‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe]   作:白岩

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アフリカの雷鳴

「ん…ここは…? 今まで砂の上に寝てたのに、なんかお尻がフカフカする…」

 

 瞼を貫通して目を刺激する眩しい光に一美は夢の中から覚める。 ぼやけた視界で辺りを見回してみる、壁には扶桑では滅多に見られない綺麗な格子ガラスが嵌め込まれ、そこからオレンジ色の陽光が差す。 フローリングの床には飴色のニスが満遍なく塗られている。 天井だけはひび割れが多かったが、現在自分がいるのは高級士官が使うような部屋であり、また寝ていたベッドもスプリングが上質な物だ。

 

 

「お…起きたか。 ざっと3時間17分8秒、私のベッドを部下に占領された時間では新記録だな」 声の主はネウロイとの戦闘時に聴こえた声と声色が似ているし、そしてベッドの持ち主とだけはわかる。机をよく見ると先程は見逃していた人影があった。夕日に照らされ美しく光る茶髪の凛凛しい顔立ちをしたカールスラント人、一美にとっては本物のカールスラント人を見るのは初めてだった。

 

 

「『カールスラント人を見るのは初めて』って顔をしているな。私はカールスラント陸軍のミヒル・エイトリン特務大尉だ。明日から君の上官であり、第309統合戦闘機械化装甲団の一員になる。まぁ肩の力を抜きなって、誰かを呼ぶときには階級も不要だぞ」

 

 

 ここで言う特務大尉はウィッチが戦闘要員として統合戦闘団に所属中まで適用される特殊な階級だ。

 この制度は国によって度合いが異なり、例えば扶桑陸軍の特務階級であれば本来の階級から一段階上の権限、例えば特務曹長なら准尉か少尉相当の権限が与えられる。ミヒルの場合、カールスラント陸軍だと二階級上の権限、特務大尉なら中佐相当の権限が与えられる事となる。

 

 

「とりあえず、その鞄に入ってる辞令を渡してくれ。この書類に写しを取らなきゃいかなくてな…ほら」

 

 

 ミヒルは机の下に落ちている雑嚢を拾い上げ、一美が乗るベッドの上にドサと投げる。一美は慣れた手つきで言われたとおりに雑嚢を開き、茶封筒に入った転属辞令書をミヒルに手渡そうと腕を伸ばす。

 

「………!?」一美は腕を伸ばし、封筒を渡しかけてから事の全容に気づく。

 

――――――――――ちょっと待て と一美は心の中で囁いてみる。

 

 もしもこの辞令を渡してしまえば、自分は正式にこの油と砂と煤がお友達な陸亀部隊の一員になってしまう。闘う事で誰かを救えるならそれでも構わないのだが、故郷には『立派な航空ウィッチになります!』と言って汽車に乗ってしまったのだから嘘は付けない。

 

 

 

「お…おい…指離しても…良いんだぞ??」

 

 

 

 緊張のあまり一美の握る力が上がり、少しの間ミヒルと一美は封筒を使った一進一退の攻防を行っていた。

 

 

「いいから寄越せ! 原隊が航空隊なら飛行型ストライカーユニットを上申してやるから!!」

 

 

 ミヒルは空いていた左手で一美の頭をバシッと叩く。その拍子で封筒から一美の両手がすっぽ抜け、辞令が入った封筒はミヒルの手元に。

 

 

「ふむ。事前連絡では名前と階級だけしか分からなかったが、取りあえず原隊は立川飛行場の訓練学校のまま…同期生が卒業するまでは原隊も無し、ってとこか。ハハハ、残念だったな」

 

 

 封筒から取り出した紙に刷られている文字をスラスラと読みながら手元の書類に要項を書き写す。

 

 

「隊長…いやミヒルさん? どうして扶桑の文字を読めるんですか??」

 

 

「ん? あぁ…これには別に深くない訳があるんだが…まぁ今は教えなくてもいいだろう。人間、隠し事の一つや二つ有った方が生き生きするのさ。もうすぐ夕食の時間だから食堂で皆に挨拶しな」書類の束を片付けたミヒルが机から立ち上がる。

 

 電気スタンドのスイッチを切ってから一美をベッドから引き摺り下ろす。まだ歩きが覚束無い一美の両肩を右腕で包み込み、部屋を出た先にある食堂へ誘導してやる。裸電球が幾つも釣り下がり、ある程度の明るさがある食堂では既に夕食の準備が完了しており、全隊員も集合しているようだ。

 

「よーし、みんな良く聞け。今日から我が三〇九に配属されることになった隊員を紹介する。ネウロイ侵攻時に現場へ到着した際、砂埃を巻き上げて私の視界を奪ってまでして姿だけは見た者もいるようだが、名前を知ってるのはマリア中尉と私ぐらいだ。自己紹介にもう一回は無いぞ、耳の穴かっぽじって良く聞いておけ!!」

 

 

 ほら、とミヒルに背中を押され、四人ずつ掛けている二つのテーブルの真ん中に一美は立たされる。

 

 

「えぇ…っと…竹西…一美です。扶桑陸軍の軍曹で年齢は十三歳…まだ陸戦ユニットも上手く扱えませんが、みなさんの足手まといにならないように精一杯頑張ります!!」

 

 「足手まとい…ねぇ」そんな声がテーブルの周りから聞こえてくる。

 

「取りあえず、座る場所はどこでもいいからな。数週間すればテーブルを作り変えてもらうよ」

 

 一美が空席を探していると、マリア中尉が忙しく手招きをしているのが見えたので近づいてみる。案の定、隣に座れと言われたので命令に従う事にする。

 

「初出撃で初撃墜とは凄いなぁ~お前は。私なんて三回目の出撃でようやく初撃墜だったのにな~」

 

 マリアは自らの配膳トレーに置いてあったゆで卵を一美の座っていた場所にあるトレーに置く。一美の夕食にはゆで卵が一つ増えた。ここで一美は自分の配膳トレーを見てみると、いかにも堅そうなパンが一つに、近くの地面で抜いてきたような草を炒めた物が盛られた皿が一つ、どれもこれも到底食べられた物では無さそうだ。強いて言うなら主皿である『鯛のような魚』が塩焼きにされているのが美味しそうなだけだった。

 

「一美の目の前にいるのがへレーネ・ソルヴェーグ中尉、隊長と同じカールスラントの出身だよ。部隊の支援全般をやってくれる、今日の食事もへレーネの担当だよ」

 

 トレーを視界から外し、今度は目の前を見てみる。一美の向かい側にはミヒルと同じ砂色の制服を纏った黒髪の少女が座っていた。ミヒルより大人しそうな顔作り、家事ならそつなくこなしそうだが、料理は不得手に見えた。

 

「貴女が新人さん? 今日の戦闘は見てたわよ、褒美に私特製『野草の炒め物』、サービスしてあげるわ♪」

 

 一美の配膳トレーにもう一つの皿『野草盛り』が増える、自分のトレーにあった野草とは明らかに種類が違う。本当に食べられるのかが疑問である。 

 

「この料理、へレーネさんが作ったんですか!?」一美は野草に顔を近付ける。

 

「そうだよ~。味見はしてないけど…多分美味しいわよ。」多分、と自ら言ってしまう。

 

 冗談じゃない。一美は心の中でそう呟いた。

 

「んで、向かって左奥…へレーネの隣がアリシア・ビエナット曹長だ。部隊の出来事を映像記録として残してくれる」

 

「君は服装から見て扶桑出身だろ? やっぱり扶桑の映画は凄いよなぁ~。役者といい演出といいカメラワークといいどれも一級品だよ! まぁリベリオンも負けてないがねぇ~、そんでこれはお近づきの印だ!!」

 

 アリシアの人形のような細く白い腕から堅パンが放たれ、テーブルを滑りながら一美のトレーにぶつかり静止する。ここまで来ると彼女等の魂胆が眼に見えてきた。

 

「あっちのテーブルにいるのは…右から、オルガ・ロンカイネン曹長 シャロン・エルミニア・タルファッロ中尉 ロゼ・マートリン少尉 クリス・ロンザプトン少尉 レイ・ソランジュ曹長かな。あと隊長の隣にいるのがエトナ・アンダルシア少佐、部隊の軍事顧問だ。 あのタルファッロ中尉さ、ロマーニャ人なのにミドルネームあるんだよ! 珍しいよね!!」

 

 後ろを振り向いてもう一つのテーブルを見ると、数人が食事を止めてまで此方を見返し、手を振ったり笑い返したりしてくれた。まるで良いように罠に掛けられた鶏を哀れむような目で。

 

「まぁ今日は疲れたろ? いっぱい食べて大きくなるんだよ~♪」マリアが魚に手をつけながら笑う。

 

「は…はい…」震える手で木製のフォークを手に取り、二倍に増えた野草盛りを掬い上げる。

 

 未だ誰も手を付けていないらしく、一美の行動に全隊員が見入っている。口に運ぼうとすれば皆が力み、躊躇うと更に力んでいる。

 

「(南無三!!!!)」目を瞑り、少し焦げ気味な野草を口に放り込む。

 

 二~三回咀嚼してみると、やはり苦い。フォークを置き、右手で口を押さえてからテーブルに置いてある筈の水を探す。しかし、どこを探しても水は無い。

 

「おいおい、今日は水が無いのか?」マリアがようやく異変に気づいた。

 

「ごめんなさいね。今日も井戸は枯れてたし、定期補給日は明日なのよ。」へレーネがくすくすと笑いながら魚の肉を小分けにしている。

 

「あ~あ。このままじゃ地獄だな、毒見役ご苦労様~」ゆで卵の殻を剥き、テーブル中央の岩塩に銃剣を突き立てているアリシアも笑う。

 

「み…水…」苦い液体が喉を伝わり食道に到達し、遂に一美は限界を迎える。席を立ち、井戸と見られる四隅をコンクリートで固めた穴めがけて歩こうとする。しかし思うように足が動かない。草に毒でも入っていたのか、凄く膝が痙攣するのだ。

 

「うぐぇ!!」一美は床に両膝をつき、そのまま前へ倒れて強く頭を打つ。腰だけが床についておらずとてもだらしが無い。

 

「おい!! へレーネ担当日に久しぶりの犠牲者だ!! 食費の予算を削った罰が下ったらしいな!」

 

 食堂の空気は険悪緊張が続くようではなく、まるで毒当たりした新人を見て楽しんでいるように…正確には楽しんでいるといって過言ではないだろう。一美は薄れ行く意識の中で、この部隊はある意味ネウロイより末恐ろしいのだと思った。

 

 

 

――――こうして、扶桑陸軍に籍を置いている竹西・一美軍曹は正式に第三〇九統合戦闘機械化装甲団『ローリングウィッチーズ』に配属されたのだった。

 

 

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