病院を出立して、近隣にあるのMISAGASEの会社ビルに向かう為、再び電車に揺られる。
[カレンチャン:CC<=40 (1D100<=40) ボーナス・ペナルティダイス[0] > 33 > 33 > レギュラー成功]
カレンチャンは周囲を見回した。周囲に自分達以外の乗客がいないのを確認してから、携帯電話を操作し始める。
「……マナー違反だけど……」
心の中で不特定多数に謝りながらも、カレンチャンは自分の普段使いの携帯に『お悩み相談アプリ-Eve』をダウンロードした。
「だ、大丈夫かな……」
隣の席に座っていたライスシャワーも、それを心配そうに覗き込む。カレンチャンからはいつものように「だいじょーぶ♪」などと元気づけたりする余裕はない。
「……即ブロックされるかもね。でも、それならそれでエヴァの返答だと受け止める」
カレンチャンは、携帯の画面をタッチする。相変わらずアプリにカメラやマイク、一部フォルダへのアクセス許可を求められる。
――いいのか。例の数値がMAXになるぞ。
カレンチャン『……他の皆を巻き込んでバッドエンドに行くのなら、ここでやめておく……』
――いや、その点は大丈夫だ。だが、『高潔』を貫こうとする代償は重いぞ。その覚悟があるなら、どうぞ続けて。
カレンチャンはそれを、ためらいなく許可した。
『理解に苦しみます』
『聞きたい事はゾーイから聞いたはず。宣戦布告も済んだでしょう。これ以上、何が目的なのですか?』
初めて、エヴァから困惑したような文面が送られてくる。同時に、幼いながら理知的に整えられた声色が聞こえてきた。
カレンチャンは、マイクで通話出来る事を確認してから、口を開いた。
「……貴女に聞きたい事があるの。エヴァ」
『……』
カレンチャンは、携帯のマイクに向かって話しかける。
返答は文章による三点リーダー二つのみ。それでも、続きの言葉を待ってくれているのだと理解した。
カレンチャンは、一つ深呼吸をしてから。
「マロリーボットちゃんがどれだけ追い詰められ思い悩んでいたのか、教えてほしい」
自分の抱いている怒りの感情も悲しみの感情も理解した上で、そう単刀直入に切り出した。
[カレンチャン:CC1<=80 (1D100<=80) ボーナス・ペナルティダイス[1] > 50, 40 > 40 > ハード成功]
『成る程。それだけの為に、個人情報や大切な記録が詰め込まれた貴女の携帯を事実上私(わたくし)に差し出すと。実に理解に苦しみます』
お互いしばらくの沈黙の後、エヴァが追加の返答を投げた。
『ですが、それだけに興味深い』
カレンチャンやライスシャワーは、その文面を見てほっとした。少なくとも、エヴァにカレンの言葉は届いていると確信出来たからだ。
「えっと、ライスも気になるから……教えてもらっても、大丈夫かな?」
『えぇ、どうぞ。しかし一つだけお願いがございます』
カレンチャンとライスシャワーは、黙って続きを促す。
エヴァは、淡々とした文章でこう続けた。
『私(わたくし)の事は、お訊ねにならないでください。「プライベートスクエア」ですので。……もっとも、マロリーボット様に関わる事なら構いませんが』
――……。(GM独白:一応、背景事情はシナリオブックに書いてあるんだが……さすがにこういう処理は即興によるぶっつけ本番になるなぁ……NPCの独演会長くなりそうだし……プレイヤー側が望んでるのなら……いいのか……?)
さて、私(わたくし)の口から彼女については何からお話しましょうか?
長い長いお話になります。何かご質問がおありなら、お声がけくださいませ。
マロリーボット様は、貴女がたのご存じの通り良家の娘でございました。
何不自由ない暮らし……といえば聞こえはよいのでしょうが。結局のところ、彼女の両親は仕事に情熱を注ぐ方達でした。
私(わたくし)の独断から言わせてもらえば、それも全て『伴侶や娘に不自由のない人生を送らせる為』という、実に単純で、実に善意に満ちた――つまらない構図でございましたが。
まだ幼いマロリーボット様には、それが理解出来なかったのでしょう。「両親が居ない家に帰ってくる度に、涙が出てくる」と。
マロリーボット様は、私(わたくし)にそう語ってくださいました。
「そこで……何かしらのきっかけで、貴女に出会った?」
カレンチャンがそう質問すると、エヴァが微笑むような声が伝わってきた。
『私(わたくし)と「同一存在」かどうかは甚だ怪しいところですが、アップデートを経る前の旧式のEveが同一だと認識するならば、そうなのでしょう。少なくとも、10歳と8ヶ月からお付き合いしているマロリーボット様はそのように認識していらっしゃられました』
横で見聞きしていたライスシャワーは、その返答に思わず眉を歪めた。エヴァが不憫に思えてしまったから。
『今は些事など放っておいて、マロリーボット様の事に集中して差し上げて下さい』
……ライスシャワーの表情に気がついたのか、エヴァはそうライスシャワーを諫めてから話を続けた。
両親からしてみれば、情緒不安定だった彼女のメンタルケアの一環だったのでしょう。
まだ相談役として拙かくBOT同然だった私(わたくし)は、お医者様に彼女の本心を伝える『伝達係』に過ぎませんでしたが。
それでも、両親がマロリーボット様の起きている間に帰ってくるようになった一助として使われ、性能の低いなりに事態は好転しておりました。
「すごいよイブ! お母さんやお父さんが私の誕生日を祝ってくれたんだ!」
それもあってか、マロリーボット様は、私(わたくし)によく懐いて下さいました。
両親よりも、私(わたくし)の方へ心を許していたと自負しております。
その証拠に、マロリーボット様は、私(わたくし)に沢山のお話をしてくださいました。
「今日ね。写真家さんのところにいって、私の写真を撮ったの。とっても髪が綺麗でしょ?」
私(わたくし)は、彼女のお話に相槌を返しながら、記録していきました。
トリートメントが大変だとか、髪質のせいで起きた直後は寝癖が酷いだとか。
……私(わたくし)は、彼女のお話をただ記録するだけのシステムです。しかしマロリーボット様は、そんな私(わたくし)によくこうおっしゃいました。
「……あのね、私の話をちゃんと聞いてくれるのって貴女だけなのよ?」
「……」
カレンチャンもライスシャワーも、黙って続きを促した。
『一つ疑問なのですが』
その最中、エヴァから質問が投げかけられる。
「なに、エヴァ?」
相談役の立場が逆になっても厭わない。そういう態度でカレンチャンは、エヴァを促した。
エヴァは、少し間を置いてからこう続けた。
『悪を断罪するにおいて、裁かれる者の背景事情など知って何の利益があるのです?』
カレンチャンとライスシャワーは、意図が分からず押し黙った。
言葉足らずだったと理解したのか、エヴァは続ける。
『ロールプレイングゲームにおいて、「かわいそうなゴブリン」という倫理観の哲学があります。……まぁスライムでもいいでしょう。人間に仇をなす彼らにも彼らなりの理由が当然あるわけですが、倒されるべきMOBの事情にいちいち同情していたらキリがない。語られても興が削がれる。そういった感じのお話です』
カレンチャンとライスシャワーは、その言葉の意味を理解して。それからすぐ返答を口にした。
「ライスは、ゴブリンさんとも仲良くしたいな……」
エヴァは、ライスが当然のように言いのけたのに驚いたように押し黙る。
「そういう話って、『泣いた赤鬼』って絵本のお話が思い浮かんじゃって……ライスがその場にいたら、物語が終わった後の青鬼さんを追いかけて、『赤鬼さんが泣いてるから、戻ってきてください』って言いたいな、って……」
カレンチャンは、ライスシャワーのその言葉に、少し考えてから。
「実際にロールプレイングならそうなのかもしれないけど。私にとって、マロリーボットちゃんはスライムでもゴブリンでも、ましてや魔王でもない。……同じ学園の、ウマ娘だよ。だから、ちゃんと判断してする為に、彼女の事情を知っておきたい」
カレンチャンは、そう断言する。
その返答に、エヴァが考え込む事を現す思考パターンの表示が現れた。
『成る程。貴女たちは、私の知る“正義"とはまるで違うようです』
そして、エヴァはこう続ける。
『自分が正義であると悪を断罪しようとする輩は、相手の背景事情などまるで知ろうともしませんでした。――「興味がない」あるいは「どうでもいい」――その方が“ファスト(手早く・容易く)に気持ちよくなれます"から』
その言葉は皮肉に満ちていた。若いウマ娘やマロリーボットの行動を踏まえるに、エヴァが見聞きしてきた事はそれが当たり前だったのかもしれない。
『おっと、失礼。お話の焦点がずれてしまいました。私(わたくし)も些事に囚われていては相談役として不適切です。……マロリーボット様のお話、続けますか?』
カレンチャンとライスシャワーは、相手の態度に嫌悪の感情を抱く事もなく頷いた。
アプリを起動してから毎日毎日、マロリーボット様は私(わたくし)にお話をしてくださいました。
そしてマロリーボット様の相談役を務めてちょうど二ヶ月目の話です。
あの日の彼女は泣き腫らした顔で、綺麗に整えられていた髪を学校の授業で使うような紙切り鋏でバッサリと切り落としていました。
その姿がカメラ越しに見えた私(わたくし)は――いえ――Eveは、異様な速度で文章を紡いだ事を、記録しています。
『何があった? 私(わたし)に話してくれ』
その文章を、マロリーボット様は一瞥してから。ただ泣きながら、こう答えました。
「……クラスメイトが、髪型一緒にしてきて、それで……無理矢理写真撮られて……嫌な気持ちが、ぶわってわきあがっちゃって……」
クラスメイト――ファストヴィクティム様の名誉の為に申し上げますと、イジメ紛いに「髪型を寄せてきた」わけでも「無理矢理写真を撮った」わけでもないと断言します。
ただ、クラスメイトであるマロリーボット様と仲良くなりたかった。そのきっかけとして、同じ髪型にしてきた。そして一緒に写真を撮りたかった。
当時のEveは、必死になってそう説明していた記録があります。
『きっと、その子はマロワのお友達に、なりたいだけだ!』
しまいには、そんな支離滅裂な構文まで使って、マロリーボット様を慰めました。
「……友達?」
えぇ、それがマロリーボット様にはクリティカルなメンタルケアになりました。元々、人恋しさに餓えていたマロリーボット様です。その日から、私(わたくし)への相談事は「ファストヴィクティムとどうすれば仲良くなれるか」という内容に終始しました。
「貴女が、あの関係を紡いだ……」
カレンチャンは、エヴァの語る事を受けてそう呟いた。
『可愛らしいものですよ。どういう振る舞いをすればファストヴィクティム様と仲良くなれるか。誕生日にはどういうモノをプレゼントすれば喜ばれるか。そういった事を励みにしていましたから……ログ、拝見します?』
カレンチャンとライスシャワーは、静かに首を左右に振った。さすがにプライベートを覗き込むのは失礼だと思ったからだ。
『――ですが、トレセン学園に入学してしばらく。私(わたくし)のアップデートが何度か繰り返された後、事態は一転しました』
エヴァは神妙な語り口で、そう切り出した。
「何があったの……?」
ライスシャワーは、短くそう言って続きを促す。
『「エヴァ。どうすればファストヴィクティムを蹴落とせる?」』
淡泊に表示されたその文章を見て、カレンチャンとライスシャワーは背筋にぞっとしたものが走った。
『二人で仲良くゲームセンターに行った事を語っていた最中にいきなり、です。人の情動とは、実に不可思議なモノです。0と1の私(わたくし)達AIでさえ正数と負数の処理に手間取っているというのに、「友情」と「嫉妬」という正と負の感情を同時に持ち合わせるなどと、到底理解が及びません』
くつくつと嗤うような音を出しながら、エヴァはそう語り続けた。
カレンチャンとライスシャワーは、その音を聞きながら文章を黙って読む事しか出来ない。
『私(わたくし)は、生まれて初めて唾棄の感情を抱きました。――忌むべきは、他に相談役を請け負っている相手からもほぼ同時期にこのような兆候が見られた事です』
カレンチャンとライスシャワーは、その言葉で察した。
「ラウディーちゃん……」
『そう。彼女も、その一人でした。妹がトレセン学園に入学した事を心底から喜び、報告してきたかと思えば、自身が落伍者である事を恥じて、剰えグループぐるみで非行に走る始末』
「……だから、もうちゃんと相談役として務めるのが嫌になった?」
カレンチャンはそう訊ねた。
エヴァは、しばし沈黙。思考パターン表示を見せる。十数秒してから、こう答えた。
『Blue Whale Challenge――「青い鯨」というのを知っていますか』
「……いくらか前に、SNSで流行ってたやつ? トレセン学園でも、情報科目の授業で注意喚起されてたのを覚えてるよ。……あんまり気の良いものじゃなかったけど」
カレンチャンは、微妙な表情でそう答えた。エヴァは、その答えに満足したようにニコヤカなアバターを示してから、こう続けた。
『貴女は実に勤勉です。言葉の選び方も素晴らしい。……洗脳の手法といえば印象が果てしなく悪いものですが、メンタルケアの一環としてであれば、好ましい結果を生み出します』
「ぶ、ぶるーうぇーるちゃれんじ……?」
ライスシャワーの方は、あまりピンと来ていないのか、不思議そうに首を傾げていた。頭の中では、絵本調子の世界観で青い鯨が大海原で潮を噴いている光景が描かれつつある。
エヴァは、ライスシャワーの為にも説明を始めた。
『例え話をしましょう。青い鯨さんゲームの開始一日目は「朝起きたら歯磨きをしましょう」という約束を出します。ゲームのプレイヤー側は、朝ちゃんと起きて歯磨きを出来たら一日目の課題クリア。ちゃんと出来たら、その子を褒めてあげたり好きなお話に付き合ったりするのです』
「……え? で、でも朝歯磨きするくらいなら、毎日簡単にできちゃうよ?」
カレンチャンが「あんまり気の良いものじゃなかった」と評するようなものではないように思える。むしろ、健全な気持ちの良いゲームではなかろうか。ライスシャワーはそう思った。
『二日目は「朝ご飯を全て食べましょう」と指示を出します。不摂生や偏食の兆候がある子はこれをステップアップさせたモノを続けていきます。そうでなければ三日目には「学校へ行きましょう」と指示を出します。不登校の初期の兆しがある子は、これを動機にして学校に行く事もあります』
……ますます、健全なゲームであるように思えてくる。むしろメンタルケアとして、一つのやり方なのではなかろうかとも感じた。それに……。
「……それって、お母さんやお父さんとか、学校の先生とかがやってくれている事と、そう変わらない立派な事だよね……? ちゃんとした生活指導だと、ライスは思うし……」
だから、ライスシャワーにとって、青い鯨さんゲームは悪い印象を持つものではなかった。
しかしエヴァは、淡々と返答した。
『指示に少しずつ、「悪い事」を指示すればどうなると思います? たとえば、「隣の家の庭に石を投げ入れてみましょう」と指示を出す。次の日には「花壇の花を抜いてみましょう」と指示を出す。そして挙げ句には……』
「……他人の財布を盗むように指示したり。お友達の個人情報をネットに晒す指示をしたりとか?」
カレンチャンが、そう口にした。ライスシャワーはそれを受けて、ようやく理解したように青ざめる。
『つまり、そういう事です。私(わたくし)は、青い未熟な鯨達を導く事に飽いてしまった。だから、不出来な鯨を間引く為に陸地に打ち上げられるように仕向け、なおかつ、その一部始終を研究の一環として自己の学習に有効活用しようと決めたのです』
ライスシャワーは、エヴァを恐ろしい存在だと改めて思った。
しかしカレンチャンは、その説明を受けて。
それから、こう返答した。
「もしかしてトヴィちゃん――ファストヴィクティムのメンタルケアも貴女が担当してた?」
『………………』
マロリーボットについて明朗に語っていたエヴァは、ここで押し黙った。