夢幻のキミへ 後編
#11 再会
「おや?綺麗な艦娘さんじゃねえ。」
「戦艦か重巡の方でしょうか?」
「なんにしろ新しい仲間だ、鎮守府に連れて帰ろう。」
もう春か、正門から続く桜並木もすっかり色づいている。
並木道をゆっくりと歩きながら、柄にもなく感傷的な気分になった。
毎年恒例となった中庭の手入れもしていかなければいけないなと思っていた時、大淀から声をかけられた。
「探しましたよ提督、ここにいらしたんですね。」
「悪い、ちょっと気分転換をしていてな。」
「そうでしたか、それより新しい艦娘が戦線に加わりましたよ。」
大淀の後ろから長い黒髪をなびかせながら彼女が俺の前に立った。
あまりに突然の事で頭が真っ白になった。
そんなことがあるのだろうか、俺にとっては奇跡のような出来事だった。
「高速戦艦、榛名。着任しました、あなたが提督なのね、よろしくお願い致します!」
榛名は他人行儀で体裁的な挨拶をした。
「榛名...。」
「はい?」
榛名はキョトンとしながら返事をした。
おおよそ二年ぶりだろうか、片時だって忘れたことのない彼女の姿を見るのは。
俺は感極まって目頭が熱くなった。
「これでようやくあの時の約束がはたせそうだな。」
「約束...ですか?榛名、提督とはこれが初めてのはずですが...。」
「覚えていないのか...?」
「すいません提督...。」
榛名は申し訳なさそうに謝る。
大淀はこのやり取りを不思議そうにこちらを見ていた。
見た目は全く同じ姿なのに中身は俺が知っている榛名ではなかった。
二人で過ごしたあの日々は俺の心の中だけのモノになってしまった。
「変なことを言って済まない、追って指示をだすから今は鎮守府の案内でも受けてくれ。」
「榛名、了解しました。」
「大淀、頼めるかな?」
「はい、お任せください。それでは提督失礼します。」
正直嬉しくもあったが同時に虚しさも残る複雑な心境だった。
これからどう榛名に接していいのかすらわからない。
俺は空を仰ぎ見て呟いた。
「あの時の榛名はもういないんだな...。」
#12 停滞
榛名が着任してからの三か月、俺は再び資料室に籠り切っていた。
艦娘は轟沈したあとどうなるのか。
再び同じ艦娘が現れることも例として存在するらしい。
鎮守府にある資料をいくら漁っても榛名に関する有力な情報はあまり見つからなかった。
そもそも霊体になって目の前に現れるなんてことが前代未聞な出来事ではある。
「軍艦の魂から艦娘が誕生することは分かっているが、魂が同じだけで人格まで同じとは限らないか?」
だとしたら見た目は同じでももはや別人ということになる。
だとすれば記憶も...。
ダメだ、完全に行き詰った。
もはや以前の榛名に戻って欲しいというのは俺のエゴでしかない。
「榛名...。」
「榛名をお呼びですか、提督?」
突然の返事に驚きファイルを床に落としてしまう。
落としたファイルを拾いながら榛名に返事をする。
「い、いや何でもないんだ。」
「そうですか、でも提督思いつめた表情をされていますよ?」
「そんな顔に出ていたか?」
「はい、榛名にはそう見えました。」
そんなわかりやすいとは、もしかしたら周りにも心配させてしまったか。
榛名も散らばったものを拾い集めてくれたおかげで思っていたよりも楽に片付いた。
「ところでこんなとこまで来て俺に用事でもあったのか?」
「あっ!すっかり忘れていました、榛名の第一次改装が可能な練度に達したので提督に許可を貰いたくて。」
「もうそんな練度になっていたか。」
「はい!提督のおかげで榛名もっと皆を守れるようになります!」
そう言う榛名は満面の笑みをこちらに向けてきた。
懐かしい光景だな...。
以前は嬉しいことがあればいつもこの笑みを見ることができていた。
今はそうはいかないが、俺ができることは榛名が笑っていられるよう助力することくらいか。
「分かった、工廠に連絡しておくから明石に呼ばれたら第一次改装に行っておいで。」
「はい!提督、榛名嬉しいですありがとうございます!」
それでは失礼しますと言い残し榛名は資料室から去って行った。
しぐさもあの笑顔も全部俺の心にこびりついて離れないものだった。
榛名、俺は一体どうしたらいい...。
俺は力が抜けたように椅子に座り天井をぼーっと眺めていた。
#13 兆し
私は浮かれていた。
第一次改装の許可が降りたのだ。
これでいつも親切にしてくれる皆をもっと守れるようになります。
それにしても提督、あんな思いつめたような表情をしていて心配です。
普段ものすごい量の仕事をして、空いている時間は資料室に籠りっきりで...榛名も何かお力になることができればいいのですが...。
そんなことを思っていると館内放送が流れた。
「榛名さん、準備ができましたので工廠にいらしてくださーい。」
明石の声だ。
フンスと気合を入れ工廠へ向かう。
「お待たせしました、榛名入ります。」
「いらっしゃい榛名さん、今いくので先にそこに座っていて下さい。」
言われた通り椅子に座り辺りを見渡す。
修理中の艤装や開発中の装備などがたくさん置いてあった。
「お待たせしました、これから改装に入りますね。」
「は、はい!」
「そんな緊張しなくても大丈夫です、自分がどんな風になりたいかを考えながらいてくれればきっと大丈夫ですから。」
どんな風に...。
私は...私は、提督や仲間の皆さんを守れるように...。
もう、あの時みたいに自分だけ取り残されるようなことだけは...。
そう思いながら私の意識は途絶えた。
どれくらい経ったのか。
少しづつ瞼をあけて辺りを見回す。
そうだ私、改装を受けてて...。
「あ、榛名さん目覚めたんですね。」
「調子はどうですか?変なところないですか?」
私は艤装を動かしてみたり体をひねってみたりして確認した。
うん、大丈夫そうだ。
改装前より力がみなぎってくる感覚がした。
「ちょっと重い感じもしますけど、大丈夫です!榛名がんばれそうです!」
明石はうんうんと得意げにしている。
ふと、頭の中に何かが流れ込んできた。
(提督、提督。榛名にもっとかまってください!)
(だからお出かけです、榛名は提督とお出かけしたいです!)
これは...。
私?
何時の記憶なんだろう、でも私はそんなことをした記憶がない。
じゃあ、この記憶は...。
「どうしましたか榛名さん、どこかおかしいですか?」
「あっ、いえなんでもないんです。どこもおかしくなんてないです。」
「それはよかったです、なにかあったらいつでも工廠まできてくださいね~。」
とりあえず、改装が終わったことを提督に報告しなければ。
私は工廠を後にし、執務室へと向かった。
執務室のドアをノックして中に入ると、提督がコーヒーを飲みながら休憩をしているところだった。
何故か中身を見ていないのに提督が飲んでいるものがコーヒーだとわかった。
「無事に改装を終えたようだね、調子はどう?」
「はい!榛名、いまならどんな敵にも負ける気がしません!」
「そうか、それは楽しみだ。期待しているよ榛名。」
「はい!榛名にお任せください。」
私は退室せずまだその場にとどまっていた。
提督は私を不思議そうな表情で見ていた。
「あ、あの。提督。」
「ん?」
「榛名、以前どこかで提督とお会いしたことがありますか?」
提督は目を見開き、動きが一瞬止まった。
おかしな質問をしているのは分かっている、けれど何故かどうしても聞きたかった。
椅子から立ち上がって窓の外を見ながら提督は答えた。
「この間桜の木の下で会ったのが初対面だったと思うけど違ったかな?」
「そうですよね...。変なことを聞いてしまって申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。」
提督の顔は見えない。
私はその顔を見ることなく執務室を後にした。
その胸には何かモヤモヤした感情だけが残り続けた。
#13.5 秘書官
ある日、榛名が執務室にやってきて秘書官になりたいと言ってきた。
この席は永久欠番にしているのだが...。
熱心に申し出てくるので、どうしてなのか聞いてみた。
「どうしてそんなに自ら大変なことに首を突っ込むんだ?」
「榛名も何か提督の力になりたいです。」
純粋な目をしていた。
どこまでもまっすぐであの頃と同じ目だ。
断るつもりでいたが何か懐かしさを感じ、あの頃に戻れるのではという叶いもしない期待で了承してしまった。
「わかった、今日から秘書官の仕事を榛名にお願いするよ。」
「この榛名にお任せください!」
榛名は嬉しそうな笑みを浮かべる。
自分が役に立てることが嬉しいのだろう。
またあの笑みだ、俺はこれにどうも弱い。
こうして俺が提督になってから初めて秘書官の席が正式に埋まることになった。
#14 追憶の花
「ここでの勝手は!榛名が!許しません!」
「主砲!砲撃開始!」
爆音と主に主砲から砲弾が放たれる。
改装してからというものの以前より調子が良さそうに見える。
もう榛名にはこの辺りの海域は物足りないのかもしれない。
「提督、敵艦二隻残っていますが追撃いたしますか?」
「いや、いい。こちらも三隻が中破だ、周囲を警戒しながら母港に戻ってくれ。」
「榛名、了解しました。」
正直、周りの娘たちが榛名の動きについていけていないか...。
榛名に牽引してもらうつもりで練度の低い娘を編成したが、これは考え直す必要があるな。
「提督ただいま戻りました、作戦の報告書をご覧になりますか?」
「いや、無線で状況確認は常にできていた先に補給や入渠を済ませてからでかまわない。」
「榛名、了解致しました。」
「ところで榛名がMVPだが何かご褒美の要望はあるか?」
「そんな、当然のことをしたまでです。特別な評価なんて...榛名にはもったいないです。」
「他の艦娘達にもMVPをとったらご褒美をあげることにしているんだ、榛名も何か要求してみてくれ。」
榛名は顎に手をあて、うーんと考え始めた。
その間に俺は大淀に判子を押した書類を手渡し、ティーカップを手に取った。
やがて榛名はもじもじしながら話し出した。
「あ、あの。榛名、提督と中庭でお茶がしたいです...。」
「そんなことでいいのか?」
「榛名はそれがいいです。」
時計をチラっと見るとちょうど一五〇〇だ、お茶には丁度いい時刻かもしれない。
「大淀、一刻ほど暇をもらってもいいか?」
「今日はもう出撃の予定もないですしかまいせんよ。」
「だそうだ、榛名。今からどうだ?」
「はい!榛名は大丈夫です!」
榛名は顔を輝かせながらそう言った。
まったくこういうときは自分の気持ちに正直な娘だなと思った。
じゃあ早速行こうかということで榛名と中庭までやってきた。
「榛名は紅茶でよかったか?」
「いえ、榛名は提督と同じコーヒーがいいです。」
それを聞き、いつもしているようにコーヒーを淹れ始める。
正直、榛名がコーヒーを選んだことに驚きを隠せない自分がいた。
榛名は中庭のアザレアをジーっと見つめていた。
「気になるか?」
「いえ、何故か目が話せなくて...。」
「これは俺の思い出の花でな、毎年ここの中庭のアザレアの世話をしているんだよ。」
そう言いながら榛名の前に淹れたてのコーヒーを差し出した。
「それは素敵なことですね、誰かに贈られたりしているんですか?」
「逆だよ、俺がこの花を贈られたんだ。」
「そうでしたか、でもなんだか不思議です。以前も提督とこういう時間を過ごしていた様な気がして。」
一瞬、覚えているのかと言いそうになった。
そんなはずはない。
だってここにいるのはあの時の榛名ではないのだから。
「大切になさっているんですね。」
「一輪とっていくか?」
「そんな、榛名が提督の思い出の品を頂くなんてもったいないです。」
「そうか。」
手をブンブン振りながらそう言う榛名を横目に、俺も満開に咲いたアザレアを眺める。
もったいないか...。
―――これはキミとの思い出の花なんだがな。―――
#15 cry and pleasure
私は今ベッドの上に横たわっています。
何故こんなことになったかというと...敵戦艦の砲弾をまともに受け大破してしまったからです。
最近ようやく提督のお役に立てていると思っていたのにこの失態です。
みっともなくて提督に合わせる顔がありません。
「失礼するぞ、今いいか?」
やってきたのは提督でした。
意気揚々と出撃したのに私のせいで撤退することになったので、何を言えばいいかすら分かりません。
落ち込みながら俯いていると提督が横の椅子に腰をかけました。
「すまなかったな、榛名にはまだ早い海域に送り込んだ俺の判断ミスだ。」
「そんなっ!榛名が悪いんです、榛名が早まってしまったから...。」
「俺が受けた報告だと大破した夕立を庇ってモロに被弾したとなっていたはずだが?」
「それは...そうですが。榛名が艦隊に追撃指示を出さなければ...!」
「現場の旗艦に判断を一任した俺の責任だ。」
提督は優しいです、こんなときでも榛名を責めることなんてせずに自分が悪いと悪役になってくれて...。
そんな提督の期待に応えることができなかった自分が悔しくてたまらなくなり、目からは涙が零れてしまいました。
「仲間を庇って大破しても二人とも無事だったんだ、よく帰ってきてくれた。」
「榛名は立派に旗艦として役目を果たしたよ。」
「提督...。」
そんな言葉ずるいです。
提督ごめんなさい。
今だけは提督の前で泣くことを許してください。
次はきっと...きっとご期待に応えてみせますから。
泣きはらしてしまいました...。
今になって恥ずかしくなってきました...。
提督は何も言わず優しく頭を撫でていてくれました。
「あの、提督。榛名、もう大丈夫なのでその...。」
「ああ、悪い。手を放すよ。」
提督は頭をなでるのを止め、椅子に座り直していました。
ドキドキします、でも悪い気はしません。
むしろ多幸感を感じていました。
「榛名、手の傷まだ治ってないのか?」
「え、あっ。細かい傷までは高速修理剤では治りきらなかったみたいです。」
「そうか、ちょっと待っていてくれ。」
そう言うと提督はポケットをゴソゴソと何かを探している様子でした。
「手を出してくれるか?」
私は言われるがまま提督に手を差し出しました。
すると提督は手の傷の場所に優しく絆創膏を貼ってくれました。
驚きました、艦娘にここまでしてくれる提督が他にいるでしょうか?
「しばらく貼っているといい、きっと早く良くなる。」
「あ、ありがとうございます提督。」
「じゃあ俺は残った仕事を片づけにもどるよ、しばらくゆっくりしているといい。」
そう言い残し提督は部屋を後にしました。
提督は優しいのですね、そんなにされても榛名...何も返せません...。
貼って頂いた絆創膏を眺めていると胸があったかい気持ちになりました。
提督に触れられた手が熱いです。
そして、私は自然と呟いていました。
―――提督はあの時とお変わりないのですね。―――
え?
いま私なんて...。
今回が初めてのはずなのにどうして、こんな言葉が出てきてしまったのでしょう。
私にはこれが他人事のようにはとても思えませんでした。
#16 二度目の初恋
私は今日も秘書官として提督と一緒に執務に励んでいました。
そういつも通り...なはずなんですが、あの出来事があってから恥ずかしくて提督の顔を直視できないのです。
これではお仕事に支障をきたしてしまいます。
なんとかがんばって―――
「榛名、そこ一段ずれているぞ。」
急に提督の顔が近くにやってきて私の横で書類を覗き込んでいました。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かります。
「おーい、榛名ー?」
「す、すみません提督、私ちょっとお手洗いに行ってきます!」
逃げるように私は執務室を飛び出しました。
廊下の壁に背中を預け深呼吸をしていると、目の前を鈴谷さんが通りがかりました。
鈴谷さんは私に気が付くと声をかけてきました。
「やっほー、榛名ーどうしたん?顔赤いよ?」
「もしかして提督に変なことされたー?なーんてねへへ。」
「え、いや...別に変なことはされていないです。」
「じゃあ、一体どうしたのさー具合でもわるいのー?」
「そういうわけではなく...実は...。」
私は事の経緯を鈴谷さんに話しました。
すると鈴谷さんはニコリと笑ってこう言いました。
「榛名それは恋だね!」
恋...。
私が提督のことを、す...す...――だなんて...!
自覚しだすとまた顔が熱くなってきて、もはや廃熱機構が役に立っていません。
「あははは、榛名は初心だねえ~。」
「榛名、どうしたらいいのでしょう...。」
「うーん、榛名はいつも通りでいいと思うよ。」
「いつも通りですか...。」
「なんていうか提督の榛名を見る目って他とは違う気がするんだよねー、だから榛名はそのままできっと大丈夫。」
それだけ言い残し、じゃあね~と鈴谷さんは歩いていきました。
私を見る目が他と違うってどういう意味なんでしょうか。
それに、この感覚。
初めてなのにそうじゃないようなこの感覚。
提督と過ごす日々の中でたまにこういうことがあります。
私は、榛名は提督と実は以前出会っていたことがあるのではないでしょうか...。
#17 榛名改二
「榛名が改二ですか...?」
「ああ、もう十分に榛名の練度も上がったから改二改装ができるようになったんだ。」
季節も肌寒くなってきたある日、私は提督から改二改装の知らせを受けました。
断る理由もありません、これで私はもっと提督のお役に立つことができるのですから。
私は快諾して早速工廠へと足を運びました。
「いやー、榛名さんももう改二なんて時間が過ぎるのは速いですねー。」
「提督が榛名を起用し続けてくれたおかげです、改二にしていただけるからにはこれまで以上に活躍しなくてはいけませんね。」
「やる気満々ですね、じゃあ始めていきますから自分がどうなりたいかを想像していて下さい。」
私は目を瞑り、どんな私になりたいかを想像しました。
提督のお役に立ちたい、提督のためにその力を奮いたい、必ず守り抜ける力が...。
そのまま私は微睡みの中に落ちました。
ここは?
あれは提督と私?
「わあ、提督!提督!大きな水槽にたくさんのお魚さんが泳いでます!」
「綺麗ですね~。榛名、感激です!」
私がはしゃぎまわって提督がやれやれといった様子で付き合ってくれている。
見ていた景色が消えて中庭の風景が描写される。
今と変わらない中庭が見える。
「手出してくれますか。」
「え?はい...。」
今よりも若い頃の提督が私の指に絆創膏を貼っている。
「俺にはこれくらいしかしてあげられないけど、折れないでくださいね。」
「では、俺はこれで。」
私はなんて嬉しそうな顔をしているんでしょう。
また景色が消えて今度は家の軒先の描写に移り変わる。
提督と私が並んで座っている。
「あの山の頂上から見える景色はきっとすごく綺麗なんでしょうね。」
「ああ、一度行ったことがあるけど自分たちがどれだけ小さい存在なのか実感したよ。」
「榛名も見てみたいです。」
「今度きっと二人で行こう。」
「はい、榛名楽しみです。」
私は悲しそうな顔をしていた。
提督もそれを見てか辛そうに見える。
ああ、そうだ。
どうして...こんなに大切なことを私は忘れていたんでしょう...。
「榛名は提督のことが大好きです、そのまっすぐな瞳もいつもくれる優しさも全部大好きです。」
「榛名、君のことが好きだ。決して榛名のことは忘れない。この輝かしい日々は俺の宝物だ。」
綺麗な黒い瞳から涙が頬を伝う。
榛名は...榛名は...。
提督のことを好きになったのではなく...初めから好きだったのですね...。
提督はずっと榛名を待っていてくれて...。
「待っていてください提督、いま榛名が迎えに行きます。」
目が覚めると改二改装が終わり、明石が性能の説明をしようとしていた。
私は勢いよく起き上がるとそのまま走り出した。
「ちょっと、榛名さん!?」
「ごめんなさい!私行かないといけないとこがあるんです!」
出会ってしばらく提督が思いつめていたのもきっと私のこと。
「お、榛名じゃん~そんなに急いでどうしたの~?ってあれ?」
思い出の花だなんて言ってたけど、それをあげたのは私。
「はぁ...はぁ...!」
息が切れる。
でも、この苦しさなんてどうでもよかった。
提督が私のために自分を押し殺していたことに比べれば...。
「提督っ!」
「いきなりどうした榛名。」
「秘書官、提督は榛名のために秘書官の席を空けておいてくれたんですよね?」
提督の走らせるペンの動きが止まった。
「中庭の手入れだって榛名との思い出だから...。」
「お、おい...。」
「全部...全部思い出しました、提督は優しいからずっと黙っていてくれたんですね。」
「榛名...。」
私は提督に抱きついた。
提督が涙を流しているのが分かった。
待たせてしまってごめんなさい、榛名帰ってきましたよ。
「提督、ただいま。」
「ああ、おかえり榛名。」
私たちは二人の空白の時間を埋めるようにしばらくそのまま抱き合っていました。
#18 約束
数日後、俺たちは休暇を取り、俺の家から見える山の展望台に来ていた。
「やっぱりこの時期は風が冷たくて少し寒いな、榛名は大丈夫か?」
「うーん、少し寒いですけどこうすればあったかいですよ!」
そう言って榛名は俺の手を握ってきた。
自分からやってきたくせに顔を耳まで赤くして...恥ずかしいならしなければいいものを。
そんなことを思いながら満更でもない自分がいた。
「提督!見てください、海があんなに遠いですよ!」
「ああ、榛名達がいつも戦っている海もなんだかちっぽけに思えてきたな。」
「ええ。」
榛名は少し俺に身を寄せながら尋ねてきた。
「どうして提督は榛名にずっと黙っていたんですか?」
「あの桜並木の下で会ったときにいきなり抱きついたりなんてしたただの変態だろう。」
「榛名は今思えばちょっとさみしかったです!」
「俺だって色々調べたりしたんだよ、あんまり意地悪しないでくれ。」
「でも、榛名のことずっと忘れないでいてくれたので許してあげます。」
「片時だって榛名のことを忘れたことなんてなかったよ。」
「提督...。」
甘い沈黙が流れた。
空はもうすっかり陽が落ちて、星空が顔を出していた。
「証明してみてください...。」
「え?」
「榛名を忘れたことなんてないっていう証明をしてください。」
そう言って榛名は俺の袖を引っ張りながら、上目づかいでこちらを見ている。
まったく君にはいつもかなわないな。
俺はそっと榛名の頬に触れて、そのまま口づけをした。
榛名の身体が一瞬こわばる。
唇を離すと榛名の顔が真っ赤に染まっているのが暗がりでも分かった。
「よ、よくわかりました。」
「それはよかったよ。」
榛名は柵のところまで走り出してこちらを振り返った。
「提督!もう榛名を離さないでくださいね!」
君ともう一度こんな風になれるなんて奇跡の様なことが起きたんだ。
そんなこと当たり前じゃないか。
もう絶対手放したりなんてしないと、俺はこの星降る空にそう誓った。
#19 艦隊決戦
「大型作戦ですか?」
榛名は首をかしげながら聞いてきた。
「ああ、近々発令されることになった、うちからもかなりの規模の艦隊を出撃させることになる。」
「榛名にお任せください!腕が鳴りますね!」
「やる気があるとこ申し訳ないが、榛名はお留守番だ。」
「あれ?」
「今回は輸送連合艦隊、空母機動部隊、水雷戦隊がメインなんだよ、あと友軍艦隊も出すことになっているか。」
「せっかく榛名の改二の姿を提督に見ていただけると思いましたのに...。」
「すまないとは思っているが、艦隊指揮のサポートをお願いしたいと思っている、頼めるかな?」
「提督っ!榛名にお任せください!」
さっきとは一転して榛名は笑顔になっていた。
表情がコロコロ変わっているのを見たのは何時以来だろうか。
まったく、一緒にいて飽きない女性だ。
俺は鎮守府の会議室に艦娘達を集めていた。
今回の作戦はこの鎮守府の一部を除いたほぼ全員が出撃する運びになっている。
そのためか、皆顔つきが真剣である。
普段はふざけている島風ですらいつもの雰囲気はない。
「作戦内容を説明する、敵深海棲艦部隊が太平洋沖に出現している。」
「これを叩くために敵前衛部隊を水雷戦隊を当て突破路を作ってもう、各水雷戦隊は打撃を与えたら次の水雷戦隊へ交代し断続的に打撃を与える。」
「突破路が開いたら空母機動部隊を展開し敵主力を撃滅する、友軍艦隊は空母機動部隊が敵主力に到達するまでに押し寄せてくる敵艦隊の足止めを行ってもらう。」
「長期戦が予想されるため、輸送連合艦隊は近くの泊地から空母機動部隊への補給を厳とせよ、敵も必ずこれを断ちにくるはずだが敵前衛部隊を掃討し次第、各水雷戦隊には輸送連合艦隊の護衛に回ってもらう。」
「敵主力は中枢棲姫だと思われるが他にも姫級や鬼級は出現するだろう、各部隊警戒を厳として必ず深海棲艦部隊を撃滅せよ!」
「はっ!!!!!」
「作戦開始!」
俺の号令と共に各部隊が次々と抜錨していく。
息を吐きながら椅子へと腰を下す。
何度経験してもこの独特の緊張感には慣れない。
手が震える。
「提督、大丈夫ですか?コーヒーを淹れたので飲んで落ち着いてください。」
「ああ、助かる。」
榛名が心配そうに顔を覗かせる。
いかんな、提督の俺がこんなんでは士気に乱れが出る。
気合を入れ直すために頬を叩く。
「提督!?」
「もう大丈夫だ、みっともないとこを見せてしまったな。」
「いえ、提督はいつも頑張っています。それは榛名が一番よくわかっています。」
「そうか。」
「ええ。」
その時、無線から接敵の通達が入った。
「敵艦発見!これより戦闘を開始する!」
「了解。」
無線から次々と轟音が聞こえてくる。
遂に始まったんだと実感する。
激しい戦闘が繰り広げられているのが音だけでも分かる。
こんな時でも俺は傍観していることしかできない。
「第三水雷戦隊もう十分だ、第四水雷戦隊に引き継げ。」
「川内、了解!皆一旦引くよ!」
時間が経つのが遅い、時計は変わらずチクタクといつものリズムで進んでいる。
もうそろそろ戦況が変化してもおかしくない頃合いなはずだ。
一方はまだか...!
時が経つにつれて増えていく被害に焦り始める。
「提督...。」
榛名がそっと手を重ねてきた。
俺の表情を汲んでのことだろう。
「ああ、待とう。」
そして待望の第一報が届いた。
「報告!敵前衛艦隊の防衛線を突破!繰り返す、敵前衛艦隊の防衛線を突破!」
思わず椅子から勢いよく立ち上がる。
そのまま無線を取り号令を入れた。
「味方水雷戦隊が敵前衛艦隊の防衛線を突破した、空母機動部隊は突破口から進撃し敵主力を叩け!各水雷戦隊は突破口を死守しながら敵前衛艦隊を掃討せよ!」
「一航戦赤城、了解!」
「神通、了解しました!」
作戦の第一段階が無事に終わり、ほっと息をつく。
こちらの主力を温存できたまま進撃させれたのは正直かなりでかい。
万が一のことに備えて、まだ待機していた輸送連合艦隊を充てる事も考えていたが杞憂だったようだ。
「あとは艦載機をある程度温存できたまま敵主力部隊までたどりつければいいのだが...。」
「あの歴戦の一航戦や二航戦の方々ですからそのあたりは心配ないと思いますよ?」
「ああ、それでも友軍艦隊がどれだけうちの空母機動部隊に敵を近づけないかが重要だ。」
作戦は順調に進んでいるかのようにみえた、そうこの時までは。
#20 夢幻のキミへ
異変はしばらくして訪れた。
おかしいのだ、空母機動部隊やその友軍艦隊から一向に接敵の無線が入らない。
本来ならもう戦闘に入っていてもおかしくない距離に敵はいたはずだ。
その時、鎮守府の警報が不穏に鳴り響いた。
「どうした!?」
「提督!!!」
大淀が息を切らしながら走りこんできた。
間違いなくただ事ではない。
「空母棲姫率いる大部隊が鎮守府近海に姿を現わしました!」
「は?」
「提督...!」
どういうことだ?
敵艦隊の位置は押さえていた。
なのに敵主力とはいまだ会敵しない。
その時、電報が入った。
「敵主力と思われる艦隊は一定の距離を保ったまま後退し続けている...だと?」
踊らされていた。
敵の狙いは大規模艦隊を編成しそれがで払ってもぬけの殻となったここだったのか...!
思わず机を強く叩いた。
どうする、ここにはまともに戦える戦力なんか...。
「提督、榛名に出撃許可を!」
「何を言っている!?単独出撃など認められるはずがないだろう!」
「それでは、何もせずここがなくなるのを待つと言うのですか!?」
「何かあるはずだ...何か。」
「榛名が時間を稼ぎます!その間に一番近くの艦隊の呼び戻しと救援要請を!」
「待て...!」
俺の静止を聞くこともなく榛名は出撃ドッグへ走って行った。
間違いなく近海に姿を現わしたのが敵主力だ。
無事に生還できるわけがない。
なのに、榛名...お前は...。
「大淀!一番近くにいる艦隊を呼び戻せ!他の鎮守府に救援要請もだ!!」
「はい!!」
一瞬でも榛名を一人で敵の大部隊と戦わせるわけにはいかない。
一番近い艦隊でも戻ってくるのに一時間はかかる...。
救援要請にしても同じだ。
「鳳翔、全部聞いていたな?」
「はい。」
「ここに残っているのはお前と特殊艦のみだ...頼まれてくれるか?」
「ええ、提督のご命令とあらば。」
「すまない...。」
「謝らないでください提督、私も艦娘です戦いに行く覚悟くらいできています。」
「鳳翔...可能な限りの装備を満載した特殊艦を率い榛名の援護に迎え...!一隻たりとも沈むことは許さん!」
「この鳳翔!承りました!」
俺はなんて無能なんだ。
まんまと敵の手中に嵌り、挙句の果てには榛名や戦闘が不得手な彼女らを死地に送り出すなんて...。
クソッ!
「榛名!聞こえるか!今から鳳翔らがお前の援護向かっている、敵を殲滅しようだなんて思うな!時間を稼げ一刻稼げば勝機は見える!」
「...!榛名、了解しました!この榛名がお相手いたします!」
やがてけたたましい爆音が鳴り響き始めた。
俺は鎮守府の屋上へ走り、そこから榛名達の戦闘を実際に見た。
なんて血みどろな戦いなんだろうか。
相手の戦力は圧倒的で、海を覆いつくすほどの数で押し寄せていた。
一方でこちらの戦力は十隻程度。
「はぁ...はぁ...さすがにしぶといですね...。」
鳳翔さんも善戦しているが、相手はあの空母棲姫では制空権がとれない。
特殊艦達も高角砲を積んでいるが、元々戦闘に特化していない彼女らでは火力が足りない。
榛名も改二とはいえ数で押されている。
「なんとか耐えてくれ...!」
俺には願うことしかできなかった。
戦況はどんどん悪くなっていく。
そんなとき瑞穂が被弾をし、体制を崩した。
それを狙わんとしてニヤリとル級が瑞穂に照準を合わせた。
「あ...あ...。」
瑞穂は恐怖で動けずにいる。
「避けろ!瑞穂!!」
俺の叫びが届くこともなく無慈悲に砲弾が発射された。
沈んだ...俺が沈めた...。
完全にそう思った。
「大丈夫ですか、瑞穂さん?」
「榛名さん...?私のために榛名さんあなた...。」
「この力は提督に艦隊の皆を守るために貰ったものです、あなたが沈んでは提督に怒られてしまいます。」
そう言い榛名は笑って見せた。
その笑顔とは裏腹に砲弾が直撃したその体はボロボロだった。
よろけながら榛名は立ち上がると、空母棲姫に振り返った。
やめろ、やめろ榛名...。
「アレがきっと敵の親玉ですね、提督の前を遮る敵は...この榛名が許しません...!」
それしか打開する道はなかった。
榛名は動く砲門を全て開き空母棲姫に向かって進みだした。
「誰でもいい...!榛名を止めろ!!」
俺は叫んだ。
しかし、高速戦艦たる彼女に追いつける者など誰もいなかった。
まっすぐ何物も寄せ付けない速度で彼女は加速していく。
それを見ていることしかできないでいると、榛名から声が届いた。
「提督、聞こえていますか?ごめんなさい、榛名はこうするしか思いつかなくて。」
「榛名!やめろ、俺は榛名をもう離さないと誓ったんだ...。」
「榛名嬉しいです、でも今度は私の番なんです。」
彼女は続けて優しく話し続けた。
「あの時、榛名を見つけてくれてありがとうございます...。」
「ずっと待っていてくれてありがとうございます...。」
「私に恋をさせてくれてありがとうございます...。」
「榛名は...提督のことを愛しています。」
―――提督、榛名は何度でもあなたに会いに行きます。―――
最後にそれを言い残して無線が切れた。
その直後、まぶしい光に遅れて轟音が響き渡った。
そして榛名がいたであろう場所から上がる硝煙が消えるまで眺めつづけていた。
敵は頭を失い統率が取れなくなったところを、順次帰還した艦隊や救援要請に応えてくれた艦隊が掃討し、ほどなくして戦いは終わった。
鳳翔が神妙な面持ちであるものを手渡してきた。
それは榛名が頭に付けていた傷だらけの電探だった。
俺はそれを抱きしめながら、涙が枯れるまで流し続けた。
#21 Reincarnation
外はすっかり春模様だ。
過ごしやすい季節になってきたな。
なんか街のほうが騒がしいな。
気になって寄ってみると戦争終結百周年イベントなるものがやっているらしい。
「騒がしいのは好かんが、平和なのはいいことか。」
ボソッと独り言を吐き近くの喫茶店に入った。
適当に注文を済ませ、サービスのコーヒーを口にする。
相変わらず苦いのは苦手なのに何故かこういったところではコーヒーを飲んでしまう。
運ばれてきたサンドイッチを食べながらぼんやり窓の外の公園に目をやると子供たちが元気に遊びまわっていた。
ほんとに戦争なんてあったのかと思わせるような光景だった。
食事を済ませ、帰ろうとも思ったが不思議と足が河川敷の桜並木の方へ向かっていた。
今日は変わったことをしたい気分なのだろう。
桜並木の下まで来ると圧巻だった。
こうも綺麗なものだとは思わなかった。
ぼーっと眺めていると背中から声をかけられた。
「見つけました提督。」
ふりかえると綺麗な黒髪に吸い込まれそうな綺麗な瞳の女性が立っていた。
気づけば涙が頬を伝っていた。
この女性とは初めてのはずなのに、誰だかすぐに分かった。
「榛名...。」
「よかった、忘れられちゃってないか心配でした。」
「どうして...。」
「最後に言ったじゃないですか、次は私の番だって。」
「俺、榛名に話したいことがたくさんあるんだ。」
「榛名も提督に聞いてもらいたいことがたくさんあるんです。」
どちらからともなく手を繋ぎ、二人は桜舞い散る並木の道をあるきだした。
まるで止まっていた時計の針が再び動き出した様に。
二人がいた足元には一本のアザレアが咲いていた。
夢幻のキミへ 後編 ~fin~
最後まで読んで頂きありがとうございました。
作中に何度もでてきたアザレアの花言葉をご存じでしょうか?
アザレアには恋の喜びという意味合いと色違いの白のアザレアには貴方に愛されて幸せや満ち足りた心などがあります。
あえて作中では色について触れてませんが、同じ意味で使っている場面もありますが違った意味でアザレアを投じている場面もあります。
それを踏まえてもう一度、読み返して頂ければまた違った楽しみ方もできるかもしれません。
それでは皆さん、良い艦これライフを。