【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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星野アクアの原罪 下

星野アクア。本名を星野愛久愛海(アクアマリン)

 

三つ子の中で一番早く産まれた()()で兄となった彼は姉のルビー以上に私を末っ子扱いする嫌な子である。

 

火器や刃物、重たいものは勿論のこと、掃除洗濯ですら私がやろうとすると「お兄ちゃんが代わりにやるから」と私の役割を奪っていく。とある料理を作りたいと味見役を頼めば、明らかにレシピを間違えて劇マズになってしまっていたのに、美味しいと脳死で言い、私が目を離した隙に勝手に修正して、頑張ったなと頭を撫でるのだ。

 

そこに悪意がないのは分かっているが、兄は私が出来なくて当たり前、駄目な所は兄貴である自分がサポートすればいいと私に端から期待していない。蝶や花のように私を愛で……時折私からアイの面影を感じて、クシャリと顔を歪める子だった。

 

年が離れていれば、私は実母のこともあり訳あって少し過保護になってしまった兄として見ていたかも知れないが、産まれた日、育った環境が同じ存在にそこまで尊重されて扱われると言うのは気分の良いものではない。何せ役割を奪われる、必死に練習した自分の成果を欠伸を噛みながら簡単に乗り越えてくる。ここまでお前は僕に劣っているのだと間接的に教え続けられるのだ。

 

それは姉にも言えることだが、兄とは小学校のクラス替えで被る事が多く、ペアを作る必要がある時にはいつの間にか横に立っているので、一緒にいる時間が多かった。

 

 

必然的に高まるコンプレックスは母親の最後に立ち会ったが為という同情を塗りつぶした。

 

星野アクアは私が一番復讐したい家族だった。

 

 

 

 

「ヒスっ…ドアチェーンか。良かった元気そう…………どうしたんだその肩の痣!」

 

ガシャンとドアが鳴る。

もしチェーンを掛けていなければ、その瞬間にも玄関に入り込んで私の肩を掴むであろうアクアの顔色は非常に悪い。

 

「待ってろ!……クソッ!」

 

ドアを少し閉めたかと思えば、さっきよりも強い力でドアを開こうとする。

ガシャン、ガシャンと何度も音が木霊した。

 

だがドアチェーンとはもとより、防犯の為についているもの。大柄の男性ならともかく第二次成長期を迎えてない子供に壊されるようでは世話がない。

 

 

…………参った。これはもしかしなくても、アクアはとんでもない勘違いをしているらしい。

 

誘拐されて虐待されているとでも思っているのだろうか。

 

私の復讐はあくまで自身の力で二人の才能を打ち負かしたいだけなので、苦しそうな兄の姿を見ても微塵も心は晴れないのだが。直ぐに誤解を解きたいのに、声が出せない今来たというのが非常に不味い。

 

ドアをぶち破るということはないだろうが、冷静になったアクアならピッキングぐらい平気で出来そうだし、外側からドアチェーンを開ける方法を知っていても可笑しくはない。

 

 

ならどうするか。

 

 

……筆談?

 

これが一番現実的なのだが、何故筆談?まさか声が!?と更に勘違いを加速させそうな気もする。会話したくないほど嫌われていると思わせることが出来ればいいが、そもそも兄は嫌われたからと距離を置く人間であるか?──違う。嫌われてもいいから行動する、それが私の知る星野アクアだ。でなければ家出したと置き手紙まで残してきた自分を探しにくるわけがない。

 

だけど、このまま兄に捕まってしまえば、私は必ず家に連れ戻されてしまう。そうなってしまえばもう一生二人には勝てなくなってしまう。

 

 

それだけは嫌だ!

 

 

「ヒスイっ何を!」

 

私は兄の手に噛み付いた。

いきなりの痛みに手を離したアクア。

 

私はその隙にドアを閉める。

 

「おい!ヒスイ!おいっ!開けてくれ!」

 

鍵はする事が出来たが、依然油断を許さない状況だ。兄がこの程度で諦めるとはまず思えない。最悪の場合裏手の窓を割って入ってくるかもしれない。

 

考えろ。考えろ私。

どうやったら兄は諦めてくれる?言葉を交わさずどうやって納得させる?

 

いや、そもそも私の言葉なんかで止まるのか?

 

私は過去を振り返ってみる。

 

私は今まで、自分でやるから手伝わなくていい。そう何度も二人に言ってきた。だが二人は何かと理由を付けて役割を奪っていく。

 

だって私は駄目な子だから。二人の方が優秀だから。

 

今私が喋れたとしてもアクアは止まらないかもしれない。駄目な子の自分の考えなんて全部間違いで、自分の言う通りにしてればいい……そんな風に思ってるに違いない。末っ子だから?……いや、多分違う。

 

 

アイの顔をしているのに全てがアイ以下の子。

 

アクアはアイの最後に立ち会った。

 

 

パズルの最後のピースが合わさったような気がした。

 

……あぁやっと分かった。アクアは私にアイを重ねている。もう手伝うことも労うことも出来ないアイへの奉仕を自分をアイに当てはめることでしているんだ。

 

もう何もしなくていい、もう失わせないと。

 

どうりで自分を見られてる気がしないわけだ。私がストレスで勝手にそう感じているだけだと思っていたが、ルビーはともかくアクアは私を通してアイを見ていた。

 

アクアが私に構うのはあの日の罪滅ぼし。私を使ってアイに懺悔している。

 

もうアイには沢山のものを貰っているから何もしなくていい、成る程……だから私のする事全部、

 

 

……ふざけるな。

 

 

そんな人生、まるで操り人形みたいじゃないか。そんなの私は耐えられない。

 

私はこの時、確かな憎悪を持って星野アクアに復讐を誓った。

 

こんな所で終わってたまるかと必死に考えを巡らせた。

そしてアクアを止められるとしたら、ルビーかミヤコさんか、それとも──。

 

その時、カアカアとカラスの鳴き声がしたような気がする。

 

 

 

 

星野アイ。今のアクアを止められるのはこの人しかいない。

 

その考えに至ると、右目の奥がスゥーと冷たくなり、自然と頬が釣り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、星野アクアは思い出した。

 

 

 

人を狂わす彼女の嘘。

 

自分達が見ていたのは華やかな蝶ではなく、それを引き付けて焼き焦がす巨大な業火。

 

 

そして彼が生涯忘れることのない罪。

 

星野ヒスイが()()()()()()()()()()()()()()のは自分があの日、

 

「あらら、どうしましょう。この子また抱っこしたまま寝ちゃった。……これからベッドに移すと鬼泣きするのよね…」

 

ドーム公演を間近に控え、そして新居祝いで斉藤社長らと小さなパーティーを開いていた、そのお開きの時。

 

アイとルビーが先に寝てしまい、ミヤコさんに抱かれたヒスイを見て僕は、明日の為にアイをゆっくり休ませてあげたいと思った。

 

だから、「なら今日の所はミヤコさん達の所で預かってくれないか?明日のライブに備えてアイをちゃんと休ませてやりたいんだ」

 

それは最悪の選択だった。

 

星野ヒスイは母親の最後に立ち会えなかった。

 

 

「ヒスイ……ヒスイは、どこにいるの?」

 

 

そして星野アイは愛娘へ愛の言葉を送る最後の機会を失ってしまった。

 

「……いるよ!ヒスイいるよ!ここに!私の隣にいるから!」

 

「そっか…………良かったぁ。これだけは言わないとって、思ってたから…………アクア…………ルビー、ヒスイ、愛してる……」

 

 

 

 

「どうしよう……私、私っ!最後にママに嘘ついちゃったよ!!!ヒスイ居なかったのに……ヒスイは本物のママの子なのに!ママに愛してるって最後に言ってもらえなかったよぉ!」

 

嘘が嫌いな星野ルビーに取り返しのつかない嘘をつかせてしまった。

 

 

 

これが星野アクアの原罪。彼が一生を掛けても清算出来ない最悪の罪。

 

 

 

「なんでっ……嘘だ…」

 

 

それを今、償う時だと言われた気がした。

 

 

 

大きらい

 

 

 

黒い星がアクアを否定した。

 

急にカギが外れたと思って飛び出した玄関。僕は……そこで待ち構えていた彼女に、あの日のように抱きしめられた。

 

そして今にも燃え尽きてしまいそうな、その()()()()でそう言われた。

 

「ハァ……ハァ……ハァ!!!」

 

彼女がアイだったのかヒスイだったのか。

パニックを起こして倒れてしまった僕には分からない。

ただあれ以来、あの家には近寄れなくなった。

 

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