【駄目な子】   作:星野ヒスイ

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1日分のアイ

○月○日

 

昨日のことは良く覚えていない。

あの時星野アクアを追い払えるのはアイしかいない、そう確信したら、とんでもなく邪悪な考えが思い浮かんだような気がして……何だか身体が熱くなり、途端に眩暈がした私は地面に膝をついた。

 

「ヒスイ!おい!俺が分かるか!?」

「ァ……アァ(あれ?……さ…………斉藤さん?それに何で私、アクアを膝枕してるの?)」

 

どうやらそこから数時間ほど記憶が飛んでしまったらしい。

気付いた時には、斉藤さんに肩を揺すられ唇まで真っ青にした兄が私の膝の上で震えながら眠っていた。

 

一体全体何があったと言うか。

 

よく分からないが、兎に角喉が猛烈に痛い。

記憶が飛んでいる間に無理やり喉を使ったようだ。

 

「本当にヒスイなんだな?信じていいんだな?」

 

まるで幽霊でも見たような顔をしてそう問い掛ける斉藤さん。

こう言うのは普通、痛い所はないかだとか、何処か強く打ったりしてないかとか聞いてくるものではないかと思ったが、最後に自分の名前を聞いてきたので、斉藤………………斉藤…………分かりません。と、見事に下の名前を忘れていたと素直に謝るとホッと息をついていた。

 

名前を忘れられたことで安心するなんて変わった人である。

 

喉については、昨日の薬を飲んどけと言われた。

どうやら無理に声を出した場合を想定して、あらかじめそれ用の薬も貰っていたらしい。……有能だった。

 

「ぅぅ……アイ……すまなッ……ぅ」

 

それにしても、と私は視線を下げた。

私の膝上で魘されている兄。どういった経緯でこうなったのかは忘れてしまったが、実の兄妹に膝枕をされて全力で苦しんでいるとはいかがなものだろうか。

 

試しに頭を撫でてみると、えずいた。

 

流石の私でも傷つく……のだが、今のアクアを見ていると胸がすいたような気分になった。

 

恐らく私が正しく星野アクアという人間を理解出来たからであろう。

対等に見られていないのは自覚していたが、まさかアイの代替品として見られているとは思わなかった。

今まで私は兄にとってペットみたいな存在だったのだろう。

 

「スイ……いや、違ッ……ア…イ!」

 

……フ○ック!

 

 

せいぜい苦しめと私はワシャワシャと撫で回した。

 

 

 

そんな訳で、それから散々苦しんでいたアクアは最後まで目覚めなかった。

この様子に斉藤さんは、「いくらヒスイがアイに似てるって言ってもここまで……もしかして、こいつカウンセリングを…………あり得るな」と何やら心当たりがあるようで、そのまま抱えられ斉藤さんが実家まで送り返してくれることになった。

 

もう今回のようなことが起きないように兄には斉藤さんから話をつけておくらしい。

何だか狐に化かされたような奇妙な感じだが、この生活を続けられることに私は今安堵している。

 

 

 

 

 

 

 

○月✕日

 

思い出した。

昨日私は兄が私をアイの代替品として見ているなら、アイの言葉なら聞いてくれると思い、アイの演技をしようと思ったのだ。

 

だが、演技なんて今まで一度もやったことはない。兄は子役として少ないながら経験があるらしいが、今まで興味の一つもなかったから演技なんてどうやればいいのか聞いたこともなかった。

一体どうやって生きていた頃を覚えてもいないアイの演技をすればいいのか。確かその時、スゥ……と何かが身体の中に入っていくような気がして、気付けば兄を膝枕していたのだ。

 

この現象が何なのか私は拙い操作でパソコンを叩くと、憑依型演技と言われる物と類似するものが何点かあった。

 

 

それは役者が物語の人物を演じようとすると、実際にその人物が自身に憑依したような気分になり、まるでその人物の生涯を体験してきたようなリアルな演技が出来るといったものらしい。

日本ではそういないが、憑依型を突き詰めると演じている自分と本来の自分との二面性に脳が混乱し、前者の時の記憶がないと言った多重人格障害のような症状に陥る人がいるそうだ。

 

憑依型の演技とは一種の才能であり、やろうと思ってやれるものではない。つまり私はこの手の才能があったということだろう。

 

これがアイ限定なのか、それとも他の役でも通用するのか分からないが、例え可能性の話でも才能があると言われると何だか嬉しくなってしまう。

 

 

……これは使えると思った。

 

 

先ずは自由にこれを使いこなせるようになろうと、またパソコンを叩き、アイの情報を片っ端から洗っていった。

 

すると、どうだろう。アイの情報が面白いぐらい頭に入っていく。暗記は私の苦手分野の筈だったが、それとは訳が違うのが、乾いたスポンジみたいにアイに関する物事が私に吸収されていって、何となく『昔人気だったアイドルのアイ』そんな少し偏見のあったアイへの人物像が更新されていく。

 

 

完璧で究極のアイドル。それがアイドルのアイ。

 

 

凄い。本当に凄い。アイって凄いアイドルだったんだ。

 

兄がやってきたことを許すつもりはないが、アイという存在の大きさを私は知った。

 

喉が使えないことがもどかしい。きっと今なら憑依型の演技が出来る。きっと最初の時よりもクオリティは高くなっているに違いない。

 

次の動画のネタが決まった瞬間だった。

喉が治って動画を取るのが楽しみだ。そう思った私はその日、またあの時の夢を見る。

 

血塗れのアイが私を探す、それだけの夢。

 

もう何度も見る。最近は見る頻度が上がってきているような気がするが、それだけだ。

きっと今回も見つけられない。そう思って油断していると、虚ろな目をしたアイとハッキリ目があった。

 

「見つけた♪」

 

嬉しそうに笑うアイ。

こんな事は初めてだ。もしかして私がアイについて詳しく調べたから?

 

どうして今になって夢の内容が変わったのか、心当たりとしたらそれしかなかった。

 

「ヒスイ……こっちに来て」

 

真っ赤な手をしたアイが私に手を伸ばす。

自分から歩み寄ろうとはしなかった。まるで私が来るのを待っているかのようだった。

 

……私の知らない。こんな誰かを慈しむような顔をしたアイはまるでミヤコさん(ママ)のようで、夢の中だからだろうか、何だか無性に甘えたくなった。

だから私はアイの伸ばした手を掴む…………ところで目が覚めた。

ベッドまで汗びっしょりである。夢を見ている間は平気なのだが、起きてみると普通に怖かった。もうしばらくは一人でトイレにいけないかもしれない。着替えて客用の布団を引っ張り出した私はそれを持って斉藤さんの部屋に突入した。

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

喉の調子がいい。

どうやら昨日しっかり休んだお陰で治ったみたいだ。

 

「あー……あー、あー」

 

「お前……その声」

 

だけどちょっと無理をしてしまったせいなのか、若干声の感じに違和感がある。

まるでそう、アイのようだった。

 

数日もすれば落ち着いてくるとは思うが、むしろ今回に限っては都合が良いと()()()()にカメラを回してと催促する。

 

 

()()()()だ。たくっ……どうしたってんだ今日のお前は」

 

多分絶好調ってやつだ。今日は何でも出来るような気がする。もしかしたら今日の動画だけで目標の1000人登録者を達成出来るかもしれない。

 

「それで、何を撮るんだ?」

 

「そう言えば自己紹介動画を撮ってなかったな~って訳で私のPR動画を撮るよ!」

 

勿論、憑依型の演技でアイを演じて。役に取り込まれないようにアイの人物像から一歩下がるイメージで撮った。

 

動画は一発撮りでOKだった。何回か噛んだり、話の内容が飛んでしまうのがいつもの常だが、やはり今日の私は歴代最強の私であるようだ。

 

殆ど編集もいらなそうな内容だった為、その日のうちにアップしたが、何と再生数は初日で5000回越え。登録者は一気に40人も増えた。

 

 

 

………うん、思ったよりは低かったけど、これでも十分凄いことなんだぞって佐藤さんは言ってるから凄い事なんだと思う。

 

この調子なら一気に軌道に乗れると言ってくれたけど、この絶好調は多分今日限りなんだという予感があった。

 

動画ではアイならこうやるだろうと演技して撮ったが、全てが上手く行き過ぎていた。あの夢の影響かゾーンみたいな物に入って全力の200%ぐらい出ていたと思う。恐らく次は今回のようにはいかないだろう。

 

またいつ今日のようになれるか分からないので、斉藤さんに無理を言ってもう一本だけ動画を撮らせてもらった。

 

これは少しばかり編集時間が掛かりそうなのでアップするのは明後日になるそうだ。

 

 

残りの時間は、そうだ。今勉強したらいつもより覚えられるのでは?と勉強時間に費やしたが、あまり身にならなかった。

 

 

どうやら今日はアイの演技だけが絶好調な日だったらしい。

 

 

 

今日はあの夢は見なかった。

 

 

 

 

 

○月✕△日

 

今日はかなちゃんと秘密のレッスンの日である。

 

「ふーん。前より良くなってるじゃない」

 

絶好調はやはり昨日で終わってしまったが、かなちゃんがいない間も練習したことが実を結んで、初日に比べたら大分マシになったらしい。

 

「でも、変なタイミングで息継ぎするクセは相変わらずね。あとサビに入るとペースが乱れてる。確かに上達はしてるけど、まだ聴ける音楽ではないわ」

 

とは言っても、人に聴かせられるレベルではないそうなので浮かれるのは早い。ちょっとキツめに言われてしまったが、何でもかんでも褒めてミスを指摘してくれない二人に比べたら断然マシである。

 

「単純な歌唱力と言うより、問題はスタミナがなさすぎるのよ。せめて最後まで歌いきれるように体力をつけないと」

 

かなちゃん曰く、私は体力がクソザコナメクジ過ぎてペースを維持出来ず、サビの段階で体力が尽きてしまっているのだとか。

 

こっちに来てから色々あったせいでジョギングをしていないこともあり、ただでさえない体力が更に低下してしまったのだろう。

 

私はかなちゃんにジョギングに良いコースはないかと尋ねると、

 

「なら明日の朝。運動しやすい格好で、ここに集合ね」

 

「えっ?……もしかしてかなちゃんも一緒に走ってくれるの?」

 

「なによ?悪い?」

 

「ううん!嬉しい!」

 

「わっちょ!こんなことで……一々抱きつかないでよ」

 

これからかなちゃんが毎朝一緒に走ってくれることになった。

 

大好き。かなちゃんがお姉ちゃんだったら良かったのに。

 

 

 

声には出さなかったが、本気でそう思った。

会ってまだ日は浅いけど、どんどんかなちゃんが好きになっていく。どうしてだか家族でもないかなちゃんの名前は直ぐに覚えられてしまったし、私の父親は不明だそうだろうからワンチャン、異母姉妹だったりしないかな、と私は思った。

 

 

 

今日もあの夢は見なかった。

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