TSミステリアス系ヤンデレお姉さん 作:藁人形
ギシギシと、古ぼけた木製の床が軋む。ほんのりとカビ臭い廊下を渡り終え、立ち入り禁止の張り紙を無視して鉄製の分厚い扉を引く。小さな隙間を作って体を滑り込ませた俺は音を立てずにそっと扉を閉めた。
ここまで来ればもはや怖いものはない、いつものように、入り組んだ道を通ってとある教室へと向かう。
もはや日課となって久しいというのに、ここに来る度に奇妙な高揚感が体を満たす。それは、非日常が日常と化している背徳感ゆえか。バクバクと自己主張をする心臓を撫でながら歩いた。
廊下の突き当たり、ボロボロの扉の前で深呼吸を一つ。
ここは旧第一音楽室。そう、旧校舎の使われなくなって久しい音楽室だ。
本来なら誰もいるはずがないのに、自然とノックをしてそこに入る自分に小さな苦笑を漏らした。
「おや、また来たんだねぇ。君、もしかして暇なのかい?」
扉の軋む音を掻き消すように、よく通る妙な艶を持った声が響く。鼓膜を揺さぶる甘美な音は、何度聞いても飽きさせぬ不思議な魅力を湛えている。
そして本に視線を落としていた声の主は、ニヒルな笑みを浮かべてこちらを見やった。
「それとも、僕に会いたくて会いたくて、仕方がなかったのかな?」
※※※
彼女と出会ったのは今から丁度三ヶ月ほど前だった。ちょっとした
その事件については……今話すべきことでもないし割愛しよう。
とにかく、この不思議な関係は、もう三ヶ月間も続いているのだ。
長くもなく、短くもない、しかしお互いのことを知るには十分すぎる時間だ。そのはずであった。
「さっきからどうしたんだい? ジロジロと見て、そんなに僕のことが気になる?」
この妙な口調で話す先輩について、俺は名前以外の情報をほとんど知らない。
セミショートの黒髪に、少し吊り目気味で端正な顔立ち。その容姿は美人と形容する他にない。女子にも人気が出そうなその容貌は学校内でも噂となっていそうなものであるのに、未だこの音楽室の外において彼女の名を耳にしたことはない。
「その本、いつになったら返してくれるんですか。まだ俺読んでないんですよ」
「君と違って僕は暇じゃないからね、読むのに時間がかかるんだ」
そう言って悪戯な笑みを浮かべる彼女の手には三週間ほど前に貸した俺の本。ここに来るたびに読んでいるのを見かけるが一向に返してくれない。先週見た時よりも前のページを開いている気がするのは、流石に俺が捻くれすぎているのだろうか。
「なんだその顔は……まぁ、そんなに返して欲しいなら返すさ。ほれ」
少しだけ不満げな表情でこちらに本を突き出してくる彼女。少し考えた後、逆にその手を突き返す。
「別に、まだ良いですよ。いつかちゃんと返してくれれば」
「そう? じゃあお言葉に甘えさせていただくよ」
ありがと、そう付け加えると再び読書を再開する彼女。その横顔をこっそりと眺める。髪を耳にかける仕草、ほうっと感嘆の息を吐くその唇、その全てに惹きつけられる。
別に本なんて返して貰わなくても構わなかった。
それが、ここに通う理由となるならなんだって良いのだ。
俺は…………この美しく艶めかしい、ミステリアスな先輩に、
どうしようもなく恋をしているのだ。
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隠しているつもりなのだろうか、熱い視線をこちらに寄越す彼に内心で汚い笑みを浮かべる。
全部バレバレだというのに、ちらりと顔を向けるとなんでもないかのように顔を背けて昼食を取り始める彼。
そんな彼がたまらなく愛おしい。なんとも遊び甲斐のある
一度死んで、この意識が再び覚醒してからずっと退屈だった。
でも、当分は彼のおかげで楽しい日々が過ごせそうだ。
もう三ヶ月も、彼はこんな場所へ昼ごはんを食べに来ている。友達がいないのか、他に何か深い事情があるのか。
それとも、そんなことどうでもよくなるくらいに、僕に思いを寄せてくれているのか。
そんな彼の為に、
「そういえば、この前貸してくれた小説、最新刊はもう出ていたりするのかな?」
「あ、そういえばつい最近新刊出てましたね」
「そう、買ったらぜひ貸してね」
「…………俺が読んだ後でなら」
あぁ、その顔。堪らないな…………僕も随分と趣味が悪くなってしまったみたいだ。
予鈴が鳴り、急いで昼食を片付けて足早に去っていく後輩の姿を見送る。
その姿に僅かな寂しさを感じながら、僕はそっと本を閉じた。