‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe]   作:白岩

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二者択一

 二つの統合戦闘装甲団がトリポリを出発して一日目、トリポリから二百キロの距離にある最初のキャンプ地点であるチュニジア領ベンガルダーヌに到着した309の隊員たちは知った、既に他の部隊がキャンプ地点を撤収し、次のキャンプ地点である百キロ先のガベスまで進んで行ってしまっている事に。彼らは装甲歩兵達がまだ来ていないことを心配して幾つかの物資を置いて行ってくれたが、彼女達が今一番欲しい物は手に入らなかった。

 

「で、どうだ? 動きそうか?」

 

 ピンク色のM3半軌装車カティア号の銃塔に腰掛けるミヒルがブリッツの車体下で蠢く物体に話しかけた。

 

「駄目です隊長。シャフトが思いっきり折れてますよ」

 

 ブリッツの車体下で蠢いていたのはシャロンだった。彼女はタンクトップにズボンだけという軽装でブリッツの破損箇所を探していたのだ。そう、彼女達が一番欲しいのは工具類だった。まさかシャロンが三〇一のベッドフォードに工具箱を置いてきたなんてお笑い種にも程がある。

 

「やっぱりコイツは外れだったのか。まぁタダで貰えたんだから仕方ないか……」

 

「我慢しなミヒル、私の仲間達はトラックも回されないような戦線で戦っているんだ。東部の泥濘はタチが悪いのによく馬で頑張るよ」

 

 カティア号の運転席でくつろぐエトナが修理不能のブリッツを見てうなだれるミヒルの尻を叩いて元気付けさせる。その後ろではカティア号の荷台に詰まれていたエトナのBT-7快速歩行脚やヘレーネの4号D型歩行脚やオルガのT-34歩行脚が地面に降ろされ、快適な空間を求めてやってきた隊員達で溢れていた。

 

「皆さ~ん、お昼の用意が出来ましたよ~」

 

 軍衣の袖をまくった一美が木箱の上に鉄皿を置きながらトラックの中にいる仲間へ昼食の準備が出来た事を伝える。

 

 置いてかれた物資の中には小型のドラム缶に入った真水も残されており、四個の内二個を部隊の取り分にした。後の二個は三〇一の為に残しておくのだ。

 

 しかしドラム缶一個を無理やり持って行く訳にもいかないので、ミヒルは一美に昼食用として自由に使って良いと命令を出した。そして一美は捕虜交換と呼ばれた稲垣をアフリカ隊へ返還する時にお詫びの品として扶桑の食材をかなり貰っていた。

 

 なので一週間近くは三食全ての食事を一美に任され、たまにオルガやマリアといった気の利く仲間に手伝ってもらいながら隊員達と打ち解けていった。ミヒルもそれが狙いで一美に炊事係を頼んだかと言えば定かでは無いが。

 

 扶桑食には大量の水が必要になる。今までは街にいたので水の確保は容易だったが、これからはご飯も炊けるか分からない状況が続くので出発までの間に大半は食いつぶしたり兵士たちに配ったりしたのだが、余ってしまった米と味噌はブリッツに載せて来ていた。

 

 キャンプ跡に水が残っていた事は一美にとってありがたかった、何故なら早い段階で米と味噌を処理出来るからだ。

 

 テーブルに見立てた木箱の上にポンポンと真っ白い握り飯が並び、味付けに塩を薄くまぶしただけの質素な食事だが、仲間達が何やら作業中なのを見た一美が作業の片手間でも食べられるようにといった配慮でもあった。

 

「タケニシ~、このスープの器はどうすんのさ~」

 

 手伝いを買って出ていたロゼがかき混ぜている鍋には具無しの味噌汁が入っている。ただ塩分を補給するだけなら味噌をお湯に溶くだけで十分だからだ。

 

「あ~、それは皆さんのコップに注ぎますから、他の人達を呼ぶ時にコップも持ってくるように言って下さると有り難いです」

 

 ロゼは溜め息混じりにかき混ぜ棒から手を離し、ブリッツの修理や調子の悪い車載用無線機を弄る隊員達の元へと走る。その間に一美は味噌汁の中にどばっと何かを入れた。

 

 すぐに来たのは無線機を弄っていたマリアとアリシア、何もしないでくつろいでいたエトナとオルガも一美のところへやって来た。レイは先行した部隊の無線を掴めないかとアンテナを展開させて体育座りの真っ最中なので迂闊に集中を妨害させてはいけないらしい。

 

「わ~、すごい貧乏な昼飯になったねぇ~」

 

「日持ちしないのは先に食べちゃいましたからね、我慢してくださいオルガさん」

 

 開口一番に不満を垂れるオルガの隣にいたエトナがオルガの頭に拳骨を落とす。要するに黙って食べろと言う事らしい。エトナも一美の料理上手な点は高く評価しており、当番制でなければずっと炊事係をしていて欲しいとさえ思っていた。

 

 米が手に入ったので一美にオラーシャ料理であるヨージキ※1の作り方を教えたら一日で製法を覚えたのにもまた感心していた。まだまだ一美は陸戦の技術は拙い部分が多い、しかし部隊の台所になってくれるのは有難かった。他に料理ができるのはミヒルとソランジュ曹長ぐらいで、他の隊員は携帯糧食を出してきたり、ただのパンを出してきたりするので可愛げのない。ましてソルヴェーグ中尉のような危険な食事を作るなんてもっての他だった。

 

「じゃんじゃん食べてくださいね~。お味噌汁は余りがありますからね~」

 

 作業中の隊員も手を止めてお握りを取りに来るついでにコップを出して味噌汁をもらう。喉が渇いていたアリシアはお握りよりも早く味噌汁を飲み始めたが、何かが唇に当たることに気がついた。

 

「ん? なんだこれ、豆?」

 

「そういや茶色い豆が入ってるな……なんかネトッとしてないかこれ」

 

 アリシアのコップを覗き込んだミヒルも味噌汁を口に含み、口内で中に入っていた豆を転がしてみる。その豆は大豆ほどの大きさで、すこし表面が皺っぽく、なによりネトネトしていた。

 

「それは納豆っていう食品ですよ。昨日のうちに余った大豆を稲藁に詰めておいたんです。そして布で包んで暖かい砂に埋めておいたんです。砂中はちょうど四十度前後で安定するみたいですから、もしかしたらと納豆を作ってみました。お握りの中にも入ってるのがあったような……あ、クリスさん、当たりです」

 

 皆が少し嫌な顔をする中、お握りを中ほどまで頬張っていたクリスの口からキラキラとした細い糸が垂れていた。その味と臭いにクリスは一切の思考を止め、ひたすら咀嚼を繰り返していた。

 

「ありゃりゃ……いいとこの嬢様には合わないんじゃないかな。糸引く豆を食べようなんてまず思わないけど……なぁ」

 

 放心状態であるクリスの顔を覗き込むマリアは納豆も平気なのか味噌汁を躊躇いもなく飲んでいる。

 

「何だかんだで扶桑の食材なんだろ? 体にはどうなんだ一美?」

 

 クリスの手から納豆入りお握りを離し、自らのお握りと交換したミヒルが一美の隣に立つ。

 

「はい、納豆は体に良いんですよ! 何ならまた作りましょうか?」

 

「そいつは良かった。その納豆に残りがあるなら後で来る三〇一の連中にもくれてやってくれ」

 

 クリスの食べかけを少しかじったミヒルも顔をしかめたが、れっきとした食品である事は理解してくれたようだ。

 

「べ、別に食べれなかった訳じゃありませんわ! 初めて食べたから戸惑っただけよ!」

 

 何も入っていないお握りを照れながら食べるクリスは無理に納豆汁を飲み、また思考を停止させる。

 

「私は別に美味しいと思うけどな……あ、あのトラックは三〇一のだ~」

 

 納豆が気に入ったアリシアは稜線の影から飛び出してきたトラックの影を視界に捉えた。まだ地面の熱気でトラックの影が歪んでいたが、もうここを通る部隊は三〇一しか残っていない。

 

 三〇一を乗せた三台のトラックは一美達を見つけたのか、段々と三〇九の所へとハンドルを切った。そして食事中の彼女達の前に停車し、ラナタが助手席から降りてきた。

 

「あれ? 本隊のキャンプはどこ?」

 

「本隊ならとっくに先へ行ったよ。無線で確認すりゃ良いのになぜ確認しないんだ?まぁ私達の無線は壊れてて人の事は言えないがな……」

 

 ラナタの目の前に立ったミヒルが現在の状況を話す。数時間前の自分達みたいに三〇一の隊員達はキョトンとしている。

 

「あら偶然ね♪ 私達の無線もバッテリー切らしてるのよ~♪ でもね、私達には地図が二枚あるから、道に迷ったりしないのよ♪」

 

 何やら変な事を言っていたラナタの手にはマップケースが二つも握られていた。そのうちの一つはミヒルにも見覚えのある凹みや染みがちらほらと確認できる。つまり。

 

「ちょっと待ってて……あ! 私の鞄にケースが無い!?」

 

 いつマップケースを鞄から抜いたのだろうかミヒル自身にも分からない。此処に来るまでは先行した部隊の轍を探す方法を使ったので地図なんか使っていないのだ。

 

「んじゃ、私達はここらへんで失礼しますわ♪ あなた達はそこで干からびると良いわね~♪」

 

 ベッドフォードトラックを直してやった恩はどこへやら、ラナタはひょいとベッドフォードの助手席に座り、運転席のスーザが困惑しながらもエンジンをスタートさせる。筈だった。

 

「た、たたた隊長……エンジンが掛かんないですぅ~……」

 

「え……? ガス欠?」

 

 ベッドフォードに乗るラナタとスーザ、そして荷台にいたサンドラ、ルチア、サブリナ達三人は顔が青くなった。二号車、三号車の隊員はまだ何が起きているか気づいていない。

 

「おいお前、その馬鹿隊長をこっちに引き渡せば、あそこにある水をくれてやる。パスタも茹で放題だぞ? 逆に引き渡さないなら今日の風呂に使ってしまうが。どうする?」

 

 不適な笑みを浮かべるミヒルが運転席のスーザに交渉を持ちかける。とりあえず、この愚かなラナタをとっ捕まえるべきだ。パスタという単語に彼女達が弱い事も計算済み、第三〇一統合戦闘装甲団は補給担当国から装備、隊員まで全てロマーニャ出身で統一されているからだ。

 

「ちょ……あんた達離しなさい!! こんな事して良いと思ってるの!?」

 

 荷台から降りたサンドラ達が真っ先に動き、助手席からラナタを引き摺り下ろしてミヒルの目の前に立たせる。三人の目はまるで「早くパスタを茹でたい」と言っているかのように潤んでいた。

 

「……どうする? こいつらはお前よりパスタをとったみたいだけど……」

 

「じゃあ私もパスタ茹でる」

 

 三人の純粋な食欲に困惑するミヒルを前にラナタはしれっと罪から逃れようとする。もちろん、半ば同情気味に彼女を許しかけていたミヒルの良心に火を点けたのは間違いない。

 

「じゃあ一美、三〇一の分のパスタを作ってやれ。アレを入れてな」

 

「パスタって……あぁ、お蕎麦みたいなやつですね? 了解で~す♪」

 

 それから数十分後、歩行脚に羽のついたロマーニャ陸軍の鉄兜、背嚢や弾薬蓋等の行軍用装備を全てつけたラナタが汗だくになり、悪態つきながらベッドフォードの周りを延々と走り回る。その横では一美の作った『納豆入りパスタ』が二部隊の中で人気となり、ブリッツの修理、ベッドフォードの燃料補給なんて忘れて愉しい時間を過ごした。

 

 勿論、夜になってしまったので出発は明日と言うことで意見が一致した三〇一と三〇九は歩哨を立てて車中泊する事にし、暑苦しい砂漠の一日が終わりを告げたのだった。明日からは海岸沿いを進むルートを取る、きっと涼しい風に暑さもマシになるだろうと装甲歩兵達は遠足前夜みたいにどきどきしながら眠りに就いたのだった。

 

 




※1 ロシアの伝統的料理です。肉団子の周りをご飯が包んでるおかず的な物です。そのとげとげした姿がヨージキ(ロシア語でハリネズミ)にそっくりだと言うことで名づけられました。なんか安直過ぎですね~
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