アビドス自治区は過疎化が進んでいるとはいえ、まだ住民はいる。
すっかり砂に埋もれた市街地は無人だが、郊外の砂漠化がまだ進んでいない地区は、飲食店やデパート等の娯楽施設が建ち並んでいる。
人の流れも比較的活発であり、犬や猫、ロボットの容姿を持った住人が、黒っぽいセーラー服とバツ印が描かれたマスクを纏った不良たちが行き交っている。
「過疎化が云々言ってる割には、随分と賑わってるじゃないか」
「うん。ここら辺は砂に埋もれていないし、普通に生活できるから。お店とかもたくさんあるよ」
そんな群衆に混じり、ゼウスたちも目的地を目指し歩く。
「おーっと?そこの奴ら、止まりな!有り金全部置いていきやがれ!」
「…これがキヴォトスの日常、か」
先程から、住民の殆どが武装しているのを見てうっすらと察していたのだが、やはり面倒事に巻き込まれてしまった。ジオルジョがいかにも面倒臭そうに呟く。
相手は、キヴォトスでは普通に見かけるスケバン。それぞれSMG 、狙撃銃、ミニガンで武装した、一般的なそれである。
「止めておけ。死人が出るぞ」
「はっ!そんな剣で銃に敵うかよ!」
「ヘイローがねぇんだから大人しくしてな!」
「そんなやっすい警告が怖くて、スケバンなんかやってやれるか!」
警告を送るゼウスだが、案の定無視される。
非戦闘時であるため、愛用のIST-15.5は持っておらず、高周波ブレードを腰に提げてオートマグをホルスターに入れているだけだ。
比較的軽装なのも、絡まれる原因だったのかもしれない。
「そうか……それで、何ができるんだ?その弾が入ってない銃で」
「はぁ?何言ってんだよこい…つ…!?」
SMGを向けるスケバンは、愛銃からマガジンが外され、更に薬室の弾丸も除かれているのに気づいた。
ゼウスは、武術に於ける虚実の"虚"によって殺気を抑えつつ、一瞬未満の間にスケバンに肉薄してマガジンを外し、ボルトを引いて薬室に入っていた弾丸も取り出したのだ。
証拠とばかりに、外したマガジンと弾丸を見せつけるゼウス。
「うへぇ~。先生、前職はマジシャンか何か~?おじさん、全然見えなかったんだけど~?」
「ん。その技、私にも教えるべき」
「全然見えませんでしたね~」
「い、いつ動いたんですか!?」
スケバンのみならず、少数精鋭のアビドスの面々も、ゼウスが動いたことにすら気付かない。
「クソ…うぐぃッ!?!?」
ミニガンを構えるスケバンが巨大な得物を向けるものの、その前にジオルジョが動いていた。
チタン合金が仕込まれたミリタリーグローブで固められた拳を、彼女の腹筋へ突き立てる。体軸を立てて放つシステマの挙撃、ストライクだ。
リラックスによって体重が乗った打撃は、鍛え上げられたスケバンの腹筋を完全破壊。衝撃が内蔵を余すことなく揺さぶり、苦痛に目を剥いて得物を落とした。
「…!?ぃだだだだだッ!?!?!?」
「う、うわぁ…」
アビドス校舎での攻防戦において行った合気体術と同じ要領だ。体勢が崩れたスケバンの手首を捻り上げて関節を極めてやれば、膂力で勝るはずの彼女はいとも簡単に膝を着く。
そんなスケバンの懐を漁ってサイドアームのハンドガンを拝借すると、腹に銃口を押し付けてゼロ距離で3連射。ひとたまりもなく意識を飛ばした。
――ズバァンッ!!
「ぐおぁッ!?!?」
狙撃銃を持ったスケバンには、素早いフットワークで肉薄したエヴァが強烈なストレートリード。こちらも、ミリタリーグローブで固めた拳。
速く、体重の乗ったノーモーションの挙撃は、スケバンの反応を許さず顔面を穿ち、後ろに5メートル程吹っ飛んだ。
鼻血を漏らし、半開きの口からは唾液の糸が垂れている。白目を剥いて完全に伸びていた。
戦闘時間は僅かに1秒未満である。
「教師が生徒に対し体罰を行うのは厳禁だが…ここはキヴォトスだ。多少の仕置きをしておかないと、お前らのような悪ガキは懲りはしないだろうな」
「ひぃ…ッ!?」
尻ごみするスケバンに向けて、右手の指で摘まんでいる弾丸を、手首のスナップを効かせて弾き飛ばす。
「んぎっ!?!?」
素手で放られた弾丸は、しかし拳銃から放たれるそれより遥かに速く、強力だ。
普通なら痛がるだけの一撃も、ゼウスにかかれば即気絶である。
「やれやれ。退屈しないな、ここは…」
「うへ。普通に撃つよりも強力じゃん。対戦車ライフルみたいな威力だったけど~?」
「お前たちでもできる。キヴォトス人の膂力なら、最低でも拳銃レベルの威力は出るはずだ。石ころや飴玉でも同じようにできるぞ」
「ん。武器がないときに使えそう。後で教えて」
キヴォトスの洗礼を受けつつも、一行は紫関ラーメンへと急いだ。
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「いらっしゃいませ!何名さ…うげッ!?」
でかでかと『紫関ラーメン』と書かれた看板が掲げられた店の引き戸を開けるや、見知った顔が店員として出迎えてきた。
件の人物は、ゼウス一行を見つけるや否や顔面崩壊。女子高生がするには面白過ぎる表情である。
「あの~、5人なんですけど~☆」
「ご苦労だな、セリカ。…バイトなんて立派なことをしてるんだ。そんなに恥ずかしがることじゃないだろ?」
「う…うっさい!まさかバレるなんて…!」
「うへ。セリカちゃんのことだし、バイトしてるんだろうな~とは思ってたけど、やっぱりここだったか~」
「ホシノ先輩か…ッ!!」
同級生がバイト先に来ると気まずくなるものである。ゼウスがそれとなくフォローするが赤面顔は治らず、大人たちと後輩を連れてきたであろうホシノへ抗議の視線を飛ばす。
なお、ホシノはどこ吹く風といった様子だ。
「あぁ、アビドスの生徒さんか。セリカちゃん、お喋りはそれ位にして、注文受けてくれな」
…犬である。正確に言えば、作務衣を纏って二足歩行している隻眼の犬が、厨房で出際良く湯切りしながらセリカに声をかけていた。
ゼウスもエージェントの2人も、初めて見た際の驚きは筆舌にし難いものがあったが、さも当然のようにそれらが棲息(?)しているこのキヴォトスで数日過ごしてきた今、すっかり慣れていた。
「うぅ…はい、それでは広い席にご案内いたします。こちらへどうぞ…」
やはり、同級生相手に敬語を使うのは抵抗があるらしい。渋々とした態度を隠さず、ゼウスたちを席に案内した。
「は~い、先生☆私の隣、空いてますよ☆」
「ん。私の隣も空いてる」
エージェント2人と纏めて別席に座ろうとしたとき、ノノミとシロコが自分の隣をトントンと叩きながら座るよう勧めてきた。
だが、柳のような長身痩躯っぷりのゼウスでさえキツそうな、隙間といえるスペースだ。
シロコの方はまだマシだが、それでも狭そうである。思い切りラーメンを啜れそうにない。
「いや、いい。…どっち道、俺は普通の椅子には座れないからな」
「「「???」」」
ゼウスの言葉の意味を理解しかねたアビドス一行が首を傾げた。事情を知っているジオルジョ、エヴァは無言でカウンター席に着く。
「そうだな…大将、壊れても良い椅子はあるか?」
「えぇ…?あぁ、そこのカウンター席は古いから近々撤去することになっていてね。好きにしても構わねぇが…」
カウンター席の1つに顎をしゃくりながら、怪訝そうに大将は言う。確かに、新規の客から「壊れてもいい椅子ある?」と聞かれれば、そんな反応にもなる。
ゼウスは言われた場所の椅子に腰を掛け、体重を預けるが…。
――メキ…ッ!メキメキメキ…ッ!!
その瞬間、椅子は真上から空き缶を潰すかの如く、ゼウスの体重に堪えかねて潰れてしまった。
それは当然であり、何しろゼウスの体重は900キロ。身体操作で座る箇所に体重を伝え難くしているとはいえ、精々100キロ程度の体重を支えられる程度の耐久力しかない椅子に、耐えられる道理がない。
驚異的な脚力と体幹により、尻もちを着くことはなかった。
「お、おぅ…壊してもいいとは言ったが、それは予想外だな…」
柴大将はドン引いていた。
「…あのさ、先生。ちょっと失礼な質問なんだけどさ…体重何キロ?」
「…900キロだ」
ゼウスの体格に似合わない現象に呆然とするアビドス勢を代表してホシノが質問し、「どうせ信じないだろうな…」と思いつつ応える。
しかし、普通に座るだけで椅子を潰す光景を見た彼女たちは、その答えに異議を唱えることはなかった。
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「美味ッ!何だこれッ!?」
看板メニューらしい紫関ラーメンの並盛を啜るエヴァが目を見開く。
欧米人は麺を啜れない…とはまぁまぁ聞くこともあるだろう。しかし、このフランス人は和食にも精通している美食料理人が相棒なため慣れているのか、ズルズルと気持ち良く麺を吸い込んでいた。
「…」
当のジオルジョは無言で麺とスープを交互に口に入れている。食べ盛りの学生の如くがっついているエヴァとは違い、料理人らしいマナーの良さが見て取れる。
相変わらずクールな振る舞いだが、熱心に手を動かしている所を見るに、彼のお気に召したようだ。
「醤油ベースのスープ…出汁は煮干しに干し椎茸、鰹節、昆布…」
「おいおい、すげえな…。出汁の材料を全部当てやがる…アンタ、相当な料理人だな…!」
「ちょっとアンタ!一応企業秘密なんだからねっ!?」
料理人の性なのか、使われている調味料や出汁の材料を寸分の狂いなく的中させ、柴大将を驚かせていた。
セリカが企業秘密だと騒ぐが、その点についてかなり寛容らしい柴大将はまぁまぁと彼女を宥めている。
「確かに美味いな…」
"エリュシオン"の食堂で働くスタッフの料理や、ジオルジョ等の腕に自信がある者たちの一品を味わう機会はいくつもあったが、この犬の大将が作るラーメンは、それらに勝るとも劣らない美味であると、ゼウスは実際に口にして確信した。
紫関ラーメンは所謂家系。味の濃いガッツリしたものだ。歯応えの良い縮れ麺と、醤油ベースらしい出汁の効いたこってりスープが、背徳的な美味さを掻き立てている。命を懸けた任務の終わりに食べれば、その疲れも吹き飛んでしまいそうな気がする。
「セリカ、半炒飯と餃子追加。後替え玉一丁、バリ堅で」
「凄い食べるし…何なのこの人は…?」
「先生、ラーメン屋さんに行ったことない割には注文の仕方慣れてません?」
ラーメン通な日本出身の上級幹部から聞いたラーメン店知識を実践しただけである。
替え玉の面がスープに放り込まれ、昆布茶ベースのタレを掛けることで味が薄まるのを補うと、再び啜り始める。
「いやぁ、美味そうに食うなぁ。料理人冥利に尽きるよ、先生。…ホントにその体勢で辛くないのかい?」
「全く。苦痛じゃない」
(((見てるだけで脚腰が痛くなってくるんですけどね(だけど)…)))
ゼウスはジオルジョの隣のカウンター席で、椅子から僅かに腰を浮かせた…所謂空気椅子状態で食事を楽しんでいた。
最早、普通に座っているのと変わらない様子だが、アビドスの面々は「ほんとにリラックスできてる?」と言いたげな視線を送っている。
「…大将。正直に言って、貴方のラーメンは美味すぎる。週に2~3回は食べたいレベルだ。塩分過多になるから、これ以上は流石に無理だが…」
「そ、そりゃあ嬉しいねぇ。いきなり何だい、照れるじゃないか」
唐突な賞賛がゼウスの口から放たれ、柴大将は嬉しいよりも先に戸惑いの感情を浮かべた。
「だが残念なことに、D.Uからは遠すぎる。個人的に、貴方の店のチェーン店舗を設置したいと考えているんだ」
「俺の店を…?」
ゼウスは、ただの私情でこんなことを提案しているわけではない。
紫関ラーメンは、砂が沢山ある印象しかないアビドスでも、数少ない名物と言える店舗だ。他自治区からの客を呼び込めれば、アビドスの地域活性が見込めるし、利益も出るだろう。
そして、D.U地区はキヴォトスでも人口が密集している地区だ。チェーン店を通じ、アビドス本店へ行きたがる客も多数出ると思われた。
「…別に俺は、これ以上金を稼ぎたいとは思わねぇ。十分やりくりできてるからな…だが先生、アンタをはじめ俺のラーメンを食いてぇお客さんがいるのなら、応えてやらなきゃあ目覚めが悪い。…それに、紫関ラーメンが他の自治区の人たちにどこまで通用するのか…それも確かめたいと思っているよ」
「それでは…」
「ただし、条件がある。…そこのあんちゃんに、チェーン店店員への教育を頼みてぇ。俺は核心している。あんちゃん以上に、高い料理の腕と志を持っている奴はいないってな」
ジオルジョをジッと見つめながら大将は言う。先にラーメンに使われている材料を悉く当てたジオルジョを、随分と信頼しているようである。さっきまでただの新規の客だったというのに。
自分のことだと察したジオルジョは、無表情で柴大将を見つめ返す。
温厚で寛容な柴大将だが、この時ばかりはジオルジョを試すかのような、ウン十年厨房に立ち続けた熟年料理人のプライドが籠った視線を浴びせていた。一見可愛らしい、二足歩行の犬から放たれるその気迫は、並の者なら震え上がってしまうだろう。
「俺は構わない、総帥。ただ、その分業務の量を調整してもらう必要がある」
「大丈夫だ。レートーには話を通しておく」
ただ、名家マフィアの血を継ぎ、鍛錬と実戦で心身を鍛えたジオルジョは、柴大将の厳しい視線を真正面から受け止めている。
彼もまた、紫関ラーメンの美味に内心で感動していたのだろう。即座に大将の条件を受け入れた。
「うへ。何か私たちを差し置いて色々決めちゃってたね~?まぁ、アビドスが賑やかになってお金も入ってくるっていうなら、反対はしないけどね~」
「大将のラーメンをアビドスだけで流行らせるのは勿体ない。何より、俺が困るからな」
「メッチャ私情じゃん。大人ってやっぱり
ま、このレベルの卑怯さなら許容範囲だけどね…と、どこか意味深に呟くホシノだった。
そんな彼女の心情を読心で視ることもできたが、ゼウスは敢えてそれをしなかった。
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