ラムハウゼン伯爵領に生まれた農夫の次男坊ジャックは今年で25歳になる。彼の故郷であるルドロー村から東へ300ザケル。北へ100ザケルいったところで、戦争が勃発したのは、耳の遠い田舎の片隅にまで届いていた。ラムハウゼン領が所属するゴルドー王国と、国境をダラ河に接するティエルモ王国との戦争だった。ジャックは兄が家業を継げるから、という理由で越冬資金を稼ぐために、両親からの勧めで一兵卒として戦場に送り込まれた。戦争など御伽噺や吟遊詩人の詩の中でしか聞いた試しのないものだった。実際にどんなことをするのか、どんな目に会うのかも知らずに、ジャックは戦場へと続く長い戦列に加わった。
戦場は熱気と血と泥に満ちていた。ダラ河での戦いを勝利で飾ったティエルモ王国は勢いをそのままに、ダラ河周辺の村落を略奪した。ダラ河流域を統治するモハンゼン侯爵はダラ河での戦闘で首に矢を受けて斃れた後であった。誰も止める者がいない状況下で、ティエルモ王国軍は大いに暴れまわった。村々を焼き払い、畑を荒らし、女子供を攫い、犯した。戦場の生々しい報告が、後詰であるジャックの耳に届いたのは、最初の村が焼かれてから一週間後のことであった。
戦争の悍ましさに恐れをなしたジャックは、果たして自分が手柄をあげられるのかと不安になったが、逃げることもできず、唯々諾々と少しずつ戦場へと近づいていく戦列の中心にとどまった。
ラムハウゼン伯爵から指揮権を頂戴したゴドロフ男爵の命令で、ジャック達は先鋭化し、突出したティエルモ王国軍の各個撃破を目標に掲げられ、散兵として戦うことを命じられた。ジャックは直属の上官であるラウル百人隊長に従い、散兵戦の構築を急いだ。気の杭や落とし穴を掘る作業を、気が遠くなるほど続けた。散兵戦の完成と同時に、ティエルモ王国軍が進撃を再開したという報告に従い、ジャック達は自らが築いた防衛線の内側で息を殺してその時を待った。
全身に泥を塗り、草を被せた頭巾をかぶり、息を殺して敵兵が罠にかかるのを待っていると、僕の耳に聞き慣れない地鳴りのような音が聞こえてきた。手製の穴倉から、頭を少し、ほんの少し、眼で向こうが見れるだけ出して様子を伺うと、斥候の軽騎兵が三騎ほど、僕たちの堀った落とし穴の近くを回っていた。
ブルル!と馬が嫌がる素振りで首を傾げたのを、騎兵が手綱を引いて無理矢理言うことを聞かせようとした時だった。騎兵の一騎がまんまと落とし穴にはまり、後続の二騎も馬が驚いて立ち上がってしまった所為で、騎兵を落っことしてしまった。二頭の馬は主人を置いて何処かへと逃げて行き、背中を強く打った騎士二人だけが残された。
この二人の騎士が僕たちの最初の餌食になった。
「今だ!やれ!」とラウル百人隊長が叫んだ。
僕は一番に立ち上がると、飛び出ていって、騎士の鎧の隙間を縫って首へ深々と槍を刺した。素早く抜いて、もう一人にも刺した。
二人目の指が少し動いたように思って、念入りに、槍の先でかき混ぜるようにして、二度、刺した。
槍の穂先をぬるりと抜くと、真っ赤な新鮮な血がついていた。槍を払っても、完全には血が取れなかったせいで、槍を立てておくと、柄を握っている手にまで垂れてきて不快だった。
僕たちは最初に落とし穴に落ちた騎士を見に行った。底に木を削って鋭くしたものを敷き詰めておいたから、馬も、人間も、串刺しになっていて酷い有様だった。
ラウル百人隊長は、「次が本番だ。死体を隠せ」と僕たちに命令した。
僕たちは命令されるがままに死体を茂みに隠した。馬の死体は食べられる部位だけ切り取って、残りは土に埋める代わりに、自分たちで堀った予備の穴倉に横たえておくことにした。あの後は何事もなく時は過ぎ、だから、その日の晩飯は豪勢になった。
地面を掘って、煙が高く昇らないように火を焚いて、馬肉を炙って食った。新鮮な肉を食うのは久しぶりだった。