ウマ娘がTRPGを遊ぶだけのはずだった。   作:稗田之蛙

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15.【覚醒】

 

 カレンが病院の個室へ辿り着くと、赤ら顔でたくさんの缶を開けているトレーナーが視界に入った。

「…………カレン。私はこんな風に怪我をしたから、血肉を作る為にたくさんカロリーが必要なのよ。分かるでしょ? 栄養補給なのよ」

 トレーナーは4本目のストロングゼロを飲み終えて、おもむろに5本目のストロングゼロを「カシュッ」と開けて、ぐいっと一気飲みし始めた。

 

カレンチャン『手元に持った缶だけを弾き飛ばす形でバット振ります

 ――はい。

 

カレンチャン:CC<=70 (1D100<=70) ボーナス・ペナルティダイス[0] > 17 > 17 > 成功

 

 カレンは慣れた動作で、お姉ちゃんのお酒を入った缶を弾き飛ばした。

 

お姉ちゃん!!! シリアスシーンでしょ!? なんで大怪我してお酒飲んでるの!!! というかHP0でしょ! あの演出だと死んじゃったんじゃないかと本気で思ったんだよ!?!?!

「カレン。メタいわよ。私が酒に酔ってなきゃなんの事言ってるのかわからないわ。あと一般人に振るわないって約束はどうしたのよ。もしかして私一般人扱いされてない??? ちょっとGM???

 どっと払い。

 

 ともかくとしてカレンは弾き飛ばした缶の掃除を終えてから、椅子に座る。

「泣いてたのね」

「え……」

「涙の痕がくっきり残ってる。貴女らしくないわね。いつも身だしなみは気にしてる子なのに」

 言われて、手鏡で確かめた。確かに、ありありと泣き腫らした赤い痕が顔に刻まれていた。

「でも、当然だと思うわ。貴女自身が言ってた通り、貴女はまだウララさんよりも年下の子供なのだもの」

 それは恥ではない。泣いていいのだと慰めてくれている事は理解出来たが、先刻に自覚した事により暖かい感情よりもドスグロい感情が渦巻き、噴出した。

「そうだよ! カレンはウララさんより年下! ウララさんよりも、子供ッ!!」

 悲鳴のような。嘆きのような、そんな怒鳴り声で言い放つ。それは、マロリーボットの家を訪問した際に見せた時のような子供じみた癇癪の延長線だった。

「だから……カレンは……ウララさんみたいに、『他人の悪意すら受け入れられて、善意でたくさんの他人を救えるような純粋無垢な子』じゃなくてッ! 自分や仲のいい人に他人が悪意を向けられてきたら――怒ったり……それ以上に、とっても怖くなったり……それで、その『そんな悪意に負けないように』……強い態度を……虚勢を……」

 それが『カレン』として振る舞っていた彼女の本心だった。カレンチャンからチームリーダーだの重賞を勝ち取った事のあるウマ娘だの点を取り払ってしまえば……『可愛く努めようと頑張っている、ただの中学二年生の女の子』だ。

 カレンチャンはトレーナーの前で初めて子供のように――まさしく子供なのだが――大声で泣き出してしまっていた。

 うわんうわんと声を出すような泣き方というのは、カレン当人からすればバカみたいに思えて幼稚に思えて、それがなおさら感情をぐちゃぐちゃに引っ掻き回していたのだろう。

 しかしトレーナーにとっては、いや、トレーナー以外でも『カレンチャン』という人となりを知る者達からすれば――そんな内心を抱えていた事をバカにする気持ちは、1ミクロンも沸き起こる事はない。

「トヴィちゃん……ファストヴィクティムが、あんな目に遭っていっぱいいっぱい嫌な気持ちが湧き上がって! トヴィちゃんが大怪我して喜んでた若いウマ娘さんにも、ネットに晒して虐めじみた真似してたマロリーちゃんにも、それをぜんぶ操ってた黒幕さんにも! でも、そんな風に、怒っ……てたって――うっう、いけないことだって、わかって……」

「カレン」

 ファストヴィクティムの話まで踏み込むと、トレーナーが口を開いた。

「それはあって当然の感情なのよ」

 言われて、トレーナーの表情を見た。それはファストヴィクティムを害した者に対する憤怒の感情を表現するものであり、悪鬼羅刹が如く――とにかくカレンが見てきた中で、一番真面目な顔だった。

 頼りになるけど間の抜けた、けれど優しいお姉ちゃんだと思っていたカレンは彼女がこんな顔も出来る事に驚愕する。

「トヴィの事を虐めたヤツは、全員ぶん殴ってやりたいって気持ちも当然ある。出来る事ならブタ箱に叩き込みたいって感情も当然ある。でもね」

 そこまで言うと、トレーナーの表情は、いつもの「頼りになる」時の真面目な表情に戻った。

 

「マロリーさんがトヴィを追い込んだ張本人なのだとしても、私は『あの子も救わなきゃいけない』って気持ちに一切の変わりはない」

 

 カレンと同種の怒りの感情を目に宿しているのに、その漆黒の瞳は深く澄んでいるように映った。

「……それは、お姉ちゃんが、大人だからそんな事が……」

「えぇ、そうね。それは大人だから言えるのかもしれない。大人だから、救ってあげなきゃいけないって気持ちがあるのかもしれない」

 そう言い切ってから、真っ直ぐにカレンの瞳を見て続けた。

「だからカレン。貴女も、当然私にとっては『救うべき対象』なのよ。だから、もっとお姉ちゃんやお兄ちゃんを頼って。辛い気持ちを溜め込まないで。……お願い」

 その言葉を咀嚼するように数秒の後、ようやく再びカレンの瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。

 そうして、怪我を負っているトレーナーに抱きついてから大粒の涙を滲ませてしまう。それを気にしてる暇すら今のカレンチャンにはなかった。

 

 

「他人に悪意を向けられたら、怒って当然。ショックを受けて当然。自分や友人をネット上に晒されてショック受けるな、怒るな、ってのも無理な話でしょうとも」

 カレンチャン達が得た情報から事件の仔細を、泣きながら伝えた。

 カレンチャンはハンカチでぐしぐしと涙を拭いつつ、受け応える。

「で、でもこういうのはカレンいけないと思う……」

「えぇ、そうね。当然いけない事だと思う。だけど、他人に嫉妬してしまうのは日常的に起こって、なおかつ需要があるコンテンツなの。有名人とかがヘマしたら特にね。ワイドショーなんかよくやってるでしょ? 超大物アイドルの不倫とか……」

 あんまり聞きたくない話だ。トレーナーも話の要点からズレかけている事を自覚したのか、一つ咳払い。

「ともかく。こういう事柄は普遍的なものなの。私達に限らず、現代社会においてはね。だから、いちいち気にしてても仕方ないの」

「だ、だったら……ウララさんみたいに、全部あったかい感情で包んで許しちゃうのが正しいの……?」

 その質問にトレーナーは首を横に振る。

「あれが出来るのは聖人君子の才覚がある《無垢》な子だけよ。確かに、誰かから善意を与えられる事に飢えて道に迷った子はそれでたくさん救える。だけど、それだけじゃ『マロリーボットのような悪意に呑まれきった子』を救えるとは思えない」

 ならば。どういう人間こそがマロリーボットを救えるのかとカレンが考えていると、トレーナーはひどく大人びた声色で応えた。

 

「"悪意"と"善意"の両方を認められる《高潔》な存在」

 

 ……あまりにも途方もない言葉を耳にして、カレンの涙がピタっと止まった。

「とはいっても、私がそうだとは自信満々には言えないんだけどね。少なくとも、道を踏み外した生徒は救いたい気持ちはあるんだけど~……」

 気取りすぎた台詞だったとでも言うように、トレーナーは気恥ずかしそうに後ろ頭を掻いた。その顔を見ながら、カレンは……カレンチャンは心が軽くなったのを感じた。

「……そうだ。カレン。『性悪説』って知ってる?」

「え、あ。『人間はそもそも悪い性質を持った存在だから、悪い事をしても仕方がない』ってやつ?」

 突然、話が変わったように思えるので、トレーナーの意図を読もうと考えてカレンは必死に思考を巡らせた。そうして出て来た答えは、何処かの本で見た記憶のある言説だった。

「んー、現代ではそう解釈されてるけど。元の意味だと違うのよ」

「……えー、こんな時におべんきょう~?」

 目尻に残った涙を拭いながら、カレチャンはくすくすと笑う。そんなカレンにトレーナーも微笑みながら、話を続けた。

「人之性悪、其善者偽也」

「……現代語じゃないとカレンわかんないよ~」

「――人の性は悪なり、其の善なる者は偽なり」

 酒ヤケしているが、酔いが回った大人特有の調子の良い響き。真面目な勉学の一環であるが、カレンチャンはトレーナーの講義に楽しげに耳を揺らし、傾けていた。

「故に必ず将に師法の化、礼義の道(みちび)き有りて、然る後に辞譲に出で、文理に合して、治に帰せんとす」

「つまり?」

「生まれたばかりの存在は"秩序を知らない悪"だから……道を踏み外さないように、誰かが正しい道を教えてあげなければならない」

 にこりとトレーナーは微笑んだ。その優しい笑顔が、普段見せないような親愛から来るものだと察する。

 もう泣くのはやめよう。怒りの感情を持つ事に躊躇う必要もない。――そして、憎悪によって拒絶する事なく、あるがままに目の前の事を認めるのだ。

 カレンはそう思い、いつもの調子に戻ってから……結論を聞きに来た子供のように生真面目に背筋を伸ばしてトレーナーに問いかける。

「カレンが道を踏み外した時は、ちゃんと教えてくれる?」

「えぇもちろん」

 迷いなく応じるトレーナーは、本当に頼れる大好きなお姉ちゃんのようで。そんな感慨と幸福が身を包み……気がつけば、カレンチャンの口から笑いが漏れていた。

「ありがとう。お姉ちゃん。お姉ちゃんを見習ってカレンは……カレンも救えるべき存在は救う事にする」

 そういってから、カレンチャンは病室を出て行く。『やるべき事は決まった』と言わんばかりに。

 その姿に「もう大丈夫そうね」という声がトレーナーの方から聞こえてきたが、カレンは敢えて気づかないフリをした。

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