超強い先生+@がキヴォトスにやってきたやつ   作:夜叉烏

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先生着任

ゼウスが狐坂ワカモを圧倒し撃退した…と聴かされたリンは、目を白黒させながら「そんな冗談を…」と漏らしていたが、その一部始終を見ていたユウカたちが証言したことで、ようやく信用した。

 

「その、ゼウス先生。今回の件は重ね重ね感謝いたします」

 

「いい。寧ろ、俺がいながらワカモ(あいつ)を逃がしてしまった。捕縛の機会だったというのにすまない」

 

「ご謙遜を…。例の物に手を出されなかっただけでも、此方としては万々歳ですから」

 

 ワカモとの戦闘で滅茶苦茶になった"シャーレ"建物の通路を歩きながら、ゼウスはリンから今回の騒動解決の礼を言われる。

 ゼウスはワカモを捕らえることができなかったことを悔いていたが、『"シャーレ"の奪還』・『連邦生徒会長が残したオーパーツの確保』という戦略目的は達成しているため、リンとしてもゼウスを責める気など毛頭なかった。

 

 先にワカモと邂逅した地下室へ到着すると、大型のショーケースを指紋認証で解除、手に取ったそれをゼウスに差し出す。

 

「…ふぅ。傷一つなく無事ですね」

 

 それは、どこからどう見ても普通のタブレット端末にしか見えない代物だった。

 

「連邦生徒会長が残したもの…『シッテムの箱』です」

 

 名称を聞いたゼウスは眉根を寄せた。そのような名称に全く覚えがないはずだというのに、この端末をどこかで見たような気がしたのだ。

 

「製造会社も、OSも、システム構成も、動く仕組みも不明。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生のもので、先生がこのタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました」

 

 分からないことが多過ぎる…内心でゼウスは、会ったこともない連邦生徒会長へ苦言を呈した。

 一応、そのタブレット擬きを受け取り、電源らしき丸ボタンを長押しするとディスプレイが点灯し、パスワード入力のためのログイン画面が立ち上がる。

 

「ふむ…」

 

【我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を】

 …なぜ、このような文言を打ち込んだのかは、当事者であるゼウスも解らなかった。パスワードなど知らないはずなのに、脳裏に強くこの一文が浮かんだのだ。

 

――接続パスワードを承認しました

 

 パスワードは正しかったようで、『シッテムの箱』の起動が完了し、OSが立ち上がる。

 …その直後、視界が一変した。

 

 見回して最初に目に入ったのは、半壊した教室とそこらに転がる机に椅子、そして窓や壊れた壁から覗く海。涼し気な印象を与える"青"を、前面に押し出したような景色だった。

 

《うにゅ…カステラにはぁ…イチゴミルクより…バナナミルクの方がぁ…》

 

 教室に並べられた椅子と机にアバターらしき少女が腰掛け、うつ伏せになって寝ている。時折寝言らしき独り言を呟きながら。

 …内容を聞くに、食料難を経験したことはなさそうだ。

 

《えへへ…まだたくさんありますよぉ…》

 

「…」

 

 たいへん牧歌的な光景であるが、このままでは話が進まないため、ゼウスは彼女を起こすことにした。

 肩に掌を当て、軽く揺する。

 

 糸目がちであり、まだ眠たそうではあるものの、少女は目を覚ました。そして、ゼウスの姿を認めた途端、目がパッチリと開き、分かりやすく慌てふためくと、机と椅子をガタリと大きく揺らしながら立ち上がる。

 

「あれ…!?あれれ…!?ここに入ってこられたということは、もしかしてゼウス先生!?」

 

「あぁ、ゼウスだ。取り敢えず落ち着け」

 

《うわぁ!凄く背が高いですね!?…って、いやいや!うわ、もうこんな時間!落ち着いて、落ち着いてぇ…》

 

「背が高いのはよく言われる。…取り敢えず、お前は何者だ?」

 

 なぜ自分の名を知っているのか一瞬気になったが、目の前の少女型アバターの正体が気になりすぎたため、そう質問した。

 なお、ゼウスの身長は189センチ。また痩せ型であるため、数値以上に高く見える。

 

《はい。私はアロナ…シッテムの箱の常駐管理者であり、メインOS。そして、これからは先生をアシストする秘書となります。よろしくお願いします!》

 

 会話の節々に機械的な訛りがあるが、込み入った内容のコミュニケーションは問題ない。

 人格を与えられているらしいし、かなり高性能なサポートAIだ。

 

「つまり、俺の補助を務める高性能AIというわけだな」

 

《!…そ、そうなんです!えへへ…高性能…う、うぇへへへへへ…///》

 

 にへら…とした笑みを浮かべ、右手で後頭部を抑えて照れたように笑うアロナ。その仕草は、最早人間の少女そのものだ。

 

「しかし、そんな高性能なAIも居眠りをするんだな」

 

《うえ…っ!?あ、確かに居眠りすることもありますけど…ホントに高性能ですからぁ!》

 

 ゼウスには珍しい、ニヤリとした笑みを浮かべて痛いところを衝いてやると、褒められていた時とは打って変わって慌てふためき、弁明を始める。

 そんな随分と人間臭いAIとのやり取りは、終始和やかな雰囲気であった。

 

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「…ではアロナ。サンクトゥムタワーの管理システムへのアクセスを頼む」

 

 指紋認証が完了し、ゼウスは己の要件――サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すべく、アロナに言った。

 なお、指紋認証で画面の中のアロナと指同士を触れ合わせる際に、彼女が『指切りして約束するみたいでしょう?』と発言したのだが、総帥として数多の軍事組織と関わってきた中で、『約束(けいやく)』の無意味さを何度か経験しているゼウスは、指切りの意味が一瞬分からず、少々引かれてしまった。

 

《はい!…あれ、権限が浮いてますね?》

 

「連邦生徒会長が失踪したらしくてな。そのせいでタワーを制御する手段が失われているとのことだ。…そうだ、その連邦生徒会長について、アロナは何か知らないのか?」

 

 シッテムの箱をゼウスに託した謎の人物。会ったこともないにもかかわらずなぜかゼウスのことを知り、部下や基地毎キヴォトスへと呼びだした張本人。

 恐らく、キヴォトスで最も彼女を知っているであろうアロナなら、何か情報を得られるのでは…と、淡い期待を抱いたゼウスは訊いた。

 しかし、帰ってきた応えは彼の期待に沿えないものだった。

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが…連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女がどうしていなくなったのかも…。お役に立てず、すみません」

 

「そう落ち込むな。いずれ分かることだろう」

 

 満足できる情報は得られなかったが、ゼウスは別に気にしなかった。彼とて、そう易々と事件の全貌が分かるとは思っていない。

 

《ですが、サンクトゥムタワーの問題は何とかなりますよ!》

 

「よし、まずはそっちが先決だな。やってくれ」

 

《分かりました!少々お待ちください!》

 

 そう言って、アロナは目を閉じる。それからほんの十数秒で、薄暗かったこの部屋の電力が復旧し、照明が灯った。

 

(もうハッキングが完了したのか?)

 

 僅かばかり驚き内心で呟きながら、アロナに視線をやるゼウス。彼もハッキングや暗号解読に精通しており、敵地であらゆる機器や文字の羅列を相手にしてきた身だ。

 キヴォトスの要とも呼べるサンクトゥムタワーの制御権を、専用の端末もなしに30秒足らずで復旧したのだ。馬鹿にできない能力、オーパーツと言える代物だ。

 

《ゼウス先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります。今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です!》

 

 年相応の少女の笑みを浮かべたまま、とんでもない台詞を口に出すアロナ。

 無論、キヴォトスの支配などする気はないので、制御権は元あるべき場所に戻すつもりである。一個人が支配権を所有している状態など、碌なことにならない。歴史がそれを証明している。

 

《先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できますが…大丈夫ですか?連邦生徒会に制御権を渡しても…》

 

「構わない」

 

 確認してくるアロナへ即答する。

 

《分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!》

 

 その言葉を最後に、ゼウスは"シッテムの箱"の画面から目を離す。

 一連の騒動が幕を閉じた安堵感のためか、思わず深く息を吐いた。

 

「はい…はい…分かりました」

 

 邪魔にならないよう離れていたリンは、端末を用いて誰かと会話していた。いくつか指示を飛ばしたかと思うと、端末を懐に仕舞ってゼウスの方を向く。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 

 次いで、リンは深々と頭を下げた。

 

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して、深く感謝いたします」

 

「あまり軽々しく頭を下げなくていい。お前は、現時点でキヴォトスのトップなんだろ?」

 

「そんな大層なものではありません。それに、大人…といいますか、年長者に敬意を払うのはおかしいですか?」

 

「大人の中でも俺はまだ子供だ。そこまで畏まられる程じゃない。もっと気楽で構わない」

 

 一応言うと、ゼウスの年齢は22歳である。

 そんな彼の態度に折れたのか、リンは数秒の沈黙の後に「…分かりました」とだけ返した。

 

「ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」

 

「…あまりやり過ぎるなよ」

 

 "討伐"という物騒な単語に、思わずそう釘を刺した。

 死なないとはいえ、未成年の女子生徒同士の銃撃戦など、起こらないに越したことはない。

 

「それでは次に、連邦捜査部"シャーレ"を紹介いたします」

 

 再び、リンが先導する形で部屋を出ていくと、エレベーターに乗って上階へ向かった。

 

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 シャーレのメインロビーにて一通りリンからの説明を受けた後、ゼウスは正門前でユウカたちを労っていた。

 

「面識ない輩に指揮されての突発戦闘は、お前たちにとってかなり負担になっただろう。改めて、共に戦ってくれたことに感謝する。全員、素晴らしい手際だった」

 

「へぇ~。ゼウスにここまで言わせるとか、やるじゃん君ら」

 

 ゼウスは一切の世辞がない感謝と称賛の言葉を贈り、ハデスが彼の評価に驚きながら生徒たちを見つめる。

 仲間の戦闘能力の評価に関して、ゼウスはかなり辛口だ。キヴォトス人と違って銃弾1発が致命傷になり、そして世界中大混乱で国際法が真面に機能していない修羅場に送り出す以上、誤った実力評価はできないためである。

 "エリュシオン"には世界各国より、行き場のなくなった正規兵、特殊部隊員、警察官が自らの腕っぷしを売り物にやってきたものだが、ゼウスのお気に召す兵士は中々現れなかった(とはいえ、"エリュシオン"での訓練を受けることで、何とかゼウスを満足させられる程度にはなっているが)。

 そんな彼にここまで言わせるとは…と、俄然興味が沸いたらしい。

 

「え、あ…とんでもありません!」

 

「私があそこまで戦えたのは、先生のお言葉のお陰です!寧ろ、此方からお礼を言わせてください!」

 

「狙撃手としての心構えを、改めてご教授くださりました。これからの活動でも、先生からの教えを守っていく所存です」

 

 口々にゼウスへの礼を言う生徒たち。実際、ゼウスの指揮は戦い易かった。生徒のみで戦おうものなら、大きな損害を受けて撤退していただろう。

 なお、指揮と言っても最初に大まかな作戦を指示しただけで、その後は生徒と共に前線で暴れまわっていたのだが、ツッコんだら負けである。

 最初は皆、予定にない戦闘行動に辟易し、特にユウカはリンに対する不満たらたらだったが、今はそんな負の感情は――表面上ではあるが――抱いていないらしい。各々、戦闘を通じ得るものがあったようで何よりである。

 

「取り敢えず、使用した弾薬等の請求はシャーレに寄越してくれ。今すぐは無理だが、後日必ず補填すると誓う」

 

「それはありがたいのですが…大丈夫なのですか?組織はまだ発足したばかりとのことですが…」

 

 ゼウスの言葉を受け、遠慮がちにチナツが訊く。

 如何にも真面目そうな生徒であり、その性格故に中々苦労してそうだなと、ゼウスはそんな感想を抱いた。

 

「…そこはお前たちの考えるところじゃない。お前たちには、それを受け取る権利がある」

 

 ゼウスはぶすりとそう返した。

 "エリュシオン"の…傭兵組織の総帥として、文字通り砲煙弾雨を潜り抜けて任務を遂行した彼女たちに、この程度の支援も行わないなど論外だった。

 

「…」

 

「分かった、今行く。…またな。今後も、色々とお前たちに頼ることになるだろう」

 

 "エリュシオン"の車両が撤退していく中、M2重機関銃を据えた装甲化銃塔OGPKを装備するK151EL――韓国製小型戦術車両K151をベースに、特殊鋼や防弾繊維を樹脂成型した複合防弾板を増設し、さらにモジュール装甲や増加装甲キットも使用可能にした――がゼウス・ハデスの背後に停車し、車内からレートーがゼウスを見る。「お車の準備ができました」と、言外に伝えている。

 

「…そういえば。"エリュシオン"(うち)の敷地、シャーレのすぐ裏手に飛ばされたのか。リン、あれについては色々と大丈夫か?」

 

「…一応、あの地域は空き地になっていましたし、連邦生徒会の所有地ですので問題はありません。後で根回しをしておきますね」

 

 シャーレビルの裏手には、4000メートル級滑走路や管制塔、陸戦兵器や航空機用の巨大格納庫、兵器開発を行う研究施設、兵舎や娯楽施設など、"エリュシオン"の広大な敷地が、そっくりそのまま鎮座している。

 ハデスによれば、兵士、武器・兵器、施設、資材、弾薬等、何一つ欠けることなくキヴォトスへ移転していたらしい。

 恐らく、前の世界には、"エリュシオン"敷地の形に綺麗に地面が抉り取られた跡が残っているだろう。軍事衛星からなら、その様子がはっきり見えるかもしれない。

 

「キヴォトスこっちで新しい商売相手を見つけなくっちゃあな。まずは食糧と燃料、次点で弾薬か…」

 

 独り言ちるハデスが車内へ身を移し、ゼウスもそれに続こうとしたとき、彼の視界にあるものが映る。

 

「ほら、さっさと歩け!」

 

 ショットガンとライオットシールドで武装したヴァルキューレ警察学校の生徒に急かされながら歩く、武装解除された不良たち。手錠を掛けられ、銃を取り上げられた彼女たちは、ぶっきらぼうな顔で連行されていく。

 その中に見知った顔を見つけた。

 

「…」

 

 俯きながら無言でヴァルキューレ生徒の指示に従う不良――刈谷(かりたに)ジル。ゼウスが奪った戦車に乗っていた生徒である。

 

「先生…?」

 

「おい、ゼウス?」

 

 リンとハデスの呼び止めを他所に、ジルの方へ歩いていくゼウス。彼女の傍らで監視に当たるヴァルキューレの生徒に断りを入れると、身長160センチに届かないジルの目線に合わせて身体を屈ませ、話しかける。

 

「さっきぶりだな、確か…ジルといったか。中々の操縦技術だった」

 

「ひっ…ど、どうも…」

 

 ゼウスへの恐怖が抜け切れていなかったらしく、一瞬怯えるような声を発する。

 

「一つ訊くが、何でお前はスケバンをやっているんだ?」

 

「…は?」

 

 何を言ってるんだ――と言いたげな表情を浮かべるジルだったが、数秒後には諦観したような顔になる。

 

「…私たちだって、普通に生きていけるんならそうしてる。成績が悪くて学校追い出されて、学籍がなくなって、仕事もバイトもできなくて。そんな状況じゃ、そこの連中みたいに生きていけないんだよ」

 

 羨ましそうに、また恨めしそうにユウカをはじめ、真っ当に生きている生徒たちを見ながら、震える声で言い切った。

 

(退学が決定した時点で国籍が剥奪されたに等しい状態になる…ということか。何ともまぁ、手厳しい世界だな)

 

 ジルの言葉を受け、キヴォトスの事情を朧気ながら察したゼウス。

 ゼウス…というか、"エリュシオン"構成員たちの知る学校では、仮に問題を起こして退学になったとしても、国籍を失うような大事にはならない。転校するなり、就職するなりすればいい話だ。

 ただ、キヴォトスにおける学籍とは、同時に国籍としての役割も果たす。学籍を失えばその時点で無戸籍者となり、社会保障を受けられないし、身元の証明ができずバイトすらままならない。

 そんな理由でスケバンなど社会の日陰者に身を堕とす生徒が、このキヴォトスにはごまんといるのだ。

 

「家なんてないし、最近は金もなくてさ。その日暮らしにも困ってるんだ。もう私たちには、『普通に暮らす』権利がないんだよ」

 

 静かな口調だが、やり切れない思いと諦観が伝わってくる言葉だった。

 肉親も家も失い、1丁の銃と共に戦場を駆け回り、略奪でその日暮らしする、嘗てよく見た少年兵に似ている…とゼウスは感じた。心ないようだが、前世界ではよくあることだった。

 

「……もし、今の生活に辟易しているなら、矯正局を出た後にシャーレ裏手の建物に来い。警備の連中がうろついているから、俺の名前を出せば入れる」

 

「え…?」

 

 暫し思考に耽ったかと思えば、ゼウスはそんな言葉を投げ、ジルは意図を理解しかねて声を漏らす。

 

「嫌々そんな生活を続けるのが苦なら、"エリュシオン"…俺の組織でバイトとして匿ってやると言っている」

 

 これは完全に、ゼウスの自己満足から来る言葉だった。転移の混乱から完全に抜け出せていない状況下、浅慮・考えなしといって差し支えない行為である。

 

「親しい奴がいるなら、一緒に連れて来い。少なくとも、今までよりかは有意義な生活ができるはずだ」

 

「…考えておく」

 

 暫し考えた後、ジルは一言だけそう残し、ヴァルキューレの生徒に連行されていった。

 ここですぐ了承しないのは、それだけ大人に対する不信感が強く、判断しかねているのか。

 

「ゼウス。今"エリュシオン"(うち)は大混乱で物資も金も余裕が…」

 

「矯正局から出所してくるまで時間がある。それまでに、キヴォトス中へ俺たちの存在をアピールしてビジネスに繋げるんだ。それに、ここは治安が悪い。将来的に人手はいる。大量にな」

 

「簡単に言ってくれるねぇ…」

 

 ハデスが眉間に皺を寄せる。とはいえ、ゼウスもただの楽観論でこの台詞を口にしたわけではない。

 

『先生、お疲れ様でした。先生の活躍は、すぐにキヴォトス全域へ広がるでしょう!』

 

 先にユウカらを労った際、彼女が放った言葉。ゼウスは気付かなかったが、シャーレ奪還時の戦闘の様子がクロノス報道部のドローンで、さらにその部員が現地入りし撮影を行っていた。

 現場の様子はSNSでも拡散されており、ゼウスの指揮の元戦う生徒や、不良たちを蹴散らす"エリュシオン"の部隊が、多くの人々の目に留まることとなったのだ。

 少なくとも、「"エリュシオン"の存在をキヴォトスにアピールする」という目的は、現時点で達成しているといえる。これを機に、"エリュシオン"を頼ろうとする組織も出てくるはずだ。

 

「ハデス、お前にはしっかり働いてもらうぞ。金稼ぎに関して言えば、"エリュシオン"において右に出る者はいないからな」

 

「へいへい。しっかり銭ころ稼ぎますよっと」

 

 ゼウスも若いながら企業の長として、組織を運営してきた身であるが、こと金稼ぎの才能はハデスに敵わない。

 前世界でも、様々なビジネスを企画・展開することで資金を稼ぎ、多数の国や武装組織と伝手を構築することに成功している。

 

「取り敢えず、戻ったら今後どうするか会議しないとな。忙しくなるぜ…」

 

「あぁ…改めて、お前たち。今日は苦労をかけた。また会おう」

 

 気を取り直し、K151へ乗り込むゼウスとハデス。複合防弾板を増設したドアはかなり重いが、2人にとっては何てことなかった。

 

「せ…先生!」

 

 ドアを閉めた途端、ユウカの声が車外からかかった。防弾ガラスがはめ込まれた窓を開けて外を覗くゼウス。

 

「今日の指揮、本当にありがとうございました!今後ともよろしくお願いしますね、ゼウス先生!」

 

 底抜けに明るい声音で放たれた言葉。ゼウスは敢えて口に出すことなく、軽く腕を上げて応えると、無言で窓を閉める。

 その直後、彼を乗せたK151は軍用車らしい猛々しいエンジン音を残しながら走り出した。

 

 




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