‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
「いきなりどうしたんだよ一美。 んで弱い物かぁ~、ワタシだったら甘い物だと思うな。美味しいものがキライなはず無いからな」
「そうですか~(在り来りな答えだなぁ……)」
「次に、隊長は何だと思いますか?(どうせお金とか言い出すんだろうな)」
「腐った卵」
「え?」
「腐った卵」
「(それ……みんな弱いよ……)」
「おい! 外の様子がおかしいぞ!!」
「何だ!? 知らないウィッチがマルセイユ中尉殿と空戦やってやがる」
「馬鹿、 あの子は昨日トリポリを襲ったネウロイを倒した鶏っ子じゃねえか」
「じゃ、賭けをして良いぜ? 俺はマルセイユ中尉殿が勝つのに四ドル賭けた」
「うおぉ! 特ダネだぁぁ!! 撮れ撮れぇぇぇ!!!!」
今まで静まり返っていた演習場に人声が漸く戻ってきた。 彼らは二人のウィッチが空戦を始めるのを見て、金に目が無い奴はどちらかが勝つか賭けを始め、 記者は被写体を目で追いながら必死にカメラを振り回す。
「(あの子が昨日ネウロイを実質一人で倒した子なんだな……悔しいけど、使い魔はかなりの手練れみたい)」
ライーサが撃破されても全く動じないマルセイユは見知らぬウィッチがライーサと戦っていた時、彼女が取っていた回避起動は彼女自身の意思ではないということを見抜いていた。
「(マートレット相手じゃ格闘戦に持ち込めば分が悪いか。ライーサも格闘に弱いBf109で負けてるしな。よし、なら一撃離脱でやらせてもらうか!)」
マルセイユはMG34のコッキングハンドルを引き、模擬弾が薬室に入っていることを確認してから垂直に上昇する。既に空は夕方の薄いピンク、真昼より視認性は落ちる。
「あれ? あの人はどこだぁ?」
馬糞まみれなライーサがトラックの荷台から這い出してくるのを見届けた一美はマルセイユの姿を探していた。 先ほどまでグライフの真上にいたのだが、今は誰もいない。 その代わりに地面はテントから出てきた観客達が一美に声援を上げていた。
「わぁ~♪ 今日も私は人気者~♪」
一美はにこにこしながら彼らに手を振り返す。
[馬鹿野朗! 上だ上!!]
吾郎がそう言ったのも束の間、一美の頭上から重々しい風切り音が轟き、地上のテントに青い塗料の点が幾つも現れる。
「(どこ!? どこ行ったの!)」
一美は吾郎がやったように右へ旋回し追撃を回避、そのまま体を逆さにさせて上空を見回す。 既にマルセイユの姿は無く、ピンク色の空が広がっているだけだった。
[さすが鷲だな。上空からの急降下で獲物を仕留めるに徹する気だな、俺たちゃさしずめ追い掛け回される鶏だな。フムン]
「(とりあえず回避方法は教科書を思い出して……っと)」
右へ左へゆらゆらと規則的に飛行するハーフバレル機動で上空からの攻撃タイミングをずらす。この機動をしている間はマルセイユもおいそれと攻撃ができず、高度を下げまいと低い雲の中に隠れる。
「攻撃して来ない!? 私にびびったのかな?」
[おい一美、あのウィッチが誰か分かってて言ってるのか? アフリカの星相手にお前が勝てるはずが無いだろ馬鹿が! おとなしく撃墜されるのがお似合いだな]
「うわわっ! また撃ってきた!」
逃げ回る一美の上空にマルセイユの影が現れ、その影が進路上に模擬弾を撃ち込んでくる。一美が振り向いて応戦するとマルセイユは高度を得る為に回避機動をとりながら上昇して行く。その光景はまるで狩りを楽しんでいる鷲と、鷲から必死で逃げ回る捕食対象の小動物を髣髴とさせた。
「頼むよ吾郎! 勝ちたいの! 空に見切りをつけるチャンスなんだよ!」
軍刀が無いので昨日のように吾郎と対話は出来ない。しかし一美は彼に届くようにと必死に呼びかける。
[全く、仕方ないな……]
そう呟いた吾郎はマートレットもとい一美の操縦権を一美自身から自分に切り替える。そう、彼女の言葉は吾郎に届いている事を行動で表現するのだ。マートレットの角ばった翼のエルロンがバタバタと動き、地面にたまる暖い風が冷やされて上空に向かう流れを掴み取った。
吾郎は気流を利用し鋭い角度で上昇、そして失速の一歩手前で更に背面を地上に向けて一回転する。その動作の間に同じ程度の高さを飛ぶマルセイユを補足し、また急降下を開始した。
「(動きが変わっただと? ……ふふ、面白いじゃないか! 私に本気で喰いかかってくる奴なんて久しぶりだ!)」
マルセイユもお遊びを辞めたのか、徹底的に一美を撃墜せんと急降下を始めた彼女を追いかけるべく、自らも降下を始めた。
「ふぇぇ、追ってきてるぅ……」
MG34の照準を合わせて引き金を絞る以外に仕事の無い一美は後方から迫るマルセイユを確認していた。確かに地上すれすれを飛べば敵から身を隠せる、しかし敵に見つかっていればただの的になってしまう。
「(どうにか追い払う方法を……ピンときた!!)」
腰から生える真っ白な羽毛を見て何かを思いついた一美は飛行脚を操っている吾郎に提案した。
「ねえ吾郎、今から背面飛行に移して! それとこの尾羽……冬毛だ!! 早く抜かないと大変だよ!!」
[まじか!! 通りで暑いと感じてたんだ!!]
背面飛行に移った一美の真っ白い尾羽は物凄い速さで抜け落ちる、一美の真後ろへ流れたその羽毛はマルセイユを包み込み、彼女の視界を遮断する。あまりに突然すぎた奇襲にさしもの世界的エースでも対応できなかったのだ。
「くそ! 何だこれは! 前が見えないぞ!!」
細かい羽毛が目に入ったマルセイユは速度を上げて羽毛を振り払おうと必死にもがく。背衣服の間に入った羽毛もマルセイユをくすぐったくさせているだろう。彼女は羽毛布団の中にいるも同然の状態だ。
「(慌てすぎて操縦権も私に戻ってる。ありがとう吾郎、おかげで踏ん切りをつけれそうだよ)」
一美は魔導エンジンの活動を弱め、減速しながらMG34を真上に構える。そして数秒後、一美の正面に羽毛まみれなマルセイユが現れた。一美は迷わず引き金を絞り、バシッ―――バシッとマルセイユの飛行脚に模擬弾が撃ち込まれてゆくのを見届ける。本当はマルセイユ自身にも模擬弾を当てたかった一美だったが、相対速度の計算ミスと早くマルセイユを視界に捉えようと減速したせいで飛行脚にしか命中弾を出すことが出来なかった。
全て一美にはスローモーションで見えていた。硝煙を纏って空中に投げ出された薬莢も――着弾して弾け飛んだ塗料の滴も――Bf109型飛行脚の光プロペラの回転も――そして、羽毛の中から垣間見えたマルセイユと目が合った瞬間も。
マルセイユは体に纏わり付く羽毛の間からこちらに銃口を向けるウィッチの姿を見ることが出来たが、自らのMG34を構える暇すら与えられなかった。運命の女神(フォルトゥナ)なんてものは気紛れで、たまには大金星をあげる新米の姿でも見たかったのだろうか。どちらにせよ、アフリカの星は運命に見捨てられた。今まさに、名も知らないウィッチに飛行脚へ模擬弾を撃ち込まれ、演習を落伍するマルセイユが誕生した。
「ちょっとミヒル! あいつアフリカの星を倒したぞ!! こっから見える!!」
「いいからエトナも捕まえたこいつを押さえるの手伝ってくれよ。たぶん一美より残念な乳してるなこいつ」
「やだー! そこまで私はアイツに負けたくないですー!!」
「後で比較するから正面と真横、フラッシュ焚いて……撮る!」
それは全世界の装甲歩兵達が夢見ていた「一度は有名な航空歩兵をぎゃふんといわせたいよね」という願いを叶えた瞬間でもあった。同じ時、309のテントでも有名な航空歩兵を「ある意味」ぎゃふんと言わせ、その一部始終を部隊の記録係によって撮影されてしまったのは内緒である。