‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] 作:白岩
「これおいしいですね~。なんの肉なんですか?」 トリポリ市街のマーケット通りに店を構えるレストラン『ロックブレイカー・キャメルミート』の屋外席に座る四人の若年ウィッチ。その中で唯一、服装の違う黒髪のウィッチが皿に盛られたやや大きめな肉を頬張っていた。 焦げ一つない茶けた焼き色を持った肉はナイフを筋に添って力強く動かす必要があったが、比較的簡単に切り分けることができた。
見た目は豚肉と言うより牛肉に近いが、脂身の量は鶏肉のそれに近い、不思議な味だ。
「それラクダの肉だよ、食べたこと無いの?」
反抗的な態度で質問に答えるルチアは、持っている書類に鉛筆で事細かに何かを書き込んでいる。一美が質問すると、これは昨日の戦いを司令部に報告する書類を書くための準備で、当時の状況などを時間経過を軸に記録しているのだそうだ。早く書かなきゃ記憶が曖昧になってしまう、だから「今」書いているのだ。
「動物園とかで見たことないの? それとも扶桑には動物園が・・・あれ? バネどこやったっけ…?」
ラクダの肉が置いてある皿の目の前でベレッタ自動拳銃の分解清掃をするサンドラ。こちらは昨日の戦闘で拳銃を落としてしまい、内部に砂が入ってしまったんだと言っていた。食事の席で機械油まみれの汚いパーツを弄る事には一美も抵抗が無かった。ストライカーユニットの組み立て教練が最後まで終われず、泣く泣く格納庫で食事をしていたのは訓練生時代でもよくあったのだ。そんな事より、一度地面に落としただけで作動不良に陥るロマーニャ製の自動拳銃の方によっぽど驚いた。
「え~っと…ラクダラクダ……あ! 来た来た!!」
周囲にラクダの絵でもないかキョロキョロと目を皿にして通りを眺めていたサブリナが、此方へやって来る一組のラクダ騎兵を見つけたのだ。彼らが近づいてくる、そのやる気の無いラクダの顔が一美の目に飛び込む、そしてパートナーとよく顔が似た、ブリタニア領インドから派遣された兵士の方も一美をじっと見つめていた。
少しばかり扶桑の人々と顔立ちが似ているインドの兵士は、やおら腰の小さな角笛を手に取ったかと思うと、思い切り息を込めて角笛を鳴らしたのだった。
ブーブーブー
蹴飛ばされた豚が断末魔を上げるような、悲痛な音が通りに響く。その爆音にビクッと驚いた一美は銀製のフォークを、驚いた一美に驚いたサンドラは最後までバネが見つからなかったままで組み上げたベレッタ自動拳銃をそれぞれ放り投げてしまった。
「少尉殿!! こっちでさぁ! いましたよ、ニワトリムスメ」
「なんですかそれ! ししし失礼ですよ!!」
軍刀を兵舎に置いてきて良かったと思う。これを吾郎が聞いていれば激怒していただろう。それも激怒を通り越して契約を破棄されそうな勢いで軍刀が叫びだすのが容易に想像できる。
耳を押さえておきながら悪口は聞こえていた一美の前に、ラクダの裏から一人の少女が現れた。黄金色の髪は背中まで伸び、頭頂をカールスラント製のソレによく似た規格帽で隠している。上着は混紡のゴワゴワした野戦服で、下着は白の紐ズボンだけ―――ウィッチだ
「あれ…?昨日の食堂で見たような…?」
ナイフを皿に置き、まじまじと目の前に現れたウィッチを見つめる。あの時は野戦服も着ていなくて、上は薄手のシャツ一枚という無防備な格好をしていたのだから服装では判断できなかった。だが奥のテーブルで見た北欧系のウィッチに良く似た横顔だったので、同じ隊の人だと認識した。
「そりゃあそうでしょ、同じ隊なんだから」
やっぱりだった。彼女は更に話を続ける。
「そりゃ昨日もお早く寝ちゃったんだから無理もないか…。あらためまして、私はオルガノビッテ・ロンカライネン少尉だ。スオムスじゃ結構活躍した装甲歩兵だぞ。オルガで良い、堅苦しいのはキライだ」
オルガは床に落ちたフォークとベレッタ自動拳銃を拾い上げる、フォークは皿の上に戻し、拳銃は自らのカバンにサッと忍ばせた。
「それあたしのじゃん!!」
サンドラが喚く。
「官給品が故障したなら申請出してもらえば良いだろ。これで故郷に土産ができた、ありがとな~」
悪びれる様子もなく、勝手にお礼までしている。オルガは隣のインド兵に小遣い程度の報酬を渡し、店員にも全員分の勘定を済ませて一美を連れ出した。どうやらミヒル隊長の言っていた『正午の迎え』とはオルガのことらしい。
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「お前、扶桑のどこらへん生まれか?」
解放時の戦闘による弾痕が目立つ壁、路溝には凹んだ小銃弾やMG42の薬莢ガラがあちらこちらに散らばった人気の無い通り、月日が経っても消えない火薬の匂い、そこで一美が受けた質問は何とも簡単なものだった。「西の…九州です。あ、生まれは九州でウィッチの訓練は東京の立川で行ってました!」
ふぅん、と顎をさするオルガは淡々と話しを始めた。
「わたしな、戦争が始まる前に数週間だけだけど扶桑に住んでたんだよ、それも東京にな。親が大使館ではたらいてたから」
(東京に…スオムスの大使館なんてあったっけ?)
東京には各国の大使館が集中して存在するのは知っていた。実際に一美達は訓練学校の社会科見学とし
てカールスラントの大使館を訪れたりしていたので一応の理解はある。
「それで聞きたいんだけど、その…扶桑食は…作れるか?いや味は二の次で良いから!作れるか作れないかだけ…聞いておこうと」
よほど在扶時の生活が気に入っていたのだろう。オルガの蒼い瞳がアフリカの強い日差しで爛々に輝いていた。
海外派遣された扶桑のウィッチが他国のウィッチに食事をせがまれるのは日常茶飯事なもので『扶桑撫子なるもの、食に疎くて恥かくな』と言われ、訓練学校でも食事は生徒が作り、訓練の一つにもなっていた。
「いちおう作れますよ? 材料さえ足りてれば」
ここは野営地では無い。あくまでも流通の中枢、潮風かおる港町なのだから材料には困らないはずだ。少しでもケチろうとすれば、昨日の夕食の二の舞だ。
「米は市場でも手に入りますが、味噌とか扶桑独特の調味料は無理ですね。たぶん近いうちに仲間達から贈り物が届くんで、もしその中に調味料が入ってたらすぐに作りますよ。」
サンドラ達と一緒に市場を散歩していた時に得た情報が初めて役に立ったのだ。
「ほんとか!! そりゃありがたい、あと今日の夕食当番は私だから、ちょっと手伝って欲しいな。最近はマトモな料理を食べてないから…」
「もっちろんです! お役に立てるならなんでもします」
会話は一美が道に転がる弾薬箱に思い切り脛をぶつけるまで続いた。
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オルガに案内されるがままに歩くと、二機のストライカーユニットを積んだトラックが郊外へ向け出発しようとしていた。運転手に一言だけ断ったオルガがひょいとトラックの荷台に乗り込む。それを見た一美が続こうとしたが、中々あがれない。オルガが手を差し伸べたことでようやく荷台に乗り込むことができた。
遮光用の幌が張られたおかげで荷台は案外快適な空間だった。ストライカーユニットをしまう金属の箱も程よく冷たい。一美が寄りかかる金属の箱は倉庫から出した直後なのだろうか、どこか埃っぽい。一美は小さく咳をしながら服に付いた砂やズボンの周りに付いた砂を落とす。
「到着するにも最低二十分は掛かると思うよ~。今の内に私は寝るから…おやすみ~」
向かいに座ったオルガは防錆の油が程よく塗られた金属の箱に寄りかかり、さっさと目を瞑って眠りに入ってしまった。先ほどとは一転、全くもって退屈になった一美も眠ろうと目を瞑った、箱の中から聞こえる金属摩擦音のせいで眠れない。横になって寝ようとした、箱から漏れる埃や鉄粉が顔に降りかかって眠れない。
結局は演習場に到着するまでオルガは快適な睡眠を堪能し、一美は荷台の中央に座り込んで震動との戦いを続けていたのだった。