スネイルちゃんはルビコン3で生き残りたい。   作:VERRILLを崇めよ

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V.Ⅲ オキーフ

 

 

ヴェスパーの各隊長には専用の執務室が与えられているが、ヴェスパー第三隊長オキーフはアーキバス特殊諜報局の一員である為にその例外となっている。

 

その任務の特性上、あまりヴェスパー大隊の詰め所に姿を現すことがないオキーフではあるが唯一その姿を現す時がある。

 

未だ湯気を漂わせるフィーカを呷り溜息をつく男、部屋の明かりはルームランプ位なもので何とも頼りない。しかし深夜であるが故の静寂と合わせて安寧の様な雰囲気に包まれていた。

 

「私の淹れたコーヒーは美味しいですか?オキーフ」

 

「いつも通り泥水の様な味だ。薄めようとも甘くしようとも本質は変わらない」

 

「そうですか?私は嫌いではありませんが」

 

アーキバスの敬虔な信徒である閣下殿には皮肉の一つも言いたくなる、しかしこの程度の軽口ではスネイルにはまるで響かず流される。

 

まさに目の前に座るこの女の様に、アーキバスから支給されるフィーカは筆舌に尽くし難い味がする。

 

人目を忍んだオキーフはスネイルの執務室に訪れていた。スネイルの執務室は特別製で、防音の上にあらゆる電波を遮断するように出来ている為、中で何が起きても外に知られる事は無い。

 

悪巧みをするには最適な空間だ、そして目の前には魔女がいる。

 

幼くも円熟したその相貌と肢体、淫蕩の気質でありながらも無垢とも言える程の純真さで人を誑かし、その肌に触れる者は皆腐れて堕ちる。

 

「ブランチからの連絡は?」

 

「全ては閣下の仰せの通りに、との事だ。警戒はしておけ、奴ら歴史の影、吞まれれば一つの時代が終わるぞ」

 

「貴方がそこまで言うのですか、ブランチはただの目立ちたがり屋ではないと」

 

「ブランチとは世界の声の体現者、大いなる災いの鑑。スネイル、お前は随分と面倒な奴らを呼び込んだな」

 

一つの大きな時代の中には歴史の流れを変えてしまう特異点が発生する事がある。それは時や場所が変わろうとも必ず存在する、世界にはいつかを夢見る小さな声が響いていつしか大きな波紋を作る。

 

「ブランチは火種だ、何時の日か訪れる世界の変革を願う弱者が見た自由の象徴。それは小さくとも燻り続け、時と共に同じ志を持つ者に受け継がれていく」

 

「その火が世界を焼き尽くすまで、ですか。何とも健気な事です」

 

「しかしその火種に薪をくべたのはお前だスネイル。コーラルの再発見、アーキバスとベイラムに対しての情報開示、そしてルビコン3の封鎖網の一つであったステーション31襲撃事件」

 

「おかげで風通しが良くなりました、これでヴェスパーの進駐も楽になります」

 

今や己の名前を失ったオキーフはうんざりしていた、貧乏くじを引かされたとも思った。

 

スネイルは己自身を顧みる事はしないし、己が普遍的であるという認識すら抱いているが現実は違う。

 

自分は普通という事は皆はこれくらい出来て当たり前。皆が出来るんだから、自分はもっともっと頑張らなければならない。

 

そういった思考がループしているようで段々とスネイルが執る作戦は段々と悪辣になっていった。

 

何とも非道なマッチポンプ、本当にアーキバスがコーラルを求めたのか?目の前の黄金に目がくらみ、それでもそれを跳ね除けられる人間は居るかもしれない。

 

しかし企業ともなれば話は別だ、多くの強者が、多くの弱者が膨大な利益を切り捨てる事を許さない。

 

スネイルの名前が大いに広まったのはアイランド・フォーの動乱、元々は反アーキバスを掲げる組織が仕掛けた大規模なテロ事件だった。

 

当時の俺はアーキバスに対しての諜報活動を担ったエージェントだった。だからこそ知っている、スネイルこそ動乱を終息させた人物であるという事を。

 

企業が国家を超えた組織の代名詞となってから長い時間が流れ、惑星を超えた生存領域の拡大によって少々の小競り合いは当然と言える程荒れた時代ではあった。

 

しかしアイランド・フォーの動乱はアーキバス社の中で叛意を企てた有志によるアーキバス経済圏におけるあくまで大規模な『内乱』であった。

 

しかし反アーキバス連合の内で突如として秘匿していた案件が暴露された。その内容は反アーキバス連合の結束を揺るがす程の内容であり、アーキバスでの内乱の最中だと言うのに反アーキバス連合の中で更に内部抗争が起こる事態となった。

 

反アーキバス連合は一度袂を分かつも結局内乱は収まらずに多数の反アーキバス組織が生まれる事となった、反アーキバス組織同士で争いが発生することもあってこの一連の騒動をアイランド・フォーの動乱と呼ぶに至ったのだ。

 

アーキバス本社は非常に追い詰められていた、動乱がこのまま続けばおそらくベイラムが動く、そうなれば人類すべてを巻き込んだ全面戦争の幕が開くのは必至だった。

 

多大な被害を齎した木星戦争の二の舞だ。戦争には旨味がない、戦争には利益がない、悲しみと嘆きが生まれると知っているのに戦争は止められないのだ。

 

故にアーキバスは最終手段を取ることにした、当時木星戦争において多大な功績を上げた事により後進の教育を任されていたスネイルを本社に呼び出した。

 

資料を恐るべき速度で流していくスネイルは小一時間程かけて状況を整理すると、ただ一言を発した。

 

「それで?何が貴方達を悩ませているのですか?」

 

アーキバス本社の幹部たちは困惑した、状況も戦争を避けたい旨も既に通達済みだった。誰もが口を紡ぐ中でスネイルは再度発言する。

 

「受け皿とする新たなアーキバスの傘下企業を作りましょう、その上で既に彼らが占拠した地域をそのまま譲り渡した上で同盟を結びます」

 

「馬鹿な!アーキバスが格下の組織と同盟を組む等ありえない!!」

 

「その格下の組織に裏切られた挙句に追い詰められている企業はどうなんでしょうか」

 

歯に衣着せぬ言い様で幹部連中と舌戦を繰り広げていくスネイル、そして遂に一人の幹部が何気なく発言を下した。

 

「とはいえアーキバスの傘下企業を作ったとして、それでは結局反乱分子を調子付かせるだけではないのかね?」

 

「ああ、そこはご安心ください。いっそ今のうちに皆殺しにしましょう」

 

一瞬で静寂となるアーキバス本社の会議室、スネイルは事も無げに話を進めていく。

 

「彼らが投降して傘下企業とその治める区域に身を寄せる者には恩赦を出しますが、それ以外には徹底的に弾圧します」

 

「弾圧とは言うが、一体どうやって」

 

会議室に小さな少女の笑い声が響く、自慢のおもちゃを見せびらかす様な、小さくも堂々とした笑い声。

 

「ご安心ください、その為の『ヴェスパー』です」

 

アーキバスグループ強化人間部隊、後のヴェスパーと呼ばれるこの部隊は強化人間の性能を図る為の実験部隊として前線で出されることは殆どなかった。

 

スネイル、ホーキンス、スウィンバーンの三人が中心となって結成されたこの部隊はACを駆り出して反乱分子の拠点を強襲、旧世代型の強化人間が相手にもならない程の活躍を見せた。

 

後にヴェスパーにフロイトが入隊した事でそれがダメ押しの一撃となって動乱は終息した。

 

――――恐らくは俺だけが知っている、アイランド・フォーの動乱の裏舞台を。

 

スネイルとブランチはいつから繋がっていたのだろうか。()()()()()()との面識はないかもしれないが以前のメンバーとの関わりはあったに違いない。

 

 

 

 

アイランド・フォーの動乱の首謀者は、

 

――――恐らく、スネイルだ。

 

 

 

 

げんなりとした思いでソファに凭れているとテーブルの上に例の如く泥水の様なフィーカが差し出された事で現実に立ち戻った。

 

「オキーフ、私の為に死になさい」

 

「……」

 

「私も一緒に死んであげます、貴方は私にとっての特別ですから」

 

そうスネイルが囁きかけるも朧げな明かりの中では彼女の表情は伺えない、俺はお前の本当の事を何一つ分からない、幾ばくかの沈黙の中でついに執務室に堪えきれずに湧き出した()()()()()()()()が響く。

 

――――グルヴェイグの魔女が笑っている、一頻り笑って、むせ返って涙を流し、それでもスネイルは笑っていた。

 

「言葉の通りに、本気にしましたか?」

 

「殺してくれ…出来る限り苦しまないように…」

 

「いきなり何事ですか?ルビコン3にも辿り着いていませんし、出来ればまだまだ生きていて欲しいのですが……」

 

「そうか……俺が死ぬときは教えてくれ……出来れば甚振らずに一瞬で死なせてくれ……」

 

「急にどうしたのですかオキーフ」

 

ルビコン3ではアイランド・フォーの動乱以上の面倒ごとが起きるのだろう、スネイルの口からまさか死などという言葉が出るとは想定外の事態だ。

 

心構えの為にスネイルから今後の方針を念入りに確認し、いつの間にか温くなったフィーカを飲み干すが先程よりも不味かった。

 

まるで今更身構えても、時は既に遅かったのだと知らせているかのようだった。

 

 

 





「オキーフ、私の為に死になさい」

→企業の為だと思って頑張って!絶対に裏切らないでね!!

「私も一緒に死んであげます、貴方は私にとっての特別ですから」

→私も一緒に頑張るよ!同じヴェスパーの仲間だもんね!


オキーフ「何も見たくねえ…」


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