‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
「明治時代に姓名のあり方が制定されたんです。それ以前はミドルネームみたいなのがありましたよ♪」
「どんなのだ?」
「えーっと、『因幡守』とか『筑紫守』とか『刑部省』とかでしょうか……」
「なんか、とっても古い情報を聞いた気がする……」
「ティナ!!あいつマミを倒したよ!」
「グラマーのF4Fか、奇襲なら飛燕が相手でも打ち勝てるだろうが……これ以上は無理だな。行ってこいライーサ!」
一部始終を見ていたライーサとマルセイユ、二人は高度を稼ぐ扶桑のウィッチを許さず、自分達が相手をする姿勢をとった。
しかし一対一のサシで勝負したいのか、ライーサが戦闘機動に入ってもマルセイユはその場を動かなかった。
「(やっちゃった……先任に零距離で撃っちゃった!)」
その間にも一美はマートレットの魔導エンジンのスロットルを上げ、地上から百メートル地点に差し掛かっていた。
「(しかも……後ろからもう一人来てるー!!)」
一美が操るマートレットは垂直面での軽快さが売りのBf109にいとも簡単に追いつかれていた。
「(あのシルエットはマートレットのMk.1だ。旋回性能はあっちが上だけど直線上にいるなら勝てる……墜ちてもらうよ!!)」
真美がやられた報復か、ライーサは躊躇いも無くMG34の引き金を絞った。しかし曳光弾の描く綺麗な線上に彼女の姿は無かった。一美は幸運にもすんでのところで右に旋回し、攻撃してくる航空歩兵を振り払おうとしていた。
「(しまった! 避けられた、まずい!!)」
ずんぐりで鈍重そうな風体をしているマートレットもといF4F、実は旋回性能がカールスラントのBf109のそれより高い。だからこそライーサは最初の一連射で勝負を付けたかったのだ。しかし彼女は勝負を付けられなかった。すでにマートレットを穿いたウィッチは必死に右旋回するライーサの頭上を抜け、背中を向けながらライーサの後方を左に抜けて行く。
「ちょっと! わたし左に曲がりたかったのに!? どうして言うこと聞かないの?!」
恐懼するライーサと打って変わり、一美は自分の意志で飛んでいるわけではなかった。どうやら使い魔が勝手に操縦しているらしい。そうでなければ訓練生だった一美は先ほどのライーサの一撃で全身を塗料で染めていただろう。
[左に旋回するラダーの効きが甘いんだ! 右旋回を守らないと尻掘られるぞ!!]
一美と契約した使い魔の鶏である吾郎は模擬戦開始時から必死に一美へ言葉を投げかけていた。しかし彼女は対話できる媒体である試験品の軍刀を提げてなかったのを見て話すのを辞めようと思った。だが吾郎は一美を信じて喋り続けていたのだ。いつか刀なんて解さずに話し合える日が来ることを願って。
「あ、でも撃ってきた人が前に見えてる……凄い、凄いよ吾郎!! これならあの人に勝てるかもしれない!」
[喋ってる暇があったら近付け! 近づいてから撃て!! 俺達に機関銃なんて武器は無いんだ!]
大幅に旋回半径をとるBf109に対してマートレットは容易に後方を占位していた。旋回半径が小さいおかげで一美はライーサの上方から銃撃をけしかける事が可能だったが、持っている武器は真美より奪った八連発の十四年式拳銃が一つだけ。しかも一発を使ったので中には七発しか入っていない。
少々無理をしている旋回で両腕を突き出し拳銃を構えるだけでも辛い。風が目に当たって瞳が乾く。目が乾きがちな一美は訓練生の実習飛行・演習中には航空眼鏡と飛行帽を使用していた。
ライーサとの相対距離を十メートルまで縮めた一美が拳銃の引き金を絞り、ライーサの背中へ模擬弾を発射するも、すんでのところで弾はライーサの股の間をすり抜けた。
「(今のは下にずれた。じゃあ次は少し上を狙う!)」
一美は初弾で対象へ命中させるほど動体射撃は上手く無い。だからこそ一発目で大まかな見当を付けたのだ。
もう一度、拳銃から模擬弾が放たれ、ライーサの右足に穿いていた飛行脚にベシッと着弾する。特殊な塗料はライーサの飛行脚から魔力を放出させ、両飛行脚の出力に大幅な差異が生まれた。
「まずい! 右足に力が入らない!? やられた!!」
必死に右の飛行脚へ魔法力を流し込むライーサだが、次第にプロペラは息をつき、流し込んだ魔力すら放出されてしまった。おかげでライーサは左側の飛行脚だけで不安定な飛行を続ける羽目になった。
[今だ! やれ一美!!]
「(もう一人いたはず……どこだ?)」
一美はライーサに戦闘能力が無いと踏んでもう一人の影を探そうと左にラダーを切った。
「(甘いなぁ……カールスラントの、アフリカの星の僚機である私はね、これぐらいじゃ倒れないよ!)」
片肺になったライーサは一美が左旋回に入ったのを確認し、八の時を描くように一美の後方をとらえる事に成功する。フラつく体を制御しながらMG34を構え直し、銃口から突き出た針型の照準を一美の後頭部に合わせ、引き金に指を掛けて射撃態勢に入った。
それと同時に一美は目の前に緑色の物体を荷台に載せたトラックが迫ってきていた。
[おいバカ一美! 後ろ後ろ!]
「(うわ、馬糞車が近い! あのトラックけっこう車高あるなぁ……)」
演習場までテントの布やらを運んで来た馬車の馬が出した糞を集めるトラックにぶつかりそうになった一美が上昇で以てそれを回避する。馬のだろうが人のだろうが、ここリビアの砂漠では畑を作るのに欠かせない肥料になる。
「よくも真美と私を!! ぶちこ―――」
普段、優しいライーサは怒りで我を忘れていた。なぜ見たことも聞いたこともないウィッチに真美と自分までもやられるのか、まだマルセイユ中尉が残ってはいるが、なぜ自分は倒せなかったのか、と。
だから右足の飛行脚が停止していて機動力が半減していた事も忘れて、尚且つ一美が上昇する事に気づくのが一テンポ遅れてしまった。
今、ライーサの目の前には緑色のこんもりしたゴツゴツの柔らかい山が見えている。ライーサは死に物狂いで旋回しようと両手に構えるMG34を上空へ放り投げ、身体を軽くした。
しかし時すでに遅し、ライーサは緩いスピードで馬糞トラックの積み荷へ衝突し、グシャッという気持ち悪い水音とともにトラックが数回揺れ動いた。
[モズってやつぁ、どうしてこうも最後まで詰めが甘いのかねぇ……※1]
吾郎はライーサの焦りによる失敗に同情しながらも一美から操縦権を奪い、空中を自由落下に任せて漂っていたMG34をマートレットの翼にスリングを引っ掛けてキャッチする。
「わぁ~吾郎って本当にすごぉい♪」
笑顔の一美が飛行脚を撫で撫でしながらMG34を両手で構える。既に操縦権は一美に戻っている。
敵は一人、だがアフリカの星の異名を持つ世界的エースだ。勝ち目は無いが、一美の精神は何故だか『負けない』と叫んでいる。もしかしたら、もしかするかもしれない。
[さあ、戦争ゴッコといこうかい? 竹西一美(お友達)]