みりおん同窓会   作:ここあらいおん

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ミリアニ面白いけど、3話終わってジュリアが一言も発していないことに不満があるので初投稿です。


Episode2 Catch my dream

「私、中学校を卒業したらアイドルを辞めないといけないの。高校に入るまでって、約束だったから」

 

 曇天の空から雪がポツポツと降り注いでいた12月のある日。

 夜になって漆黒に包まれたシアターの屋上で、私は初めてこれまで隠し続けてきた父との約束を、未来に打ち明けた。

 その時に未来が向けた眼差しは鋭い刃物になって、10年が経過した今でも私の胸に大きな傷となって刻み込まれている。

 まるで群れから離れた小動物のように不安げで、そして一気に希望の灯りを零した瞳から溢れ出る涙。

 そして、そんな涙を拭おうともせず、未来が震える声で言い放った言葉も、だ。

 

「––––静香ちゃんが辞めるなら、私も辞める」

 

 

Episode2 Catch my dream

 

 

「あ、あの! 正社員の話なんですけど––––」

「あー、ごめんごめん。今それどころじゃなくて」

 

 お昼のピークタイムが過ぎて、店内の人影もまばらになった頃を見計らって店長に声をかけたつもりだったが、私の目論見は簡単にあしらわれてしまった。

声を掛ける直前まで暇そうに椅子に座ってスマートフォンを弄っていた店長は、この場から一刻も早く逃げたいと言わんばかりに立ち上がると、「買い出し行かなきゃ」とわざとらしく独り言を言いながら、年季の入ったアウターに袖を通した。

 

「その話はまた今度ね」

 

 何度目か分からない、果たして本当にやってくるのかすら分からない「また今度」という言葉だけを残し、店長は狭い厨房の奥の扉から出て行ってしまった。

 中年男性の丸くなった背中に声を掛けることもなく、私は店長が店から出ていくのを黙って見送ると、一度だけ深いため息をついて「最上静香」と手書きで描かれたタイムカードを機械に通す。いつの間にか黄ばんでしまったタイムカードに時間が刻印されたのを確認して、私も店を後にした。

 外に出ると無駄に広いだけの駐車場を吹き抜けていく肌寒い春風が、私を乱暴に出迎えた。もう何年前に買ったのかすら分からない毛玉が目立つコートに身を纏う私は、神経を縮めてその春風に細やかな抵抗をしながら、帰路へと向かって歩き出した。4月に入り世間はもう新生活ムード全開なのに、春の面影はいまだに現れる気配がないようだった。

 

「––––もうこの季節、か」

 

 口から白い息が溢れると、私の脳裏にフラッシュバックしたのは、10年前の春の情景。毎年この時期が訪れると思い出す、自分にとって苦い苦い思い出たちだ。

 幼少期から抱いていた「アイドルになる」という夢。

 10年前の春、高校進学と同時に私はその夢を諦めた。幼少期から抱いてきた夢のわりにはその最期はあまりに呆気なく、味気のない幕切れだった。

 13歳の中学一年生の時、765プロのオーディションを勝ち抜いた私はアイドル活動を始めた。

 その一方で公務員として長年働いてきて、昔から生真面目で頭が固い人間だった父は私のアイドル活動をよく思っておらず、終始反対する態度を示していた。きっと自分と同じように、手堅い生き方をして欲しかったのだと思う。

 そんな父とは765プロへの所属をめぐって盛大に揉めることとなり、最終的に私は「中学卒業まで」という条件の付けの元でアイドル活動を許可されることとなった。

 私が所属していた765プロは当時の如月千早らの活躍で脚光を浴びていた大手芸能事務所であり、その事務所のオーディションを通過した自分は、偉大な先輩らのようになれば父も自分の夢を認めてくれると本気で思っていた。それがどれだけ困難なことなのかは理解していたつもりだが、幼かった私の思考回路は困難な未来を都合よく描き、そして僅かな可能性を信じきれるほどに純粋だった。

 だが結果として、自分が偉大な先輩たちのようなアイドルになることはなかった。

 中学生活の全てを犠牲にしてアイドル活動に打ち込んで、何者にもなれなかった私は父との約束どおり、中学卒業と同時に幼少期からの夢を諦めた。

 夢破れた私はその後、父に言われるがままに都内の女子校に進学し、難関私立大学を経て神奈川県の業界最大手の旅行会社に就職。

 アイドルになるという夢を手の平から零した私を待っていたのは、厳格な父の引いたレールの上を歩む人生だった。そのレールの上を、私は一才の抵抗をすることもなく従順に歩いて行った。初めて夢中になれた夢の続きを見れなかった私に、仮に反発したところで父を納得させれるほどの結果を出せるとは到底思えなかったのだ。

 だが一見順風満帆に思えた父の引いたレールも、程なくして行き詰まった。新卒で入社した旅行会社を、わずか2ヶ月で退社したのだ。

 業界最大手と言われるだけあって同期として入社した人たちは皆、確固たる自分を持っており、意識も志も高い人間ばかり。そんな中に放り込まれた私は、中学卒業以降父に言われるがままに生きてきた言いなり人形であって、その環境に馴染めるはずがなかったのだ。

 旅行会社を2ヶ月で退社した後の就職活動も上手くいかず、いよいよ生活費に困った私は独り暮らしをしていたマンションの近所のチェーンのうどん屋で最低賃金スレスレの給料でアルバイトを始めた。両親には旅行会社を2ヶ月で辞めたことを打ち明けることはできず、辞めたことを隠しながら細々と生きる生活も今ではもう3年目を迎えている。

 嘘をつき続けることも、ボンヤリとフリーターとしての生活を続けることも、いつまでも続けるわけにはいかないことくらい、当然わかっていた。

 だからこそ私は何度か店長に正社員雇用の話を持ち掛けたが、面倒くさがりの店長にいつもあしらわれるばかりで全く進展していない。かと言って今を捨ててまで新たな環境に飛び込むほどの勇気もない私は、現状に危機感を抱きつつもこうして慢性したままダラダラとフリーター生活を続けている。

 

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

 

 哀れな現実逃避の言葉も、荒れ狂う春風にかき消されていく。

 夢破れて早10年。

 今年で25歳を迎える私は、やりたいことも夢もない、すっかり残念な大人になってしまっていた。

 

☆★☆★

 

「静香、最近どう? 元気にしてる?」

 

 母から電話がかかってきたのは、自室のマンションに帰って間もなくの時だった。

 就職を機に実家を出て以降、私は忙しいフリをして一度も帰省していない。そんな私を心配してか、母は時折こうした他愛もない電話をかけてくるのだ。

 

「仕事は大変? 無理してない?」

「大変だけど大丈夫」

「そう、なら良かったわ。無理だけはしないでね」

 

 とっくに仕事を辞めたことを知る由もない母の気遣いが、私の心臓をギュッと強く握りしめる。母の優しさを感じる度に罪悪感から逃げたい私と、今すぐにでも全てを話して楽になりたい私の葛藤が始まるのだが、結局は毎回全てを曝け出して謝る勇気のない私が勝ってしまう。

 今日もまた例に漏れず、臆病で卑怯な自分があっさりと勝ち星を得てしまうと、心の中の葛藤をいち早く切り上げようと「それで今日はどうしたの」と慌てて話題を逸らしてしまった。

 

「静香宛に手紙が届いてるのよ。それで連絡したの」

「て、てがみ? 誰から?」

 

 だがその苦し紛れで振ったはずの話題に、予想外の返答が返ってきて思わず面食らった。

 そんな私のリアクションをあたかも予知していたように、電話越しから優しい息遣いが聴こえてきて、母の笑った優しい表情が容易に浮かぶ。僅かな間を挟んで口を開いたその声色は、どこか懐かしく、そして私を息苦しくさせるあの日の情景を感じさせるものだった。

 

「伊吹翼ちゃん、覚えてる? 静香が中学校の頃、とっても仲良くしてたじゃない」

 

☆★☆★

 

 母から電話があった数日後、私のマンションに翼から私に宛てられた手紙が届いた。

少し小洒落た封筒の端には「タイムカプセル2013」と書かれている。

 まさかと思ったが、やっぱりあの時の手紙だ。

 かつての旧友からの手紙に、私は心当たりがあった。そしてその時の経緯も、鮮明に脳裏に刻み込まれていた。

 事の発端は確か中学3年生になったばかりの頃だったと思う。

 当時公私共に仲が良かった私と春日未来、伊吹翼の3人は、プロデューサーや事務員の音無さんたちが765プロの事務所が入ったビルの一階で営業している居酒屋に飲みに行く話を聴いて、「いつか自分たちも飲みに行こう」と約束を交わしたのだ。

 その際、事務所に置いてあった雑誌の隅に書かれた「10年後に手紙が届く」といった企画を見つけた翼が提案し、私たちはその企画を利用して互いに手紙を書き合うことにした。

 当時の記憶が間違っていなければ、手紙は私が未来に、未来が翼に、そして翼が私に書いたはずだ。私が未来に宛てた手紙の内容は、残念ながら全く思い出せなかったが、それぞれ手紙には共通して、プロデューサーたちが頻繁に通っていた居酒屋で3人だけで同窓会をすることと、当時の3人が話し合って決めた具体的な日時は必ず書こうと約束したことだけはハッキリと覚えていた。

 

「––––2人とも今は何処で何をしているのかな」

 

 この手紙を書き合った春から一年後、私が765プロを退社したことに連鎖するかのようにして2人もアイドルを辞めてしまった。中学卒業後はそれぞれ別の学校に進学したこともあって関係は疎遠になり、以降一度も顔を合わせていない。

 どこで何をしているのか、今はどんな大人になっているだろうか。

 思い出に刻まれた2人の姿と、脳裏で描く25歳のなった2人の姿を交互に思い浮かべながら、私は10年前の翼から届いた手紙の封をそっと開けた。

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