夢幻のキミへ   作:MavMartini 

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夢幻のキミへ 前編

夢幻のキミへ  前編

 

 

 

#0 Lethe

 

 

 

周りのいたるところで爆音が鳴り響くと共に景色が崩れていく。

 

身体が動かない。

 

もう足元まで無が広がってきている。

 

後ずさりするも、そこにはいつの間にか壁があった。

 

何も抵抗できず無に落ちる間際、人影が見える。

 

 

 

「――、―――――でも―――――――――ます。」

 

 

 

言っていることが聞き取れない。

 

どうしてか手を伸ばさないといけない気がした。

 

何故?

 

頭の中で疑問が反芻しかけた瞬間、身体は意識ごと無に飲み込まれた。

 

 

 

目が覚めるといつもの自室だった。

 

仕事用のPCと寝るためのベッドがあるだけの簡素な部屋。

 

寝ぐせが付いた頭をかきながら時計を見る。

 

時刻は昼前といったところか。

 

このところ部屋で缶詰状態で仕事をしていたせいか、体がバキバキである。

 

 

 

「散歩ついでに昼飯でも食べに行くか。」

 

気まぐれだった、普段なら出前で済ましていたところである。

 

あくびをしながら軽く着替えをし、玄関をあけた。

 

まぶしい陽の光が差し込んだ。

 

外は雪も解けて桜が咲き始めていた。

 

そういえばあの日もこんな...。

 

 

 

あの日...?

 

 

 

#1 日常

 

 

 

「提督、提督。もっと榛名にかまってください!」

 

 

 

今日も書類の山が凄まじいな、この鎮守府も大所帯になった証拠か。

 

そう思えばなんだか感慨深さすらある。

 

さてと、万年筆はどこにいったかなっと。

 

 

 

「提督、かまってくれないと榛名すねちゃいます!」

 

 

 

こっちの引き出しにないとなると上着のポケットだったかな。

 

席を立ち、ポールハンガーに掛けた内ポケットをまさぐる。

 

お、あったあった。

 

 

 

「提督、榛名はそっちじゃないですよ~!」

 

 

 

よし、これで書類の山を片づけ始められるな。

 

どれから手を付けたものか。

 

すこし思案し、資材管理報告書を手に取った。

 

 

 

「提督!榛名はここですよ~!」

 

 

 

突然ズイっと榛名の顔が目の前に現れ、不満げにぷくぅっと頬を膨らませながらこちらを見ている。

 

 

 

「だああああああああ!!さっきからやかましいぞお前は!!!!」

 

 

 

「この机にそびえたつ書類の山が見えないのか!?」

 

 

 

「だって提督、最近ずっとお仕事ばかりで榛名とゆっくりお話する時間もないんですよ?榛名にも我慢の限界があるんです。」

 

 

 

そう言い榛名はプイッと横を向いた。

 

こいつという奴は...。

 

こうなると意外と頑固なもので仕事になったためしがない。

 

 

 

「わかったわかった、俺の負けだよ。今日は最低限だけやって休暇にするから、それだけやらせてくれ。」

 

 

 

それを聞くとさっきとは一転して顔を輝かせ、ようやく目の前からどけてくれた。

 

 

 

「提督...!ありがとうございます!榛名、全力で待機しますっ!」

 

 

 

まったくそんなに楽しいかね俺と一緒にいるのが。

 

こっちとしては仕事が終わらなくて毎日大変だというのに。

 

まあ、俺も息抜きになっている部分もあるから一概に悪いことばかりではないのかもしれない。

 

やれやれとウキウキの榛名を眺めていると、執務室のドアにノックする音が聞こえた。

 

 

 

「どうぞ、開いてるよ。」

 

 

 

「失礼します大淀です。提督、哨戒スケジュールについてお話があるのですが。」

 

 

 

「そういえば今日は十七駆は艤装メンテナンスがあって出れないんだったか。」

 

 

 

「ええ、なので代わりに誰に出ていただこうかお聞きしたくて。」

 

 

 

大淀と相談をしていると榛名がこちらをみてソワソワしている。

 

頼むから待っていてくれ本当に...。

 

 

 

「では、その通りに。失礼しますね提督。」

 

 

 

「ああ、よろしく頼むよ。」

 

 

 

「あ、そういえばまた独り言が廊下まで聞こえていましたよ?駆逐の娘達が怖がってしまうのでほどほどにしてくださいね。」

 

 

 

それだけ言い残し大淀は退室した。

 

またやってしまったな、自制していたつもりなんだがたまについ出てしまう。

 

わざとらしくため息を吐いてみせる。

 

 

 

「まったく、俺にだけ見えるせいで俺が変な目で見られてしまうな。」

 

 

 

「提督が普段からかまってくれればそんなことにはなりませんよ?」

 

 

 

いつの間にか横にきて上目遣いでそう言った。

 

またため息が出る。

 

これが俺の日常だ、榛名は他の艦娘や人には見えない。

 

いわゆる霊体なのだ。

 

 

 

 

#2 榛名のお願い

 

 

 

「は?」

 

 

 

「だからお出かけです、榛名は提督とお出かけしたいです!」

 

 

 

あまりに急な申し出に口が開きっぱなしになる。

 

こいつは何を言っているんだ?

 

俺にそんな時間があると?

 

 

 

「はいはい、まだ今度なー。次は装備改修か...。」

 

 

 

適当にあしらって次の書類に目を通す。

 

ふむ、高角砲あたりがマストだな時点でソナーあたりか。

 

 

 

「提督いいんですか?榛名、まただだをこねますよ?」

 

 

 

ピクリと走らせていたペンが止まった。

 

おいおい冗談だろ。

 

 

 

「あー、このままじゃまた提督が駆逐艦の子たちに怖がられてしまいますねー。」

 

 

 

ピクピクこめかみが動く。

 

おさえろ、艦娘との信頼関係は大事だ。

 

駆逐艦に懐疑の目を向けられるわけにはいかん。

 

 

 

「ちなみにどこに行きたいんだ?」

 

 

 

なんとか平静を保ちつつ尋ねる。

 

榛名はうーんと少し考えた後に話し出した。

 

 

 

「榛名、水族館に行ってみたいです!」

 

 

 

電車で二時間ほど移動し目的水族館まで足を運んだ。

 

榛名は陸の景色が新鮮だったのか次から次へとやってくる情景に興味津々だった。

 

ただ、ずっと俺に話しかけてくるせいで返事をするたびに周りの人からの視線が痛かったのが難点だった。

 

チケットを大人一枚購入し中に入る。

 

 

 

「わあ、提督!提督!大きな水槽にたくさんのお魚さんが泳いでます!」

 

 

 

「綺麗ですね~。榛名、感激です!」

 

 

 

早速、子供のようにはしゃぎまわっている。

 

随分と大きな子供だなと思いながら榛名を追うように歩き出した。

 

それからは色んなコーナーを回った。

 

榛名はイソギンチャクを不思議そうに見つめたり、ドクターフィッシュを体験できずに悔しそうな顔をしていたりしていて見ていて飽きなかった。

 

しばらくして大きなジンベイザメを二人で見ながら尋ねた。

 

 

 

「なあ、魚なんて艦娘の頃に海でたくさん見れたろ。こんなところ来て楽しいのか?」

 

 

 

「上から見下して見るのと、横から視線を同じにして見るのでは全然違いますよ?」

 

 

 

「そんなものか?」

 

 

 

「そんなものですっ。」

 

 

 

榛名は満足げにそう答えた。

 

そうかと返事をし、また二人で水槽へと視線を戻した。

 

少し沈黙が流れた。

 

 

 

「提督。」

 

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

 

「提督は横のままでいてくださいね?」

 

 

 

不意な言葉に意図が汲み取れなかった。

 

またいつもの特に意味はないような文言なんだろう。

 

俺は考えるのを止め、目の前を悠々と泳ぐ巨体を眺めていた。

 

 

 

#3 ファーストコンタクト

 

 

 

俺が提督になったのは今から約二年前。

 

前任の首が飛び、次席の俺が繰り上がった形だ。

 

次席といっても前任の提督は俺に書類整理しかさせてくれなかったので、実際に艦娘と話したりする機会はほとんど無かった。

 

 

 

「今日から提督だなんて言っても、急なもんだからなんの説明もなかったぞ。」

 

 

 

ブツブツと文句を言いながら執務室へ入る。

 

ギョッとした。

 

宙に浮いてる艦娘らしきものが目に入ったからだ。

 

 

 

「は?」

 

 

 

その声で彼女がこちらに気が付いた。

 

彼女はこちらに向き直ると笑顔で挨拶をした。

 

 

 

「高速戦艦、榛名です。あなたが提督なのね?よろしくお願い致します。」

 

 

 

 

「ああ、今日からここを預かることになった。よろしく頼むよ。」

 

 

 

ついそのまま挨拶を返してしまった。

 

どうして彼女は浮いているんだ?

 

こころなしか身体も少し透けているような...。

 

ついその姿をジーっと見てしまった。

 

 

 

「提督、そんな見つめられると榛名恥ずかしいです。」

 

 

 

我に返った。

 

女性をジロジロ見るのはさすがに失礼だった。

 

 

 

「すまない、その...気になってしまって。」

 

 

 

 

彼女も気が付いたのか少しこちらに寄ってきて話し出した。

 

 

 

「榛名、実は肉体がないんです。幽霊?みたいな感じなんだと思います。」

 

 

 

そんな事があるんだろうか、俺はそんな実例を聞いたことがなかった。

 

上に報告するか?

 

いや、こんなスピリチュアルなことを報告しても信じてもらえないだろう。

 

考え込んでいると彼女が呟いた。

 

 

 

「良かったです。」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「ここまで誰も榛名に気づいてくれなくて、いえきっと見えていなくて提督もそうなんじゃないかって思っていたんです。」

 

 

 

「なので榛名、良かったです!」

 

 

 

彼女は孤独なんだなと思うとこの俺も情が沸いてきた。

 

天涯孤独というものはなかなかつらい時もある。

 

俺も幼い時に両親を亡くし兄弟もいないから多少気持ちは分かる。

 

 

 

「あっ、でも榛名お仕事の邪魔はしません!」

 

 

 

「秘書官さんと執務されている間は隅でじっとしていますから!」

 

 

突然焦りながら話し出した。

 

隅でじっとって、逆に気になって仕事に集中できなさそうだ。

 

俺はちょっと考え込んだ。

 

俺が黙っていると彼女は不安そうな顔で覗き込んできた。

 

 

 

「提督...?」

 

 

 

「よし決めた!秘書官は置かないことにする。」

 

 

 

「え、それでは提督の負担が増えてしまいます!榛名のことは気にせず秘書官を置いてください。」

 

 

 

「何を言っているんだ?榛名が僕の秘書官のようなものだろう?」

 

 

 

「あ...。」

 

 

 

彼女は一瞬驚いた顔をしたがすぐに満面の笑みになった。

 

その笑みにドキッとしてしまった自分もいた。

 

 

 

「変わらず提督は優しいのですね、榛名にまで気を使って頂いて。」

 

 

 

「変わらず?」

 

 

 

「いえ、なんでもありません。提督、榛名頑張ります!」

 

 

 

これが俺たちの出会いだった、今思い返しても意味が分からない。

 

なんであの時の俺はこの幽霊に君が秘書官だなんて言ってしまったのか。

 

今ではわがまま放題で仕事にすらならない。

 

もしいなくなったら仕事が楽になったりするんだろうか、まあ冗談はこの辺にしておくか。

 

 

 

「提督!提督、榛名は間宮に行きたいです!」

 

 

 

頭痛がしてきた。

 

こっちの仕事が終わるまで待てないのか榛名は。

 

 

 

「やかましい!あと一時間くらい待てと言っただろうが!」

 

 

 

「じゃあ、榛名は提督の膝の上で待ってますね。」

 

 

 

「お前越しだと書類がぼやけるんだよ!!」

 

 

 

「えへへ、提督の膝の上嬉しいです。」

 

 

 

最初の感じはどこに行ったのやら、最近はずっとこの調子だ。

 

まったく、何故か榛名の笑顔にはかなわない。

 

いつから勘違いしていたのか、これが当たり前だと。

 

 

 

#4 羨望

 

 

 

「艦隊が母校に帰航しましたよ~。」

 

 

 

「ああ、阿賀野報告を頼む。」

 

 

 

「遠征は大成功です、途中戦闘もありましたが被害は小破二隻のみで軽微です。」

 

 

 

「よくやった、すぐに補給と入渠をしその後は各自ゆっくり休むように。」

 

 

 

「了解です!失礼します。」

 

 

 

大成功か、上々だな。

 

この調子でいけば今月の資材収支もプラスになりそうだ。

 

このところ遠征部隊には頑張ってもらっているし、間宮券でも用意して労わないとな。

 

 

 

「...。」

 

 

 

榛名が外の演習組をジッと眺めている。

 

 

 

「どうかしたのか榛名。」

 

 

 

「今の鎮守府は皆やる気に満ち溢れていて楽しそうです。」

 

 

 

「そうか?別にいつもと変わらん光景だろ。」

 

 

 

「いいえ提督、そういう日常があるって何よりも大切なことなんですよ?」

 

 

 

何も答えられなかった。

 

世にはブラック鎮守府と呼ばれるものが存在していることは俺でも知っている。

 

そこでは劣悪な環境で出撃を繰り返し、艦娘が酷使されているらしい。

 

艦娘を物としか見ていない提督は一定数存在する。

 

彼女らも苦痛を感じる心があるというのに。

 

 

 

「実際に戦場に立っているのは彼女たちだ、俺は見ていることしかできない。」

 

 

 

「俺はその彼女達が最善を尽くせるよう環境を整えるのは提督の義務だと思っている。」

 

 

 

「提督は私たちをとても大切に思ってくれているのですね。榛名の提督もあなただったら違った結果になっていたのでしょうか。」

 

 

 

その言葉からはいつもの榛名とは違って何か重みを感じた。

 

榛名は変わらず外の様子を眺めている。

 

その目は少し寂しそうで、そして羨むようなそんなものだった。

 

 

 

「俺が榛名の提督ね、もしそうだったら今の様な関係にはなっていなかったんじゃないか?」

 

 

 

「それもそうかもしれませんね。」

 

 

 

クスっと榛名は笑うと俺の横に近づいてきた。

 

 

 

「榛名は...今の方がずっといいです。」

 

 

 

「そうだな。」

 

 

 

「ええ...。」

 

 

 

 

#5 変遷

 

 

 

静かな執務室。

 

時計の秒針の音だけがカチカチと響く。

 

おかしい、こんなことこの一年で一度もなかった。

 

今日は榛名が姿を現わさないのだ。

 

いつもなら俺が朝執務室に来ると机の横に佇んで出迎えてくれる。

 

何かあったのか?

 

普段あんなに騒がしかったこの部屋も榛名がいないだけで妙な静寂感がある。

 

 

 

「落ち着かないな、榛名がいないだけでこんなに変わるものなのか?」

 

 

 

窓の外をみると海防艦達が五十鈴に対潜演習してもらっている様子が伺えた。

 

あんな小さな子でも戦争に駆り出される時代か、世も末だな。

 

俺たち大人はあいつらが戦ってる姿を実際に見ることなく、安全なところで戦果ばかり気にするような奴らばっかだ。

 

そういえば前任の詳細な采配はしらないな。

 

ろくなことはしていないだろうが資料室で確認してみるか。

 

 

 

資料室に行く途中ばったり愛宕と会った。

 

手にはお菓子を持っていた、姉妹で食べる分だろうか。

 

 

 

「あら提督さんじゃないの~、どこかいくのかしら?」

 

 

 

「ああ、ちょっと資料室に用事があってね。」

 

 

「そう~。」

 

 

 

愛宕がこちらをジッと見ている。

 

 

 

「提督さんちょーっと元気なさそうかしら?」

 

 

 

「そうみえるか?」

 

 

 

「そうねぇ、これあげるから無理しちゃダメよ~?」

 

 

 

愛宕はそう言ってチョコ―レートを差し出して、そのまま去って行った。

 

そんな顔に出るほどだったか?

 

まあ疲れてるのかもしれないな、せっかくだし頂くか。

 

 

 

資料室はしばらく掃除してなかったせいかかなり埃っぽかった。

 

こりゃ掃除が必要だな、近いうちに誰かに手伝って貰おう。

 

さて、この辺が一年半前くらいのものだな。

 

ファイルを引き抜きページを捲っていく。

 

 

 

「なんだ、この出撃スケジュールは...?」

 

 

 

そこにはどう考えても無理のある連続遠征や大破進撃が繰り返されていた記録が示されていた。

 

丸一日遠征して補給の時間しか休めずまた遠征に出ている記録や、明らかに練度が見合っていない艦娘をデコイ用に編成に組み込んで出撃している記録など、見ていられないものばかりだった。

 

ん?

 

あるページで捲る指がピタっと止まった。

 

 

 

「戦艦榛名――轟沈――だと?」

 

 

 

たしかに提督になった時、榛名という艦娘は名簿にいなかった。

 

それはうちに来ていなかっただけではなく沈んでいたから?

 

じゃあ、あの榛名は一体なんなんだ...。

 

居ないはずの榛名が違った形で存在している。

 

いや、もっと早くに疑問視するべきだったはずだ。

 

なのにあの日々が当たり前だと俺は勘違いをしていた。

 

 

 

―――榛名は何処へ行った?―――

 

 

 

頭の中でそんな疑問が浮かび上がった。

 

艦娘は軍艦の魂が具現化した姿で、その反転した存在が深海棲艦であるとも言われている。

 

沈んだ艦娘が深海棲艦として現れたという事例も聞いたことがある。

 

榛名は俺と出会う前に沈んでいるのに、この約一年間一緒にいた。

 

 

 

「俺と出会ったのは本当に偶然か?」

 

 

 

気づけば走り出していた。

 

艦娘寮、食堂、ドッグに工廠、演習場や海岸線。

 

息が切れている、なんでこんな必死に駆け回っているんだ俺は。

 

どこに行っても榛名の姿は見えない。

 

 

 

「榛名!榛名どこにいる!!」

 

 

 

大声で呼びかけるも返事はなく、さざ波の音だけが虚しく耳に入ってくる。

 

散々、俺をかき乱しておいて突然居なくなるなんて、そんなのずるいだろう。

 

榛名との関係もあの空の雲の様に変わり始めていたのかもしれない。

 

 

 

#6 真実

 

 

 

「提督、おはようございます。今日も一日頑張りましょう!」

 

 

 

三日ほど経ったその日、何事もなかったかのように榛名はそこにいた。

 

もうこうして挨拶をかわすことすら叶わないと思っていた。

 

だからその姿を見て嬉しいという気持ちにすらなっている。

 

 

 

「おはよう榛名。」

 

 

 

仕事に取り掛かる前にコーヒーを一杯淹れることにした。

 

ティーカップを一つ、いや二つ用意しインスタントのコーヒーを注いだ。

 

そして榛名の前に差し出すと驚いた顔をしたがすぐに微笑みに変わった。

 

 

 

「そんな優しくされても榛名、何も返せませんよ...?」

 

 

 

「居るだけで十分だよ。」

 

 

 

「そうでしたか...。」

 

 

 

コーヒーを一口飲む。

 

苦いな、背伸びしてブラックになんてするんじゃ無かった。

 

いつもうるさいくらい元気な榛名が今日はぼーっとしている。

 

窓の外でも眺めているようだ。

 

日報を取り出し今日の日付を書いたところで榛名が呟いた。

 

 

 

「提督は聞いてこないのですね。」

 

 

 

「聞いてほしかったのか?」

 

 

 

「そういわれると微妙ですね。」

 

 

 

こちらを見て苦笑いした。

 

榛名はティーカップの淵をなぞるような動作をしながら話し出した。

 

 

 

「この姿を維持できなくなってきたのです。」

 

 

 

「維持できないとどうなる?」

 

 

 

「意識だけぼんやりとある魂の状態で海に引き寄せられてしまいます。」

 

 

 

「それは一度沈んだからか?」

 

 

 

榛名の身体がビクッっと跳ねる。

 

きっと図星なのだろう。

 

 

 

「提督は知っていたんですね。おっしゃる通り榛名は提督の前任の方の指揮の下で沈んでしまいました。」

 

 

 

「あんだけ大破進撃していたんだ、いつ沈んでいてもおかしくなかった。」

 

 

 

「でも榛名は艦娘ですから、戦って誰かを守って沈んだのなら本望です。」

 

 

 

「それに、こうして奇跡のような形で提督と過ごす時間も神様は与えてくれました。」

 

 

 

「そうか。」

 

 

 

「はい。」

 

 

 

「いつまでいられる?」

 

 

 

「正確には分かりません、でもあまり長くはないと思います。」

 

 

 

それを聞いて思わず立ち上がり窓のほうを向く。

 

涙がでそうだった。

 

俺は俺が思っていたより榛名に入れ込んでいたようだ。

 

 

 

「榛名。」

 

 

 

「はい、提督。」

 

 

 

「これからはできるだけ榛名との時間をとるようにする、榛名がいないと落ち着かないのでな。」

 

 

 

「榛名にずっと気を使って頂いてありがとうございます提督...。」

 

 

 

振り向くと榛名は胸に手をあて言葉を噛みしめるように目をつぶっていた。

 

こんな儚い女性がこの世にいるのだろうか。

 

榛名と過ごせる時間が刻一刻と減っている事実が俺の胸を締め付けている。

 

これからはできるだけ君の話を聞こう、できるだけ行きたい場所へ連れて行ってあげよう。

 

そう心に誓った。

 

 

 

#7 私の初恋

 

 

 

私はお世辞にも良い鎮守府に着任したとは言い難かった。

 

連続の出撃や遠征はあたりまえ、しかも補給も最低限だけで満足にはさせてもらえない。

 

執務室の近くを通りかかれば、必ずと言っていいほど怒号が飛び交っていた。

 

 

 

「ああ、もうこんな時間。出撃しないとですね。」

 

 

出撃ドッグに向かうと泣き声が聞こえた。

 

あの子は潮さんですかね。

 

どうしたんでしょう。

 

 

 

「あの、どうかしましたか潮さん?」

 

 

 

「榛名さん....ぐすっ、もう体中の傷口に海水が染みるのは嫌、なんで痛いのばっかりなの?どうして私たちこんなぐすっ...。」

 

 

 

どう声をかけていいか分からなかった。

 

周りの子も皆下を向いてあきらめたような顔をしている。

 

私がどうにかしないとと思い言葉をふり絞った。

 

 

 

「大丈夫です!皆さんはこの榛名がお守りします!」

 

 

「ほんと...?」

 

 

「ええ、お任せください!」

 

 

 

この場だけは何とかなりそうだった。

 

しかし、状況は何も変わらないどころかどんどん悪化していった。

 

榛名がやらなければ。

 

榛名が皆をお守りしなければ。

 

そうやっていくうちに傷ばかり増えていった、艤装も満足に動かない。

 

 

 

ある日、他の娘の装備換装を待っている間に気分転換でもと中庭に来ていた。

 

綺麗なアザレアが咲いていました。

 

そこで榛名はあなたと出会ったのです。

 

 

 

「あなたは...戦艦の方ですかね?ここへ何の用ですか、入渠ドッグなら反対ですよ?」

 

 

 

「入渠ドッグには入れないんです、ここには気分転換をしに...。」

 

 

 

「そのケガで入れない?司令の命ですか?」

 

 

 

「はい...。」

 

 

 

「チッ、あのじじい何考えてんだ。」

 

 

 

舌打ちに身体がビクッとした。

 

目の前の男性はそう言うとポケットをゴソゴソしだした。

 

 

 

「手出してくれますか。」

 

 

 

「え?はい...。」

 

 

 

おずおずと手を差し出すと彼は私の傷だらけの指に絆創膏を貼ってくれた。

 

こんなことをしてもらったのは初めてだった。

 

世の中にはこんな優しい人もいるんだと榛名は思った。

 

 

 

「俺にはこれくらいしかしてあげられないけど、折れないでくださいね。」

 

 

 

「では、俺はこれで。」

 

 

 

「あ...。」

 

 

 

名前でも聞こうと思ったがその前に彼は行ってしまった。

 

彼が貼ってくれた絆創膏を眺めると何故かあたたかい気持ちになった。

 

胸がドキドキしてこんなのは初めてのことだった。

 

その日の出撃はいつもより力が沸いてきた。

 

きっとこれは彼が魔法をかけてくれたから、そうきっと...。

 

 

 

 

それからというものの、出撃の隙間時間で初めて彼と会った中庭に通うようになった。

 

彼とは会うことはなかったけれど、あの時の出来事をここに来ると鮮明に思い出すことができる。

 

また彼に会いたい、話を聞きたい、もっと知りたい。

 

きっとこれは恋だ。

 

 

 

「榛名、十分後カレー洋に出撃な。」

 

 

 

あれからしばらくしても相変わらず出撃を繰り返す日々は続いていた。

 

しかも今の私は被弾がかさんでしまって大破状態だ。

 

でも提督の命令は絶対。

 

 

 

「了解です、榛名にお任せください!」

 

 

 

正直限界だった。

 

まっすぐ航行できるかすら危うい。

 

でも、これで何か守れるものがあるのなら榛名は...。

 

その時、鎮守府の開いてる窓から彼が外を覗いているのが見えた。

 

以前、絆創膏を貼ってもらった指をなぞる。

 

 

 

「もう剝がれてしまったけれど、あなたがくれたあの温もりは忘れません。」

 

 

 

あなたがいるこの場所だけは榛名が何としてでも守ってみせます。

 

 

 

―――榛名は一度でいいからあなたに名前を呼んで欲しかったです。―――

 

 

 

さようなら。

 

 

 

#8 Star Stare

 

 

 

ダメもとで司令長官に休暇を申請したところ普通に通ってしまった。

 

しかも二日間である。

 

これは絶対、次回の大型作戦でこき使われるやつだ。

 

休暇を取ったところで特にやることも決まってないんだよな。

 

 

 

「榛名、来週休み貰えたんだけどどこか行きたいところあるか?」

 

 

 

「え!?提督が榛名にそんなことをいう日がくるなんて今日は雪でも降るんですかね?」

 

 

 

「やっぱ一人で温泉にでも行ってくるわ。」

 

 

 

「ああ、冗談ですよ提督!榛名を置いていかないでください~。」

 

 

 

「じゃあ、真面目に考えてくれ。」

 

 

 

「そうですねえ。」

 

 

 

榛名はうなりながら随分と考え込んでいる。

 

長くなりそうなのでこの間に指示書でも準備しておくか。

 

大淀がいるから大丈夫だとは思うが、準備しておくに越したことはない。

 

ペンを紙につけた瞬間、榛名があっっと閃いた。

 

タイミング...。

 

 

 

「榛名、提督のお家に行ってみたいです!」

 

 

 

「俺の家に?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

そう言う榛名の目はキラキラ輝いていた。

 

 

 

「そんなところでいいなら構わないが...。」

 

 

 

そんなわけで休暇の初日に榛名を連れて久々に家に帰ってきた。

 

鍵をまわしてドアを開け二人で家の中に入る。

 

随分帰ってないからか少し埃っぽさがある。

 

 

 

「わあ、ここが提督の家なんですね!」

 

 

 

「普段は仮眠室で寝泊りしてるから住民票のためだけにあるような海軍の借り家だよ。」

 

 

 

「それでも特別な感じがして榛名は満足です!」

 

 

 

「そんなものか?」

 

 

 

「そんなものです。」

 

 

 

何度目かわからないこのやり取りも今となっては最早心地がいい。

 

家に人を呼んだのなんて初めてなものだから何故か緊張してしまう。

 

榛名は軒先で足をパタパタさせながら奥に見える山を見ている。

 

 

 

「気になるか?」

 

 

 

「あの山の頂上から見える景色はきっとすごく綺麗なんでしょうね。」

 

 

 

「ああ、一度行ったことがあるけど自分たちがどれだけ小さい存在なのか実感したよ。」

 

 

 

「榛名も見てみたいです。」

 

 

 

「今度きっと二人で行こう。」

 

 

 

「はい、榛名楽しみです。」

 

 

 

それは決して本当に楽しみな人がする表情ではなかった。

 

触ったら今にも崩れ落ちてしまいそうな雰囲気に俺もそれ以上言葉を発することはできなかった。

 

日も落ちかけてきた頃、榛名が口を開いた。

 

 

 

「提督。」

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

「榛名のことを忘れないでくださいね?」

 

 

 

「こんな奇妙な出来事忘れるなんてできないだろう。」

 

 

 

「怖いんです。榛名、最近では一週間霊体化して一週間意識だけの魂になって。」

 

 

 

「提督と過ごす時間がどんどん減って、最後には...。」

 

 

 

榛名の身体は震えていた。

 

俺は榛名の肩を抱き寄せようとするも、霊体の身体は俺の手をすり抜けてしまう。

 

彼女に触れることができたら。

 

そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

「まだいなくなるって決まったわけじゃない。これからも二人の時間を紡いでいこう。」

 

 

 

「提督、はいつも優しいのですね。」

 

 

 

榛名の目からは涙がこぼれていた。

 

その雫は地面に落ちる前に泡沫となって消えていく。

 

 

 

「提督は榛名のことどう思っていますか...?」

 

 

 

「え...。」

 

 

 

「榛名は提督のことが大好きです、そのまっすぐな瞳もいつもくれる優しさも全部大好きです。」

 

 

 

「俺は...。」

 

 

 

「無理しなくて大丈夫です、これは榛名のわがままなんです。」

 

 

 

違うんだ、これは俺が臆病なだけ。

 

これだけ一緒にいて自分の気持ちが変わった事も分かってるつもりだし、榛名の良さは誰よりもしっているつもりだ。

 

でも君は言ってしまったら消えてしまいそうで、まだこのままの関係を続けていたくて。

 

ここで言わなかったら一生後悔するかもしれない。

 

今ここで...。

 

 

 

「榛名。」

 

 

 

「はい、提督。」

 

 

 

「俺は榛名が――――。」

 

 

 

一瞬強い風が吹いた。

 

目を開けるとそこにはもう榛名の姿は無かった。

 

まるで気まぐれな風が榛名を連れ去って行ってしまったかのように。

 

榛名がいた場所には一枚の花びらだけが静かに佇んでいる。

 

満天の星空だけが確かにそこに二人がいたことを知っていた。

 

 

 

#9 魂の器

 

 

 

ぼんやりとした意識の中で今自分が何処にいるのか思い出そうとする。

 

最後にいた場所は、確か提督と一緒で...。

 

思い出せない。

 

後少しなのに、どうして。

 

絶対に忘れたくない、提督との思い出は私にとって全てなのに。

 

こんなにつらいと思えることはきっと他にない。

 

 

 

「提督...。」

 

 

 

ああ、そうだ。

 

提督のお家に行ったんだ。

 

最後の言葉聞きたかったなあ...。

 

その時、グンッと意識が引っ張られる感覚がした。

 

嫌...!

 

私が沈んだあの海が私を呼んでいる。

 

暗くて冷たい。

 

 

 

「お願い...あと一度でいいの。一度でいいから榛名は提督に会いたい。」

 

 

 

さっきよりもさらに強い力で引っ張られる。

 

必死に抵抗するも最早限界に近い。

 

これも運命なのかもしれない。

 

 

 

「提督...ごめんなさい...。」

 

 

 

私の意識はここで一度途切れた。

 

 

 

「榛名、榛名!起きてくださいネ!」

 

 

 

「ん...金剛お姉さま...?」

 

 

 

「榛名、しっかりして。」

 

 

 

「霧島までどうして...。」

 

 

 

「こんなところまできて気合が足りないです!」

 

 

 

「比叡お姉さま...。」

 

 

 

目が覚めるとお姉さまたちが目の前にいた。

 

これは夢?

 

きっと夢に違いない。

 

 

 

「榛名ってば提督への未練たらたらで飛び出していったのにもう帰ってくるなんて。」

 

 

 

「でも、榛名がんばりましたけど限界で...。」

 

 

 

「やり残したことがある顔しているよ?」

 

 

 

「それは...。」

 

 

 

確かに悔いがないといえば嘘になる。

 

あともう一度、ちゃんと提督に会いたい。

 

お別れだってちゃんとできてない。

 

けど...もう...。

 

 

 

「何クヨクヨしてるネ!私たちの妹はそんなヤワじゃななかったはずデース!」

 

 

 

「ほら榛名。」

 

 

 

「いってらっしゃい。」

 

 

 

三人に背中を押されてさっきとは逆に進みだす。

 

振り向く暇もないほどの速さで。

 

これが最後、提督待っていてください。

 

 

 

「行ったようね。」

 

 

 

「でも金剛お姉さま、榛名大丈夫でしょうか?」

 

 

 

「まったく、私たちの誰よりも大きな想いを持っているのに、そう簡単にこっちに来られても困りマース!」

 

 

 

榛名を見送ったあと、次第に三人の姿も朧げになっていった。

 

 

 

―――私たちの分まで頑張るのよ。―――

 

 

 

 

#10 Glory Days

 

 

 

榛名がいなくなって一か月が経った。

 

不思議と焦燥感はなく、執務に励んでいた。

 

何故かまた会える気がしていたのだ。

 

外からは中庭で軽巡達が騒いでいる声が聞こえる、まったく元気なやつらだ。

 

仕事が一段落したのでコーヒーでもと淹れる準備をする。

 

もちろんティーカップは二つ。

 

 

 

「もう二人分用意するのが当たり前になってしまったな。」

 

 

 

苦笑いしながらコーヒーを注ぐ。

 

席に戻ろうと振り返ると見慣れた光景がそこにはあった。

 

微笑みかけながら言った。

 

 

 

「おかえり、榛名。」

 

 

 

「提督、ただいま戻りました。」

 

 

 

彼女も笑みを浮かべながらそう返事をした。

 

コーヒーを榛名の前に差し出して、窓際に立つ。

 

外のそよ風が執務室に入り込んでくる。

 

 

「この間はひどいじゃないか、最後まで聞かず行ってしまうなんて。」

 

 

 

「ごめんなさい提督、榛名も本当は聞きたかったんですよ続き。」

 

 

 

二人でクスっと笑う。

 

ああ、君は本当に行ってしまうんだな。

 

なんとなくそんな感じがした。

 

でも榛名とすごした日々は心の中に残り続ける。

 

それだけで十分満たされた気分だった。

 

彼女もきっとそうなのだろう、何故ならとても満ち足りた表情をしているからだ。

 

 

 

「榛名はいつから俺の事が好きだったんだ?」

 

 

 

「提督が絆創膏をくれたあの時です。」

 

 

 

「霊体がケガなんてするのか?」

 

 

 

「今はわからなくてもいいです、疑問が残った方が提督の中に長く榛名の存在が残りそうですから。」

 

 

 

榛名はいたずらっぽく舌をだしてみせた。

 

恋愛の答え合わせをしているようなこの時間が心地良くもありちょっとこそばゆい。

 

 

 

「榛名、俺は最初なんか変な奴だなと思っていたよ、まずそもそも幽霊だし。」

 

 

 

「でも長く一緒にいると榛名底抜けに前向きな姿勢に何度も救われてた、なんだかんだ榛名がいないこの部屋はとても寂しかった。」

 

 

 

「榛名、君のことが好きだ。決して榛名のことは忘れない。この輝かしい日々は俺の宝物だ。」

 

 

 

「やっと、やっと聞けました...。幽霊になってまで提督に会いに来て良かったです。」

 

 

 

榛名の姿が薄くなっていく。

 

遂にこの刻がきてしまったんだな。

 

二人とも涙は見せなかった。

 

 

 

「もし、また出会うことがあったなら約束の景色、榛名に見せてください。」

 

 

 

「ああ...、約束だ。」

 

 

 

最後まで笑顔でいた榛名の身体は光になって消えていった。

 

彼女がいた足元に一本のアザレアが落ちている。

 

それを拾い花瓶に挿し天井を仰ぎ見る。

 

それは俺にはあまりに鮮やかすぎる贈り物だった。

 

 

 

 

―――提督、榛名がいたこと忘れないでくださいね。―――

 

 

 

#11 予約席

 

 

 

あれから暫くたった。

 

相も変わらず毎日毎日書類の山と格闘している。

 

こんな量でもやっていれば夜には終わってるものだから、コツコツやることの大切さが身にしみてわかる。

 

そんな様子をソファでだらけていた鈴谷が見てこう言った。

 

 

 

「ねえ、提督。なんで秘書官を誰にもお願いしないの?」

 

 

 

「絶対その方が楽になるとおもうんだけどなあ~。」

 

 

 

鈴谷にしては正論を言っているとは思う。

 

我ながらこの仕事量は良くこなしているほうだと自画自賛してしまう。

 

 

 

「なんだ?じゃあ鈴谷がこの半分をやってくれるのか?」

 

 

 

「いやー、それはちょっと話が違うというか...ははは。」

 

 

 

「手伝う気もないのに執務室でぐうたらとはいいご身分だ。」

 

 

 

「けちくさいこといわないでよ~、ここ涼しいんだもん。」

 

 

 

まったくここは休憩所じゃないというのに。

 

後で熊野にチクっておくか。

 

しょっ引かれてる鈴谷の光景が目に浮かぶな。

 

後の楽しみにとっておこう。

 

 

 

「なんか提督悪いこと考えてない?」

 

 

 

「別になにも考えてないぞ、それよりいいのか?もうすぐ演習のはずだが。」

 

 

 

「やばい!もっと早く言ってよ提督!鈴谷行ってくる!」

 

 

 

鈴谷はあわてながら走り去っていった。

 

秘書官...ね。

 

あの特等席は誰かさんのためにとっておかないと拗ねてしまいそうだからな。

 

プクーっと頬を膨らませている姿が今にも目に浮かぶ。

 

 

 

「夢じゃなかったんだよなあ。」

 

 

 

夢で終わらせるにはあまりに濃い毎日だった。

 

それにしても絆創膏を貼ったときねえ。

 

そんなことをしたことがあっただろうか。

 

 

 

「幽霊が怪我することなんてないだろうし。」

 

 

 

そういえば、初めて出会ったときには既に彼女は俺に心当たりがあるようだった気がする。

 

もっと前か...?

 

次席時代とかはよく中庭でアザレアに水やりしてトゲで指を切っていたっけ。

 

それで絆創こ...。

 

嘘だろ?

 

あの時の艦娘が...。

 

そうか...君はとんでもない忘れ形見を残していったんだね。

 

 

 

「これからはまた中庭の水やりしないといけないな。」

 

 

 

いつかその日のためにアザレアを咲かせておく事にするよ。

 

 

 

夢幻のキミへ 前編 ~fin~

 

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