超強い先生+@がキヴォトスにやってきたやつ   作:夜叉烏

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早くも甘い話です。


『先生』以上『恋人』未満?

"エリュシオン"が召喚されて数日後。各員は突然の異世界に驚いている暇はなく、資材の管理や基地機能の復旧、これからの行動計画立案に全員が忙しなく動き回っていた。

 

「…はい、システム構築完了。終わりましたよ」

 

「マジか!すげぇチーちゃん、天才過ぎ!」

 

「ち、チーちゃんって…///それはやめてください…」

 

 以前まで使っていたPCとその周辺機器を取り払われ、ガランとしたサーバールーム。

 そこでは、ユウカの手引きで派遣されたミレニアムサイエンススクールの非公認サークル"ヴェリタス"の副部長各務チヒロと、"エリュシオン"のスタッフが作業していた。

 組織で使っていたシステムやハードウェアをキヴォトス規格に改め、使用できるようにしているのだ。

 決してすぐに終わるような作業ではないが、ゼウスの下で長らく情報機器に触れ、ハッキングなりオペレートなりを経験し、実働部隊をサポートしてきた歴戦のスタッフ、そしてチヒロの手腕により、たった1日でそれが実現した。

 作業の進捗状況を確認していたハデスは、昨日ユウカたちへやったようにチヒロをちゃん付けで呼び、困らせている。

 

「よ~し、これで商売相手を探せる!サンキュー、チーちゃん!…おいネット依存症患者共!インターネットが使えるぜ!」

 

「「「うおぉぉぉ~~!!」」」

 

 サーバールーム内で工具や配線、サーバーラックといったハードウェア機器に囲まれて作業していたスタッフたちの歓声が響く。

 

(愉快過ぎる人たちね…)

 

 初めて見るキヴォトス外の、人間の大人たち。男性特有のがっしりした大柄かつ鍛え上げられた体躯はチヒロを威圧したが、いざ接してみれば気の良い人物ばかり。サーバー設置のために機材を運ぼうとしたら、あっという間に大男たちが取り上げられてしまった。

 積極的に戦闘はしないとて、チヒロだってキヴォトスの民。それ位なら私も持てると訴えたが、『女の子に力仕事は似合わない』『こんな雑務まで女の子にやらせるとか男が廃る』とかいうよく分からない理由で退けられ、機材の搬入作業は結局見ているだけになった。

 

 システム構築の依頼を受け、キヴォトスの企業へ出向いたことはあるが、そこにいるのは納期をもっと短くしろだの適当でいいだの、高圧的に文句を言ったり、無茶な注文をしてくる大人。

 キヴォトスの外にいる大人が全員こんな感じなのであれば、上手いこと社会が回っていて、とても平和なんだろう…と、勝手な想像が沸く。

 ただ、実際そんなことはないし、寧ろそんな大人の手で世界中を巻き込んだ大戦争が生起し、世紀末な状況になっているのだが、そんなことをチヒロが知る由もない。

 

「よし、サーバーの設置は完了。システムの構築も終わった。後は片付けして終了だ!定時退社といこうぜ!」

 

「「「了解!」」」

 

 ハデスの号令一下、スタッフたちは後片付けを始める。

 

「ごめんなチーちゃん。ただ働きになっちゃって」

 

「いえ、作業自体はいつもやってることと変わりませんし、寧ろ物足りない位です。取引先の企業はこれよりもっと忙しいですし…。この程度で報酬を寄こせなんて、そんな我儘は言えませんよ」

 

 サーバーの設置やシステム構築を行ってくれたチヒロに対し、支払える対価はない。先日キヴォトスへ召喚されたばかりの"エリュシオン"は、今現在無一文なのだ。

 召喚前に活動していた際は、様々なビジネスを展開し稼いではいたが、地球の紙幣はキヴォトスでは使えないため、『金はあるけど使えない』状態である。

 とはいえ、チヒロ自身は『報酬を貰うほどの作業でもない』といった感じで、ただ働きへの不満はない。

 

「…チーちゃんは凄いねぇ」

 

「そ、そうですか…?あと、その、チーちゃんは…///いや、もういいです…」

 

 学生が都市の運営をしているという情報を聞いて驚愕したものだ。だが、やはり実感が沸かない。

 しかもチヒロは、単身企業に出向いてシステム構築の依頼を受けているのは勿論、無茶を押し付けてくるクライアントのご機嫌も取っているという。本職の大人も顔負けだ。

 

(…女子高生なんて、青春してなんぼだと思うけどねぇ。子供の頃から、こんなことを経験するもんじゃないでしょ)

 

 しかし、女子高生なのに立派だと思う反面、ハデスは一抹の哀しみを覚える。

 ハデスも、ゼウスや"エリュシオン"の初期メンバーと同様、青年期を最重要機密部隊で過ごした。そこでは非人道な実験や隊員に対する改造手術が毎日のように行われ、自由など無きに等しい。

 『キラキラした青春』とは無縁な環境だったのだ。

 せめて、チヒロのような幼気な子供たちには、そんな自分たちと同じ轍を踏まずに思い切り青春していてほしい、ドロドロした社会とは切り離された楽園のような場所で、好きなようにのびのびと学生生活を楽しんでほしい…と思った。

 こんな歳から社会の荒波を経験するのは、流石に早すぎる。

 

「…うちはこれから昼飯だけど、せめて食べてって。お礼もなしじゃ、申し訳なさ過ぎて寝れそうにないし」

 

「そう、ですか…では是非」

 

 どことなく憐れみが込められたハデスの視線に違和感を覚えつつ、チヒロは彼の申し出を快諾し、食堂へと赴くのだった。

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「終わりが見えないな…」

 

《先生、ファイトです!それだけシャーレが頼りにされているということですから!》

 

 シャーレのロビーでは、ゼウスが書類の山と格闘していた。

 

《それにしても先生、凄いペースですね!始めて2時間位ですが、もう128枚目です!》

 

 組織のトップとして、こういった事務処理には慣れっこであるため苦ではないが、まるでゴールのないマラソンをしている気分だった。常人ではありえない速度で書類に目を通し、サインをし、捺印しているにも拘わらず、机上の紙束はあまり減らない。

 やはりと言うべきか、前線で暴れる方が気が楽だった。

 

「…アロナ、この書類をお前が読むことはできないか?」

 

 高性能という単語さえ憚られるほどのオーパーツであるアロナ。彼女なら、一度に複数の書類を処理できるのではないか…と考えたのだ。

 

《一気に全部は流石に無理ですが…50通程度なら同時に処理できますよ?》

 

 アロナの返答を聞き、ゼウスはすぐに彼女を頼ることにした。慣れた作業とはいえ、異世界に放り込まれた挙句に膨大な数の書類を押し付けられているのだ。折角便利なツールがあるのだから、使わない選択肢はない。

 

「言う事なしだな。…学園や生徒の財産・心身が著しく侵害されている内容を優先してピックアップしてくれ」

 

 大なり小なり、とにかく問題が多すぎる。早急な対応が求められる要請を優先しなければならない。

 苦情だの、他の部署の管轄だので大きな問題にはならない案件は、容赦なくシュレッダーへ直行だ。とにかく、業務を効率化させたかった。

 ゼウスは事務仕事もそつなくこなすし、戦闘だって強い。『キヴォトス最強』と謳われるゲヘナの風紀委員長だって、彼には敵わないだろう。

 しかし、その身は1つしかないのだ。

 依頼解決に"エリュシオン"の部隊を参加させても良いが、まだ転移の混乱から抜け出せていないため、今のところはまだやらない。

 

《はい。紙のままでは読めませんので、書類をデータ化してこちらに送っていただけると…》

 

「分かった」

 

 オフィス用の複合機とシッテムの箱をケーブルで繋ぎ、次いで自動原稿送り装置(ADF)へ書類の束をセットしてスイッチを押す。

 駆動音と共に、セットされた書類が一枚ずつ複合機へ吸い込まれていき、データ化される。ケーブルを通じて電子データへ変換された書類がシッテムの箱へと送信され、それをアロナが処理。

 その間、束の間の休息を取るゼウスだった。

 

(…サングラスを新調しないとな)

 

 サングラスを外し、曲がったテンプルを見る。ワカモと一戦交えた際、彼女に銃床で顔を殴られた為できた損傷だ。サングラス自体は特に問題なく付けられるが、恰好が付かないだろう。

 今日、シャーレの建物にあるコンビニ『エンジェル24』で売られていたサングラスを吟味していたら、いつの間にか30分経っており、余裕を持って出勤してきたが、結局始業時間ギリギリになってしまったために買うことはできなかった。

 …身に着ける物には基本頓着しないのだが、サングラス選びだけはついつい時間をかけてしまうのだ。

 

「…そういえば」

 

 今日の予定を思い出した直後、書類を読んでいたアロナが報告を寄越した。

 

『先生、そろそろユウカさんとのお約束の時間です!』

 

――ピンポーン

 

 彼女の報告に、シャーレのインターホンの音が重なる。

 真面目な彼女に相応しい、時間ピッタリの来訪だった。

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「ゼウス先生、こんにちは。少々お時間いただきますね」

 

 ドアを開けるとユウカがロビーへ入出し、社会人顔負けな礼儀正しさで挨拶をしてきた。やはりというべきか、下手な大人よりもしっかりしている。

 それにゼウスが応えようと口を開きかけたとき、彼女の後ろから別の人影が現れた。

 

「初めまして。ミレニアムサイエンススクール、セミナー書記の生塩ノアです。挨拶も兼ねて、ユウカちゃんに同行させていただきました。よろしくお願いします、先生♪」

 

 長い白髪に白いブレザーとミニスカート、黒タイツ。まるで、ユウカと対を成すような装いの少女だった。

 真面目そうなユウカとは裏腹に、目を細めてゼウスを値踏みするかのような表情をしている。若干、テュポーンに似ている感じがした。

 

「…ゼウスだ。よろしく頼む。要件は確か、セミナーへの振り込みに関してだったな。費用が足りなかったか?」

 

「いえ。使用した弾薬費につきましては、しっかり支払われていました。その点に関して問題はありません」

 

「じゃあ、追加の費用が必要になったか?弾薬等の消耗品なら、シャーレの経費で落とせるはずだからある程度払えるが…」

 

 ユウカは頭を振った。

 

「…弾薬費とは別に、お金が振り込まれていましたので。確認のために伺わせていただきました」

 

 …少々怒っているようだった。どうやらユウカは、金使いに対してかなり敏感らしい。適切な金額だと言えば素直に受け取るものばかりとゼウスは思っていたが、彼女からすれば納得いかないらしかった。

 ゼウスは応接用のソファに腰かけ、テーブルを挟んで向かいの席を2人に勧める。

 

「まぁ座ってくれ。…簡単に言うとだ。ユウカたちはあの日、予定にない戦闘行為を行わざるを得なかっただろう。それの詫びだ」

 

 素直にゼウスの勧めた席に座った2人――特にユウカへ対し、そう言った。

 

「見ず知らずの大人から指示を受け、普段は行動を共にしないほぼ初対面の生徒と共に、しかも装備が不十分…そんな状態で戦闘を行わざるを得なかった。しかし、それでも任務を達成し、サンクトゥムタワーを復旧させることができた。お前たちの活躍のお陰でな。連邦生徒会は報酬について有耶無耶にしたようだが…これで対価が一切なしなんて、お前も納得いかないだろ?」

 

 難しい顔をしていたが、ゼウスの説明を聞いたユウカは納得したように頷いた。あの時のリンの態度にも色々と思うところがあっただろうし、「これ位貰ってやらないと気が済まない」という気持ちもあるだろう。

 案外根に持つ性格のようだが、この局面に限ってはありがたい。

 

「とにかく、お前たちにはその報酬を受け取る権利がある」

 

「…それはそれで気になりますねぇ。シャーレの発足からあまり時間は経っていませんが、そのお金の出所は何処なんですか?」

 

 これまで黙っていたノアが訊いた。

 

「…」

 

 数瞬、時が止まった気がした。これでユウカが納得して引き下がるだろう…と思った瞬間にこれである。

 やはり、彼女はとことんテュポーンに似ている。ほんわかした雰囲気を放ってはいるが、時折こうして核心を衝いてくる。

 少々侮りすぎた、ユウカ以上の曲者だ…ゼウスはノアの評価を上げた。

 

「それは…そうね。経費じゃ落ちないはずだから連邦生徒会の協力も得られないし、シャーレの資金でも賄えない…」

 

(…なんでシャーレの財政を把握しているんだ?)

 

 ブツブツと呟くユウカ。そして、何故かシャーレの財政状況まで知っている。

 

「…まさか、先生のポケットマネーから…?私のみならず、ゲヘナやトリニティにも払ったはずですし、そんな大金をどうやって…」

 

 ジト目でゼウスを見るユウカ。まるで、旦那の金使いの荒さを咎める妻だ。

 隣では、目を細めたノアがニコニコしている。

 

「だとしても、何か問題があるのか?」

 

「…!問題大有りです!本来なら連邦生徒会が報酬を支払うべきじゃないですか!先生のポケットマネーから支払わせるなんて…!」

 

 両手で机をひっ叩き、立ち上がるユウカ。リンをはじめ、連邦生徒会に対する怒りがひしひしと伝わってくる。

 これほど他人に対して心を痛めることのできる人間は、中々いないだろう。

 

「落ち着け。…連邦生徒会も、会長が失踪してからの対応に手いっぱいなんだろう。お前たちには構ってられない程にな。…あぁ、それと報酬の出所だが」

 

 ゼウスはノートパソコンを操作すると、あるグラフを表示させて2人に見せた。

 

「これは…株取引ですかって、えぇ!?」

 

「あら…」

 

 グラフを見たユウカが驚きの声を上げ、ノアも目を見開いた。

 

「見ての通り、流れを見極めてしまえば、株で稼ぐのはそれほど難しくない。…安心しろ。汚い手段は使っていない。全部合法だ」

 

 ゼウスはキヴォトスへ先生として赴任するにあたり、3つの口座を開設した。

 1つは、シャーレの先生としての給料が振り込まれる口座。2つ目は民間軍事会社"エリュシオン"総帥としての口座。そして、株による稼ぎを入金する口座だ。

 先生就任祝いのつもりなのか、連邦生徒会から細やかな金額が振り込まれていたのだが、その一部を株へ突っ込んだのである。…支払う余裕があるなら自分よりも先にユウカたちへ報酬を払え、とゼウスは思ったが。

 

「いや、そんな簡単にできるようなことじゃ…どうやったら数日で10万クレジットを3000万まで…?」

 

 若干顔を青くさせ、食い入るようにパソコンのディスプレイを見つめ、次いでゼウスに化け物を見るかのような目を向けるユウカ。セミナー会計として、普段から金の工面に関わっている彼女からすれば、ゼウスの株取引の手腕に、驚きを禁じ得ないらしい。

 

「…とにかく。この通り俺には十分な資金がある。財源も多い。キヴォトス傭兵の相場と同程度の報酬を出すのは容易い。俺の懐が寂しくならないかどうかの心配は無用だ」

 

 それに、ゼウスは趣味や着るものに頓着しないため、稼ぎの割に出費は多くない。そもそも、彼もいち経営者なのだから、常日頃から無計画・不要な出費には気を付けている。

 十万円もする変身ロボットの玩具を、食費を犠牲に買うようなどこかの誰かさんとは違うのだ。

 

「……分かりました。この報酬額で受け取っておきます」

 

 少しばかり逡巡した後、観念したようにユウカは同意した。堅物な思考回路の持ち主のようだが、どうにか納得したらしい。

 ノアは、相変わらず細目でニコニコしている。

 

「先生は優しいですね」

 

 …と思ったら、そんなことを言うノア。本心から言っているらしい。

 

「俺は、そんな言葉をかけられるような人間じゃない。…ただの悪い大人だ」

 

 客人をもてなすためのコーヒーと菓子の準備のため、ソファを立つゼウス。

 チラリと2人の方を見ると、『そんなに卑下しなくても…』と言いたげな表情をしているユウカとノア。

 彼女らの視線を浴びながらゼウスは――大人にならざるを得なかった青年は、若干足早に簡易キッチンへと向かうのだった。

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「フフフ。カッコよくて優しい人でしたね、ユウカちゃん♪」

 

「…え?え、えぇ…そうね」

 

 先生が席を立って数秒、不意にノアが放った言葉に、ユウカは現実に引き戻された。

 

(先生、本当に何者なのかしら…。七囚人相手に善戦どころか圧倒するし、かと思ったら株であっさり儲けるし…)

 

 卓越した指揮能力は勿論、ヘイローがないのにも関わらず、あの"災厄の狐"を圧倒。かと思えば、10万クレジットをたった数日で3000万にまで膨れ上がらせる、凄いという表現すら憚られる株取引の才。

 あらゆる方面で有能さを見せつけるその姿は、どう考えても普通じゃない。

 

「どんな方なんだろうと思ってましたけど…。確かに、ユウカちゃんが気になってしまう理由も分かります♪」

 

「……んえっ!?そ、そんなんじゃないわよ!ほら、シャーレ奪還のときに銃撃から守ってくれたし!こうして報酬も支払ってくれたから!感謝しているというか…あ、あと人として尊敬してるって意味で!こ、こ…恋してる、みたいな感じじゃなくてててっ…!」

 

 ノアの言葉を即座に早口で否定するユウカだったが、赤面しつつ激しく頭を振りながらの狼狽ぶりが、その言葉が嘘であることを物語っている。

 恋をしている…とまではいかなくとも、それに準じた、『先生と生徒』という関係で片付けるにはやや大きすぎる感情を、彼女は持っているようだ。

 

「あら。でもユウカちゃん、私は一言も『恋をしてる』なんて言ってませんよ?」

 

「あ…っ!?///」

 

 次いで、笑顔を浮かべたノアの追求にとうとう反論が止まってしまい、顔の赤みが深まっていく。握った両拳を膝の上に乗せ、俯いたまま沈黙した。

 一通りユウカを揶揄い、その反応に気をよくしたのか、ノアは笑顔を浮かべたまま追及を止めると、別の話題を出す。

 

「ユウカちゃん、その紙袋は何ですか?」

 

「…え、あ、あぁ…先生に贈り物というか、助けてもらったお礼をしたくて」

 

 ユウカの隣に置いてある、黒いリボンの装飾が成された白い無地の紙袋。シャーレ下階のエンジェル24にて購入したものだった。

 贈り物がコンビニの商品という点にはユウカ自身思うところがあったが、相談ついでに奪還作戦時のお礼の品を渡そうとシャーレに着いてから急に思い立ち、用意したのだ。

 

「…なるほど~♪」

 

「なっ、何よその顔は!?さっきも言ったけど、あくまで助けてもらったお礼なんだってば!」

 

 意味深な笑みを浮かべる友人へ必死に弁明するユウカ。

 そんなタイミングで、皿とコーヒーカップ、ポットを乗せたトレーを持ったゼウスが戻ってきた。コーヒーのいい香りが漂ってくる。

 

「流石に客へ何も出さないのは無作法だしな。コーヒーでも飲んでいってくれ」

 

 そういって、ゼウスは2人と自分の前にチョコタルトの皿とコーヒー、角砂糖とミルクの容器を置いた。

 美味しそうなお菓子と、それに合いそうなコーヒーに、2人の顔が僅かに綻ぶ。

 

「あら、美味しそうですね」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 ただでさえ、ミレニアムの生徒会であるセミナーは多忙なのだ。シャーレに赴く前までの仕事で疲れた脳が糖分を欲していたのか、遠慮することなくフォークを手に取ると、切り分けられたチョコタルトの先端を削って口に入れた。

 

「「…!」」

 

 双方、目を見開いた。

 くど過ぎず、それでいてブラックコーヒーとよく合いそうな丁度いい甘さが、ビスケット生地と調和して口中に広がる。かなりの美味だ。セミナーの仕事をしている際、合間に摘まんでいた安いチョコ菓子など比較にならない。

 殆ど同時に、2人はコーヒーにも口を付けた。砂糖もミルクも入れない、コーヒーの純粋な苦味で甘さを洗い流す。

 昇天してしまいそうな組み合わせだった。コーヒーも、市販の安いインスタントではなく、良質な豆を挽いて淹れているらしい。

 

「コーヒーによく合います♪」

 

「すごく美味しいです!一体どこのお店の…?」

 

 こんな美味が売っているなら、普段の仕事の合間に食べたい。

 そう思ったユウカは、あとで購入するべくどこの店で購入したのかを訊いた。

 

「いや、俺が作った」

 

 あっけからんと応えるゼウス。直後に、彼もタルトの先端をフォークで削り、食べ始めた。

 

「……え?」

 

 数秒の沈黙の後、ユウカが呆然としたように漏らした。

 

「あら…料理がお上手なんですね、先生」

 

 続けてノアも、珍しく驚いた表情を浮かべた後、意外そうに言う。

 だが、ユウカはそれどころではなかった。

 

(え…?こんなにサングラスと古傷が似合っててワイルドで、それでいてクールでカッコいいのに、背が高くて、凄く強くて、頭も良くて、優しくて…それで料理が凄く上手って…!?スペック盛り過ぎじゃない…!///)

 

 ゼウスのできる男っぷりは、ユウカの女心をこれ以上ないほどに刺激した。

 元々面食いな所があり、初対面時から彼に好印象を抱いていたユウカだったが、シャーレ奪還作戦時に凶弾から守ったこと、自分たちの仕事ぶりを称賛し報酬を支払ったこと、そして今、第一印象とは裏腹に、料理もできるという事実まで知った彼女のゼウスに対する好感度が、また一つ上昇したのだった。

 また、作ったメニューがガサツな男飯ではなく、かなり凝ったスイーツであるという点も彼女の心を"キュンっ"とさせており、ギャップで脳がバグりそうだった。

 

「そ、そうなんですね…。あ、その、レシピをお伺いしても、よろしいでしょうか…?」

 

「あぁ。後でモモトークで送っておく」

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「あ、ユウカちゃん。そういえば、先生に渡す物があるって言ってませんでした?」

 

「あ…!」

 

 美味しいスイーツに舌鼓を打っていて忘れかけていたのか、大切なことを思い出した…と言わんばかりに声を上げる。

 ノアに内心で感謝しつつ、持ってきていた紙袋を両手で抱え、食器を片付け始めていたゼウスへ差し出した。

 

「あっ…あの、先生。これ、先日のお礼です。どうか受け取ってください」

 

「ん?何だ…?」

 

 受け取ったゼウスが紙袋の中をまさぐると、そこには革製の眼鏡ケース。更にそれも開けると、中にはスクエアレンズのサングラスが入っていた。

 

「先日の戦闘で破損されたと聞きました。代わりと言ってはなんですが…」

 

 ワカモとの戦闘終了時、かけ直したサングラスのテンプルが曲がっていたのに、ユウカは気付いていたのだ。

 ゼウスは、無言でサングラスを右手で摘まみ上げると軽く振り、その勢いでテンプルを展開させ、今付けているサングラスを外す。

 

(わぁ…///)

 

(素顔もカッコいいですね…♪)

 

 サングラスの内側に隠れていた切れ長の目。怜悧な雰囲気を醸し出し、睨みつけられればどんな相手だろうと委縮してしまうだろうと思わせる。

 心なしか優しそうに細まった切れ長の目が、暫し生徒からのプレゼントを見つめていたと思ったら、ゆっくりとした動作で新しいサングラスをかけた。

 

「…少し色が薄いが、悪くないな。久しぶりに視界が良くなった気がする」

 

 普段かけているサングラスは黒色だが、プレゼントされたものはレンズ色が茶色で、かなり薄い。『色の薄いサングラス』というよりは、『色の付いた眼鏡』といったところか。

 以前のサングラスよりも面積が小さく、軽いため、サングラスをかけているという感じがせず、中々の付け心地だった。

 

(…やっぱり先生は目が見えてる方がカッコいい、わね…///)

 

 ワカモとの戦闘後、一瞬だけ見えたゼウスの素顔。それに思わずドキリとしてしまったユウカは、敢えて色の薄い、目を隠さないタイプのサングラスをプレゼントしていた。

 無論、かけ心地や軽さなども考慮したが。

 

「先生、エンジェル24に30分も居座っていたみたいじゃないですか。ソラちゃんが心配してましたよ?」

 

「…そうか。後で謝りに行く。服とかに頓着はないが、何故かサングラスだけは吟味する癖があってな…」

 

「何ですか、その変わった習性というか…」

 

 売り場の目の前で仁王立ちし、30分も並んだサングラスを微動だにせずジィっと観察していれば、流石に中学生のソラもドン引くに決まっている。それも、長身痩躯の黒づくめ、口元の古傷とサングラスが似合う、どう見ても堅気じゃない大人の男なら尚更だ。

 

「…ありがとう、ユウカ。このサングラスは後生大事に使わせてもらう」

 

 口元を吊り上げ、にこやかな笑みをユウカに向けるゼウス。少し前までサングラスによって隠されてきた目は、優しく細められている。

 

「…っ///は、はい。喜んでいただけたようで、何より、です…///」

 

 仏頂面なゼウスには珍しい微笑みが、ユウカをときめかせた瞬間だった。

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「先生、ご馳走様でした。時間がありましたら、ミレニアムサイエンススクールにお越しいただけましたら幸いです」

 

「暇があればな。一応、手土産は持っていく」

 

「それでは、今日いただいたチョコタルトがいいですね。ユウカちゃんも食べたそうにしていましたし♪」

 

「ノアっ!!…あ、し、失礼しました!」

 

 そそくさとオフィスを出ていく2人。ノアにおちょくられ怒りながらも挨拶を忘れないユウカの律義さに感心していると、執務机の方から声がかかる。

 

《先生、書類の選別が終わりました…って、わぁ!先生、新しいサングラスも凄くお似合いですよ!》

 

 客人をもてなしている間待機しつつ、山のような書類すべてに目を通したアロナが、作業の終了を報告。ついでに、目を輝かせながら新しいサングラスを身に着けたゼウスを称賛した。

 …目の中に星が浮かんでおり、思わず『すき焼きに入ってる椎茸みたいだ』とゼウスは思った。

 

「どうもありがとう、アロナ。…それで、あの山から選ばれた、最も優先すべき依頼は何だ?」

 

《山…といいましても、先生が処理するまでもない内容も含まれていましたので、そこまでではなかったですが…。えっと、此方になります!》

 

 データ化された書面が"シッテムの箱"へ映された。PCで作った書類ではなく、手書きの手紙だった。

 

『連邦捜査部の先生へ。こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。今回どうしても先生にお願いしたいことがありまして、こうしてお手紙を書きました。単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。それも、地域の暴力組織によってです。こうなってしまった事情はかなり複雑なのですが…。どうやら、私たちの校舎が狙われているようです。今はどうにか食い止めていますが、そろそろ弾薬などの補給が底を尽いてしまいます…。このままでは、暴力組織に学校を占拠されてしまいそうな状況です。それで、今回先生にお願いできればと思いました。先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?』

 

 綺麗な字、真っ直ぐに書かれた文、かなり几帳面で真面目な人物が書いたのだろうと思わせる。

 

「…随分と難儀しているようだな。アロナ、アビドス高等学校の情報を頼む」

 

《うーん、昔はとても大きい自治区を持つ学校でしたけど、気候の変化で砂漠化が進行し、街が厳しい状況になっていると聞きました。なんでも、街のど真ん中で道に迷って遭難する人がいるぐらいの規模だそうです!》

 

 誇張が入っているように思えるが、そういう比喩なのだろう…ゼウスはそう思いつつも、思考を巡らせる。

 アビドス高校は砂漠のど真ん中にある学校…というのは理解できた。

 だが、それほど厳しい状況になっているのなら、自治区も相応に廃れているだろうし、そのような場所を占拠してどうしたいのかが気になる。

 

(砂漠…石油でも埋まっているのか?いち暴力組織には手に余る代物だが、なぜだかきな臭い感じがするな…)

 

 どうやらこの問題は、そう単純なものではないかもしれない、暴力組織を壊滅させて終わりではない…そうゼウスは直感した。

 

「…考えていても仕方ない。取り敢えず補給物資を届けて、その暴力組織を撃退しないことには始まらないな」

 

《すぐに出発ですか!?流石、大人の行動力!》

 

 そんなゼウスを見て、目を輝かせるアロナ。

 

「…暇してる連中を何人か連れて行くか」

 

 呟きながらシャーレの建物を出、この度の依頼に参加させるメンバーを考えながら、"エリュシオン"の敷地へと歩みを進めるのだった。




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