‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
二人の乗ったトラックは、トリポリ以東五キロ地点にそそり立つ鉄製の見張り櫓のたもとに停車した。
オルガは自らの歩行脚が入った鉄の箱を掴み、使い魔を解放することで易々と重そうな箱を持ち上げ、さっさと降車してしまう。
それを見た一美もオルガを真似て使い魔を解放し箱を下ろそうとしたが、腰から生えた真っ白な羽毛が邪魔をして思うように降車できなかった。
やっとのことでトラックを降りると、トラックはトリポリへと戻っていった。さっさと消えてしまったオルガのせいで一人ぼっちになってしまった一美、辺りを見回しても周りは双眼鏡やカメラを持った将兵ばかりだったので、まずは見知った顔を探す。
日陰もない場所を歩き続け、途中で見つけた給水車がくれた水筒の水を飲みながら探すこと五分、ようやく人ごみの奥にある天蓋の隙間からマリアが手招きをしているのを発見した。
「ちょっとすいませ~ん とおりま~す」
実家の畑を荒らすイノシシを追い掛け回したときのように素早い身のこなしで将兵をかわし、まっしぐらに天蓋へと向かう。
「お待たせしてもうしわけありません!! ちょっと迷子になって…」
「そりゃあ天蓋の場所も教えてなかったんだから無理もないよ。隊長もそこらへん反省してたしぃ…」
マリアの目線は一美の顔から水筒へと少しずつ移動していた。どうやら天蓋の中に入る為には入場料が必要なようだ。
「それ…飲んで良い?」
単刀直入に言ったあたり、綺麗な水は久しぶりに見るほどなのだろう。給水車の当番兵には『頼まれてもあげるなよ』と言われたが、上官の命令には逆らえない。
「ど、どうぞ」
躊躇なく水筒を差し出す一美、受け取ったマリアは嬉しそうな顔で緑色をしたダチョウの卵みたいな水筒の蓋を開ける、そして大事そうに一口を飲む。
「ふぅ~、生き返った。そうだ、隊長がお待ちだよ」
水に目が眩んで本題を見失いかけたマリアは一美を天蓋の中に入らせる。布越しに当たる日差しで蒸し暑い天蓋の中はマリアと先に到着していたオルガ、目の前の机でふんぞり返るミヒル、その隣でクリップボードを扇代わりに暑さを凌いでいるエトナを除いた他の隊員の姿は無かった。
「あ~暑い…演習は夕方から始まるってのに、なんでこんな集合時間が早いのかなぁ、喉も乾いたし?…ん~? 良いモノ持ってるじゃないの、一美さん?」
口が悪い隊長が部下をさん付けで呼ぶあたり、やはり砂漠では水が貴重品なのだ。水資源が豊富な扶桑では考えられない事がアフリカでは日常そのものなのだろう。ミヒルに渡した水筒をがぶ飲みされてから、給水車の当番兵の言葉の意味を初めて気づいた。
「アフリカじゃあ水の一杯で一儲けだってできるの。まぁ儲けた金も、ここじゃあ薪の火付けぐらいにしか役に立たないでしょうけどね」
トリポリに着いた時には考えてもいなかったアフリカの水事情。数キロ離れた場所ですら飲み物に困っているらしい。
そんな土地でネウロイ相手に戦争が成り立つのだろうか、一美は机に敷かれた北アフリカの地図を眺めながらそう思った。
地図に記されたトリポリには赤鉛筆で丸が付けられている。トリポリから伸びる太い矢印が西へ、西へと続き、最終地点であるチュニジアにも赤い丸が付けられていた。
先週、同期の子から回ってきた新聞に書いてあった矢印と大体が一致する。その記事の内容がこの地図と同じならば、アフリカ戦線の決着は近いということになる。
「早速だけど、今のアフリカの状況はヒドいものよ。ここに着いたばかりのお前に言う私もヒドいだろうね。毎日続く暑さよりは新米への悪口なんてまだ生易しいほうだね、全く」
そう冷たい声で言い放ったのはエトナだった。名前といい顔立ちといい、暑さに人一倍苛立っていることからいかにも寒い寒い北国出身だとわかる。
「大丈夫ですよ少佐、一美は初めての実戦でネウロイをぶっ潰したんですよ。お菓子食べてばっかりな私なんかより素質はありますって」
「確かに、竹西軍曹は元々が航空歩兵科の志望なだけあって、基礎的な戦闘技能は持ってるみたいだな。 後は陸戦歩兵特有の特殊動作さえ叩き込めば実戦でも十分に使える。 三年も陸戦歩兵やっておいてアフリカに来る前は実戦もロクに経験してない『元』パットンガールズよりは育てやすいかな。」
一美は、エトナの挑発にうまく話しを切り返せず 「あぅぅ」と唸っているマリアの制服左袖に縫われた『パットンガールズ』、リベリオンの猛将パットンの私兵部隊であるソレの部隊章に気付く。
親のコネで入隊した先が将軍の私兵組織とは、製菓会社がそれなりに世に顔が利くのもさることながら、マリア自身の才能も高く買われているのだろう。
パットンガールズと言えば、このアフリカにて活動していた装甲歩兵団である。防塵処理を施したM4シャーマン型歩行脚を駆り、常に一体のネウロイにつき数人で攻撃を加え、ネウロイを撹乱させた後、確実に撃破する戦法を得意としている。
平凡な性能しか期待できないブリタ二アとリベリオンの歩行脚は、数で押してこそ価値を見出す事が可能となる。それを率先し、模範となっているのだ。
パットンガールズの出身であるマリアもM4歩行脚かと思ったが、一美の隣に置いてあった歩行脚は似ているようで似ていなかった。
「昨日の貨物に入ってたヤツなんだ。前のM4ユニットを壊したから予備部品の申請を出したんだけど…新型ユニットが届くって言われてな、砂漠地帯での動作試験も任されたから さっそく今回の模擬戦闘に持ち出すのさ」
「も…模擬戦? 私も出るんですか?」
一美はようやく目の前の机に置いてある銃弾達の用途に気が付いた。薬莢こそ真鍮製だが、弾頭は実包ではない、非殺傷のペイント弾だ。机に置いてある紙製の弾箱は九ミリ、七.六二ミリ、十一ミリと主要な口径は揃っている、見回すと、外には携帯砲に使う弾薬も木箱に入っていた。
「当たり前だ。でも一美のユニットは隊舎でシャロン大尉が砂漠に対応させる改造中だから使えないから、持ってきた箱に入ってるユニットを使ってくれ」
ミヒルに言われた通り、自分がノリで持ってきた箱の蓋に手を掛け、ガタンと開け放った。蓋を開けたその瞬間、機械油の匂いが一美の鼻を貫く。本能的に息を止め、中身を取り出す。一式中戦車型歩行脚より小型だが異常に重たい、気を抜けば落としてしまいそうになる。
「でたでた、懐かしいなぁ~。それはな、私のお下がりなんだ」
現れた歩行脚は灰色の軽歩行脚だった。所々に弾痕が残る装甲板に守られたエンジンは宮藤理論の提唱より以前の物らしく、動力源は魔力の他に圧搾空気ボンベを使用しているようだ。右腰に付けるシールド補強板に刻印された文字を見ると『Panzer―Kampfwagen01-A』と書かれていた。
「カールスラントが最初に開発した陸戦型歩行脚、一号戦車A型だ。私はそれがあったからここまで生き延びた」
「ミヒル、確かソイツを使ってベルリンの戦いに参加したのよね。そのままダンケルクまで撤退して…」
「オラーシャ義勇軍にいたエトナに会ったんだっけか。アレから何年経つんだろうな。あの時は同じ少尉だったのに、いつの間にか先を越されて」
天蓋の中に漂いはじめた重苦しい空気に耐え切れなくなった一美が水筒の水をグビグビ飲んでいた時、辺りに設置された拡声器から“模擬戦闘に参加するウィッチ、記者は速やかに本部へ出頭のこと”といった旨の放送が流れる。思いのほか本番の準備が速く終わったのか、開始時刻を前倒しで開始するらしい。
「じゃあ、皆さんそろそろ…行きません??他の隊員も待ってるでしょうし…」
こっそりと身支度を終えていたオルガが沈黙を破って外に出る。続いてマリアとミヒルが歩行脚に足を通し、各々の銃器を持って入り口の覆いを抜ける。
「私は最後に出るから、先に行ってなさい」
エトナ少佐に追い立てられ、一美も一号戦車に足を通す。古い魔道エンジンのせいか震動も大きい、口いっぱいに水をためた一美は、同梱されていたMG13機関銃と七.九ミリ口径の模擬弾の箱を抱えてオロオロと外に飛び出して行った。