‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
第三〇一及び三〇九統合戦闘装甲団が集合地点へ到着した次の日、兵士達が作戦開始時刻に合わせて次々と集合地点を後にする。長距離行軍用の荷物は置きっぱなしで出発するため、これから出発しようとしている部隊の兵士達は自分の荷物すべてに名前を書いている。それは装甲歩兵達にも言えることで、長い間自分の大切な荷物(大半は替えの上着やズボン)を無防備に手放す事はかなり危険な行為なのだから。
鍵付きの長箱を司令部から支給された三〇九の隊員達は要らなくなった荷物を全て箱へ詰めていく。今日からはトラックは使えない。カティア号も積載スペースを確保しなければならない、つまり常時歩行脚を穿いて数日は行動する。いつ会敵するかもわからない状況、油断はできないのだ。
「どうですかこれ、似合ってますかぁ~♪」
一美はテントの中で一式中歩行脚に同梱されていた装甲歩兵用の戦闘装束に着替え、他の隊員達に見せびらかしていた。大体の形状は稲垣先任や加藤大尉が着ている物と同じ巫女装束で、相違点を挙げるならば手甲や腹掛けが少し分厚く縫製されているぐらいだろう。
「すごーい、なんかとっても涼しそう!」
「いいなー、なんで合衆国(ステイツ)のは地味なんだろ……」
十人近くいる隊員の中で、一美のファッションショーに参加しているのはアリシアとロゼだけだった。他の隊員は黙々と箱に荷物を詰め込む作業に専念している。
「ほらお前達、早く荷物の準備する! それにマートリン少尉は後五分で出発でしょ? 一美に見とれるのは良いけど初対面の人に迷惑は掛けたりしない!! あと出発前に仮設整備所で歩行脚を診てもらうこと!! もぐりのエンジニアだと故障するかもしれないからな!!」
「あ!! そうだった!!」
「ひどいっすよ隊長、これでもみんなの歩行脚整備を一手に引き受けてんですから~。 もう隊長の歩行脚は修理しませんよ~?」
「ぐぬぬ……それは困る……」
何かを思い出したロゼは急いで荷物を整え始める。 シャロンは自分の歩行脚であるガリア製のR35軽歩行脚の清掃をしながらミヒルの言葉に頬を膨らませていた。 ネウロイによるガリア侵攻時に持ち出された大量のガリア製歩行脚は武装こそ貧弱なものの、操縦性の高さから各国が練習用にと購入し使用している。 シャロンの使うルノーR35歩行脚は主砲口径、最高速こそ他の歩行脚に劣るが、その分操縦性はレイの使うリベリオン製のM4A1中型歩行脚を卓越している。
「あれ? ロゼさんは別行動なんですか?」
「そーだよ。なんか南部方面隊の意向で、砲兵科の兵士と装甲歩兵は皆で一塊の集団になって陣地をつくるみたい。そのほうが火力を集中させやすいんだってさ」
二人の間を遮るように現れたミヒルが異動願いの書類と新しい名札をロゼに手渡す。名札には彼女が第三〇九統合戦闘装甲団所属であることが記されていた。ロゼの首から下がっている認識票には氏名年齢血液型が刻されたタグの他に原隊であるリベリオンの砲兵部隊に所属していることを刻したタグがついているだけで、第三〇九統合戦闘装甲団に所属しているとは一目見ただけでは分からないのだ。
「もしお前が首なしで帰ってきても、それを持ってれば気づいてやれるって訳さ。安心して死んで来い」
「やだなあ隊長、なんで後方部隊の私が死ななきゃいけないんですかぁ~ じゃいってきまーす」
小さく笑ったロゼが最低限の荷物を持ち、テントから抜け出す。 同時に入ってきたのはM10駆逐歩行脚の熱帯に於ける使用データの提出を済ませてきたマリアだった。 集合地点には手紙を港まで運ぶ郵便車も出張してきていたので他の隊員が書いた手紙も同時に投函してきていた。
「お、似合ってるじゃん一美。 ん~……でも一段と目立ちそうで困るなぁ~、今までの服じゃ駄目なの?」
「い……いや、あの服は暑くて暑くて、それにずっとしまったままじゃ服も可哀相ですし♪」
一美は昨夜に見た光景が只事ではないぐらいは分かっていた。 昨日と同じ服を着ていると危ない、そう思えた一美は戦闘装束を引っ張り出して袖を通したのだ。これで少しばかりあの人達を誤魔化せるだろう。
「そっか~、 ずっとしまってたら虫に食われちゃうもんな! あ、此処にそんな虫いないか! あっはっは!!」
マリア中尉が抜けている人で良かったと、一美はほっと胸を撫で下ろした。 呆れた顔で部下達を見つめるミヒルの背後、テントに空いた小さな穴から彼女達に覗かれているとは知らずに。
「あの娘……? 昨日私達を見たのは……」
「わかんない、でも背丈は同じくらい」
三〇九のテント脇で覗きをしていたアッテンボローの従兵である二人の少女が小声で話し合う。片割れの赤毛を後頭部で一つに束ねた少女が解れた穴を覗き、横に立つ北欧系の少女が特徴を手帳に記している。手帳には五部隊分の「容疑者リスト」が記されており、一美と同程度の身体的特徴を持つ装甲歩兵が疑いにかけられていた。三〇九の中では一美の他にオルガとロゼの名前が手帳に収められている。
「あの娘だったら楽勝だよ。 明らかに馬鹿っぽいもん」
「でもあの竹西って奴、エースのマルセイユを倒したらしいじゃん」
余裕を見せる赤毛の少女に心配したのか、北欧系の少女が最近読んだ新聞記事を思い出して彼女に教えていた。
「しってるよ、あれ奇襲で偶然勝っただけ、あんな目立つ服着てきゃっきゃって喜んでるなら、私達が奇襲で片付ける。 私なら一瞬で頭を撃ちぬけるもん」
赤毛の少女がフンと鼻で笑いながら目を穴から離し、その場を後にしようとする。 だが二人の前に一人の装甲歩兵が立ち塞がる。彼女達とは頭二つ分ほどかけ離れた背丈で長い銀髪がカーキ色の上着に良く映える。二人に立ちはだかったのはエトナだった。
「こら、私の仲間達の着替えを覗いてるのか? 生憎だが私の仲間はゴダイヴァ夫人じゃないんだ。他をあたってくれないか? ピーピング・トムさん達」
ちょうど二人が帰る時に鉢合わせたので一美の暗殺計画が持ち上がっていることすら知らない。 仮設の海水風呂に行ってきた帰りのエトナには二人が出歯亀にしか見えなかったのだ。
「言われなくてもそうするよ~♪」
「じゃあね~おばさーん♪」
感付かれる前に二人はラーテへと戻り、エトナに挑発も仕掛けておいた。
「な……おばさん!? まだ二一歳だぞ!! 現役だぞー!!」
安い挑発に乗せられて顔を真っ赤にするエトナも既に二十歳を一年過ぎている。 しかし魔力も衰えず未だに第一線で活躍できているのは使い魔との契約時期が十三歳と遅かったからなのか、 それともエトナ自身の才能なのか、 こればかりはエトナ自身にも分からないでいる。
「全く……どこの部隊の悪がき共だか……」
不機嫌なままテントの入り口を潜り、濡れた髪に巻いていた布を払う。エトナの帰還を確認したミヒルがロゼを除いた全員に机へ集まるように指示を出し、カセリーヌ峠の地図を指差した。
「はい注目、私達はあと四分後には此処を出て、ラーテっていうでかい戦車の護衛をする。前衛兼斥候を私達が務め、後衛を三〇一の娘達がやる。無線機はレイに任せた、ちゃんとラーテとの相互通信をするんだぞ」
はい、と小さく頷いたレイは眠たさを感じさせない程に目を見開いている。
「レイの護衛は一美に任せた。私を含んだ他の隊員は傘型陣形で索敵を行う。ネウロイを発見した場合は短距離通信を使わないこと、ネウロイに察知されることを考えて手信号を使う。わかった? 返事!!」
「「了解!!」」 「りょ、了解!」
テントの中で隊員の声が響き渡る、そして一拍遅れて一美が言った。ミヒルが解散と言うと同時にラーテの艦内ブザーが鳴り響く。出発の時間がやってきたのだ。
外に準備していた歩行脚に足を通し、持てるだけの武器を背負い、魔導エンジンに命を吹き込む。 一美にとっては初の作戦参加、しかし緊張と言うより期待と好奇心が織り交ざる気持ちで一杯だった。
この峠を超えた先に何があるのか、一美はネウロイの親玉に早く会いたいと願っていたのだった。