‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe]   作:白岩

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FUSO-DOLL

「おい起きろ、もう午前の訓練が始まってる時間だぞ?」

 

「訓練!? 遅れたら大変だ!」

 

 耳に入れるだけで嫌な言葉を聞いた一美が銃声を聞いた水鳥のように隊員用ベッドから飛び起きる。ベッドのスプリングを軋ませ、ボロボロの毛布から顔を出すと目の前にマリアが座っていた。

 

「そんな訓練が嫌なのか? まぁ一美は午後の訓練から参加すれば良いからな。私は一美が目を覚まし次第、隊長室に呼んでくれと隊長に言われたから…ほら立って」

 

 一美は言われるがままに立ち上がると、マリアは一美の乱れた制服を正し始めた。

 

「どうしたんですか? 急に」

順番を違えた制服のボタンを修正されている一美が苦しそうに質問する。

 

「あなたに来客だよ。どうしても一美に会いたい人がいるんだってさ」

 

「来客? 私は昨日ここに着いたばっかりだから…挨拶廻りとかですか?」

 

「そんな事はしないよ…これで完成だ!」外れかけた肩章を留め、一美の両肩をポンと叩く。

 

一美はまるで『新品の制服を着て戦争ごっこに興じる女学生』と言った出で立ちだ。昨夜に野草の毒に当たって倒れた形跡は微塵も見当たらないだろう。

 

 寝起き特有である足の震えが抜け切っていない一美をミヒル隊長の部屋まで連れて来たマリアは「私も訓練に参加しないと」と言って、兵舎に隣接された武器庫へ訓練用の道具を取りに消えてしまった。少しだけ開いた扉を押すと、まず目に入ったのは隊長だった。

 

 彼女は部屋の真ん中にあるソファに座り、低いテーブルに置かれた籠の果物(きっと一美に贈られた物だ)を躊躇いも無く食べている。そして見知らぬ男性が一人、向かいのソファに座り、ミヒルと話していた。二人の奥には三つの丸椅子にちょこんと座る三人の少女、こちらは見覚えのある小奇麗な黒シャツを身に着け、その袖には第三〇一統合戦闘装甲団の腕章『履帯を全身に巻きつけた木乃伊(ミイラ)』が縫い付けられていた。

 

「遅いぞ一美! 上官をどれだけ待たせたと思っている。罰として果物の籠盛りから林檎を除外させてもらう!!」ミヒルは籠に手を伸ばし、その中に入っている色の薄い林檎を取り出す。

 

 きっと自分が食べたいだけだろう、と心の内で呟く一美にはそんな事もどうでも良いようだ。テーブルの果物よりも、やはり男の存在が気になるようだった。海のように青い瞳としっかりした目鼻立ち、片手には鷹の羽が付いた帽子を持っている。

 

「この方はフランキ・マツェーニ中尉だ。ロマーニャ軍アフリカ方面軍所属第四九機甲中隊の指揮官を任されている…」

「お会いできて嬉しいよ、竹西軍曹。貴女たちトリポリの部隊がネウロイの気を引いていなかったら、我が部隊はネウロイに一人残らず殲滅されていたところだ。我々が救出に向かった第三〇五部隊も無事じゃなかった筈だ。本当に感謝しているよ」

 

 サブリナ軍曹が背負っていた無線機から聞こえた男の声だ――そう思った一美は丸椅子に座り、あの時に無線機を背負っていたサブリナをちらと見、また視線をフランキに戻す。

 

 

「昨日の夕方、アレクサンドリア補給基地に中尉の部隊と三〇五部隊が到着したとトリポリの電信室が連絡を受けたんだ。損失した乗員と車両はアリエテ戦車師団やブリタニアの歩兵戦車隊とかから補充されるらしい。それに連合軍アフリカ本部からの通達で最終的にはアレクサンドリアの防衛隊に編入されることになったんだってな。」バインダーに挟まれた紙に刻されたタイプ文字の要点だけを読み上げるミヒル。

 

「ええ…編入は早くて明日、遅くても二日後になると思います。だから、まだ自分が指揮官でいる間に竹西軍曹へお礼を言いに来たのです…」

 

「では用件は済ませたな、マツェーニ中尉。ほら、次はお前達だ」

 

「は…はい」三〇一部隊の三人が椅子から立ち上がり、一美の前まで歩み寄る。

 

「まぁ、昨日は悪かったわよ…戦車兵の救助を優先してアンタだけ置いて逃げた事はね」

 恥ずかしそうにそっぽを向いて話すサンドラ。

 

「実戦も、他隊との合同行動も私達は初めてだったのよ。今回の責任は私の減俸で丸く収まったから心配しないで」

 

 三人の中で一番の年長者であるルチアがゴムで束ねられた始末書を一美に見せつける。

 

「私達の部隊長が外出中だから…訓練を抜け出して謝りに来たの。その果物籠は私の家から送られてきた物なんだけど、どうか頂いてください」

 

 少し黄色味を帯びたローカットの靴下を穿く他の二人とは違い、高価そうな刺繍が施された純白のニーソックスを穿いているサブリナを見た一美は彼女が裕福な家の出身だろうかと思考を巡らせる。

 

「あ~その、昨日の夜にお前らの隊長と話したが…今日の訓練には参加しなくて良いみたいだぞ? その代わり、竹西軍曹にトリポリ市内を三人で案内してやってくれ。 正午には我々の部隊から迎えを出すからな。」

 

 一度ネウロイが出没すると、再出没するまでの数日間だけだが小さな平和が訪れる。取り分け戦闘の翌日はウィッチ達の安息日でもある。

 

「では大尉どの、竹西軍曹をお借りします」

 

 ドアの手前で鍔無しの略帽を被り直したルチア曹長がミヒルに対して敬礼を行う。それを見たミヒルは食べかけの林檎をテーブルに置いてから、返礼。

 彼女に続いて、サブリナとサンドラが部屋を出る。サンドラの腕はいつの間にやら一美の腕をがっしりと掴んでいた。一美は抵抗しているのか、ズルズルと引き摺られながら隊長室を後にしたのだった。

 

 

―――――――――「そういえば、アナタの名前を聞いてなかったね。なんて言うの?」

 

 隊舎の入り口正面に駐車されたジープ(ルチア達が昨日の混乱に乗じて掻っ払ったモノ)のエンジンが力強く唸る。その音に混じり聞こえた声は運転席に座ったルチアの物であり、一美は助手席に収まっていた。

 

「あ…竹西一美…です」

 

「へぇ~、キレイな名前をしてるじゃない。扶桑のウィッチなんて本物を見るのは初めてだよ。扶桑人形なら持ってるんだけどね」

 

「ねぇサンドラ、その人形はフィール中尉が私にくれた物じゃない?」

 

「マリア中尉の親が手紙と一緒に扶桑人形を送ってくる時があるの。父親が扶桑ウィッチの熱狂的なファンでね。でも置き場所に困ると私達にくれたりするんだよ」

 

「ほぇ~扶桑人形がアフリカにもあるだなんて驚きですよ~」

 

 実家にあった人形なんてモノは木彫りの熊程度しか無かったし、扶桑人形なんて大層なものは立川飛行場の学校にいた時も休暇で都心へ行った時に見たぐらいである。『坂本美緒』の人形が一番安かったが(失礼だが)、それでもウン百円の代物だ。そんな人形をドカ買いする海外の富豪とは…一美はある種の恐怖を覚えていた。世界は想像以上に広いなあ、ギラギラと照りつけるアフリカの太陽光に額を濡らせながら一人ごちる一美であった。

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