【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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どうか元気で兄妹仲良く

「少々計算違いだったのは確かだが……監督が演者に出来るのは演技指導とカツをいれるくらい。そう思ってるバカに目にもの見せてやる。演者に実力以上の実力を出させる本物ってやつをよ」

 

早熟(アクア)からリモコンを奪い取った俺は、深く……深く息を吸って肺の空気を全て入れ換えるようにゆっくりと吐いた。

本当なら一服でもしたい所だが、生憎ここは禁煙だ。

 

ボタンを押し、演出を変える。

早熟が必死こいて編集したヒスイのYouTube映像から俺が整えた盤面へと会場の景色は移り変わる。

 

イメージはソロアイドルだった世界線のアイのライブだ。まさに今の状況にはうってつけで、会場のボルテージも一段と引き上がる。 

 

「これだと!」

「まぁ見てろって」

 

当然こんなことをすれば益々ヒスイはアイの役にのめり込まなくてはならなくなる。こんな拙いステップでは駄目だ。張りのない声じゃ駄目だ。もっと、もっと自分の中のアイを引き出せと限界を越えて身体を酷使するだろう。

 

「だが、その方法じゃ役は完成しない」

 

変化は直ぐ現れた。ヒスイの顔から笑顔が消える。観客は気づいた様子はないが、明らかに焦ったような顔をしていた。

察するにステップも声の張り方もアイならどうやって上手くやるか知っているのに実践出来なくて戸惑っている。

 

「そりゃそうだろ。顔も声も似ているとはいえアイとお前は別人だ」

 

練習期間中あえてその事を言わなかった。ヒスイとして練習している時はちゃんと自分に合うやり方を模索していたし、今のような状態の時に助言しても聞く耳がないだろうからと。

 

「ならアイの演技を辞めてヒスイとしてやってみるか?いいや、やらない。素で似ているお前だがアイの魅力を表現出来るのはその状態の時だけだからな」

 

これだけの歓声だ。今さら元の自分になんか戻りたくないだろう。一度体験したアイドル最高峰としての高みは簡単に手放せるものではない。

だが、このまま舞台を終わらせることも出来ない。段々と……ほら、ちらほらとだが気付き始めている。

 

 

「何か、下手じゃね?」

「いくら動いてるのか知らんけど、金かけすぎだろ」

「うーん。何かなあ……」

 

 

演出に役者が食われている。

早熟が用意したどっちともつかない初心者用のそれなら最後まで騙し通せただろうが、それを俺の演出じゃ許さない。

アイによるアイの為のこの演出に中途半端なお前は役不足だ。

 

「アンタは……何をさせたいんだ。ライブを失敗させてアイの演技に……自分の才能はないとヒスイを絶望させたいのか!?」

 

早熟が俺の胸ぐらを掴む。

それならヒスイはアイの演技を忌避するかもしれない。相当傷つくだろうが、もう二度と演技をやろうだなんて思わない。

だが今の自分を追い詰めるのは変わらず、ただ壊れるだけだ。

だからふざけるなと罵って今からでも演出を元に戻そうとするが、俺は勢いよく地面に投げつけてリモコンを破壊した。

 

「信じろよ。妹を」

 

 

こういう時、ドラマだったら殴るべきなんだろうが生の暴力は苦手だ。

早熟の腕を掴み返し、俺は目を合わせる。

 

「才能がない?努力しても凡人以下?アイの演技だけが頼りでそれしか芸能界にいられる手段がない?それを決めたのは誰だ?ヒスイか?アイか?社長か?それともお前か?」

「違うっ!」

「別に誰だっていい。そもそも要らん設定だ。俺がアイツを撮るならそんなどうでもいい要素は省く」

「何がいらないだ!これまでヒスイが何れだけ才能のことで悩んできたかアンタが知らないわけがないだろ。それでもめげずに続けたひたむきな努力の結晶がヒスイのユーチューブチャンネルだ。登録者25万人、平均再生数は5万ちょっと。最近では10万越えるのも珍しくなくなってきた。同じことが出来るクリエイターがこの世界に何れだけいる?これだけの努力が無駄だと?本気で言ってるのか」

「ハァ……なんでそういう話になる。こっちで生きてくなら思い込みで行動するのは悪手だって俺は教えた筈だぞ」

 

 

いらない設定と言うのは二パターンある。

わざわざ作中で語る必要がない設定と、色々な都合で展開を変えることになり不要になった設定だ。

 

 

ヒスイの才能がない駄目な子という設定は前者だ。

そもそもこいつ、才能がないわけじゃない。アイの演技なんてまさに天才としか言いようがないし、アイほどではないにしろ人の目を引く魅力がある。

勉強が出来なかったり、虚弱体質なのは、体質で才能云々の話ですらない。

ただ周囲の人間があまりに飛び抜けた怪物ばかりだったから過小評価しているだけだ。

 

「駄目な子だから周りがカバーしないといけない。その前提からして間違ってる」

「……それでもアイの演技は諸刃の剣で」

「アイツが苦しむのは演技が毒だからじゃない。そもそも完成してないものでやろうとするからだ」

「完成してない?」

「アイツは………その、何だ。アイについて知り尽くしてる。良いとこも悪いとこも全部知ってて、演者として欲しい材料は全部揃ってるから努力しないでもある程度の再現性は出来たんだろうよ。だが、内側はそうでも外側は違う」

「虚弱体質だからアイのように動けなくて?」

「だぁー!だから違うって!アイツはアイじゃなくてヒスイなの!ならヒスイとして演じないといけないのにアイとしてアイの演技をしようとしてるから、身体の感覚がついていけてねぇんだよ!」

「……つまり、ヒスイは解離性同一症と言うことなのか?」

 

アイを演じるあまり自身をアイと思うようになり、アイなら出来る前提で動いているから、動きに限界がある。

しかしそれだと普段の姿と解離し過ぎているからあのトランス状態こそアイの演技によって誕生した別人格なのでは?とアクアは考察したが、知らん、と五反田泰志は一刀両断する。

 

 

「そう言うのは知らねぇよ。ただアイを完璧に演じたいならヒスイとして出来る手札で勝負に挑まなきゃ無理だって話だ。無い袖は振れないだろ」

「けど既に別人格と呼べるほど段階が進んで、しかも劣っているからと主人格に主導権を渡したくないようなら…………違う。確かに解離性同一症に症状は近いが、それならこの身体に合わせて再現すればいいと気づく筈だ。それをしないのは余程頑固な人格なのか、それともアイの演技に必死なあまり心を押し殺しているような状態で……それなら切っ掛けさえあればヒスイはきっと」

 

ヒスイはアイの演技をものに出来るかもしれない。

 

「…………は?」

 

僅かなりとも見えた希望にアクアがヒスイの方を見ると、その隣には黒いドレスを着たアイが立っていた。

 

「どういう……は?頭がおかしくなったのか……?」

 

 

 

 

 

もう一度言おう。ヒスイの隣にアイが立っていた。

 

 

あり得ない、だって彼女は死んでいるのだから。ついに自分は頭がおかしくなったのかとアクアは思ったが、「最新技術てっスゲーなおい」知っているという顔はしつつも、まるで本物みたいだと、初めて遊ぶ玩具を見たかのように目を輝かせる五反田泰志に幻覚ではないことを悟る。

 

 

 

「あれは?」

 

「言ったろ?妹を信じろって」

 

 

 

 

 

「……ルビーにしては背丈が違う。髪や目の色だってアイそのものだ」

「そりゃそうだろアバターってやつだよ。

あれの中身をやってんのさ」

 

新生B小町の初ライブを控え、こんなことをしている余裕は本当ならない。この役は黒川あかねに頼む手筈だったが「アイドルのアイなら誰よりも知ってる!だからお願いします!」何処から嗅ぎ付けたのかあの娘は、頭を下げて頼み込んできた。

 

「……何の為にこんなことを?」

「アイツもダンスだけならアイをほぼ正確に模倣出来る。けれど体格の都合上、星野ルビーバージョンにリメイクされたそれだ。今のヒスイにぴったりの指南役だよ」

 

二人のアイが舞台で舞っている。

突然のことに会場は一時騒然としたが、まるでアイが蘇ったようだと爆発するように歓声が湧く。

それにヒスイは狼狽えるが、アイという虚像を着たルビーは狼狽えない。CGなのもあるが、例え本番であったとしても、そんなミスはしないだろう。

 

そしてそれはアイも同じことだった。

 

「ッッ!!!」

 

隣で踊る彼女を脅威とヒスイは認識した。

けれど相手がアイであるなら自分にも出来る筈だとダンスと歌に熱が入る。

そのタイミングでサビに入り、ダンスは益々複雑になっていく。ぎこちないヒスイとルビーでは差が大きくなっていく。

観客の不審の目が刺さった。ダメだ……もっと、もっとアイを完璧に演じなければ!

 

 

必死になって食らいつこうとするヒスイの顔は、最早アイドルというより競技者の顔で、その極限状態が限界の壁を壊して本物を降臨させ―――――

 

ふと、曲のタイミングで振り返ったルビーが両頬に指を当て、笑う。

 

 

 

笑顔を忘れてるよ?

 

 

 

 

 

 

「……お姉ちゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、ライブ会場で踊っている。

観客たちはアイがせっせと集めたぬいぐるみとマネキンたちで、アイと一緒に本来ならライブフェスで踊る筈だった「あいどる」を踊っていた。

 

この曲はこの世界でアイの指導のもと何年も練習したからメソッド演技が絶好調じゃなくても最高の踊りが出来る。歌詞だって完璧に覚えたし、ボイトレからやり直して、カラオケマシーンで90点代を出せるようになった。

アイとダブルでやるのは初めてだが、これならアイとも張り合える。そう思っていたのだが、やはりアイドルのアイは凄まじく、極めた筈のこの歌で私が置いてかれてしまっていた。

 

……嫌だ!

 

この曲とは別に「アイドル」という上位互換のような曲をこの世界で産み出したし、最近はそっちの練習をしていたから少しブランクがあったとしても、この曲で、私が初めて作ったこの曲で負けてなるもんかと私は意地になって食らい付く。

 

笑顔を作る体力を回して、息が乱れて、涙と鼻水が出てきたがお構い無し。

 

アイにだって負けない。負けなくない!!!!

 

 

ふと、曲のタイミングで振り返ったアイが両頬に指を当て、笑う。

 

……元気でね!

 

 

「……お姉ちゃ?」

 

一瞬。アイが姉のように見えた。

だが、そんな筈はない。曲はまだ終わってないんだと切り替える。

 

けれど、そうだ。これからも続けるつもりはないけれど、舞台に立ったこの私は、ヒスイはアイドルだったと笑顔を作る。

 

ヘトヘトでとても笑える状況ではないけれど、それでも笑うんだ。

 

 

 

……何か幻覚でママ(ミヤコさん)と壱護さんが見える……私のイメージカラーのピンクをあんなに振って……アマテラスって技だっけ?

 

それに……うわーアクアまで。ちゃんとピンクなのは評価するけど、何本持ってるんだよ、8本ぐらい?

 

ありゃ。かなちゃんがアクアから棒ぶんだくった。でも嬉しいな……来てくれたんだ

 

あとカントクも居るし...……あ、あかねちゃん見っけケンゴ君に……今ガチメンバー勢揃いじゃん。

 

 

 

この分だと歌いきったら倒れて二日は安静コースかな?

 

 

 

それでもアイの隣に立ち、私は踊り続ける。

一度ステージに立ったら歌いきるまでがアイドルだから、それに幻覚だとしても皆に応援して貰えて嬉しいから。

 

 

ヒスイは踊る。極めた技で皆の応援に応えるように。

 

 

 

 

あぁ……楽しい。今見える全てがウソでも、この気持ちは本物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして最後まで歌いきったヒスイは万雷の拍手に包まれながら気を失った。




次回、最終回。
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