【駄目な子】 作:星野ヒスイ
人生とは選択の連続だ。
男として産まれるか女として産まれるか、言葉を喋るのが先か好き嫌いを見つけるのが先か。
選ぶ気のない選択肢を知らず知らずの内に選ばされる幼少期。そこからある程度自立すると人間はどっちに転べばその後の人生が明るくなるか考えるようになる。
最初の頃はここで親に従っておけば後で好きな物を買ってもらえるだろう。テストで良い点取ればクラスの連中に自慢出来るだろう。こういった刹那的な選択から。
そして中学に上がり人間関係がやや複雑になってくると、誰と仲良くしておくべきか、特定の異性に好かれるには何をすれば良いのか、先を見据えて最善を模索する。
高校にも上がれば将来の自分を見据えてコネ作りだったり、勉強だったり、例えば選んだ選択肢で失敗してしまっても首の皮が繋がるように、人間は選択を続ける。
大学で経営学を学び、社会に出て経験とコネ作りに勤しんだ俺は芸能事務所を立ち上げた。
どう転んでも、路頭に迷わないように。
自分で言うのも何だが、就活にしくじって危うく無職になるところだった俺はそれを念頭に置いて考えるぐらいには慎重派だった。
初手からアイドルグループを立ち上げて一発狙ったり、一個人をピックアップして事務所の力を総動員で有名にしようだなんて、そんな博打は絶対にやらない。
個人契約したクリエイター達に仕事を斡旋して、そこから細々と分け前を回収する。この仕事を初めた頃は金銭的にも紹介出来る仕事の大きさ的にも物足りないと感じていたものだが、数年もすると気にならなくなった。
その頃の苺プロダクションは良い意味でも悪い意味でも『飛び抜けた才能』のある人材が居なかったお陰で安定していた。
歌唱力だったり、作詞センスだったり、才能のあるやつなら何人かいたのだが、芸能界とはもとよりそんな連中が集まる世界だ。舞台に上がることは出来ても客席の最前列に立つことを許されるレベルではなかった。
それで良いとその頃の俺は思っていた。
いずれは事務所を大きくしたいという願望もあったが、それを夢と言えるほどの情熱はなかった。
だから、このまま芸能界の片隅でしぶとく生き抜いてやると、斎藤壱護は慎重に………………
「ふふふ~ふ~ん。ふふふ~♪」
こいつは本物だ。俺の全てがそう告げていた。
才能という光の集まる芸能界で、それでも尚ひときわ輝く一番星。
気付けば声をかけていた。話してみて、少し性格に難がありそうだな、とは思ったがそれすらも個性の一つとして昇華出来るほどの魅力を彼女は持っていた。
星野アイ。
こいつがどこまで行けるのか見てみたい。
今にして思えば、これを脳が焼かれたというのだろう。
星野アイに出会ってしまったことで、慎重派な俺の人生の選択はブレにブレ、ハチャメチャにそして愉快になっていった。
星野アイを最強で無敵のアイドルに仕立て上げる。
夢なんてないと思っていた自分はいつしか、彼女のイメージカラーである赤のペンライトでドームを埋め尽くしたいと思うようになり、全身全霊を注いでしまった。
だからアイが死んで全てが終わったと思った。
残った会社も妻も、アイが残した子供のこともどうでもよくなり、俺は逃げた。
逃げて一年ぐらいはアイを殺した男リョースケを裏から手引きしたアイの子供の父親に復讐してやろうと躍起になったが、復讐したところでアイは帰ってこないという無力感に苛まれて、手は進まなくなっていった。
そんな人生の舵取りをアイに委ねて間違えまくった俺が最終的に行き着いたのは、一日の大半を釣り堀で過ごす毎日だった。
もう涙も枯れてしまい、死んだ魚のような目をして水面を見つめるだけ。
俺もこのプールの中で泳ぐ魚達のように何も考えずに生きていきたいと、何度か自殺を考える時もあった。
そんな時だ。
アイツに再会したのは。
星野ヒスイ。アクアやルビーが母親と父親の血を程よく受け継いでいるとしたら、母親似……どころか生き写しレベルで産まれてきた三つ子の末っ子。産まれる前から心臓の動きが悪いとオタクな先生と肝を冷やしたり、産まれて直ぐにNICUに入ることになって産後で情緒不安定だったアイが死んでしまうと早とちりして号泣したりと、無自覚に周りを騒がせる台風の目のような子だった。
アクアやルビーと比べて目に見えて成長スピードが遅かったのが印象的で、どういう訳かアイに懐かないものだからミヤコと二人で預かる時間も多く、アイには悪いが自分の子供のように思っていた時期もあった。
久しぶりにあったアイツは、髪の色を変えて、当然あの頃よりも成長していたが、直ぐに分かった。
アイと見間違うようなヘマはしない。その時だってかなり精神的に参ってはいたが、アイとヒスイは絶対的に纏うオーラと言うものが違う。
アイの醸し出す、万人を魅了するようなそれをヒスイは持たない。大方、容姿以外の才能をアクアとルビーに吸い取られたんだろう。そう思っていた。
だが、少々距離があった筈のヒスイと目があった。
その時、何故か俺は一瞬……ヒスイがアイに化けたような錯覚を覚えた。それはあの時に感じた天性の才能。それをヒスイにも感じたから……なのだがそれだけだと説明不足のように思える。何と言えばいいのだろうか…………確か恐山にはイタコという死者の魂を身体に憑依させる婆さんがいるらしいが、感覚としてはそれに近い。
ヒスイの中身がアイに変わった。
「……アイ?……アイ!」
「ぴえっ!?」
「あ………れ?」
思わず駆け出してヒスイの肩を叩くと、彼女は小さく悲鳴を漏らして尻餅をついた。
さっきまで感じていたアイの雰囲気はない。触れてしまえば壊れてしまうような小さい命がそこにはあった。
恐らく幻覚でも見たのだろう。
今にもアクアに無理やり持たされたのだという防犯ブザーを鳴らしてしまいそうなヒスイを宥め、近くにあった喫茶店でパフェを奢った。
抹茶味にすると言われて、そう言えばアイもスイーツは抹茶系統を好んでいたことを思い出したが、二度もヒスイをアイと見間違えるようなことはしない。
機嫌を直したら、家に帰そう。
そう思っていたのだが、ミヤコの夫の斎藤壱護であると打ち明けたせいで、ヒスイには懐かれてしまった。
どうやら彼女の中で、ミヤコが選んだ男というだけで信頼にたるものらしい。
すっかり上機嫌になったヒスイはベラベラと今の斉藤家(ミヤコ、アクア、ルビー、ヒスイ)の内情を話し、ミヤコは俺が居なくなったあとも会社を存続させつつ良い母親をやれていること、アクアとルビーが年上ぶってきて非常にもどかしいこと、自分は人よりも基礎能力で劣っているから努力で何とかしてるのだが、それが中学に上がってからも通用するのか不安であること、色々な事を話してくれた。
ミヤコは良い母親だが、やはり会社の経営で忙しく、こういったプライベートな悩みは話せなかったそうだ。
……誰かさんが全部丸投げしたせいで。
ヒスイの視線が痛い。
そのまま返すのは辞め、俺はいつもいる釣り堀の場所をヒスイに教えた。
俺はその日から、ヒスイの悩みを聞いてアドバイスをやることになった。