‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
ラーテを旗艦とする南部方面隊は、視界不良の中、目標である施設型ネウロイに少しずつ接近していた。車輌のエンジン音は掻き消せないが、排気煙の匂いを流すにはうってつけの向かい風だった。嵐は十数分しか続かないが、それでも十数分は姿を消せるのだ。本隊では見張り員以外の者は車内に避難できる、しかし本隊と別行動を取っている装甲歩兵達は砂嵐の中を己の脚で切り抜けないとならない。無論、第三〇九統合戦闘装甲団の面々も真っ向から砂嵐を浴びていた。
「砂嵐なんてー!! わたし初めてですー!!」
列の真ん中を歩いている一美が振り返り、後ろのマリアに話しかける。一美の前にはサブリナ号が徐行しているので、ぴったりとくっ付いていれば口は開けられるのだ。
「黙ってろ! 砂が口に入るぞ!! ぺっ!!」
案の定、反応して口を開いたマリアが服の袖で口を拭う。
「そろそろ砂嵐も晴れるから、もーちょいの辛抱だよ~」
サブリナ号の後部扉の隙間から余裕に満ちたアリシアの声が聞こえる。サブリナ号の武装であるDP軽機の駆動部に砂が入らないよう、毛布で覆いをした彼女はさっさと車内に避難していた。さぞ快適だろう。
「ケツ見てる暇あったら防塵眼鏡して前見てくれアリシア! 糞、目が痛くてハンドルが……」
運転手のシャロンがアリシアを引き戻そうと声を張り上げる。運転席の窓はガラスを嵌めていないので、ひさしを下げて砂から車内を守るしかない。それでも不整地の振動で偶にひさしが動いてしまい、不意打ちで砂がシャロンの顔を直撃するのだ。ハンドルも整備はしたのだがステアリングの遊びが強く、定期的に左右へハンドルを切らないとどちらかに進行方向がずれてしまう。
「どうだレイ、ネウロイの反応はあるか?」
「こんな状況だと私のアンテナじゃあ無理です。すみません」
列の最後尾を歩くエトナが前方のレイにネウロイの存在を聞くも、あっさり返される。ここまで砂が細かいといくらレイが電波を発しても周りに届かない、名うてのナイトウィッチでも探査は困難だ。
「おいミヒル、あと何分だ、あと何分で砂嵐が晴れる!!」
エトナは先頭のミヒルに聞こえるよう、声を荒げる。
「そうだなあ、あと……2分!!」
なんだ、意外と早いじゃないか。あと2分の間我慢していれば砂嵐は解決する。他の隊員達は安心しきっていた。砂嵐が止めば武器の防塵カバーを外し、来るべき戦闘に備えるだけだ。
「あと30秒」ミヒルは腕時計とクリップボードを何度も見比べ、残り時間を伝える。
「10秒、5秒、晴れるぞ!!」
予報は的確だったようで、ミヒルの声と共に砂の煙は少しずつ薄くなり、顔を叩く砂と風の強さも段々と弱まった。皆が安堵する中、一人だけ顔を青ざめさせている。
「先行している301の反応を確認しました。でもこっちに戻ってきています!! その後ろに大きな影が2つ! 高速で此方に接近しています!!」
いち早く異変に気付いたのはレイと先頭に立っていたミヒルだった。隊列の前方は大きな石壁があり、左右に道が分かれる丁字路となっている。そこを右折していたはずの第301統合戦闘装甲団が引き返しているのだ。ある者はもんどりうちながら逃げ回り、ある者は装備を捨ててこちらへ逃げてくる。
「なんだお前ら! たかだか警戒型のネウロイ相手に情けないぞ!」
ミヒルがすれ違った301の隊員をひっ捕まえて一括する。 黒髪を短く切りそろえた長身のロマーニャ人は雑嚢やマントなどは捨てているものの、愛銃なのであろう狙撃眼鏡付きの小銃は手放していなかった。
「でかいとか強いとかそういうもんだいじゃないの!! はやくておそろしいんだよ!! 逃げろ! “轢かれる!”」
その時、峠中に木霊するほどの汽笛が鳴った。耳を貫くというより、腹にズシンとくる低い汽笛だ。船の汽笛のように聞こえたが、これは蒸気機関車の汽笛音だ。
ミヒルが音に怯んだ隙を狙い、手を振り払って近くの崖を昇り始める301の隊員。周りの309の隊員達も異変を感じたのか、武器の防塵布を外し始めた。
峠の右折側からネウロイが現れるのにはそこまで時間は掛からなかった。ネウロイの姿は入り組んだ長方形で、横に長く、そして前進するための車輪が側面に幾つも付いていた。そのネウロイは309のいる道へ入ろうと左折するも、曲がりきれずに壁に激突し、動かなくなった。
「汽車だと!? 嘘だろ! なんで汽車が!!」
ネウロイの姿に驚いたエトナは手にした三十七粍砲に徹甲弾の弾倉を差込み、棹桿を引いて初弾を薬室に込める。彼女に続いて後続の隊員達も銃器を構える。
「そうだ! 第一次ネウロイ大戦でもここは戦場になったんだって、そのときに使った機関車がこの辺に廃棄されて墓場みたいになってるって新聞に書いてた!!」
アリシアはサブリナ号の機銃搭から身を乗り出し、DP本体にパンのような円形の弾倉を装着させる。
ネウロイは鉄材を吸収して巨大になる際、地中の鉄分から生成せず撃破した兵器や町の造形物を取り込む事がある。その際、質量が核の吸収量限界値と吸収する鉄材がほぼ一緒だった時に、その造形物の形質を受け継いだ形態になりやすい事が確認されている。鉄の乏しいアフリカで、巨大化するには廃棄された機関車がちょうど母体に最適だったのだろう。アリシアはDPの引き金を絞り、静止しているネウロイめがけ長い連射を行う。もともと装甲歩兵の支援車輌なので銃弾も二発に一発が曳光弾だ。敵の位置を仲間に知らせる事が目的なので撃破は行わなくて良いのである。
「散開! 各個に撃て!、車輪だ! 車輪を狙え!! あと誤射に注意!」
ミヒルの判断で全員がネウロイの動輪を狙って射撃する。 隊員達が持つ携行砲の準備には時間が掛かる歩行脚が多いので、予備である短機関銃や汎用機関銃を構え、続けざまに発砲した。
部隊では弾薬の融通を効かせるため、大半は四五か三二口径規格の短機関銃と三十口径の小銃弾を使用する。ミヒルとオルガがそれぞれ使用するMP40短機関銃とわざわざスオムスから持ってきたKP31短機関銃が三二口径以外、他の隊員はM1およびM3短機関銃とM1903小銃、M1半自動小銃やM1918自動小銃「BAR」を携行していた。
「速い、狙いが付けられない!!」
「ちょっと肩借りるぞ!!」
狙撃眼鏡付きのM1903小銃を構えるアリシアは高速で此方へ向かってくるネウロイに照準を合わせられず、しどろもどろしたいた所に背後からを構えるマリアが現れ、アリシアの両肩に肘を載せ強引にBARを構えてネウロイの正面に発射速度を「高速」で設定した状態で連射を開始した。
一九四二年型のBARは所謂A2型と呼ばれており、連射速度を「高速」か「低速」に設定する事ができた。高速では毎分六百発の連射速度、低速は毎分四百発の連射速度である。どちらが発砲音も大きくなる。して、その機関部がアリシアの右耳の隣に存在している、これから始まるアリシアへの拷問も想像も難くないだろう。
「あああああ耳元で撃っちゃだめだってええええぇぇぇ」
アリシアの悲痛な叫びも、BARから放たれる発砲音に掻き消されてしまった。そんな彼女の「強制的」協力もあってか、機関車の所謂「顔」に被弾したネウロイはたまらずコースを逸らし、崖の岩壁に右側面を擦りながら隊伍の左側をすり抜けた。
「追うぞ! アリシア、大列車強盗だ!!」
「え!? 聞こえないよ!!」
BARのせいで耳が遠のいたアリシアが惚けた顔でマリアの呼びかけに答える。ネウロイは地面に落ちていた岩に車輪を乗り上げてバランスを崩し、岩壁へ激突し、それが核にヒビを入れたのかネウロイはあっけなく青白い粒子となって霧散する。衝突された岩は真っ二つに割れ、その間から第三〇一の隊員達が見え隠れしている。実はそこまで遠くに逃げておらず、その岩の陰に逃げていたのである。これなら逃亡した隊員を追いかける手間もなさそうだ。
「あぁ、確かにあれは無声映画だね! しかも凄く短いさ!!」
マリアは大して悪びれもせず、“十二分の伝説”の事を話し始める。その間にもネウロイの欠片は全て砂へと還っていた。時速六〇キロメートルは出ていたネウロイは急制動も不可能に近く、そして本体として取り込んだ物体が古い機関車とあって防弾性も皆無だったことが救いであっただろう。
「……はい、それでネウロイは機関車型。色は?……それは黒と赤に決まっているじゃないですか」一美に背負われた無線機でレイが遭遇したネウロイの報告を行う。どうやらラーテ側でもそのネウロイは確認しており、本来ラーテへ向かってきていたネウロイが八八ミリ砲の射撃に驚き錯乱した結果、抜け道を通って第三〇一に襲い掛かったと言うのだ。
突然の来襲に慌てた第三〇九と逃げ回った第三〇一は隊伍を組み直し、ネウロイ発見の報告をしてから再度出発を始める。気付けば遭遇地点も今まで進んでいた準警戒区域から危険区域の境目である。ここからが正念場だと改めて気付かされた。
今気付いた段階では、まだ彼女達が既に包囲されている事に気付ける筈は無かったのである。
大列車強盗とは1903年に製作された上映時間十二分の西部劇無声映画です。映像が現存している中では最古の西部劇映画となっております。(1年ぶりの投稿だということには何も触れない屑)