明日も良い日になりますように。   作:quiet

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ひみつのプールサイド ②

 

 本当に宇宙人を連れてきたという話らしい。

 頭がおかしくなりそうだった。

「戻りましたー。佐々山先生にもお願いしてきたから、扉の鍵閉めちゃうね」

「うん、お疲れありがと……いやお疲れじゃないわ。何なのお前」

「気付かれた」

 多目的室に、現時点で学校に来ている全ての生徒が集っていた。

 クーラーがそれなりに効いてはいるけれど、日差しが強くて肌の表面は暖かい。部屋の真ん中のあたりにはあまり人はいなかった。ぐるりと囲むようにして、窓側だったり廊下側だったりに背中を預けているのがほとんど。どうしたのこれ、とは式谷と一緒に入ってきた中浦が言ったこと。昨日の夜に急に吐血したから今朝は病院に行くことになっていたはずだ。どうだった、と何をおいても訊いておこうかと思ったけれど、すぐに桐峯が近付いてその手を取って端の方の一画に連れていった。なになに、と中浦は戸惑って訊ねる。桐峯は答えられまい、と花野は思う。

 だって、誰が信じるだろう。

 学校に宇宙人がやって来た、なんて。

 さっきまで神妙に正座していた絽奈が、式谷の顔を見るやしゅばっと立ち上がる。「なんで逃げたの」と恨みがましいことを言いながらぐいぐいその腕を引っ張って自分の隣に連れていく。逃げてない逃げてない、と式谷は大人しくそれを受け入れる。

 その隣に、さっきまで猫になったり人間になったりしていたらしい謎の生き物が、とりあええず今は人の姿のままで、ちょこんと行儀良く座っている。

 他は、誰も話していないし動きもしない。

 異様な緊張感が、この場に漂っていた。

「――よし。整理しよう」

 だから、ここは自分の出番ということになる。

「時系列順に行くぞ。まず、夏合宿のちょっと前、終業式のあたりに千賀上絽奈と式谷湊は真夜中、二々ヶ浜の方に二人で行った」

 うん、と二人仲良く頷く。

 それを真似するように、隣で謎の生き物も頷く。だいぶ打ち解けてるらしい。眩暈がする。

「そうしたらそこの――なんて呼べばいいんだっけ」

「ウミちゃん」

「ウミちゃんはウミちゃん」

「――ウミちゃんがいて、何となく拾って帰る感じになった。ここまで大丈夫?」

 え、と声を上げたのは、ついさっき入ってきたばかりの中浦だった。それはそうだろう、と花野は思う。人がいて、それを拾って帰るなんて普通はありえない。いや人でなくても、動物だとしても普通はあんまりないんだけど、特に人だと不自然な感じがする。

 絽奈に目で合図する。

「ウミちゃん、もう一回丸くなってくれる?」

「うん」

 ぐにょん。

 ぶにょん。

 中浦が絶句している。

「最初の頃は普通に珍しい生き物だと思ってた。海に返そうと思ったんだけど、なんだか絽奈の家に住み着いた。調べても何もわからなかった」

 うん、と絽奈が頷く。

 これには花野も頷ける。たまに絽奈や式谷から連絡を貰って、図鑑を引いたりしていたから。見たことのない生き物にどんな食べ物をあげたらいいかとか、そんな相談もされていたから。あのときに気付くべきだったのかもしれないが、あの時点で気付けていたら逆におかしいだろうとも思う。

 だって、

「そうしたら、その生き物が人間に変身できることがわかった」

 そんな生き物がいる可能性を考慮に入れながら生きてたら、かえっておかしな人間だから。

「うん」「びっくりしたよね」

「おどろいた、なぜ?」

「あのねウミちゃん。実は陸にはあんまり形が変わる生き物っていなくって――」

「で!」

 式谷がのんきに話し始めるのを強引に打ち切って、

「二人はそれを隠そうとしてた。でも珍しく絽奈が外に出る気なんか起こしたもんだから、それについてきた。で、猫の姿をしているときに話しちゃダメだってことは教えておいたけど、人前で変身したらダメだってことを教えてなかったから、うっかりそのウミちゃんは他の生徒たちが見てる中で変身した」

 うん、と絽奈が頷く。花野は正直なところ自分で言っていて意味がよくわかっていないが、絽奈が頷くということはそういうことなんだと思う。式谷も頷いているから確かさはさらに倍。だから最後の最後、ようやく本題――というわけではないけれど、学校の寮長の片割れとして絶対に確認すべきこと。

「で、薊原に何したの?」

「――うおぉッ!」

 ちょうどそのとき、部屋の一画でやかましい声がした。

 見る。瀬尾が手を叩いて笑っている。鈴木が「生きてた」と端的な感想を洩らす。桐峯とか三上とかそのへんの心優しく看病していた一年生が慄く。特に状況の流れが読めていなかったはずの中浦は、そういう一年生を庇うようにちょっと前に出ている。そりゃ胃も傷めるわ、と思う。

 さっきまでカーペットの上で気絶していた、踏んだり蹴ったりの薊原が身体を起こしている。

 ぺたぺたと自分の顔に触っている。映画以外で見たことのないような仕草。しばらくずっと触っている。みんなそれをじっと眺めている。瀬尾だけがクックッ、と堪えきれずに笑いを洩らしている。

 こっちと目が合って、

「おい――オレはまだ人間か!?」

 知らねえよ。

 堪え切れなくなった瀬尾が「今の最高!」と床を転げまわるようにして笑い出した。式谷が立ち上がって薊原の傍に行く。薊原が目ん玉と瞳孔をかっぴらいて、わなわなとその肩を掴む。聞いたこともないような震え方をした声で言う。

「オレは……改造されたのか?」

「おいおもしれーぞこいつ! ここ三年でこいつ今が一番面白え!」

 逆に瀬尾に尊敬の念が湧いてきた。今これだけはしゃげるのはそれはそれで一つの才能だろうと思う。「よくわかんないけど」と式谷は何食わぬ顔で答える。その何食わぬぶりも一つの才能だと思うが、薊原の悲壮感はすごいことになっている。

「ちょっとガーゼ外してみてもいい?」

「やってもいいけどオレは絶対見ねーぞ。何が出ても見せずにガーゼ貼り直せよ」

「それはちょっと約束できないけど」

 約束できないのに剥がした。

 痛ってえ、と大声で薊原が叫ぶ。何人かが目を逸らす。うわあ、と声も上げる。花野はこういうとき目を逸らすタイプでもなければ声を上げるタイプでもない。

 はっきり見た。

 だから、それを指摘してやった。

「――治ってるじゃん」

「……はあ?」

「ね。つやつやだ」

 式谷が薊原の頬に触れる。痛って、と薊原が言う。痛いの、と式谷が訊ねる。そりゃ、と薊原の口が大きく開く。

 止まる。

「……オレは今、どうなってんだ?」

「だから治ってるって」

「洪! おい! オレは今どうなってる!? 血は赤いか!?」

 なんで俺、と名指しされた洪が、しかし真面目だからちゃんと薊原のところまで近寄ってくる。お前が一番信頼できる、と薊原はなぜか目を瞑っている。こいつ歯医者とか嫌いなんだろうなと何となく思う。瀬尾がゲラ笑いの余韻を残しながら薊原に向かって言う。もうすげえぞお前いま顔面レインボーで血は緑色、瞼を貫通して飛び出した目ん玉ビームが天井をでろでろに溶かして牙から溶解液がドボドボ垂れてて顔は正七十八面体の水晶になってぐるぐる回りながら伸びたり縮んだりして周りにオーロラ撒き散らしてるぜなあ鈴木。ああ、うん、そんな感じ。

 全然そんな感じじゃないですよね、と桐峯が怒って言った。

「不安がってる人に変なこと言わないでください! 大丈夫ですか? 薊原先輩」

「誰――いや誰でもいいや。オレは今どうなってんだ。教えてくれ」

「だから治ってるって」

「…………治ってます」

「洪!」

 だからなんで俺、ともう一度洪が言う。実際花野もなぜ薊原がこれだけ洪に信頼を置いているのかよくわからないが、単純に頭良さそうに見えるからというそれだけの話なのかもしれない。

 洪は几帳面にそれを観察した。

 ふうむ、と博士みたいな声を出してる。右向いてください。ん。逆も。ん。今触られてるところ痛いですか。いや。

 見事な問診の末に、洪は言った。

「治ってる可能性が高いのでは、と」

 非常に誠実な物言いだったと思う。

 それに何らか心を動かされたのか、薊原は恐る恐る目を開けた。すかさず式谷が自分の端末を差し出す。たぶんインカメラになっているのだと思う。鏡を覗き込むように薊原はそれを見る。しばらくじっと見ている。無言のまま唐突に立ち上がる。この場の全生徒に見守られながら多目的室を出ていく。花野は頭の中で思い描く。薊原はそのまま迷いない足取りで西棟へ行く。流し台の電気を点ける。その中のできるだけ綺麗な鏡の前に立つ。髭剃りのCMみたいに自分の顔に手を当てて、右に左に、じっくり観察する。

 がらり、ともう一度扉が開いた。

「治ってる……」

 どういうことだオイ、と薊原が掴みかかるような勢いで式谷の方に向かう。暴力はダメですよ、と洪が勇敢にも立ち塞がる。しねーよ、と軽く言われてその勇敢さは空振りに終わる。式谷が全然深刻じゃなさそうな口調で薊原に説明を始める。薊原は「はあ?」「ラリってんのか?」とさっきまでの自分の狼狽っぷりを棚に上げる。

 その間、絽奈は何やらあの謎の生命体と会話をしている。

 幼馴染が未確認生命体と会話しているところを、花野はすごく微妙な気持ちで見ている。

「……一応訊いとくけど、ドッキリじゃねーんだよな?」

「ドッキリで顔治せたらすごくない?」

 だよな、と薊原が言う。

 だよな、と花野も思う。ドッキリではない。その前提で考えるとして、

 考えるとして、どうなる?

「あ、あの。ちょっといい? 薊原くん」

 絽奈が恐る恐る、という風に手を挙げた。

 あん、と応えた薊原は、さっきよりは多少落ち着いている。

「なんだよ」

「……湊、ちょっとこっち」

 はーい、と式谷が絽奈のところに戻る。耳貸して、と言われて素直に耳を貸す。絽奈は頬にキスするような勢いで顔を寄せる。たぶん角度によっては実際そう見えたんだと思う。ざわっ、と廊下側の出口の方がどよめいた。

「あのさ、」

 全てを聞き終えたらしい式谷は、いつもと大して変わりもしない口調で、

「怪我したイルカとか助ける活動って見たことない? テレビとかで」

「……おい、まさか」

「ウミちゃん、テレビで色々勉強してるから。そういうのをするのが陸の文化なんだと思って、親切でやってくれたんだって。怪我してるんだから治してあげようって。許可取らなかったのはテレビでイルカの許可を取るところを見たことがなかったから、そういうものだと思ってたみたいで」

 五秒くらい、みんなが薊原のリアクションを待っていた。

「――オレはイルカか?」

「ドルフィン薊原じゃん」

「おめーはいい加減黙れ」

 瀬尾に容赦のないアイアンクローが飛ぶ。あいででで、と瀬尾が叫ぶ。へええ、と鈴木が興味深げにウミを見ている。ウミは全くそんなの気にしないで絽奈と式谷と会話を続けている。冷静に考えると言葉が話せるのもなんなんだよ、と花野は思う。さらに冷静になって、さらに疑問が浮かぶ。

「絽奈」

「はい」

「治してくれたって言うけど、どういう仕組みなの」

「ごめん、わかんない。そこまでコミュニケーションできてないから」

「語彙が足りません、僕らでは」

「ウミちゃんはごいをわかる。ことば。あってる?」

「合ってるよ」

「僕より語彙力ある。すごー」

「ウミちゃんはすごー?」

 それはそうだ、という答えが返ってくる。予想できていたことだから大した驚きはなくて、花野はスムーズに次の思考に入っていく。これまでの状況整理は終わった。問題はこれからのことだ。

 考える。

 考えて、

「絽奈。別にこの子、学校に連れてきたくて連れてきたわけじゃないんだよね」

「うん。全然、留守番しててもらうつもりで……」

「じゃ、別にいいや」

「え、」

 考える必要なくね、と気が付いた。

「後は勝手に絽奈と式谷と薊原とウミちゃんでアフターケアとか話し合って。この件は学校に関係なし。解散!」

 きっぱり言ってやった。

 よく考えれば、と多目的室の出口に向かいながら花野は思う。別に何の関係もない話なのだ。こんなん学校の昇降口で事件が起こったから全生徒を集める羽目になっただけで、式谷の家とかでやってくれたなら何の関係もない。勝手にやってくれればいい。謎の生き物との接触も謎の生き物による画期的な外傷治療も。自分を含む大抵の生徒にとってそんなのは知らぬ存ぜぬことであり、せいぜい薊原が「改造人間になっちまった……」とかいきなり意味不明なギャグを言い出してなんだこいつという感じの目で見られる。そのくらいだろう。

 自分には関係ない。

 大人しく女子部屋に戻って勉強でもしよう。

「――ちょっと待ったぁ!」

 すごく聞き覚えのある声がした。

 振り向くまでもなくわかる。ガン無視して部屋から出ようかと思う。扉に手をかける。一秒おいて、結局溜息を吐いて振り返る。

「何」

「お前――正気か!? 未確認生命体と俺たちはファーストコンタクトしてるんだぞ!? それでも科学の時代に生まれた子どもかよ!?」

 小松だった。

 こいつは何かの見過ぎで年々言い回しがおかしなことになってきている。

「そうだけど」

「そんないかにも興味ないみたいな素振りしてさ――カッコつけんなよ! 本当は興味津々なんだろ!?」

「いや別に」

「なあみんな! こんなすごいこと見過ごしておけるかって、そう思うよな!?」

 もしも、とちょっとだけ花野は思う。

 式谷がいなかったら学年委員長のもう片割れは小松になったりしていたのだろうか。こいつと三年間肩を並べる羽目になっていたのだろうか。可能性は大いにある。考えるだけでゾッとする。

「――思う!」

 岩崎が叫んだ。

 洪がすごい顔をしていた。

「え、式谷先輩これほんと? ほんとのこと?」

「ほんとだよ」

「すっごー! え、私も喋ってみていい?」

「ウミちゃん、この子が喋ってみたいって。岩崎さん」

「いわさきさん。ウミちゃんはしゃべる」

「おぉ……! え、日本語ぺらっぺらで超すごいね! どのくらい勉強したの――あ、いま水の中にいないけど大丈夫? プールとかに一緒に行った方がいい?」

「ええっと、日本語は覚えだして大体一週間くらいかな。プールはとりあえず大丈夫。陸に上がってても別に問題ないらしくて――って、ごめん。私が答えちゃった」

「一週間……ウミちゃん頭いいんだ! 私英語とか一年以上やってるのに全然だよー!」

「あたま?」

「頭はここ。で、『頭』が『良い』っていうのは『賢い』っていうのと同じ意味なんだけど……ちょっと待って。これも説明するね」

 ジェスチャーを駆使して絽奈が『賢い』の説明を始める。内心その説明の巧みぶりに花野は舌を巻いている。空はどうして青いのかとか地球は如何して丸いのかとか訊かれても、アドリブで難なく完璧に説明してのけそうな勢いだ。

「なあ、花野」

「うわ」

 いつの間にか小松が接近してきていた。

 がしっ、と肩を掴まれる。痴漢対策で教わった肩をぐるっと回すやつを使ってその手を外す。「あ、すみません許可もなく不躾に」と小松が一瞬だけ正気を取り戻し、そのあとすぐまた正気をなくす。

「お前さ、ロマンをなくしてるんだよ」

「はあ?」

「そりゃ俺だってわかるよ。毎日辛いことばっかだし全然面白いことなんか転がってないし地球は温暖化してて毎日気が狂うほど暑いしそのくせ景気は悪いし政治は迷走してるしいいことなんか一個もないように見えるしお前って頭良いからそういうの人一倍感じてるんだよな、でも!」

 でも?と余計な相槌を入れたのは部屋の対角線上にいた一年の新貝だった。二年後にこのポジションに立ってるのはどうせお前だぞと言ってやりたいが、二年後にこのポジションに立っているのは桐峯な気もする。調子の良い相槌打ちやがって蹴飛ばすぞと思うけれど、そんな相槌が出てきてしまった時点で大勢は決してしまっているとも思う。

 小松はとても真剣な顔をしていた。

 小松が次に何を言うのかを、多目的室にいる全員が待っていた。

 ぐっ、と小松は拳を握る。街角に立って選挙演説をしてる胡散臭い政治家とか当選見込みのない真面目な老人とかと同じ仕草。人は何かを伝えようとするとき、自然にこのポーズを取るようにできているのかもしれない。

 

「――すごくワクワクするし、ウミちゃんにはしばらく学校にいてもらわないか!?」

 

 一瞬の沈黙。

 式谷が何食わぬ調子で、その隙間に言葉を差し入れる。

「ウミちゃん。しばらくここにいてほしいって言ったら、いてくれる?」

「うん。ウミちゃんはがっこうをわかる、をほしい」

 さらに一拍置く。

 パチパチパチ、と誰からともなく拍手が始まった。

 最初に鳴らしたのが誰だったのかわからない。少なくとも目の前でガッツポーズをしている小松ではない。「ブラボーッ」とか叫んでいる瀬尾とかでもない気がする。鈴木とか浅沼とか、そのへんはありそうかもしれない。紬の可能性もちょっとある。それか意外と桐峯周りの一年女子とか。二年の女子はもうすっかり岩崎につられてウミちゃんのところに集まっている。じわじわと包囲網が狭まっていく。

 何となく思い出す。

 絽奈が転校してきた日も、こんな空気だった気がする。

 それからゆっくり、花野は動き出す。まずは桐峯のところ。とんとん、と肩を叩く。先輩、と驚いたように振り返る。

「薊原の話、どうする?」

「……すみません。たぶん、それどころじゃなくなりそうな……」

 ん、とだけ頷いて返す。

 次はその薊原のところ。近付く途中で目が合って、

「……全然ついてけてねーんだけど。オレだけか?」

「いや、私も。顔ほんとに大丈夫なん、それ」

「わかんねえ……。チップとか埋め込まれてたらどうすりゃいいんだよ」

「宇宙人じゃないらしいし大丈夫なんじゃないの」

「お前、何か知らねーの」

「何が」

「ああいう生き物。何かないのかよ。頭良いだろ、お前」

 無茶苦茶言うなよと思うが、ちらっと頭の中に思い浮かぶものがないでもない。

 後で話す、と軽くそれは躱して、

「言っとくけど、たぶんウミちゃんと一番一緒にいることになるのお前だから」

「――は?」

「だってお前ずっと学校にいるじゃん」

 おいちょっと待て、と薊原は言うけれど、待てと言われて待つ奴はいない。そっぽを向く。踵を返す。浮足立って盛り上がり始めた多目的室を後にする。扉を開いて閉じて、西棟の方に歩き出す。階段を下る。踊り場からちょっと過ぎたところで、ちょうど鉢合わせする。

「あ、」

「先生。すみませんでした。電話、大丈夫でした?」

「あ、ううん、全然! まだ電話も来てないし……怖かったし、大変だったでしょ。大丈夫? 何かあれば私、今日一日いるから。何でも言って」

「大丈夫です。岩崎が引きずって助けてくれたんで」

 そっか、と気遣わしげな雰囲気は残したままで佐々山は微笑む。宇垣が佐々山を連れてきたのもちょっとわかるかも、と花野は思う。あんまり頼りになる感じではないけれど、いてくれると気持ちが楽にはなるかもしれない。

 ところで、と佐々山の顔が動いた。

 二階、特別棟の方に向けて。

「何かあった?」

 たぶん拍手とか、そういうのが職員室の辺りまで聞こえたんだと思う。

 ありがちなことだ。このあたりは驚くほど静かで、夜になれば海の音まで聞こえてくるんじゃないかというくらいだから。あれだけ大騒ぎすれば他の部屋まで声は届く。

 何かあった、と訊かれれば、もちろん何かはあったわけなのだけど。

「何でもないです。ちょっと盛り上がりすぎたんで、それだけ伝えようと思って」

「……そっか。薊原さんの扱いとか、大丈夫そう?」

「ばっちりです」

 佐々山が頷く。それだけです、と花野は言う。踵を返す。下ってきた階段をもう一度上る。日本の夏は蒸し暑い。廊下は窒息しそうなくらいに空気が籠っている。人間の肺はこんな気温に耐えられるようにできてないんじゃないかと思う。昼に向けて気温はさらにぐんぐん上がる。二々ヶ浜はそれでも最高気温が四十度まで行かないから涼しい方だなんて聞くけれど絶対嘘だと思う。

 多目的室の扉に手をかける。

 

 正直なところ。

 ちょっとだけ、ワクワクしている。

 

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