‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
マリア「熱帯用でウィッチに売られてるタイプのは蜜蝋が入っててね、そう簡単には溶けないようになってるんだよ」
一美「凄いですね~♪ 普通の兵隊さん用のチョコ棒にも入ってるんですか?」
マリア「そんな高級品を配れないよ。ここだけの話、一般用には安いって理由で石油から取れる蝋を使ってるんだ」
一美「えええええええ!?」
本隊から大幅に遅れて出発した第三〇一・三〇九統合戦闘装甲団は紆余曲折を経て漸くガベスへ到着した。到着した次の日、隊員たちは久しぶりに見る建築物に嬉しそうにはしゃいでいたが、今まで彼女達を待ってくれていた本隊はとっくに休息を終えており、遅れを取り戻すべくさっさと汽車に乗って出発してしまったので装甲歩兵に与えられた休息時間は確実に足りなかった。
ガベスは四三年初頭の時点でネウロイに占領されていた土地だったが、南部に位置するマレスを拠点としたガリアの部隊によって解放されたのだ。これによりアトラス山脈およびファイド渓谷とカセリーヌ峠までの一本道が完成し、サウゼやチュニス、ビゼルトといった港湾拠点へ直線で移動できる。行軍のスピードは格段に向上するのだ。
そして、ガベスを出発して二日後にはカセリーヌ峠に一番近い連合軍の飛行場があるセレステ近くにたどり着いた。トリポリから派遣された部隊はあと一つの山を越えれば飛行場だという場所までやってきていたのだった。
「いつもすまないな君達、こんな重たい戦車を押してくれて感謝するよ!!」
荒涼とした硬い砂漠の地面にエンジンをフル回転させて坂を上ろうとするタイガー重戦車、それを後ろから数人の装甲歩兵が使い魔を解放して車体を押している。タイガーの前方でも二台の半軌装車が車体を引っ張っている。別に砂に履帯を取られたとか、見えないネウロイに攻撃されて故障してしまったとか言うわけではない。このタイガー戦車の動作は他の三号戦車や二号戦車、クルセイダーと同じようにも快調そのものなのである。それでも急な坂は苦手なようで、車長のライヒ少佐はちょっとだけ罪悪感が湧いていた。
「重い~!! もっと力入れなよ一美!!」
「地面は硬いのに……歩行脚がめり込んでます~!!」
タイガーの排気煙を浴びながら苦しそうに車体を押すマリアと、その隣で顔を苺のように真っ赤にさせて車体を「持ち上げ」ようとし、歩行脚が地面に沈んで行く一美は背後に控える他の隊員たちを乗せたブリッツを見やる。
昨日の砂嵐でものの見事に幌を吹き飛ばされたブリッツの荷台には今までタイガーを押していたオルガやアリシアが汗まみれの上着を脱ぎ、シャツ一枚の姿で折り重なっている。ロゼもオルガたち二人と一緒にタイガーを押していたがポジションの関係で排気煙を吸いすぎて具合が悪くなり、カティア号に載せられていた。
ロゼを載せる為に満員のカティア号に乗っていたヘレーネがブリッツの荷台へ移動し、クリスやレイと共にのぼせたオルガとアリシアを診ていた。もっとも書類で仰ぎ「自分へ」風を送ったりするレイや熱い紅茶を無理やり飲ませようとするクリスの方が無害と言えるぐらい、ヘレーネの接近を恐れた一美は自らタイガー押し仕事を志願したのである。
「少佐ー! あの向こうに見えるでかいモンは何ですか……戦艦!? 戦車!??」
丘を登りきった時、照準鏡越しに景色を眺めていたヘッセが何かを見つけた。目の前の開けた土地に停まっていたのは巨大な戦車だ。全長は三十メートルあるだろうか、高さも十メートルはある。何本もの巨大な履帯とこれまたでかい砲塔には戦艦の主砲並みの大きさを持つ大砲が二つも搭載されていた。車体の左右には中戦車クラスの側砲が幾つも据え付けてあり、さながら戦車というより「要塞」と言うべきか。つまり陸を走る巡洋艦である。
「確か我が国が設計した超重戦車でラーテとか言う名前だったか。 去年の今頃にリベリオンへ製造依頼を出したらしいが……たった一年で作ったのか」
沿岸や海上に現れた小型の巣やドーム型ネウロイであれば艦砲射撃で破壊も可能だが、内陸部に現れたネウロイに対しては艦砲の射程範囲が足りない事も多々あり、全て装甲歩兵や非力な砲で対抗するしか無かった。そこでノイエ・カールスラントの陸軍兵器局は内陸部に進出できる巨大且つ援護が無くとも自力で戦闘が可能な自走砲の設計を開始し、ラーテ超重戦車という答えにたどり着いたのだ。
車体や砲塔、側砲等の製造はカールスラント陸軍技師の監修のもと、資源に余裕のあるリベリオン合衆国の工場で行われ、完成後は走行試験の為に広大な北アフリカのモロッコに部品単位で輸送されて現地で組み立てられた。試験自体は好調だったものの、肝心の武装は取り付けられておらずエル・アラメインやファイド峠の戦闘には参加できず仕舞いだった。
しかし、先の戦闘で損傷を受け、修理中の軍港でネウロイの襲撃を受け大破したカールスラント海軍のシャルンホルスト級戦艦二番艦「グナイゼナウ」の解体に伴い、無傷だった主砲の二八・三センチ砲の二門だけを貰い、アフリカに運んで砲塔に取り付けた。既に活躍の場を失ったと思われたラーテを最初で最後の実戦テストも兼ね、カセリーヌ峠に潜むネウロイの掃討に使うのだ。
「漸く来ましたか。良い目印になるでしょう? このラーテ。我がカールスラント陸軍兵器局の集大成が詰まってますよ」
「あぁ……確かに凄いが、ただの的になりそうで跳弾が怖いな」
乾燥した暑さの中、ライヒ少佐は集合地点に到着した旨を本部のテントへ報告しタイガーへ戻る帰り、この技術中尉にしつこく付きまとわれている。早くタイガーに戻って部下達と休息をとりたいと願っても、この技術中尉が彼の右斜め前を歩いているのでなかなか追い越せない。
「とんでもない、ラーテの装甲厚は最大で三五〇ミリ、最低でも一五〇ミリありますよ。ネウロイの光線なんて簡単に跳ね返す筈です。それに少佐殿とお連れの搭乗員は跳弾の心配に晒されませんしね。ほら、少佐殿は気に入ってなくても、ウィッチの皆さんは気に入ってるみたいですよ?」
なんだか変な事を言う中尉だ。ふと真横のラーテを見ると、転輪に使う錆止め用のコールタール塗料で車体に落書きをしている少女達がいた。よく見るとトリポリから連れてきた第三〇九統合戦闘装甲団の隊員がラーテの整備士からタールの入ったバケツを奪い、落書きのペンキ代わりにしている。あの竹西軍曹、トウキョーまで七千五百マイルなんて大まかな数字を書くんじゃない、もっと刻め。早くこの中尉を退かさないと彼女達を怒れない。タイガーまで残り数メートルまで来たところで、ライヒは三号戦車を背にして中尉に話しかけた。
「中尉、お前は何が目的で俺に付きまとうんだ? あいにく俺にはその手の趣味が無いからな。どんなアピールかけたって動じないからな!!」
それを聞いた技術中尉は口をポカーンと開け数秒間固まってしまった。そして何かに気づいたかのように首を振り、焦りながら口を開いた。
「い……今から起きることを言おうとしてたのですが……その、あそこの……ラーテの右前方にあるスペース、見えますか?」
ラーテの車体を見上げたライヒは車体の左前方に設置されているタイガーの砲塔が目に入った。その砲塔に描かれていた番号には見覚えがあったのだ。一九四三年の始めにビゼルト港で故障のため放棄された二台のタイガー戦車の内一台を修理してトリポリの部隊で使うと打診し、汽車を乗り継いで引き取りに行った時に見かけたもう一台のタイガーの番号と同じだった。そして、右側にはもう一つタイガーの砲塔が載っていなければならないが、そこには砲塔の姿は無い。ライヒの頭の中は嫌な予感でいっぱいだ。
「実は、トリポリの部隊に召集をかけたのは装甲歩兵の補充とラーテを支援する中戦車の類。そして八・八センチ砲を搭載したタイガー戦車の砲塔を調達する為なんです。お上からの命令なので私達は従うしかありませんでして……へへへ」
三号戦車の背後でクレーンのワイヤーを巻き取る駆動音がする。何か重たいものが吊り上げられる金属音もする。そんな軽い金属なんて物じゃない、重戦車の砲塔を吊り上げたような重々しい音だ。この三号戦車の裏にあるのは自らの駆るタイガー。予想は的中。
「止めろ!! 止めろ!! おいヘッセ、車長呼んで来い!!」
「すげぇ……砲塔が……そ、空を飛んでる……」
酒を飲むため車外にいた壮年の操縦士が慌てている、便所から帰ってきたヘッセも愛車の惨状に茫然と立ち尽くしている。今まさに音も無く忍び寄っていたラーテの傍らにいた自走式組立クレーンがタイガーに近づき、乗員の目を盗んでフック砲塔に固定し、車体と砲塔を繋げる部品を外した上でタイガーの砲塔を車体からスポンと抜いてしまっていた。ゆらゆらと空中で揺れる砲塔はゆっくりとラーテの車体右前方へ運ばれ、そのまま車体に空けられた丸い穴にスポッと収まった。
「跳弾の心配が無いとか、初めから俺達をあのデカブツに乗せるからじゃねぇか!! 最初からそう言え!!」
ライヒは顔を真っ赤にして技術中尉の胸倉を掴み、今にも鉄拳が飛びそうな剣幕で捲し立てる。
「やっぱりそうだと思ってましたよ。でも拒否されたら面倒ですし……」
「ばかやろぉぉぉぉ!!」
その数秒後、砲塔の無いタイガーの周りには右往左往する乗員と頬を押さえて地面に転がる技術中尉、右手の拳骨を押さえて痛そうに蹲るライヒという奇妙な光景が広がっていた。彼らの上では何事も無いように砲塔の取り付け作業が進んでいた。
「お絵かき愉しかったですね~♪ ちょっと東京までの距離が曖昧ですけど」
「地図が無いからヘルシンキまでの距離が分からず仕舞いだったなぁ~」
「こんな事やってる間に戦争なんて終わっちゃえば良いのにねー。」
彼らの直ぐ隣では落書きに飽きた一美・オルガ・アリシアが自分達のテントへ歩いていた。今日の夜、外が涼しくなった辺りでカセリーヌ峠攻略作戦南部方面隊の隊長会議が開かれる。そこで各部隊の目標や移動ルートが通達され、部隊ごとに設定された出発時刻に合わせて集合地点を後にするのだ。なので隊の一般隊員はテントの中で待機し、食事睡眠や休息をとる。明日からは本格的に戦闘が始まる部隊も戦闘が起きずに作戦が終了する部隊も存在するだろうが、歩兵も戦車兵も装甲歩兵も共通して願っていた事がある。
それは、ネウロイとなんて鉢合わせませんように、である。