‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe]   作:白岩

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本当の敵

「視界良好、ラーテ前進に支障する障害物及び砲台型ネウロイの機影、共に無し。 先行した第三〇九統合戦闘装甲団との定時連絡、異常なし。」

 

「機関全速、北部方面隊に遅れは取るな! 二八〇粍連装砲の操作員を砲塔上部の八八粍連装高射砲に半分回せ! 飛行型ネウロイへの警戒を怠るな!!」

 

 移動を開始したラーテの艦橋は各区画と伝声管で繋がっており、艦橋の兵士から機関部や側砲、主砲等の他区画へ迅速な連絡が可能となっている。陸上戦艦とは良く言ったもので、ここまでくると本当に軍艦が陸上を走っているようにも見える。

 

「本作戦の主導権は我々に有る! これまでこの灼熱の大地に散った同胞達の弔い合戦としようではないか!!」

 

 艦橋でひと際大きな声で兵士達を鼓舞しようとしているのは、ラーテ艦長の任を受けた自由ガリア陸軍准将のフェルナン・エドモン・コンスタンという丸眼鏡で禿頭の老将だった。彼もまたアッテンボローと同じく、ガリアに英雄として帰りたい願望を持って本作戦に参加していた、そんな彼がどうしてラーテ艦長の任を続けているのか、実は隊長会議は代役を立てて欠席していたのでアッテンボローに消されずに済んだのである。

 

 その声は伝声管を伝って瞬く間に艦内全体へ響き渡り、その言葉に共感する者や共に鬨を上げる者もいた。しかしそれらの多くはガリアの兵士が多く、ブリタニア・カールスラントの兵士は何ら興味も示していなかった。

 

「でかい声だすなぁ。いつの時代に生きてんだか……あのじじいは」

 

 誰も興味を示していないと言えば嘘になるようで、むりやりラーテに配属させられたライヒ少佐と乗車「だった」タイガー重戦車のクルー達は伝声管に装着されていた電気スピーカーのせいで危うく耳を壊しそうになっていた所だ。 中でもキューポラの覗き窓が油汚れで見えなくなっているので、向かいの砲塔クルーに布巾を貰いに行こうと通路へ降りかけていたライヒの耳にはダイレクトにコンスタンの枯れ声が劈いたようだ。 

 

「少佐と一緒で、死に場所を探してるのかも知れませんよ?」

 

 車高が格段に変わった為、照準器に無視できないズレが生じているのをダイヤルで調節する射手のヘッセがライヒの呟きに答える。

 

「阿呆か、勝手に俺を自殺願望者に仕立て上げるな。 せっかく生きる目標を見つけたってとこだぞ」

 

 制帽を被り直し、通路へと向かうライヒの背中を見送ったクルー達は互いに小突きあいながら彼の事を話し合い始めた。ラーテ自体のエンジン音は凄まじかったものの船体前方に配置された砲台まで音は聞こえない。クルーはスロートマイクを着けてはいたが使わずに会話していた。

 

「おい聞いたか? あの少佐に『生きる目標』だってさぁ!」

 

「女か!? いやいやこんな砂漠のド真ん中でそんなわけねえよなぁ!!」

 

 無線手のグロスコップ軍曹と操縦手(動かしようが無いので装填助手になっている)のライトマイヤー軍曹が下卑た笑いをしながらライヒの事を詮索し始める。

 

「いるでしょう。 ベルリンに住んでた頃からの幼馴染が此処アフリカに」

 

 装填手のトンベック伍長が弾薬棚を点検して榴弾と徹甲弾の配置を確認しながら詰らなさそうに答える。

 

「お前、ひょっとしてエイト嬢が!? 証拠は!!?」

 

「少佐に限ってあんな高飛車女を選ぶって訳は……」

 

 愕然とした表情でトンベック伍長を見る二人に、彼は興味なさそうにそっぽを向く。

 

「証拠? ありますよ、 トリポリを出発する前に撮った写真です」

 

 上着のポケットから手帳を取り出し、趣味で撮っている写真の中から一枚の白黒写真を二人へ手渡す。 写真の内容を見た二人は驚きのあまりに開いた口が塞がらなかった。

 

 その頃、ラーテの進路を確認しながらルートを偵察していた三〇九の隊員達も周囲の警戒をしながら施設型ネウロイへ少しずつ接近していた。 しかしラーテと同じように張り詰めた空気の中で進軍していたわけでは無かった。 数分前、突然ミヒルが大きなくしゃみを三回もしたので、 隣を歩いていたマリアが「お大事に」と返し、ミヒルも「ありがと」と返したまでは良かった。

 

「およ? 隊長、 こんな砂漠で風邪でも引いたんですか?」

 

「やかましいぞアリシア。 私はいたって健康だ、他人の心配するぐらいなら自分の心配しなさい。 今に貴女のお顔へ風穴を開けたいって屑鉄(ネウロイ)が来るかもね」

 

「ネウロイも馬鹿じゃないから、真っ先に狙うべき目標だって知ってますよ。 あの丘に登ってる二人が、いま最高に危ない状況だとおもいます。 もう一人ぐらい護衛を増やしたほうがいいんじゃないですか? 隊長」

 

「大丈夫じゃない? 一美は初陣で初撃破を挙げてるし、 なにより航空歩兵出身且つマルセイユ中尉を模擬戦で撃破したからな。 世間はこの事を忘れても私は言い続けるぞ~、『竹西一美を育てたのはわたしだ』ってさ♪」

 

 部隊の中心を走るカティア号の銃座に腰掛けていたアリシアが冷やかしても、ミヒルは簡単にあしらってみせる。 そんな会話に割り込む誰かの声。

 

「扶桑だと『くしゃみの数、一そしり二笑い三惚れ四風邪』って言葉があるんです。一回のくしゃみだと、誰かが噂話。二回だと笑いの種にされて、三回は誰かに惚れられ・惚れてて、四回も出たら風邪って意味なんですよ~♪」

 

 レイが二回目の定時報告の為に通信機を抱え、小高い丘へ登るのを手伝っていた一美は、耳に着けた短距離通信機で隊員達に扶桑のくしゃみ事情を得意げに話す。 一美は最初、誰もが聞き流していたと思っていた。 だが丘の下を歩いていた三〇九の隊員が騒がしそうにしている。 内容は一美とレイには良く分からなかった。 複数人が喚きだすと航空歩兵が使い倒した旧式の通信機なんて直ぐに混線してしまうのだ。

 

「オラァァァ!! 一美降りてこんかぁぁい!!!」

 

「落ち着けミヒル! たかだか極東国の迷信だろ!!」

 

「一美! いま降りないほうがいいよ! 死ぬぞ!?」

 

 通信機から聞き取れた会話はこれだけだ。 双眼鏡で部隊を見てみると、 丘にいる一美を睨んで怒っているのは隊長で、 隊長が丘へ来ないように抑えているのがエトナとマリアだった。 他の隊員はミヒルの激昂具合を見て腹を抱えて笑っている。 そういえば隊長のくしゃみは三回だった気がする。 てっきりくしゃみは二回だと思っていた一美の顔からさぁっと血の気が引く、青ざめる。

 

 その後、レイと共に丘を降りてきた一美はミヒルに理由も分からずこっぴどく叱られ、 理由もわからず『小休止中および作戦中は嗜好品抜き』の刑を言い渡された(そもそも小休止中にのんびりお菓子を食べられるほどの余裕は一美は持ち合わせていない)。最後まで怒られた明確な理由は分からなかったが、 いつも目つきの悪い隊長の眼が恥ずかしそうにしていた印象が残った。

 

 既に作戦が開始しているのに、この余裕とは大した物である。誰かがジョークを始めると必ず誰かが反応し、笑うときは全員で笑う。既に部隊がネウロイのテリトリーに差し掛かりつつあっても、引き返そうなんて言葉は誰からも出ない。 ネウロイなんてかかって来い、そんな余裕ぶりを見せていた。

 

 そんな無警戒なのか警戒しているのか分からない三〇九の行列を見下ろせる岩場には、もそもそと動く二つの影があった。

 

「無線機を出したってことは、本隊とだいぶ離れたみたいだね。そろそろ口封じといきたいけど反撃されたら……」

 

「あんな具合だったら私たちがどこから撃ったかなんて分かんないでしょ、へーきへーき♪」

 

 岩場にうつ伏せで寝そべっていたのは、出発前に三〇九のテントを、一美を覗いていた少女二人であった。二人は共にエンフィールドNo.4-Mk.1小銃を背負っている。赤毛の少女が担ぐエンフィールドには三.五倍の狙撃眼鏡が装着されていた。そして北欧系の少女の手には双眼鏡が握られていた。

 

 犯行の現場を見られた訳ではない。しかし気取られる前に消してしまわないと主人の計画が台無しになってしまう。少女は自身が中将の傀儡だ、使い捨ての道具だと自覚しながら、同年代の少女を手にかけようというのだ。

 

「……風だ」

 

 一美の鉄兜に照準を合わせ、後は引き金を絞るだけだった赤毛の少女がぽつりと呟いた。時計を見るとちょうど正午と数分が過ぎたあたりを指している。狙撃眼鏡の向こうでは隊長格のカールスラント人がしきりに腕時計を気にして他の隊員達にマフラーと防塵ゴーグルを装着させている。ターゲットの扶桑魔女はマフラーをうまく巻けずに右往左往していて照準が定まらない、そこへ日焼けしたリベリアンが手伝いに入って盾になってしまった。赤毛の少女が右目を狙撃眼鏡から離した時には、渓谷は既に砂嵐で見えなくなっていた。赤毛の少女は急いで防塵ゴーグルを手に取るも、砂が目に入ったのか視界が真っ暗になった。

 

「ギブリだ! 糞!! 引き上げるよ!!」

 

 北アフリカでは昼ごろに強い地方風が吹く。暑く乾いたギブリと呼ばれるこの風は時に砂を巻き上げながら縦横無尽に吹き荒れる。つまり砂嵐だ、ラーテを敵の目に晒すことなくカセリーヌ峠へ進入させる為に砂嵐を利用したのだ。アッテンボロー自ら考案したこの計画は順調だった、しかし部下の少女達にギブリの来る時間を教えていなかったのは別の計画を破綻させた。

 北欧系の少女が悪態をつきながら鞄から防塵ゴーグルを取り出す。リーダーの指示に従って出発地で奴を殺していれば良かった。そっちのほうが尾行も先回りもせずスマートに事を運べたのに。

 

「ん、引き上げるよ……? ねえ、どこ言ったの?」

 

 横をみると赤毛の少女は消えていた。彼女がいた場所には狙撃眼鏡つきのエンフィールド小銃と鞄だけが置いてあった。声も物音も何も聞こえなかった。音も無く彼女は消えたのだ。きっと斜面を下って岩にでも身を隠したのだ、そう考えて自分も荷物を置く。谷から此方は見えないだろう、そんな慢心から立ち上がった彼女の顔面に飛来する黒い塊があった。その物体を彼女は見た、そして大きな衝撃の後、彼女の意識は無くなった。 

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