TSミステリアス系ヤンデレお姉さん 作:藁人形
キーンコーンカーンコーン…………
チャイムの音が四限目の終了を知らせる。一週間後の期末テストへ向けてがっつり内職していた俺は起立の号令に一拍遅れて立ち上がった。
机や椅子の動く喧しい音と共に、皆それぞれ手を洗いに行ったり、友人同士で集まったりと昼食の準備に取り掛かっている。
その教室の風景を尻目に、俺はいつも通りコンビニで買ったおにぎりを持って例の場所へと向かった。
「あいついつも昼休みどこ行ってんだろ…………」
後ろで男子生徒が話す声が聞こえたが、もう今更なので気にしないことにした。
この学校では職員室は二階にある。先生に質問に行く生徒でかなり混んでいるため、あまり人目に付きたくない俺は一階をいつも通っている。
何故か斜面に建てられているこの学校は、非常に複雑な構造をしており新入生は先輩の付き添いがないとすぐに迷子になってしまう。無駄に広く、入り組んでいるため上級生でも一度も通ったことがない廊下などが多くあるらしい。つまり気をつければいくらでも人目を忍んで移動できるのだ。
いつもの如く誰にも咎められることなく立ち入り禁止のエリアまで来た俺は肩の力を抜いた。
いつも先にあそこに居る先輩は、どの道を通っているのだろうか。それとなく他学年にも注意を向けているのだが残念ながらまだあの先輩を見つけることはできていない。授業をサボってずっとあそこにいるのか、それとも保健室登校でもしているのか。
それを直接彼女に聞くほど無遠慮にはなれなかった。
※※※
いつも通りノックをして旧音楽室の扉を開くとそこには珍しく誰もいなかった。
この三ヶ月と少しの間、一度もこのようなことはなかった。ここにくれば先輩に会えるというのが頭の中で当然のこととなっていたが、よく考えたらここにいることの方がおかしいのだ。
こういうこともあるか、と落胆しながらも定位置の椅子に腰を下ろす。しかし何故だか妙に落ち着かなくて、そっと昼食を机に置いて立ち上がる。
俺の中で先輩は音楽室の一部と言ってもいい存在だった。いや音楽室が先輩の一部と言った方が良いかもしれない。この二つが揃っていないことに酷く違和感を覚える。
ぐるっと一周、教室内を見渡した。やはり先輩の姿はない。
はぁ…………
一度大きくため息を吐く。我に帰った俺は、荒っぽい動作で再び椅子に腰掛けた。よく考えると少し気持ち悪い自分の行動に恥ずかしさを感じたのだ。
何やってるんだか、そう心の中で呟きながらコンビニのおにぎりを袋から取り出し、そのビニールを剥がす。
「もしかして、僕を探してたのかな?」
その瞬間、何者かに両肩を掴まれて心臓が大きく跳ねた。思わず手にしていたおにぎりを落としそうになるも何とかギリギリでキャッチする。
慌てて後ろを振り返るとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた先輩がいた。
バクバクと煩い心臓を抑えながら彼女を睨みつける。
「そんな顔しなくても良いじゃないか、ちょっとした茶目っ気を見せただけなのに」
「こういうの苦手なんですよ……ていうか、一体どこに隠れてたんです?」
「ふふ、内緒さ」
本当に……どこに隠れていたのだろうか。この廃教室は遮蔽物も少なく近くに身を潜めれる場所はない。
それに、この老朽化した床の上を音を立てずに移動するなどおそらく不可能であろう。しかし先ほどは全く音がしなかった。また先輩の謎が一つ増えてしまったようだ。
実は忍者の末裔だったりするのだろうか。それなら確かに普段全く見かけないのも納得だ。
突然の登場に驚きながらもどこか喜びと安堵感を覚えていることに気恥ずかしく思いそっと食事を再開する。先輩も定位置に座って読書を始めていた。
テストを控えている俺は時間を有効活用するために世界史の暗記ノートを開く。世界史や英語はこういう空き時間に勉強できて楽だ。
行儀悪くもおにぎりを片手にノートをペラペラと捲る。そしてふと顔を上げると、いつの間にか後ろから先輩がノートを覗き込んでいることに気づいた。
またしても急な接近に心拍数が上がる。この先輩といると心臓がもたない。
「食事中すら勉強するなんて、熱心だねぇ」
「来週テストなんで」
「へぇ〜」
「へぇって、先輩もじゃないですか」
「…………まぁ、そうかもね」
なぜか複雑そうな表情を浮かべた先輩は、俺の視線に気づくと若干顔を逸らす。その反応の理由は俺にはわからなかった。しかし、おそらく突っ込んでいいものではないだろう。気にはなりながらも深追いはしない。
「いやぁ、世界史ずっとサボってたせいでやばいんですよね」
「ふーん、大変だね。世界史は苦手?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。今中国史やってて、漢字が多くてややこしいんですよ」
後ろから、僕の肩越しにノートを覗く先輩。そんな体勢のため非常に距離が近く、横を向けば顔が当たってしまいそうだ。甘い香りに脳が痺れて、あまりの緊張に自分が何を言ってるのかもわからなかった。
未だかつてない急接近に色々と情緒がぐちゃぐちゃな俺であった。
覗くのをやめて顔を上げた先輩は顎に手を当てて何かを考えるような仕草をする。その髪が揺れるたびに艶美な香りが舞って落ち着かない。甘くしっとりとした香りは妙な艶を湛えていて、危険な熱を孕んでいた。
「せっかくだし、僕が少し問題を出してあげよう」
そっちの方が効率もいいだろう?
そう言って対面に移動した先輩は俺のノートを手に取る。距離が離れて安心するようながっかりするようなそんな複雑な気持ちであったが、妙に勘の鋭い先輩に気取られぬようポーカーフェイスに努めた。まだ内心ドキドキしまくりであるが。
わぁ、懐かしい……と感慨深そうにノートを眺める先輩を見て不思議な気持ちになった。そういえばこうして対面で座ったのは初めてかもしれない。
「字、綺麗だね」
「適当に書いて間違った知識覚えちゃったら最悪なんで、緊張して丁寧に書いてしまうんです」
「ふふ、ちょっとだけその気持ちわかるよ」
そう言った後、コホンと一度咳払いをした先輩は居住まいを正してこちらに向き直る。
「えぇと……ふむ。じゃあ簡単なところから出していくよ。一条鞭法を実施した人の名前とその役職、ついでにその時の皇帝の名前を答えて」
「……内閣大学士の張居正と………………万暦帝?」
「正解」
その後も一問一答だったり語句の説明だったりと様々な問題を出してくれた。正直かなり助かる。やはりこういうのはエピソード記憶として定着しやすいし、先輩と勉強したという思い出補正だけでも無限に覚えていられる気がする。
問題を出しながらも一つ一つちょっとした小話を挟んでくれる先輩は少し意外だった。失礼かも知れないがずっとこんなところにいる先輩は少し不良めいていて、あまり勉強ができる印象はなかったのだ。それにどれも初めて聞くような非常に興味深い話だった。
「先輩って意外と博識なんですね」
「意外とはなんだ……もしかして煽っているのかい?」
「ただ知識量すごくてびっくりしただけですよ」
「………………まぁ、人生三周目だからね」
その先輩のジョークはよくわからなかったが、なんにせよ非常に有意義な時間だった。
「また明日もお願いしていいですか?」
「ふふ、別に構わないけど……僕の読書時間を奪って良いのかい? また返すのが遅くなるよ?」
「もう今更ですよ」
丁度そのタイミングで予鈴が鳴る。今日は色々と濃い時間だった。
先輩と勉強するのは楽しかったし、また先輩の新たな一面を知れて満足である。ほんのちょっと、一センチにも満たないかも知れないが、先輩との距離が縮まったような気がした。