‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
トリポリ郊外で開催された模擬戦演習も、ネウロイ役の第一線を突破するという中間地点を迎え終盤へ突入していた。
よくニュース映画とかでもてはやされる航空歩兵の模擬戦。実は撃墜や被撃墜の判定ラインが甘く
『いまのは尾翼だもん』
とか
『まだ飛べてる』といった駄々こねもあり、結果もうやむやに終わってしまう。
しかし、陸戦歩兵の模擬戦はペイント弾が一発でも当たれば退場と極めて単純である。明確なルールは馬鹿なウィッチでもわかりやすい。
それは勿論、一美にとってもである。
「エトナ少佐、ブリタニアンの代わりが到着しましたよ~」 B-17の残骸を利用したネウロイ役の陣地と陸戦歩兵のスタート地点を分断するように掘られた塹壕はエトナとシャロンの手により制圧。後続としてロゼと合流した一美が二人の元に到着した。
想定されるふたつの戦闘の内ひとつが終わり、後方に待機していた他隊のウィッチがネウロイ役のウィッチと場所を交替する。固定砲型ネウロイに似せる為に掘られた塹壕は、今度は陸戦歩兵用の遮蔽壕としての役割を果たしてくれる。
「そうか、クリスよりは使えそうな気はするが……この羽毛じゃ格好の的だな」
一美の腰から生える真っ白な鶏の尾羽、それに赤みがかかっている頭頂部の毛髪。 どうみても鶏そのものだ。
「し、仕方ないじゃないですか!! いちおう鳥の使い魔ですよ!」
航空歩兵となるウィッチの中でも、使い魔が鳥であるウィッチは能力が数枚上手である場合が多い。
「ほう。では共に行こう、敵陣へな♪」
それもそうか、とエトナが頷き。援軍を待たずして敵陣へと突撃する準備を始める。要するに敵の準備が終わる前に前面を叩けば、たとえ戦法が拙くても十分な戦果を挙げられるということらしい。
巧遅は拙速に如かず。一美は学校の図書室で読んだ孫子の兵法書の一部を思い出す。
やるんだったら、やるしかない。それが扶桑陸軍航空隊立川飛行学校高等科丙組の標語だった。
「ミヒルたいちょ~。こっちは準備OKで~す♪」
A分隊無線士のシャロンが、塹壕の右奥に待機していたB分隊へ向けて口頭で呼びかける。
無線を使わず、声を上げて。
「こら!! 無線つかえ! 無線!!」
「眠い……ひまぁ……」
それでは無線士の意味が無いだろう、と言わんばかりに呆れ帰ったミヒルと。隣にちょこんと座り、交信の無い無線機を背負って退屈そうにしているレイ曹長の姿があった。
トラックの中で聞いたオルガの話によれば。レイ曹長はガリアはパリの出身であり、ネウロイ侵略後にブリタニアへ渡った戦災者であるという。しかし避難時の騒動で家族とも離れ離れとなり、ブリタニアの孤児院に預けられていた。
来るべきバトルオブブリテンの為、ウィッチの募集をしていた士官が彼女をスカウトし軍人となる。
適正診断ではナイトウィッチであると判明し、夜間防空要員として航空歩兵と高射砲とのやり取りを繋ぐ連絡員として従事したという。
なぜ統合戦闘装甲団へ配属されたかは不明だが、本人の強い要望があっての異動だったそうだ。
「隊長! 敵が発砲し始めました!! 挑発だと思います!」アリシアが叫ぶ。
「左側面の友軍、進撃を始めました!!」マリアが声を荒げる。
友軍の第三〇八統合戦闘装甲団は愚かにも敵の挑発に乗り、塹壕から飛び出して行く。歩行脚の履帯から砂埃を上げ猛然と進む三〇八部隊。それを確認した敵は残骸の間から各々の銃身を伸ばし、狙撃を始める。
何発ものペイント弾が彼女達を襲い、容赦なく真っ青に染め上げる、どうやら抵抗させる隙すら与えないようだ。最初は十人近く残っていた三〇八部隊も五人、六人とじわじわ減り、遂には二人のみとなってしまった。
二人は残骸正面の小さな窪みに逃げ込み、必死にシールドを張って誰かの助けを待っていた。
そんな仲間の窮地にも、三〇九部隊は指を咥えて見ているしかないのだった。
「あれじゃ助けにも行けない、釘付けどころか……ワザと命中させないで楽しんでやがる」
敵の注意は全て二人に向いているのだろうか。ミヒルが塹壕から身を乗り出して光景を眺めていても流れ弾すら来る事は無かった。
「わたしが、わたしが助けに行ってみます!!」
自己犠牲の精神が働いたのか、それとも暑さで頭がおかしくなったのか。一美はそう言って立ち上がり、自らの機関銃を手に取る。
「無理だよ一美。アレを助けるのは私でも難しい……」
「見殺しにはできませんよ!! 何か方法があるはずです!!」
なだめるマリアを振り切り、正面から突撃しようとする一美。
「やめておきなさい。無謀すぎるわよ」
エトナもいい作戦が浮かぶまで全員を待機させておきたいと思い、一美を引き止める。
「嫌です! 模擬戦ですら味方を守れないで世界を守ろうなんて馬鹿げて……」
バシンッ-----、一美の顔を素早い平手打ちが凪ぐ。
「新米のペーペーに何が分かるんだ!! そりゃあ私達は航空歩兵みたいに有名でもない! それはな……報道される前に死んじまうからなんだよ!!」
一美を叩いたのはミヒルだった。平手打ちした右手は震え、目には涙が浮かんでいる。
「死んでも世間の美談にされる航空歩兵と違って私達は死んでも世間は何とも思わない! ただ死体となってカラスに食べられるだけなのよ……私は自分の命が惜しい!……模擬戦だろうが何だろうが……死んだらお終いなのよ!!」
「……す、すいません。頭に血が上って……」
平手打ちの衝撃で首が変な方向に曲がった一美。すぐさまミヒルの顔を見ようと首を正面に戻した瞬間。ミヒルは一美をギュッと抱き寄せた。朝に炊いた扶桑のお香が制服に残る一美と違い、昨日の午後まで風呂に入っていたミヒルの体からは、既に砂の匂いしかしなかった。
「いいんだ。お前はまだ何も知らない」
ミヒルの腕力がグイグイと増し、顔を真っ赤にした一美に鯖折りをかけんとばかりに締め上げる。そして更に言葉をかけた。
「知ってなくて当然なんだからな。ほんと、お前を見てると昔の自分を思い出すよ」
新兵には二種類の者がいる。上官に叱られた者と叱られなかった者だ。
無論。前者は上官に死んで欲しくないからなので、上官の命令を傾聴していれば自然と古参兵の仲間入りを果たせる。
一方、見放されたとも言える後者は寿命も長くはない。
今、ミヒルは曲がりなりにも『戦場』で新兵を叱った。味方に背中を預け合う場所で、『死んで欲しくない』と伝えたかったのだ。
「とりあえず、当初の作戦は実行不可能ね。ミヒル、竹西軍曹の言うとおりにしたほうが良いわ」
正面に気を取られた敵の背後に回り込む作戦にはエトナも賛成のようだ。
「わかった。私とマリアそして一美とアリシアで稜線の影から敵陣地に接近する。無線士の二人はここに待機して、残りはエトナと一緒に味方の救出に向かってくれ」
第三○九部隊の生き残り全員が静かに頷く。この作戦がどんなに難しいものだろうと、それ以上に困難な実戦を乗り越えてきたのだ。
その中で一人、まだミヒルに叩かれた頬がヒリヒリして少し厭戦気分に陥っていた一美であった。