はないというアクア。

 

専門分野でなく10年以上のブランクがあるとしても医者として分析した限り、恐らくヒスイのそれはアイのメソッド演技に没入しすぎたことによって自己と演技とで境界線が曖昧になったことが要因だ。

それを解決するには舞台から遠ざけ長期的な治療が先ず有効的だ。短期的に劇的な効果を求めるのはむしろ患者への不安となり追い討ちをかけてしまうことに繋がる。

 

今回のような博打的なことは本来なら乗り気ではなかった。しかし周囲に医者として正しい意見を言える人間が居ない中でいつの間にか決まってしまった今回のライブ。悪化で御の字、下手をすれば精神崩壊してもおかしくない状況が知らぬ間に整っていた時には乾いた笑いが漏れた。

 

それで何とかしようとない時間でひねり出したのが今回の策だ。

 

幸いにもヒスイと監督が建てた計画は利用出来た。

それに乗っかり、アイをこきおとす為の策であるとは建前を立てつつ、病の悪化を食い止める為にアイを想わせるPVをヒスイチャンネルのものにすり替えたり、アイとしてのヒスイではなくヒスイという個人を肯定してくれる人物を置くことでヒスイが自己否定してしまうのを防ごうとした。

それに最適な二人があの斉藤夫婦だ。

 

個人的には有馬かなやルビーも呼べたらベストのように思えたが、あの二人も今回が初のライブであるし、只でさえヒスイのストーカー被害の件で心を痛めているのに、追い討ちのような真似をしたくなかった。

本人達はヒスイの為ならというだろうが、それはヒスイが一番嫌がることではないだろうかと(大好きな二人にまた迷惑をかけた→ヒスイはやっぱり駄目な子なんだ……私がアイだったら→病悪化)なのでアクアはここぞという場面でファインプレイしていた。

 

「今回重要なのはアイとしての自分を肯定してくれるファンじゃない。ヒスイとしての自分を肯定してくれる愛だ」

 

「いや、だけどよ。こんだけの集客数でピンクが二つ上がったところでそれが二人だなんてヒスイに分かるのか?観客席は薄暗いし只でさえライブみたいな激しい運動は不馴れだ。例え二人が居ると分かってても探す余裕なんてアイツには……」

「そう。誘導する必要がある」

 

アクアが機材のボタンを押すと不規則にライトが動き始めた。

観客達は演出の一つだと気にする素振りはないが、ヒスイもそれは同じだった。

 

「……やっぱりそうか。ヒスイは今何も考えてない」

「は?何も考えてない?」

「トランス状態。完全にゾーンに入ってるんだよ。事前に動きを全部頭に詰め込んで余計なことを考えないように外部の情報をシャットアウトしてる」

「……覚えがあるな。今ガチの時のやつか」

「そう。記憶力が絶望的にないヒスイには本来ならこんな芸当は出来ない。だが、物心ついた時から何故かアイに関する情報は必要ないぐらいヒスイは持っていた」

「………………」

 

五反田泰志はやっぱりそういうことなのかよ、とやるせない気持ちになる。

 

「だから精神的にはリラックスしている筈なんだ。体力は消耗していく一方だが切っ掛けさえあれば直ぐに気づいてくれる……その筈だ」

 

時間に合わせ、次の展開を披露するアクア。演出として背景に映し出されるのはヒスイチャンネルの一幕である。

再生数はあまり伸びなかった回だが、斉藤壱護とヒスイが田植え中にスッ転んでお互い泥だらけの顔を見て笑い合うという微笑ましい回。

 

一瞬でいい。気が逸れてくれればとヒスイの一挙手一投足に神経を張り巡らせていると、ヒスイの視線が僅かだが動画の方に向いた。

すかさずアクアはリモコンでライトをずらし、斉藤夫婦に向ける。

これで二人に気づいたヒスイが無茶な演技を辞めてくれたら万々歳。そうでなくとも応援しにきた二人を見てここにいるのが自分ではなくアイだったらとは思わないだろうから悪化は食い止められる筈。

 

だがここにきて予想だにしないトラブルが起きた。

 

「は?何で……何もしてないんだ?」

 

手のかかる、しかし自慢の娘の晴れ舞台だ。アクアは観客の誰よりも熱狂していると思っていた二人だが、未だペンライトすら光らせずにライブを見ているだけだった。

 

「まさか……そう言うことなのか?ヒスイがアイだったらと……あんたらもそう思ってたのかよ!!!!」

 

あんたらだけは駄目だろうそれは。思わず乗り出してしまったアクアだが、自分が言えた義理ではない。

しかしこれは完全に予想外であった。母親として生前から産みの親より長く接してきたミヤコさんやマネージャーと父親という二足の草鞋を履いてヒスイの面倒を見てきた二人がここぞという場面でヒスイの演技に食われるとは思わなかったのだ。

恐らく今、二人はまるでアイが甦ったかのような一面赤のライブの空気に飲まれている。

これでまだ赤のペンライトを持ってきてしまったぐらいのハプニングなら修正出来たが、今の二人をヒスイが見ても自己肯定感を踏みにじらせるだけになるのは明らかだった。

 

「今からでも有馬を呼びに行かなきゃ……最悪ルビーだけでも!!!」

 

「落ち着け」

 

 

グズグスしているとライブが終わってしまう。立ち上がったアクアの肩を五反田泰志は叩いた。

 

「アイアイアイアイ……うるさいんだよお前ら。お歌遊びがしたいなら余所でやれ。俺が医者じゃないから見当違いの作戦立ててヒスイを殺そうとしてる。俺の建てた作戦が案の定、早々に頓挫したから後は自分がやるしかない。だなんて本気で考えてるのか?」

 

アクアから会場操作のリモコンを奪い取り、また演出を変えた。

 

「少々計算違いだったのは確かだが……監督が演者に出来るのは演技指導とカツをいれるくらい。そう思ってるバカに目にもの見せてやる。演者に実力以上の実力を出させる本物ってやつをよ」

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