‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
トリポリへ迫り来る中型ネウロイを撃墜し、功を得ようとしたが為に先行し過ぎてしまい、それに危険を感じ超信地旋回で撤退していたクルセイダー巡航戦車『アールグレイ』の最大速度は凡そ時速四十四キロ、それをビームも撃たずに追いかけるネウロイは今までより格段に速度をあげており、ざっと時速六十キロ程度だろう。相対速度が時速一六キロでは振り切れる余裕も無い、闇雲に撃ち続けていた四十ミリ主砲も有効弾を出していない内に、ネウロイはいとも簡単にアールグレイを腹下に捉えたのだった。
「何だ!? 味方の援護が止んだぞ!? 停車させろ!!」
皮製の飛行帽を被り、金髪を隠している車長兼装填手のブリタニア戦車兵はアールグレイの特徴的な造型を持つ砲塔の左正面に備え付けられた物見窓でトリポリの高塀を見て隣の射手兼無線士へ伝える。彼らは遂に味方が自分達を見捨てたのだと思っていたが、本当は違った。戦車隊は彼らを援護しようにもネウロイとの距離がほぼ一緒である。旧式である時限信管式の対ネウロイ散弾しか搭載していない車両は少なくなく、今それを撃ち込んでは必ずアールグレイにも損傷が出てしまう。
幸いネウロイの動きは停止しており、塀下の兵士達は思わず土嚢から顔を上げ、其々の戦車長も砲塔のハッチを開け、双眼鏡でアールグレイの観察をしていた。
「馬鹿野朗!! 奴は真上だ! 早く走れ!!」
アールグレイの無線機に幾つもの声が発進を急がせる旨の通信を飛ばしている。スピーカーから漏れた声を聞いた運転手が車長の命令を無視し、前進用のレバーを倒しギアを一段階に掛けたがアールグレイは発進しなかった。
「車長!! ラジエーターに破損あり! エンジンルーム内に冷却液が漏れています!! エンジンの熱が下がるまで発進できません!!」
「なんてこった!! これじゃどうにもできんぞ!!」
液冷エンジンの短所がここで現れることになろうとは、彼らにとっても予想外だった筈だ。そのくせ真昼のトリポリはたとえ沿岸部だろうと塀を越えれば灼熱の大地が広がるのだ。そのような土地でエンジンの冷却を待つのは酔狂である、しかも実際にしようものなら確実に日が暮れる。
「まずい、もう構わん!! 各自徹甲弾をネウロイに撃ち込め!!」
タイガー重戦車の車長であるライヒ少佐が右手で前方の鉄塊二つを指差し、砲撃指示を仰ぐ。しかしどの戦車も砲撃を開始しない、周囲の四号戦車や三号戦車すらもだ。
「どうした! なぜ撃たない!?」
ライヒは皆の行動を理解するのにそれほど時間はかからなかった。ブリタニアの戦車隊が受け持つ列から一台のウィリス・ジープがネウロイに向け飛び出していったのだ。ライヒは命知らずなジープの存在に驚いたが、双眼鏡で搭乗者を確認して更に驚いていた。
「こりゃたまげた。魔女が箒じゃなくて、鉄の馬に乗ってるとはな。」
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「もっとスピード出ないの!? 今ネウロイに撃たれたら一網打尽だよ!! 」
金色の髪から生える真っ白な毛に覆われた耳をたなびかせたサンドラは走行中であるジープの助手席から危なく立ち上がり、構えているブレダ機関銃の照準をネウロイに合わせ引き金を引く。魔力が込められた銃弾は数発がネウロイの胴体に命中、戦車砲で作った窪み以上に大きな窪みを作ったが、コアに至るまではとても遠い。
「大丈夫よ! 私達にはシールドがあるんだから!!」
運転席に座っているルチアは角ばった三角状の耳を頭に生やしている。ジープのアクセルを踏みやすくするためユニットを足から外し、そのユニットを荷台に座る一美に持たせている。
「この…ユニット…すごく重いです……」
左手を使い、荷台に置かれたルチアのユニットを押さえつけ、膝立ちの状態でジープの荷台に座っている一美。サンドラと同じく、自身のユニットである一式中戦車を穿いたまま乗車しているのでジープの重心は少し後方に移動している。これもジープのスピードが上がらない要因だろう。
「ネウロイ、行動を再開! 脚が動いています!!」
トリポリの高塀に残る砲は遂に第一砲座のみとなり、他の砲座には人影も見られない。それにウィッチが迎撃に駆けつけたのならもうFlak18を使用する必要もないのだ。これにより第一砲座操作員も半数が撤収、バスナー大尉を含む数人が塀の上に残り、ネウロイと三人のウィッチを眺めていた。
「彼女達にジープを貸し出すなんて、ブリタニアも良い事するんだな」
双眼鏡に写るジープの車体に描かれたブリタニア王国陸軍の紋章を見ながら隣で直立するブリタニアの下士官に顔を向ける。彼もまた双眼鏡を覗いていたが、表情は脅えきっている。
「ネウロイ…こっち向いてる…なんかやばくないですか…」
「大丈夫だ! ウィッチさえ来てくれれば俺達が標的になるなんてこと…」
大尉は今までに見てきたウィッチ達と彼女達を対等に見ていた。一度はネウロイに占領されたトリポリを奪還するために借り出された航空ウィッチ達の動きは目覚しい物であり、自分達は後方から市街の確保にあたるだけで良かったのだ。しかし、ジープに乗る彼女達には数百メートルも離れた塀を防御出来るほどのシールド張る余裕は無かった。
「撃った!?」
「何で私達の方を撃たないの!?」
ネウロイの頭部に当たる球体から集束して放たれたビームはジープの右上空を突き抜け、塀へ一直線に飛んで行く。あと数秒で第一砲座のFlak18を撃ち抜き、周囲の砲兵も蒸発させんとした瞬間、バスナー大尉達の目の前に小さいながら青白い円盤が出現した。その円盤はネウロイが水平に放った赤いビームを九十度上空に跳ね返し、ビームはアフリカの霞がない綺麗な青空へと消えていった。
「やったね!! この距離で遠隔発動できたのは新記録だよ!!」
一瞬の出来事に第一砲座の兵士達は動揺し、ブリタニアの下士官に至っては腰のホルスターからブローニング・ハイパワーを引き抜き、そのまま明後日の方向に放り投げる程のパニックに陥っていた。唯一、塀の下から聞こえた声を聞き取れたバスナー大尉が欄干に身を乗せ下を覗くと、一人のウィッチがとても嬉しそうにはしゃいでいるのが見えた。彼女は噴水の方面から走ってきた四人とはまた違う、とても顔馴染みのウィッチだった。
「マリア中尉!! 今のはやっぱりアナタでしたか!! 助かりましたよ!!」
塀の下に向け声をかけると、そのウィッチはポニーテールに留めた栗色の髪を陽に照らして大尉へ手を振る。マリアの右腕には五角形の防盾が取り付けられた砲が握られており、両脚には従来のリベリオン正規品であるユニット・M4中戦車が持つ流線的な装甲ではなく、直線的な装甲をもっている。そんなとても真新しい新型ユニットを穿いている上機嫌なマリアの後ろからは何人ものウィッチが歩いてくる。彼女達の先頭に立つ茶髪のロングヘアーを肩まで垂らしたウィッチはカールスラント陸軍が採用している砂色の士官服の上着のみを着、足には明るいブラウン色をしたユニットを穿いている。しかし手に持つ武器は大砲のような武器ではなく、小さな短機関銃が一丁のみである。
「第三〇九統合戦闘装甲兵団・ローリングウィッチーズ隊長のミヒル・エイトリン大尉以下九名、只今帰って参りました!! って私より前へ出るなお前ら!!」
碧い瞳を持った人形のような美しい顔立ちとは似合わない野太い声でそう叫ぶミヒルを尻目に、部下である八人の武装をしたウィッチ達が我先にと土嚢へ辿り着き兵士達から双眼鏡を引っ手繰る。
「いたいた!! あの子が新入りですか!?」
「随分と大仰な装備してるじゃないか。こりゃ改造のし甲斐がありますね」
「あのぉ…なんで皆様は援護しないのですか? あそこに私達三〇一の人もいるのに…」
彼女達は口々に一美の印象について話し始めるが、一向に援護をしようとはしない。
「エトナ、あいつらが舞い上げた砂埃が目に入った私の代わりに補充員の姿を見てくれ…あいつら…補充員が初撃墜終えた後には覚えてろよ…」
先ほどまでの威勢良い声色も何処かヘ消え、ミヒルは必死に両目を擦っている。彼女の隣には、薄い緑色の軍服を着た少女が単眼鏡を覗き込んでいる。
「うん。あれだけ質量がありそうなら“投げる”のに適してそうね。ミヒル」
「そう言うことはいいから、そう言うことはいいから。補充員がネウロイを破壊したら呼んできて、私はちょっと井戸まで行ってくる…あいつらが援護に飛び出さないように見張ってて、痛てて…」
ミヒルは弱弱しくそう吐き捨て、道に散らばるトマトをストライカーユニットで踏み潰しながら路地へと消え、残されたエトナは艶のある銀髪を手で弄りながら溜息をつき、部下達のいる土嚢へと歩き始めた。
「ちょっとアンタ!! ちゃんと撃ってる!?」
一美とサンドラ・ルチアは既にジープを乗り捨て、別々に走りながらゆっくりと歩行するネウロイへ肉薄していた。三人は一点に固まらずに行動するよう事前に決めているようである。三〇一の二人はジグザグに走りながら攻撃を加えているものの、一美はジープの傍から離れようとしなかった。
「だ…だって…実戦なんて初めてだし…ネウロイなんて間近で見たのは初めてだよぉ…」
[俺も見るのは初めてだ…正直これは引くぜ…やっぱりクロスホエンから飛び出すモンじゃあ無いな…]
その通り、周囲を海に囲われた扶桑国にはネウロイが襲来する事例が極端に少ないのである。ネウロイは山脈や海洋を嫌うので、世界にはそれを防衛線に利用している国も少なくは無い。そんな扶桑国の陸軍学校から半ば強制的に転属させられた未熟なウィッチがネウロイと交戦経験があるはずも無い。これは仕方が無い事でもあるだろう。使い魔でさえ微妙に怖がっているようだ。
「いいから! 早く撃ちなさい!! アンタの武器が一番威力ありそうなんだから!!」
サンドラは左腰にマウントされた三七ミリ砲をネウロイに向け撃ち込むも、決定打にはならない。
「私達だってこんなでかいネウロイと戦った事なんてないんだから…きゃあ!!」
ルチアは両手に持つブレダをネウロイの腹部に当たる部位に向け連射を続けていたのが災いしたか、ネウロイのビームがルチアへ向けて撃ち出された。ルチアはユニットによって増幅されたシールドを張り難を逃れたが、押されているのは確実だ。
[このまま負け犬になるのは好きじゃないな。俺が火器の管制をやってやるから、さっさと荷台の砲を取れ]
「う…うん!」
左手に握られた扶桑刀から聞こえる吾郎の指示に従い、一美はジープの荷台に載せられた四七ミリ砲を手に取る。今までは航空歩兵用の軽機関銃しか扱った事しかなく、案の定に一美は砲を水平に保つ事にも苦労しているようだ。
[飛行型でも地上型でも、コアさえ狙えばゲームセットだ。奴にはコンテニュー権さえ残っていないんだ、さっさとやっちまおうぜ]
今度は吾郎の声に無言で頷き、ジープのボンネットに自らの右ひじを乗せ、右腕に握った砲を安定させる。砲に備え付けられた照準鏡を覗き込み、ネウロイの頭部を十字線に捉える。その瞬間、引き金に指もかけていない砲から勢い良く砲弾が飛び出していったのだった。